痛みを識るもの   作:デスイーター

309 / 487
木虎藍④

 

「情報は、少しでも大いに越した事はない。無論、限度はあるがな」

 

 副官の女性を控えさせ、モニターを前にしたハイレインは呟く。

 

 そのモニターには上空を飛行するイルガーの姿と、パニックになる街の人々が映し出されていた。

 

「警戒はされただろうが、このタイミングであれば対策が間に合わない可能性は高い。間に合ったら間に合ったで、玄界(ミデン)の戦力評価を修正すれば良いだけの話だ」

 

 彼は、油断も慢心もしていない。

 

 自分たちの抱える戦力が本気を出せば大抵の相手を蹂躙出来るレベルである事は、理解している。

 

 だが。

 

 それは、事前の準備や対策を怠って良い理由にはならない。

 

 自らの力に驕り、力押しのみに頼った結果敗北した人間など、自他国問わず腐るほど見て来た。

 

 ハイレインは領主という高い立場にいるが、何の努力もなしに自らの地位が維持出来るとは欠片も考えていない。

 

 今回準備を進めている大遠征に関しても、それは同じだ。

 

 現在、アフトクラトルの「神」は死に瀕している。

 

 このまま「神」が死ねば、国の機能は停止する。

 

 風も吹かず、雨も降らず、夜も明けない。

 

 この国は、あと数年でそうなってしまう。

 

 無論、それを指を咥えて待つつもりはない。

 

 「神」が死ぬのであれば、新しい「神」を用意すれば良い。

 

 無論、誰でも良いというワケではない。

 

 豊富なトリオンを持った、優れた資質を持つ者が必要だ。

 

 その為に、現在アフトクラトルの領主達は遠征を繰り返し、次の「神」を探している。

 

 「神」選びは、古来より近界で続いて来た。

 

 彼等の国であるアフトクラトルは、この「神」を厳選し、より優れた者を選ぶ事で国力を増大させて来た。

 

 無論、これはアフトクラトルの強大な軍事力あっての結果でもある。

 

 近界(ネイバーフッド)でも最大級と称される軍事力は、リソースを消費する遠征を繰り返して尚、彼等の資源を尽きさせない。

 

 今となっては、軍事力といった面でアフトクラトルに抗する事の出来る国は殆どいないだろう。

 

 その証拠のように、少数精鋭が揃うガロプラ等も彼等の力の前に屈し属国となっていた。

 

 軍事力を背景にした砲艦外交で強大となったアフトクラトルの力は、それだけ大きい。

 

 だが。

 

 その国力は同時に。

 

 「神」選びに、一切妥協出来ない弊害ともなっていた。

 

 今のアフトクラトルの広大な領土は、厳選した「神」の力故のものである。

 

 これでもし、次の「神」を現在の「神」よりも低いトリオンを持つ者に選んでしまった場合。

 

 国土は減り、民もまた()()他なくなる。

 

 故に、必要なのだ。

 

 現在の死に瀕した「神」に匹敵する、もしくは上回る資質を持った新たな「神」が。

 

 だからこそ、アフトクラトルの領主達は自国の守りを削るリスクを冒してでも「神」を探す為の遠征を繰り返している。

 

 特に、今回の遠征では国宝星の杖(オルガノン)の使い手たる剣聖ヴィザまで動員している。

 

 取り返しの利かない失敗は、決して許されない。

 

 遠征が失敗に終わった時のサブプランは用意してはあるが、それを選べば身内でゴタゴタが起こるし、扱い難いが優秀な駒を一つ捨てざるを得なくなる。

 

 必要とあらば躊躇わないが出来れば取りたくはない手段であるが故に、遠征に手を抜く事は出来ない。

 

 加えて、サブプランを実行するにあたっての保険として明確な()()があれば他を黙らせる事も容易くなる。

 

 たとえば、玄界の未熟なトリオン能力者────────────────通称「雛鳥」を充分な数確保する事が出来れば、成果としては上々だ。

 

 だがその場合、問題となるのは玄界の戦闘員達が用いている脱出機能だ。

 

 どうやら玄界のトリガーには、トリオン体が限界を迎えると自動で生身の肉体をを指定の場所に転送するシステムが備わっているらしい。

 

 玄界はトリガー後進国であると考えていたが、このシステムは実に優秀である。

 

 通常、近界の戦争ではトリオン体が限界を迎えればその場に生身の肉体が放り出され、敵の前に無力な状態を曝け出す事になる。

 

 そうなれば、待っているのは死か虜囚になるかのどちらかだ。

 

 だが、このシステムはそんな常識を覆す。

 

 何せ、戦場で兵士の損耗を気にする必要がない。

 

