痛みを識るもの   作:デスイーター

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イレギュラー門

「そんな、近界民(ネイバー)が出るのは警戒区域だけの筈じゃ……っ!?」

 

 修は眼下に現れたモールモッドを睨みながら、拳を握り締める。

 

 今、目の前では起きてはならない事が起こってしまっていた。

 

 この三門市ではこれまでも繰り返し門が開き、近界民────────トリオン兵が、出現していた。

 

 しかしそれはあくまでも警戒区域のみの話で、現在では市街地に門が開くといった事は有り得ない。

 

 確かに最初のうちは街の至る所で門が開いていたのだが、ボーダーが誘導装置を開発したお陰で門の出現箇所を警戒区域内に限定する事に成功したのだ。

 

 この功績は大きく、誘導装置が完成してから今まで近界民による街への被害はほぼゼロへと抑えられていた。

 

 トリオン兵は一般人に対しては脅威だが、トリガーを持った大半のボーダー隊員にとっては雑魚でしかない。

 

 出現場所を限定し、街への被害を抑える事が出来さえすれば後はどうとでも駆除出来る。

 

 四年前に街を破壊し尽くしたバムスターであっても、単体ではただ図体がでかいだけの的でしかないのだから。

 

 ────────だが、それはあくまでも門が警戒区域内で開いた場合である。

 

 もしも、門が市街地で開いた場合。

 

 雑魚であるバムスターでさえも、一転して巨大質量を武器にした破壊兵器へとその意味を変える。

 

 四年前と同じだ。

 

 トリオン兵はボーダー隊員にとっては容易に駆除できる雑魚であっても、一般人にとってはその命を脅かす明確な脅威となる。

 

 そして。

 

 今それが、目の前で現実のものになろうとしていた。

 

 多くの学生や教師がいる学校に、そのトリオン兵が現れてしまった。

 

 眼前に現れた脅威にパニックになり、逃げ惑う生徒達。

 

 学校中が、騒然となっていた。

 

「みんな急いで! 訓練通り地下室(シェルター)に避難して、早く……っ!」

 

 教師がパニックになる生徒達を声を張り上げて誘導し、避難を促している。

 

 誘導装置があるとはいえ、万が一近界民が出て来た場合の避難訓練自体はやっている。

 

 その成果もあり、ある程度の生徒達は避難する事が出来そうだった。

 

 しかし。

 

「生徒の避難は……っ!?」

「こっちはなんとか。でも南館がまだ……っ!」

 

 何事も、取りこぼしは起こるものである。

 

 運悪く近界民が向かってしまった南館の生徒は、未だ避難が出来ていなかった。

 

 このままでは、犠牲者が出る。

 

 その瀬戸際に、立たされていた。

 

「く……っ!」

「どうする気だ? オサム」

 

 修はトリガーを握り締め、南館を睨んだ。

 

 その行動に気付いた遊真が、修へ問いかける。

 

 一体、何をするつもりなのかを。

 

「決まってるだろ。近界民を、食い止める……っ!」

 

 そして、答えは決まっていた。

 

 修は。

 

 昨日と同じ、訓練用トリガーを手に。

 

 またしても、トリオン兵へ挑みかかる気でいたのだった。

 

「待て、オサム。捕獲用のバムスターも倒せなかったのに、戦闘用のモールモッドに勝てるのか?」

「勝てるかどうかは関係ない。やるかどうかだ」

 

 遊真の制止に即答でそう答え、修は南館を睨み付けた。

 

「確かに、お前の言う通りなのかもしれない。訓練用のトリガーじゃ碌にトリオン兵を倒せないのは事実だし、危険も承知だ」

 

 だけど、と修は顔を上げる。

 

 その眼には、確かな決意が宿っていた。

 

「何も、倒す必要は無い。此処に門が開いた事は、ボーダーも気付いた筈だ。だからぼくは、基地から隊員が来るまで時間を稼げればそれでいい」

 

 それに、と修は続けた。

 

「勝ち目が薄いからって、逃げるわけにはいかない。ここで逃げたら、きっと後悔すると思うから」

 

