痛みを識るもの   作:デスイーター

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木虎藍③

「あ、ありがとう……」

 

 修は取り合えず、自分を助けてくれた少女────────木虎に、礼を告げた。

 

 妙に親し気に話しかけて来たのは気にはなるが、助けられた事は事実だ。

 

 とにかくまずはお礼を言おう、と修は思い立ったのだ。

 

「どういたしまして。私の事は知っているかしら?」

「木虎、だよな」

「ええ、木虎藍よ。私を知ってるあたり、やっぱり見どころあるわね」

 

 ふふん、と中学生にしては豊かな胸を張る木虎に、修は困惑するしかなかった。

 

 この言い方からして、初対面なのは間違いない。

 

 少なくとも、修に木虎と直接面と向かって話をした記憶は無いのだ。

 

 問題は、にも関わらず木虎からの言葉の端々にまるで親しい友人に向けるような類の好意が滲み出ている事である。

 

 これは明らかに、初対面の人間相手の距離感ではない。

 

 むしろ、昔からの知古に対するそれだ。

 

 ただでさえイレギュラーな門の出現に許容限界(キャパシティ)を超えていたところに、謎の態度を取る木虎。

 

 修としてはもう、勘弁してくれといった感じであった。

 

「えっと、初対面、でいいんだよね…………?」

 

 流石にこれ以上疑問を放置する事は出来ず、修は恐る恐るそう尋ねた。

 

 問われた木虎は一瞬ポカン、と口を開けたが────────何かに気付いたようにポン、と手を叩いた。

 

「そういえば、確かにこうして話すのは初めてね。でも、貴方の事は知っていたわ。たまに、ランク戦を見てたからね」

「え…………?」

 

 まるで「そういえば言い忘れていたわ」とばかりに飛び出す木虎の言葉に、修は困惑する。

 

 ランク戦を見ていたというのは、まあ分かる。

 

 彼女とて気まぐれにランク戦を観戦する事くらいあるだろうから、それはおかしくない。

 

 だが。

 

 修のあの試合を見た上でこの態度というのは、少しおかしい。

 

 客観的な視点はともかく、修から見た彼自身の戦い方はお世辞にも格好良いものとは言えなかった。

 

 挑発を繰り返し、相手の弱み()()を狙って勝つような戦術。

 

 その戦術を取る事自体に一切の躊躇いはないが、それはそれとして自分が他者に嫌われる戦い方をしているという自覚くらいは辛うじてある。

 

 自覚はあるからといって、他者からの評価を気にするかどうかは話が別であるが。

 

 ともあれ、あんな戦いを見ておいてこの好意的な態度はおかしい、というのが修の認識であった。

 

 それに、そもそも今の自分は許可なくトリガーを使ったという隊務規定違反の現行犯だ。

 

 見るからに規律に厳しそうな彼女が、違反者を前にこの態度は明らかにおかしい。

 

 少なくとも叱咤か罵声の一つでも飛んできた方が、より彼女らしいと思ったのは気の所為ではあるまい。

 

「ああ、隊務規定違反の事なら気には────────して欲しいけれど、致し方ない事情があった事は理解しているわ。なんなら私から口添えするから、あまり心配しなくていいわよ」

 

 それに、と木虎は続ける。

 

「私が此処に来れたのは、迅さんの手回しのお陰ですし。後はあの人がなんとかするでしょう」

「迅さんが…………?」

 

 迅の名が出た瞬間、修はようやく今の事態に理解が及んだ。

 

 修は確かにモールモッド相手に時間を稼いでいたが、それでも増援が到着するには()()()()

 

 この三門市立第三中学校はボーダーの基地から遠く、通常であれば此処まで早く木虎が辿り着けるワケがない。

 

 だが、迅の介入があったというのならその前提条件はひっくり返る。

 

 恐らく、今日の事件を未来視で察知した迅が何かしらの手を回して今日この場に木虎が来れるようにしたのだろう。

 

 お陰で、修の時間稼ぎが功を奏して木虎の到着に間に合った。

 

 未来視も万能ではないと言うし、すぐに来れなかったのは致し方ない事情があるのだろう。

 

 どちらにせよ、あのまま木虎が来なければ修はやられていたであろうし生徒にも被害が出ていただろうから、迅や木虎には感謝するしかない。

 

「さて、そろそろ生徒の様子も見に行かなくちゃならないわ。付いて来てくれるかしら?」

「あ、ああ、分かった」

 

 木虎の言葉でその必要があるとようやく思い出し、修は彼女に続く。

 

 二人は、上へ逃げた生徒たちの安全確認に向かっていった。

 

 

 

 

「……………救援が間に合ったか。玄界(ミデン)の兵は動きが速いな」

 

 暗い部屋の中、モニターを前にした男が映像を見ながら呟いた。

 

 頭から角を生やした異形の男は小型トリオン兵(ラッド)のカメラを通した映像から、モールモッドを倒す少女とそれまで戦っていた少年の姿を見ていた。

 

