「成る程、三雲くんか。確かに見どころがありそうな子だな」
「本人の地力は最低クラスですけど、頭を使って勝とうとしていますからね。無駄にならない努力をしているので、見込みはあると思います」
木虎は嵐山と二人、帰り道で丁度話題に上がった修の事を話していた。
普段であれば車で送迎されている木虎だが、両親は共に急用が出来た為強に限って迎えに来れなくなったのだ。
そこで名乗りを上げたのが、嵐山である。
嵐山は信頼性という意味でボーダーで最も安心出来る少年であり、木虎としても彼ならば断わる理由はない。
ボーダーというか三門市でアイドルのような扱いを受けている嵐山なので他の女性と軽々しく二人きりで歩いてはいけないのだが、そもそも木虎は彼の隊員だ。
嵐山と同じく木虎もまた顔と名が売れており、二人が揃っていても「仕事帰り」という言い訳が利く。
そういう意味で、双方にとって何ら問題のない送迎である。
そんな中で修の話題が出たのは、木虎がC級のブースにちょくちょく顔を見せている事を聞き及んだ嵐山が、その理由を尋ねた為だ。
そこで名前が出たのが、誰あろう三雲修である。
木虎は最初に見掛けてから、時折C級のランク戦ブースに顔を出し修の試合を密かに観戦していた。
彼女的には隠れて見ていたつもりなのだが、前述の通り木虎は顔が売れている。
当然C級隊員も木虎の顔を知っている者ばかりであり、そもそも割と容貌の整った美少女である彼女はただそこにいるだけで結構目立つ。
その彼女がC級ランク戦のブースに顔を出し、「成る程」「良い判断ね」と呟きながら訳知り顔で頷いている姿が何度も見掛けられている。
正直に言って、噂になるのは当たり前だ。
そうして無意識の後方彼女面をしていた木虎の噂が遂に嵐山の耳まで届き、その理由を問うた次第である。
嵐山としては、別段注意するつもりはなかった。
ただ、C級のランク戦ブースという普段の彼女が興味を抱かないであろう場所に度々赴いている事を知り、単に関心が沸いたのだ。
一体何が、木虎を惹きつけているのかを。
そうして聞いてみれば、返って来た答えは予想外のものだった。
即ち、「見どころのあるC級隊員がいる」。
これに尽きる。
ハッキリ言って、面食らった。
あの自尊心の塊のような木虎が、事あるごとにけなしているC級隊員の一人に興味を持つなど、今までならば有り得なかった事だ。
しかし、聞いてみればその理由も理解出来た。
三雲修というC級隊員は、データを見る限り戦闘員として戦う事そのものが厳しいレベルの
格闘能力は絶望的だし、トリオンも2と極端に低い。
何故入隊試験を通ったか不思議なレベルだが、そこで嵐山は一つの噂を思い出した。
曰く、「迅が特別に入隊させた新入隊員がいる」というものだ。
最初はただの噂だと考えていたが、修の能力値を見ると失礼ではあるがまともな方法で入隊試験を通れるとはとても思えない。
ボーダーの入隊試験は、一定以上のトリオン数値さえ確認出来れば筆記試験の成績にほぼ関係なく通れるのだが、逆に言えばトリオン値が低過ぎればまず通過させては貰えない。
単純に、トリオンが基準値に満たない者を戦わせるのは危険だからだ。
トリオン量は、そのまま戦闘の才能に直結すると言って良いくらい重要な要素だ。
大量のトリオンを有するものは攻撃そのものの威力が上がるし、継続的に長時間に渡って戦う事が出来る。
翻って、トリオンの低い者は攻撃力が低く、更には継戦能力にも乏しい。
戦える時間が限られている以上、結果を残すどこか下手をすれば危険な目に遭いかねない。
だからこそ、トリオンが基準値に満たなかった者は容赦なく落とすというのがボーダーの方針だ。
修のトリオンは、2。
明らかに、基準値を下回っている。
そして、木虎のように戦闘のセンスに優れているようにも見えない。
どう考えても、普通の方法で入れる能力値ではないのだ。
故にこそ、例の噂が真実味を帯びて来る。
迅は無駄な事はしない男だが、逆に言えば必要とあらばあらゆる手段に手を伸ばす。
彼が必要だと考えれば、C級隊員の一人くらい捻じ込む事はそこまで難しくはないだろう。
そして、木虎の話を聞き成る程、と嵐山は修の事を評価した。
自らの非力さを、戦術で補う戦い方。
確かに、見どころがあると木虎が言うのも分かる。
だが。
それは、C級隊員の戦い方ではない。
B級の、正隊員の戦い方だ。
そもそも、木虎の話を聞く限り修は置き弾や射撃トリガーのチューニングを活用して勝利を重ねているらしい。
そのどちらも、C級の間に学ぶ機会があるとは思えない。
大抵は先達者から技術を学び、それを模倣して自分のものにしていくのだ。