 修はそう告げて、トリガーを起動。

 

 白い訓練生の隊服を着て、南館の中へと向かって行った。

 

 遊真には、手を出さないよう言い残して。

 

「オサム……」

 

 そんな修の後姿を見据えながら。

 

 遊真は、複雑な面持ちを浮かべていた。

 

 

 

 

 南館では、逃げる生徒達をモールモッドが襲っていた。

 

 未だ、犠牲者は出ていない。

 

 しかしそれも、時間の問題であった。

 

「きゃあ!」

「やばいやばい」

「戻れ戻れ!」

「バカ! 後ろからも来てんだよ!?」

 

 パニックになり、逃げ惑う生徒達。

 

 他の生徒達と違い、この南館には彼等を誘導すべき教師がいなかった。

 

 先導者がいない生徒達は闇雲に逃げる他なく、刻一刻と追い詰められていた。

 

 その矢先に、校庭から後者をよじ登って来たもう一体のモールモッドが、生徒達の前に立ち塞がった。

 

 すぐ後ろには、最初にやって来たモールモッドが迫っている。

 

 モールモッドの身体は廊下を占領するほどには大きく、動きも機敏である為逃げ場がない。

 

 絶体絶命。

 

 生徒達は、窮地に追い込まれていた。

 

「アステロイドッ!」

 

 しかし。

 

 それに待ったをかけたのは、数発の弾丸。

 

 それが迫り来るモールモッドに向かって放たれ、僅かなりともダメージを与える。

 

「落ちろ……っ!」

 

 続けて、校舎をよじ登って来たモールモッドにもアステロイドを放つ。

 

 ダメージこそ殆どないが、トリオン兵は着弾した弾丸によって吹き飛ばされる。

 

 その結果として、モールモッドは校庭へと叩き落とされた。

 

「今のうちに上に逃げるんだ! 急げ……っ!」

 

 すかさず、生徒へ避難を呼びかける。

 

 パニックに陥っていた生徒達に、僅かなりとも平静が戻る。

 

 ボーダー隊員とは、三門市の市民にとってある種の防波堤だ。

 

 彼等がいるから、門が開き続けるこの三門市で近界民に怯える事なく暮らす事が出来ている。

 

 近界民相手においては、ボーダー隊員の存在は一種の精神安定剤として作用するのだ。

 

 故に、逃げる事に戸惑いはなかった。

 

 修の指示通り、生徒達が避難に向かって動き出す。

 

 そして修は、モールモッドの前に立ち塞がっていた。

 

(よし、逃げてくれたか)

 

 ちらりと逃げていく生徒達を見据えながら、修は無言でアステロイドを発射。

 

 着弾と同時に、一目散に逃げだした。

 

 モールモッド相手に勝ち目がない事は、理解している。

 

 相手は、戦闘用のトリオン兵。

 

 ランク戦を優先してトリオン兵相手の戦闘訓練を後回しにしていた今の修では、勝てる筈がない。

 

 ましてや、今修が使用しているのは訓練用のトリガー。

 

 C級ランク戦では仮想空間であったが故に相手のトリオン体を破壊するのに不都合はなかったが、現実では訓練用故にかけられた威力のリミッターが戦闘の邪魔をする。

 

 未熟なC級隊員が不用意に外で力を振るって下手な被害を出さないようにする為の処置であるが、威力不足である事実は消えない。

 

 しかし最初から、修はまともにモールモッドの相手をする気はなかった。

 

 既に、生徒達の眼はない。

 

 彼等の前でボーダー隊員である自分が逃げれば不安を煽り避難の妨げになる可能性があったが、その危険もなくなった以上修に躊躇はない。

 

 ランク戦の時と、同じだ。

 

 適度に挑発して、自分を囮にして逃げ続ければ良い。

 

 モールモッドは、戦闘用のトリオン兵。

 

 ならば、その優先撃破対象は力を持たない一般人ではなく、トリガーという武器を持つ修である筈だ。

 

 たとえ取るに足らない力であったとしても、今の攻防で他の生徒達を狙うには修が邪魔である事は認識したであろう。

 