 まるで、品定めをするように。

 

 青い髪をした青年は、その映像を凝視した。

 

(玄界の兵の動き方を知るという目的は達成出来た。しかし、可能であれば雛鳥の脱出機能の有無について確認しておきたかったが────────まあ、元より降って沸いた好機だったのだ。仕方ないと考えるべきだろう)

 

 男は惜しいと思う気持ちを切り替え、再び映像に目を向けた。

 

 モールモッドと戦っていた少年の方は見たところトリオンも低く、何の価値も感じない。

 

 だが、後から現れた少女の方はトリオンはそこまで多くないとはいえ、上位の兵に匹敵する動きを見せた。

 

 あれが平均レベルだとするなら脅威だな、と男は考える。

 

(可能であれば捕らえて部下に加えたいが、あくまでも金の雛鳥が最優先。雛鳥の脱出機能の有無が不明である以上、そちらに狙いを絞った方が良いだろう。雛鳥を狙うのは、それが叶わなかった時で良い)

 

 男はおもむろに立ち上がると踵を返し、そこで傍に控えていた女が声をかけた。

 

「ハイレイン様、方針はどうなさいますか?」

「流石に二度目は警戒されるだろう。今回のような雛鳥の脱出機能の有無を知るチャンスは、もうなくなったと見て良い」

「では」

 

 ああ、と男は────────ハイレインは頷き、告げる。

 

「雛鳥の確保は、後回しだ。可能な限り金の雛鳥を探し出して捕らえ、同時に例の二つの案件も済ませる。前者はともかく、後者は作戦の結果次第だがな」

 

 

 

 

「未来が動いたか」

 

 迅は自らが撃破したモールモッドを足蹴にしながら、ふと遠くを見詰めた。

 

 此処は、警戒区域ではない。

 

 三門第三中学校と同じように市街地で門が開き、そこから出てきたトリオン兵を迅が瞬殺したのだ。

 

 彼が修の所へ向かえなかったのは、単に三輪の尾行を警戒しての事ではない。

 

 此処で彼がトリオン兵を即時対処しなければ、市街地に大きな被害が出ていたからだ。

 

 以前に彼が見ていた未来(ケース)であれば此処に出現するトリオン兵は近くにいた別の隊員が駆けつけて倒していたが、街の破壊には間に合わず被害が出てしまっていた。

 

 今までの迅であればそれは必要な犠牲として許容したであろうが、現在の迅は方針を変えている。

 

 可能な限り、あらゆる被害を軽減する。

 

 今の迅は、そういった方向性で行動していた。

 

 今回、迅が動いた事で変化があった。

 

 未来の可能性が、大まかに二種類に絞られたのだ。

 

 一つは、誰も犠牲にならない最善の未来。

 

 もう一つは、市街地が破壊し尽くされ大量の犠牲者が出る最悪の未来。

 

 全てではないが、大きく分けて可能性はこの二つに傾いた。

 

 七海と出会う前に視ていた()()()()()の可能性は最早殆ど0に近い。

 

 今分岐する可能性のある未来は、二つ。

 

 0か100か、最悪か最善か。

 

 その、いずれかだ。

 

 どの行動が決定的な契機となって未来が変わったかまでは、まだ分からない。

 

 だが。

 

 これで、後戻りは出来なくなった。

 

 最善の未来を目指す以外に、来る大規模侵攻を乗り越えられる道は無い。

 

 覚悟は決めた。

 

 腹も括った。

 

 後は準備を怠らず、来るべき戦いに備えるのみ。

 

「迅」

「三輪、お疲れさん。そっちのトリオン兵を処理してくれて助かったよ」

 

 それは当然。

 

 近くにいたが故に率先してトリオン兵を狩りに行った、この三輪の対処も含まれる。

 

 迅を尾行していた三輪であるが、元より近界民(ネイバー)を前に飛び出さないという選択肢は彼には無い。

 

 元々気付かれているのも承知の上であった為、三輪は苦笑する米屋と共に出陣。

 

 近くにいたトリオン兵を、すぐさま駆逐した。

 

 そして三輪は、既に見つかっていたのだからと開き直り、直接迅を詰問しにやって来ていた。

 

「…………お前が近界民(ネイバー)を匿っている事は分かっている。この事態も、お前の思い通りか?」

「さて、何の事かな? でもまあ、此処に来ればお前をこいつらの駆除に巻き込めると思った事は事実だけどね」

「やはりお前の企みか、迅…………っ!」

 

 迅の一言に頭に血が上り、三輪は眉を吊り上げる。

 

 辛うじて手を出さないだけの理性を残す中、三輪はギリィ、と歯を食い縛り迅を睨みつけた。

 

「どんな思惑があろうと関係ない。近界民(ネイバー)も、それを匿うお前も全て俺の敵だ。いずれ必ず証拠を掴んでやる。精々、首を洗って待っていろ…………っ!」

 

 三輪はそんな捨てセリフを残し、その場を後にした。

 