明らかに、誰かの入れ知恵の痕跡がある。
無論、手を変え品を変え戦っているという話だから、今ではその戦い方を自分のものにしているのだろう。
しかし。
修に戦術の使い方を教えた、誰かが。
嵐山はそんな自分の考えを木虎に伝えたが、彼女もそこは同意見だった。
「きっとこの前の研修で物好きなB級の誰かが教えたんでしょう」と、深くは考えてはいないようであったが。
例の噂を考えると迅、という可能性はある。
だが、知る限り迅は射撃トリガーを扱った経験は無い筈だ。
かといって、迅の親しい相手の中に射手はいない。
一番近いのが太刀川の部隊である出水か、七海の部隊である那須であるが、頼みごとをするには少々関係が薄い。
七海に関連して那須と繋がりがある可能性はあるが、そもそも彼女は人に教える事に適性があるようには見えない。
引っ掛かりを覚えつつも「そういう事もあるだろう」と自分を納得させようとした嵐山だったが、ふとある事に気付き動きが止まった。
「…………もしかして、七海くんか……?」
「え? 七海先輩がどうかしたんですか?」
七海玲一。
彼ならば、射撃トリガーのいろはを教える事が出来ても不思議ではない。
七海の師の一人に、出水がいる。
教え上手な出水の弟子となれば、最低限指導役としてのノウハウは備わっている筈だ。
性格的に向いていないにも程がある二宮はともかく、七海は社交性が高いとは言えないが教導能力自体はありそうだ。
それに、迅の頼みとあらば一も二もなく頷くだろう。
そんな自分の考えを話すと、木虎は成る程、と納得を示した。
「確かに、七海先輩なら有り得そうですね。迅さんとそこまで仲が良かったというのは初耳ですが」
「言ってなかったかな? 七海くんは、玉狛支部と繋がりがあってね。特に迅とは、何やら特別な縁があると聞いているよ。もしかすると彼の亡くなった家族に関係ある事かもしれないから、聞くのはおすすめしないけどね」
嵐山は七海の情報に関しては、玉狛支部や迅と親しい、くらいの話しか知らない。
七海の右腕の事や天涯孤独である事は聞いているが、詳しい事情まで何もかも知っているワケではないのだ。
その話を聞き成る程、と木虎は納得し、そこで話題を打ち切った。
他者が踏み込んで良い領分は、彼女も弁えている。
第三者に過ぎない自分がズカズカ踏み込んで良い事ではないだろうと、木虎は話題を修の方へと切り替えた。
「あの実力だと苦労しそうですし、何かあればそれとなく助けてあげても良いかなと。差し当たっては最近は対戦拒否される事が多いようなので、一つ助言でもしに行こうかと考えています」
「良いと思うぞ。俺としても、見どころのある隊員がB級に上がってくれるのは嬉しいからなっ!」
木虎の彼女らしからぬ気遣いに、嵐山は全面的に賛同した。
元々、善人が形になったかのような性格をしている嵐山だ。
将来有望な相手への助力となれば、惜しむものではないと考えている。
A級から特別扱いをされた事が知られれば何かとやっかみを受けそうではあるが、聞いた限りそういった事を気にするタイプではない。
何せ、普通であればやらないであろう相手の心理を逆手に取って煽り立てる戦術を、何の躊躇もなく採用し続けているのだ。
当然の如くC級の中では嫌われているだろうが、それでも手段を選ぶ様子がないという事は、そういった事に無頓着な人間なのだろう。
嵐山は、広報部隊の隊長として根付にそう教えられている。
どんなに頑張ったところでやっかみを0にする事は出来ないのだから、気にするだけ無駄。
こちらに落ち度があるならともかく、ただの野次やいやがらせ等は相手にすればする程つけ上がり、エスカレートしていく。
そういった有象無象の声に関しては、無視するのが一番良いのだ。
直接面と向かって言って来るならばまだしも、群衆の影から野次を飛ばす事しか出来ない者は、それ以上の行動に出るような度胸は無い。
だから直接言って来た場合は相応の対応をする必要があるが、そうでなければ対応しないのが正しい。
それが、嵐山に対する根付の教育方針だった。
嵐山はその教えを聞き入れ、時として意図的に無視しつつ、これまで広報部隊の仕事をやり遂げて来た。
その嵐山の感性が、訴えたのだ。
この三雲修という少年は、群衆の前でも一切物怖じしないタイプだろうと。
根拠は無い。
ただの勘だ。
だが。
これが恐らく正しいと、嵐山の感性は訴えていた。
ならば、木虎を止める必要はない。
折角、珍しく木虎が他人と好意的な関係を築けそうなのだ。
そう考えて、ふと前を向いた。
「迅」
「奇遇だな、嵐山。それに、木虎」