 故に、修は躊躇いなく逃げを選択した。

 

 正面から立ち向かえば、瞬殺される事を理解して。

 

 モールモッドは、鎌の付いた寸動の百足のような体形をしている。

 

 動きそのものは速いが、トリオン体となった修であれば逃げ切れない程ではない。

 

 鎌の動きは特に機敏である為近付いてしまうと避ける事は難しかったであろうが、距離さえ取れば関係は無い。

 

 もしも七海のアドバイスでアステロイドに変えず、レイガストのままであったらこうはいかなかっただろう。

 

 ブレードトリガーでは近付く以外に手段がなく、機敏に動く鎌によって瞬殺されていた筈だ。

 

 幸いと言うべきか、校舎の廊下はモールモッドにとっては狭く、避ける場所が殆どない。

 

 故に修の威力不足のアステロイドとはいえ急所を狙い続ければモールモッドも防御という手段を取らざるを得ず、その分だけ動きが鈍る。

 

 その刹那を利用して、修は間一髪で逃げ続ける事に成功していた。

 

(このまま、隊員が来るまで時間を稼ぐんだ。無理はせず、それだけに集中すればきっと……っ!)

 

 

 

 

『オサムはどうやら自分を囮にして時間を稼いでいるようだな。今のところ、目立ったダメージはない』

「ふぅん、結構考えてるんだな」

 

 すぐやられるかと思って焦った、と遊真は溜め息を吐く。

 

 正直に言えば、瞬殺されて終わりだと思った。

 

 修の実力は昨日見た限りでは下の下の下というか、ぶっちゃけ滅茶苦茶弱かった。

 

 訓練用のトリガーを使っていたという事情もあるのだろうが、ボーダー隊員としてバムスターすら碌に倒せないのはどうなのか、と思わなくはなかった。

 

 しかし同時に、ただの非力な存在ではない事も理解していた。

 

 昨日もトリガーをあくまでバムスターの気を引く事を念頭に置いて使っており、もしかすると時間さえかければ自分の手助けがなくとも倒せた可能性はある。

 

 結論として、修は弱いがただの弱者ではない。

 

 だから、少しの期待がなかったと言えば嘘になる。

 

 彼なら、ただの虚勢では終わらせない。

 

 そんな期待を受けていたとは露知らず、修は今も一人で奮闘している。

 

 正しくは囮となって逃げ続けているのだが、下手に立ち向かってやられるよりはずっと良い。

 

 修は弱いが、自分のやるべき事を見失う事はない。

 

 このままであれば、ボーダー隊員が来るまで時間を稼ぐという勝利条件は達成出来る筈だ。

 

「あ、やばい」

 

 だが。

 

 それはあくまで、()()()()()()()()の話だ。

 

 遊真の視界の先に、動く影がある。

 

 その正体は、修によって叩き落されたもう1体のモールモッドであった。

 

 モールモッドは凄まじい勢いで再び校舎の壁を駆け上がり、修のいる場所へ向かっている。

 

 先ほどは虚を突く形で撃退出来ていたが、二度目となればそうはいかない。

 

 1体でもギリギリなのに、2体ともなれば流石に修の手に余る。

 

「やっぱり、助けに行った方がいいか」

『だがそれでは、オサムが後々困るだろう。ユーマがトリガーを使えば、ボーダーに感知される。まだ存在を知られるのは早いと、そういった話だった筈だ』

 

 此処で遊真が黒トリガーを使えば、モールモッドなど敵ではない。

 

 正しく瞬殺し、修を助けられるだろう。

 

 だが。

 

 それでは、迅の計画に支障が生じる。

 

 まだ、ボーダー本部に遊真の存在を知られるワケにはいかない。

 

 その事に、修も遊真も同意していた。

 

 彼等には助けて貰った恩があるのだから、その彼等が望むのであればいう通りにしよう。

 

 そういった心の動きも、勿論ある。

 

 それに。

 

 まだ出会ったばかりではあるが、修には不思議な魅力があるのだ。

 

 彼の為なら、なんだってやってやろう。

 