 その後姿を見ながら迅はため息を吐き、苦笑した。

 

「……………………まあ、俺の自業自得だよね。ああなるって分かってボーダーへ入るように仕向けたんだから、こうなるのも当たり前だ」

 

 だから、と迅は遠のく三輪の背を見詰め、呟く。

 

「責任は、きっちり取るよ。それが、俺なりのお前へのケジメだからな」

 

 

 

 

「貴方のやり方は間違っていないわ。力で劣るなら、頭を使う。戦いでは当然の事よ」

 

 放課後。

 

 隊務規定違反の出頭をする為ボーダー本部へ向かっていた修に、木虎はいきなりランク戦の話を切り出した。

 

 どうやら木虎が修のランク戦を見たのは一度や二度ではないらしく、その都度修の取った戦術を分析し、評価を下していた。

 

 時には厳しい評価もあったが、木虎の言葉は概ね称賛であったと言って良い。

 

 まさかA級隊員でエリートの木虎に此処まで評価されているとは思わず、修は面食らっていた。

 

「でも、相手の弱みを突いてようやく勝てただけで褒められたやり方じゃないよ」

「大事なのは過程じゃなく結果よ。どんな戦術を使ったにせよ、貴方は勝った。なら、それ以外の全てはどうでも良い事だわ。貴方も、それは分かっていてやってたんじゃないの?」

「それは、そうだけど…………」

 

 尚も言い淀む修に、木虎はため息を吐きながら言い募る。

 

 己の想いを、言葉に乗せて。

 

「貴方は少し、自己評価が低過ぎるわ。まあ、私と比べれば勿論大した事はないけれど、それでもC級という括りで見れば充分見どころがあるわ。少なくとも、今のC級に貴方以上に光るものを持った人はいないもの」

 

 私はそんな貴方よりずっと凄いけどね、A級ですし、と木虎は何故か自慢気に話した。

 

 全身から、「褒めろ褒めろ」と訴えているのが目に見えるようだ。

 

 どうやら木虎は確かに修を評価しているし、その言葉にも嘘はない。

 

 離れた場所から様子を伺っている遊真の眼にも、彼女が嘘をついていない事は理解出来た。

 

 だが、話を聞く限りどうやら非力な修に精神的なマウントを取り、強さを見せつけてた上で頼って欲しい、という先輩願望が見え隠れしていた。

 

 やたらと修を褒めるのは、そうやって自分も褒めて欲しいという無意識の訴えだろう。

 

 ようやく、修は木虎という少女の事が分かって来ていた。

 

 見た目通りプライドがとても高く、実力相応に高い克己心を持っている。

 

 洞察力は悪くはなく、修のやり方を認めるだけの度量もある。

 

 ただし、自己顕示欲が物凄く強い。

 

 少なくとも、彼女ほどそれが高い人間を修は見た事がない。

 

 広報部隊の一員として活動しているのも、そういった高い自己顕示欲が相俟ってのものだろう。

 

 修は人前に立つ事自体はなんとも思わないが、進んで目立ちたいとは考えていない。

 

 他人から自分に向けた評価に一切興味がない修にとっては、目立つ事に対するメリットをなんら感じ取れないからだ。

 

 無論必要とあれば幾らでもそういう舞台に立つであろうが、必要がなければ自ら前に出る理由はない。

 

 修はそういう人間である為、木虎の性質はいまいち実感として理解し難い部分があった。

 

 まあ、ノリノリで写真撮影にポーズを決めて応じる木虎の気持ちを、目立つ事に価値を感じていない修が理解するのは無理だろう。

 

 とにかく、まずは本部に行って査問を受ける。

 

 自分の判断の結果どういった処分が下るかは分からないが、それでも逃げるという選択肢はない。

 

 隊務規定違反を犯したのは確かだが、あそこで動かなければ犠牲者が出ていた事がほぼ確実であった以上、修に一切の後悔はない。

 

 どんな処分が下っても止むを得ないとは考えているが、それはそれとして折角入隊しB級昇格まであと一歩となった立場を捨てる気は微塵もない。

 

 いざとなれば、土下座をしてでもボーダーに残る。

 

 そういった覚悟を、修は決めていた。

 

「え…………?」

 

 だから。

 

 その矢先の光景に、修は眼を見開いた。

 

『緊急警報────緊急警報────(ゲート)が市街地に発生します────市民の皆様は、直ちに避難して下さい────繰り返します────市民の皆様は、直ちに避難して下さい────』

 

 再び鳴り響く、非日常を告げる警報。

 

 そして開く、空の穴。

 

 そこから、現れたのは。

 

「なんだ、あのトリオン兵は…………?」

 

 空を泳ぐ、巨大な鯨。

 

 そうとしか思えない外観をした巨体のトリオン兵が、悠々と市街地の上空へとその姿を現していた。

 

 爆撃用トリオン兵、イルガー。

 

 三門市へ初めて現れる空の脅威が、街へ出現した瞬間だった。

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