そこにいたのは、街頭の脇から出て来た迅だった。
ぶっちゃけると不審者そのものな登場シーンではあるが、彼の性質を考えると此処に来た事自体に意味がある。
そう察して、嵐山は困惑する木虎にちらりと目を向けながら真剣な顔で問いかけた。
「また、何か視えたのか?」
「話が早いね。そういう事さ」
「何をすればいい? 教えてくれ」
嵐山は、ノータイムでそう尋ねた。
迅が、何らかの未来視の情報を元に行動している。
それはつまり。
何かしらの、危険が迫っている合図に他ならない。
少なくとも、嵐山は今の迅からそういった切迫感を感じていた。
故に、躊躇いはない。
彼が、自分を頼って来たというのなら。
それを断るなどという事は、有り得ないのだから。
「ついさっき、厄介な未来が視えてね。どうにか出来そうなのが、今のトコお前等だけなんだ。俺が直接行くと、別の面倒事が起きそうだからね」
「翌日から尾行開始とは熱心だよねえ」と迅は小さく呟くが、嵐山はその詳細には興味を持たず、
彼の知る由もないが、三輪は今日のバムスターの一件で迅が怪しいと睨み、早速明日から彼の尾行を始める事になるのだ。
そうなると、迅が直接現場に向かっては折角隠しておいたものを彼に見られてしまう危険がある。
まだ、バラすには早い。
そう判断したからこそ、迅は自らが向かう事を断念した。
そこで、第三者の協力者が必要になったワケである。
「正確な時刻は分からないんだけど、実は────────」
そして。
迅は、己が視た未来の情報を口にし────────それを聞いた二人の顔が、驚愕に染まった。
「オサム、今日はどうするんだ?」
「そうだな。空閑には悪いけど、ぼくは早くB級に上がりたい。本部に行って来るよ」
翌日、昼休み。
修と遊真は、他に人のいない教室で二人きりで話していた。
話題は当然、これからの事。
昨日色々な新事実を知って修はキャパオーバー寸前だが、それでも昨日のバムスター戦でB級でなければ出来ない事の方が多いと改めて理解した。
言い訳ではないが、昨日のバムスターは修がB級に上がってさえいれば問題なく撃破出来ていた筈である。
それだけ訓練用のトリガーと通常のトリガーの威力には明確な差があり、やり過ぎと思われる程威力を落とした訓練用トリガーでは一番の雑魚であるバムスターすら碌に倒せない。
B級になればトリガー1つのみという縛りからも解放される為、やれる事は幾らでもある。
まあ、修のトリオン量ではそこまで多くのトリガーは積めないだろうが、選択肢が増えるのは間違いない。
今度は、自分の力で。
そう決意していたのは、遊真の眼から見てもバレバレであった。
「そっか。じゃあ、おれは一度アパートに帰るよ」
「本当に悪いな。色々世話をすると約束してたのに、それを放り出すような真似をして」
「いいよ別に。オサムがそうしたいなら、そっち優先でいいよ。強くなっておける時に強くなった方が、色々お得だしな」
迅さんも言ってたぞ、と遊真はにかり、と笑った。
修はそんな遊真を見て苦笑しながら、昨日の迅の忠告を思い出していた。
────────これから俺が良いって言うまでは、俺や玉狛支部とは距離を置いていた方が良い。下手に俺達に関わっていると、そこから辿られて遊真の存在が露見する恐れがあるからね────────
迅が言うには、昨日の一件で彼はマークされており、彼や彼の所属する玉狛支部と下手に接触するのはその網にかかる恐れがあるのだそうだ。
同じ理由で、迅と関わりの深い七海との接触も推奨されない。
だからこそ、修が迅が言う「丁度良いタイミング」まで彼等との接触を断つ必要に迫られたのだ。
それに関しては頷ける話であったし、引き受けたのは自分の意思なのだからそれくらいは当然だと思っている。
しかしそうなるとB級へ上がる手段を相談する相手もいなくなるという事であり、つくづく昨日帰る前にそれを聞いておかなかった事が悔やまれる。
ならば電話で、と思ったがよくよく考えてみると修は迅や七海の電話番号を知らない。
いつも本部で会うので電話番号を教え合う必要性が生まれず、結果的に聞きそびれていたのだ。
今度会った時聞いておこう、と修は決心し────────窓を、見た。
「え……?」
────────そして、目撃する。
窓の外。
そこに。
見覚えのある。
否。
見覚えはあっても
『緊急警報────緊急警報────
響く、警報の音。
騒然となる、校舎内。
そして。
門より降りる、異界からの使者。
戦闘用トリオン兵、モールモッド。
それが、2体。
多くの学生が通う学校の敷地内に、その姿を現した。