 危険が伴う潜入任務も、通常は士気が下がる故に多用出来ない捨て身の作戦すらも、容易く可能となってしまうのだ。

 

 そして、このシステムがある限り、玄界(ミデン)の兵を捕らえるのは容易ではない。

 

 このシステムは自身の意思でも発動可能である様子である為、この上なく捕獲に向いた自身の黒トリガーを用いてさえ、逃げ切られる可能性が高い。

 

 もしもこれが限界の兵全員に搭載されているのならば、その確保など夢のまた夢であろう。

 

 しかし。

 

 現実的に考えて、それは有り得るのか。

 

 画期的なシステムであるが、そもそもトリガーは無から作られるものではない。

 

 精製には相応の資源を消費する為、作りたいだけ作る、というワケにはいかないのだ。

 

 そして、雛鳥達はまだ未熟で戦闘力として数えられるレベルではない。

 

 先ほどモールモッドと戦っていた雛鳥の戦力を見る限り、この認識はそう間違ったものではないハズだ。

 

 弱兵に資源を与えるのは、効率の面で考えればデメリットだ。

 

 戦力として運用していない者に緊急時の脱出機能を付与するだけの余裕が、トリガー後進国であった玄界に果たしてあるのか。

 

 今回の襲撃は玄界の戦力と運用を調査する為のものであると同時に、それを確かめる為でもあった。

 

 また、それが叶わずとも玄界のイルガーに対する対処を見る事が出来る。

 

 イルガーは飛行能力に加え硬い装甲を持ち、爆撃能力がある。

 

 敵国により多くの被害を齎すという事に主眼を置いて製作されたこのトリオン兵は、広範に被害を与える能力に長けている。

 

 爆撃に雛鳥を巻き込む事が出来れば最上。

 

 そうでなくとも、民に被害が出れば()の人間は対応に回らざるを得ない。

 

 その手間の分玄界の対応能力が落ちれば、それはそれで悪くない。

 

 玄界の恨みを買ってしまう事にはなるが、そもそも大規模な遠征を計画している時点で今更である。

 

 ハイレインは映像を凝視し、情報を見落とさないよう目を細めた。

 

「さて、見せて貰おうか。イルガーを、どう対処するかをな」

 

 

 

 

「マズイな。爆撃が来るぞ」

 

 爆撃用トリオン兵、イルガー。

 

 空を飛行するそれを目にした遊真は、既にその方角に向かって駆け出していた。

 

 イルガーは、基本的に国同士の()()で使用されるトリオン兵だ。

 

 制空権を確保し、空から爆撃を敢行するその制圧力は脅威である。

 

 故に。

 

 捕獲目的でトリオン兵を送られる事が常である玄界に対して、このイルガーを使うのは少々おかしい。

 

 目的が拉致もしくはトリオン機関の摘出である以上、その対象を吹き飛ばしてしまいかねないイルガーはその障害になりかねない。

 

 トリオン兵とて無限に生み出せるワケではないのだから、無駄は極力省くのが普通だ。

 

 イルガーをこの場に投入して来た目的が、遊真には理解出来なかった。

 

 だが。

 

 今はそれよりも、差し迫った脅威への対処が優先である。

 

 理由が不明なれど、現実の脅威としてイルガーは現れてしまった。

 

 ならば、一刻も早く対処に回らなければ被害は加速度的に増加していく。

 

 敵国に被害を齎す、という面に置いてイルガー以上の適任はそういないのだから。

 

 遊真自身はこの世界の人々に対しまだ何らかの愛着を感じているワケではないが、それでも被害が増えれば修は悲しむだろう。

 

 故に、行動する事に迷いはない。

 

 幸い、この場には先程モールモッドを瞬殺していた木虎という隊員がいる。

 

 トリオンは修ほどではないが低いものの、その技巧はそれを補ってあまりある。

 

 彼女であれば、恐らくイルガーの撃破自体は可能と思われる。

 

 問題は。

 

 それまでに起きる被害や、撃破した()についてだ。

 

 既に、イルガーは爆撃の発射態勢に入ってしまっている。

 

 遊真の黒トリガーをフルに使えば恐らく対処は可能だが、そうなると確実にボーダーに彼の存在が察知されるだろう。

 

 撃破した後の問題であれば地形的な恩恵もあって隠れたままでも対処は可能だが、爆撃の被害を減らす事は出来そうにない。

 

 そこは許容するしかないか、と遊真は割り切った。                                  

 そもそも、この戦闘に介入する事自体リスクが大きいのだ。

 

 戦闘へ介入する以上、どうしたってその痕跡は残る。

 