 そう思わせるだけの価値が、彼にはあった。

 

 色々世話を焼いて貰った贔屓目によるものかもしれないが、遊真の中で修の好感度はかなり高くなっていた。

 

 嘘をつかず、自分の芯が一切ブレないという在り方も好感が持てる。

 

 付いていくなら、こいつしかいない。

 

 遊真は修に対して、そんな想いを抱いていた。

 

 その修が、遊真の存在を隠しておきたいと望んでいる。

 

 だが。

 

 同時に、此処で修を見捨てたくない、と叫ぶ自分がいるのも事実だった。

 

 助けに行けば後々困った事になるのは、分かる。

 

 迅の話では近界民に憎悪を抱く隊員が遊真の事を探しているらしく、此処でトリガーを使えば一発でバレるだろう。

 

 そうなれば、修の立場も危うくなる。

 

 玉狛支部や迅がどれ程の影響力があるか分からない以上、近界民を匿っていた罪を問われて立場がなくなる、という事は十二分に有り得る。

 

 しかし。

 

 助けなければ、修が死んでしまう。

 

 それだけは断じて、許容するワケにはいかなかった。

 

「やっぱり、行くよ。オサムのトリガーを借りて戦えば、多分バレないだろ。いいか? レプリカ」

『それを決めるのは私ではない、ユーマ自身────────いや、待てユーマ』

 

 お決まりの台詞で返答しようとしたレプリカが、何かに気付いたように声をあげた。

 

 つられて、遊真もレプリカの視線を目で追った。

 

 その先には。

 

 一つの小さな影が、校舎に飛び込む姿があった。

 

 

 

 

「しまった……っ!」

 

 修は、背後からの奇襲を受けていた。

 

 先ほど、アステロイドで地面に叩き落したもう1体のモールモッド。

 

 それが、再び校舎の壁をよじ登ってやって来たのだ。

 

 目の前の敵に集中するあまり他への警戒を疎かにしていた修は、その奇襲で右腕を斬り飛ばされていた。

 

 無理もない。

 

 彼がこれまでやって来たのは、()()ランク戦。

 

 集団戦のノウハウは、未だに習得してはいないのだ。

 

 つい普段通りの動きで対処してしまい、横槍という可能性に気付くのが遅れた。

 

 経験不足による、明確な失態だった。

 

「く、このままじゃ……っ!」

 

 前と後ろを挟まれ、修には逃げ場がない。

 

 校舎の壁を破壊して逃げるという手があるが、モールモッドの前ではそのワンテンポの遅れが致命的だ。

 

 やられる。

 

 修は、そう覚悟した。

 

「────────良く頑張ったわね。C級隊員の割には」

「え……?」

 

 だが。

 

 それに、待ったをかけた者がいた。

 

 校舎をよじ登り侵入して来たモールモッドの腕が、見えない何かに絡め取られたかのように動きを止める。

 

 次の瞬間、背後から飛来した何者かが一撃を叩き込みモールモッドを粉砕。

 

 そして修を追っていたもう1体のモールモッドもまた、素早い動きで懐に入り込んだ人物の攻撃により両腕の鎌を斬り飛ばされ、続け様に急所を貫かれ沈黙。

 

 修にとって抗えない脅威であったモールモッドが、瞬く間に撃破された。

 

「無事かしら? 三雲くん。A級隊員(わたし)が来るまで、良く持ち堪えたわね。貴方らしい働きだわ」

 

 撃破したモールモッドを足蹴に、修を助けた人物がこちらを向く。

 

 その姿には、見覚えがある。

 

 個人的な親交はないが、彼女の顔は知っている。

 

 ボーダーの広報部隊である嵐山隊の一員にして、修と同い年ながら瞬く間にA級まで駆け上がったエリート隊員。

 

 木虎藍。

 

 その彼女が、何故か親し気な様子で修に手を差し伸べていた。

 

(…………初対面だよね?)

 

 助けて貰った感謝とか、その他いろいろあるけれど。

 

 そんな木虎の態度に、修は困惑が先に来るのであった。

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