 可能な限り減らす事は出来るが、全くの0にする事は出来ない。

 

 レプリカという優秀なサポートがいるとはいえ、限度はあるのだ。

 

 ならば、正体を隠すという方針を守った上で可能な限り支援する。

 

 遊真は自らの方針をそう定め、行動を開始しようとした。

 

「あれは…………?」

 

 そんな彼の眼に、予想外の光景が映る。

 

 それは。

 

 橋の上から放たれた、無数の光弾であった。

 

 

 

 

「小夜ちゃん、弾道予測」

『了解です』

 

 橋の上に立つ那須は、上空に浮かぶ巨大なトリオン兵を見上げながら、両腕にキューブサークルを展開。

 

 オペレーターの支援を受け、標的を見定める。

 

 上空から飛来する、破壊の雨。

 

 放置すれば甚大な被害を引き起こすであろうそれこそが、標的。

 

 そして。

 

 魔弾の射手は、空を睨み引き金を引いた。

 

「────────撃ち落とすわ」

 

 

 

 

「え…………?」

 

 その困惑は、木虎の口から出ていた。

 

 門から出現した飛行する巨大トリオン兵に驚愕しつつも対処に動こうとしていた木虎は、空の敵の不穏な動きに気が付いた。

 

 下に向けて展開される、無数の弾頭。

 

 それが空爆の為のものであると察した木虎は、即座にその被害を許容するしかないと決断した。

 

 木虎のトリオンでは、射程は短い。

 

 あの数の爆撃を全て防ぎ切るには、精密なトリオンコントロールと神業じみた技巧と充分な射程が必要となる。

 

 トリオン弱者に属する木虎では、この条件を満たせない。

 

 故に、被害は許容する他ない。

 

 木虎はそう考え、修に避難誘導を指示しつつ被害を前提に動こうとした。

 

 その矢先に。

 

 空からの爆撃が、()()撃ち落とされた。

 

 橋の上から延びる、流星の如き弾幕によって。

 

 あの弾丸の軌道は、間違いなく変化弾(バイパー)

 

 それを此処まで巧く使える射手は、木虎の知る限り二人しかいない。

 

 一人は、太刀川隊射手出水公平。

 

 そして、もう一人は。

 

『木虎ちゃん、聞こえる?』

「那須先輩………っ!?」

 

 那須隊射手、那須玲。

 

 木虎がその存在を思い浮かべた矢先、当人から通信が来た。

 

 何故此処に、という疑問はある。

 

 だが。

 

「対処、任せて良いですか?」

『任せて。全部、撃ち落とすわ』

 

 この場の対処が、最優先。

 

 疑問は後回しで構わない。

 

 今は、一刻も早く事態の解決を。

 

 爆撃は、那須が全て撃墜してくれる。

 

 彼女がああ言った以上、その実現を疑う余地はない。

 

 ならば、自分がすべき事は何か。

 

「了解。あのトリオン兵の撃破は、私が行います」

『お願いね』

 

 決まっている。

 

 あの悠々と空を泳ぐ敵の、撃破。

 

 それは、他ならぬ自分の役目だ。

 

 木虎はそう決意し、動き出した。

 

 

 

 

「今のバイパーは、那須先輩か…………?」

 

 市街地で避難誘導を行っていた修は、橋から放たれた流星の繰り手に心当たりがあった。

 

 以前ランク戦を見た時、幾度も目撃した光景。

 

 戦場を支配する、光の流星。

 

 あの変幻自在の弾丸をあそこまで巧く使えるとなれば、修の知る限りあの少女しかいなかった。

 

 爆撃を全弾撃ち落とすとは中々におかしな真似をしているが、彼女程極まった射手であればそういう事も有り得るのだろう。

 

 そう理解して、修は避難誘導を続けた。

 

 その中途。

 

 撃ち落とされた爆撃から伝わった衝撃で、建物に吊るされた看板が落下した。

 

 元より、老朽化で錆びかけていたのだろう。

 

 それが、逃げる事に夢中で危険に気付いていない幼い少女の頭上へ落下する。

 

「危ない…………っ!」

 

 修はいち早くそれに気が付き、少女を庇った。

 

 結果として看板は修の背に落下したが、木虎に言われてトリオン体になっていた為ダメージはない。

 

 そこへ、少女の母親が慌てた様子で駆け寄って来た。

 

「あ、ありがとうございます…………っ! だ、大丈夫ですか…………っ!」

「大丈夫です。それより、建物の近くは危ないのでなるだけ避けて避難して下さい。今のように、古くなった建物は特に危険です」

「ええ、分かったわ」

 

 少女の母親はそう言って再び礼を告げると二人で避難を開始した。

 

 それを見送り、修は再び周囲を見回した。

 

(研修の成果が出たな。幸い、トリオン体なら物に当たったところでダメージはない。いざという時は、確かに有効だ)

 

 ────────トリオン体は高い膂力を持ち、物理的なダメージを無効化出来ます。災害現場では、その性質を有効活用する事が出来るという事を念頭に置いて下さい────────

 

 修は、先日受けた研修の内容の一部を思い返していた。

 

 トリオン体は生身の身体にはない膂力があり、通常のダメージは無効化出来る。

 

 故に瓦礫をどかしたりする事が出来るし、その結果として二次災害に巻き込まれても無傷で生還出来る。

 

 そういう意味で、ボーダー隊員は災害救助に適した性質を持つ。

 

 それを聞いていた修は、「いざとなれば自分の身を幾らでも盾に出来るな」と独自解釈し、実行した。

 

 研修の講師としては「危険な現場でもリスクを冒さずに活動出来ます」程度の意味で言ったのであろうが、可能性があれば追及せずにいらないのが修だ。

 

 ある意味、研修の成果を充分に活用している事は間違いないのだが。

 

(次も同じ事がないか、気を付けないと。街の人を安全に避難させるのが、今のぼくの役目なんだから)

 

 

 

 

(奴は周回軌道で爆撃してる。川に来るのを待って、橋を足場に駆け上がるのが最善…………っ!)

 

 木虎は橋に到着し、アーチを駆け上がる。

 

 瞬間、橋に陣取り爆撃を撃ち落とし続けている那須と目が合い────────各々の役割を全うする事を視線で再確認し、すれ違うように跳躍。

 

 アーチを足場にして上空へと駆け上がり、イルガーの背へと着地した。

 

 そして不意の迎撃を固定シールドで凌ぎ、木虎はスコーピオンで装甲を割断。

 

 そのまま、イルガーへ致命傷となる一撃を叩きこんだ。

 

 

 

 

「うまく行ったな」

 

 目に映る光景を見据えながら、遊真は呟いた。

 

 どうしようもないと諦めた爆撃の被害であったが、彼の知らない第三者の介入でそれを防ぎ切る事に成功していた。

 

 イルガーの爆撃の悉くを、全て光弾で撃ち落とすという神業によって。

 

 遠目に見える橋の上に、それを成した少女の姿がある。

 

 身体の線が出る戦闘服を着た少女は、光弾を生成し爆撃を撃墜しきって見せた。

 

 そして、イルガーそのものへの対処は木虎が行った。

 

 イルガーの移動経路を計算し、その背に跳躍。

 

 背部に出現した砲門からの攻撃も凌ぎ、イルガーへ致命傷を与えた。

 

 しかし、これだけでは終わらない。

 

 イルガーには大きなダメージを受けると自爆モードへ移行し、付近で最も人の多い場所に落ちるという悪辣極まりないプログラムがある。

 

 この状態のイルガーは通常時よりも装甲が硬くなり、破壊するのは容易ではない。

 

 このままでは街に墜落し、甚大な被害を出す事だろう。

 

「ここまでやってくれたんだ。後は、おれがやるさ」

 

 だが。

 

 それは、この場に遊真がいなかったらの話だ。

 

 遊真は換装し、黒い戦闘服を纏う。

 

『鎖』印(チェイン)────────三重(トリプル)

 

 そして、鏃の付いた鎖を射出。

 

 鏃はイルガーの腹部に突き立ち、遊真はその鎖を握り締めた。

 

『強』印(ブースト)────────七重(セプタ)

 

 更に、『強』と刻まれた印字の能力により膂力を一気に引き上げる。

 

 その膂力を用いて、鎖を牽引。

 

 巨体を川へと叩き落す事に成功し、イルガーはそこで自爆。

 

 街へ被害を出す事なく、消滅を迎えた。

 

「なんとかなったな。けど────────」

 

 遊真は戦闘体を解除し、橋の方へ眼を向けた。

 

 今の遊真の行動は、イルガーの背にいた木虎には見えなかっただろう。

 

 だが。

 

 橋の上で戦っていた那須には、その光景が見えていた。

 

 戦闘に集中しているから気付かれないだろうと考えていたが、少女の空間把握能力は彼の想像を遥かに超えていた。

 

 加えて言えば、自爆モードになった事でイルガーの爆撃は停止していた。

 

 既に放たれた爆撃を対処するだけであった那須にとって、遊真という明確な異常を発見するのは実に容易い。

 

 彼女の眼は、しっかりと遊真の姿を捉えている。

 

 これが、遊真と那須。

 

 二人の、ファーストコンタクトとなった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。