「照屋隊員、柿崎隊長からは離れ単独で動く……っ! 狙うは『那須隊』狙撃手、日浦隊員か……っ!」
実況席で三上がハキハキした声で、画面を見ながらそう告げる。
映し出された画面にはバッグワームを使用している照屋の反応が主戦場となったビル群の方に向かっており、その先には同じくバッグワームを用いている茜の反応があった。
照屋が彼女を狙って動いているのは、外から見れば瞭然だった。
「柿崎さんを一人にしてでも日浦ちゃんを狙ったかー。ま、悪い選択じゃねーわな」
「そうだな。むしろ、この状況なら最善に近い選択と言える」
照屋の戦術を出水が称賛し、奈良坂もそれに追随する。
A級の二人から見ても、照屋の選択はそう悪くないものであった。
「あの場では、固まっていても意味はない。このMAPは、那須と相性が良過ぎるからだ」
「ふむ、それはこのMAPにビルが多いから、という事ですか?」
「有り体に言ってしまえば、そうなる」
まず、と奈良坂は前置きして話し始めた。
「この『摩天楼A』のMAPは数あるMAPの中でもかなり広大な部類に入り、尚且つ中央に近付くにつれてより多くのビルが乱立している。つまり、那須の
「障害物を盾に機動戦で相手を翻弄するのが、那須さんの戦闘スタイルだからなー。上から狙撃で牽制出来る狙撃手がいなくちゃ、このMAPで相手するのはきちーだろ」
確かに、彼等の言う通り那須の戦闘スタイルは障害物が多く、高低差の激しい場所でこそ真価を発揮する。
那須と柿崎が戦り合っている場所は中央区の端のあたりであり、周囲には大小様々なビルが乱立している。
その上ビル同士の位置も割と近い為、ビルの壁を足場にした三次元機動を行うには最適の場所と言えた。
ビルの間を跳び回りながら複雑怪奇な軌道の『
那須は決してブレードトリガーの間合いには近付かず、ビルの間を跳び回りながら『バイパー』の射程・弾速・威力を幾度もチューニングし直しながら放ち続けている。
その所為で『柿崎隊』はどういう軌道で『バイパー』が襲って来るのかを全く予測する事が出来ず、『固定シールド』を用いての防戦でしか対処出来ていなかった。
『柿崎隊』の中距離戦用の武器である銃手トリガーは同一威力での射程であれば射手トリガーに勝るが、射手トリガーのような
銃手トリガーはあくまで中距離戦に置いての
それを分かっているからこそ、那須は銃手トリガーの射程外から一方的に攻撃を仕掛けているのだ。
時折銃手トリガーの射程ギリギリまで接近して弾速や威力を重視したバイパーを撃って来る事もあるが、それでも決して無理はせず、回避に重点を置いた立ち回りを徹底している。
自分の強みを完璧に理解し尽くしている、そういう類の動きであった。
そんな那須相手では、二人いようが三人いようが効果的な戦いは望めない。
精々、固定シールドを張りながら牽制代わりの銃撃を放つくらいが関の山だ。
那須が『柿崎隊』を仕留める為に攻めっ気を出せば話は別だが、虎太郎を撃破した後も彼女は回避重視の立ち回りを崩していない。
照屋は現在バッグワームを着ている為、那須には彼女が付近に潜んでいるのか、それとも此処を離れているのか判断が出来ないからだ。
故に、いつ奇襲を受けてもいいように回避重視の立ち回りを継続している。
だからこそ、一人となった柿崎でも彼女の包囲射撃を防ぐ事が出来ていたのだ。
「那須は今、照屋が付近に隠れているのかそれとも別の場所に向かったのか、判断がつかない状況だ。照屋が見つからない限り、無理に柿崎さんを仕留めには行かないだろう」
「七海が合流すりゃ、それで
柿崎さんの判断かもしれねーけど、と出水は呟く。
「しかし、ホント意外だったな。最後まで部隊は別けねーと思ってたんだがな」
「『柿崎隊』はこれまで合流優先の戦術を徹底している。そういう意味では、意表を突くには良い手だった」
だが、と奈良坂は続ける。
「その判断を最初に出来なかった事が、悔やまれるな。最初から部隊を別けて主戦場に介入していれば、また違った結果もあっただろう。判断の遅れが、試合の明暗を分けたと言える」
「ま、たらればの話を今してもしゃーねえけどな。それこそ、七海得意の乱戦に巻き込まれて全滅した可能性も有り得ただろーし。結果論だけ言っても仕方ないって、前に太刀川さんも言ってたぜ」
「ああ、だから彼等の判断が間違っていたとまでは言わない。あくまでも結果論だからな」
奈良坂は出水の意見を認め、そう締め括った。
彼からして見れば『柿崎隊』の合流戦術は非効率の極みであり、内心思う所がないわけでもない。
だが、此処は解説の場だ。
『柿崎隊』の守備重視の戦術は確かに効率的とは言い難いが部隊の損耗を避けるという点では現実の戦場に置いては決して間違った判断とは言えず、ランク戦の存在意義が
ROUND1の最初で東が語った通り、ランク戦といえどその本質は実戦を想定した
競争形式にして鎬を削り合う事が上達の近道である事は数々のスポーツが証明しており、その為に対戦形式にしているが、その本質を決して見誤ってはならない。
幾ら『緊急脱出』があるとはいえ、彼等が放り込まれるのは本物の
戦場に置いては、生き残るという事は大切だ。
生き残ってさえいれば後の戦線に貢献出来るし、味方が一人でも多い方が有利なのは間違いない。
そういう意味で、柿崎の戦術を間違っていると告げるのは、ランク戦の意義に反する。
柿崎の戦術はランク戦に適したものとは言い難いが、実戦を想定したものとして見るなら一定の評価を下す事が出来るのだ。
解説を任された者の一人として、そんな真似をするべきではないと奈良坂は判断したワケである。
「ともかく、照屋ちゃんが日浦ちゃんを仕留められるかどうかがこの試合の分水嶺なのは間違いないだろーぜ。まさに、最終局面ってやつだな」
────照屋文香が『柿崎隊』に入隊したのは、とあるテレビ放送が原因だった。
それは今では『ボーダー』の広報部隊として多くのメディアに出演している『嵐山隊』の嵐山と柿崎が広報イベントとして記者達のインタビューを受けている番組だった。
常に笑顔を絶やさず爽やかな声で記者の質問にそつなく答える嵐山に対し、柿崎は緊張しているのか少し表情が硬かったように思う。
そして、記者が彼等にこんな質問をしたのだ。
────次に大規模な『近界民』の襲撃があったら、街の人と自分の家族どっちを守りますか?────
…………今思い出しても腹立たしい、悪意に満ちた質問だった。
街の人を優先すると言えば家族を大事にしないのか、と揚げ足を取り。
家族を優先すると答えれば、街の人を守る気がないのか、と責め立てる。
そういう批判を行う為の、性根の腐った質問だったように思う。
他の人がどう判断しようが、他ならぬ照屋自身がそう思ったのだ。
そういった一般市民の
下手に反応すればそういった輩はつけ上がる事が分かり切っているから特に何もしていないだけで、内心で腸が煮えくり返った経験は幾度もあった。
だから、その時に嵐山がそつのない返答で記者をやり込めた時は内心喝采したものだ。
…………けれど、それ以上に目を惹いたのは。
その質問を受けた時の、柿崎の苦しそうな表情だった。
その表情を見た時、照屋の中に強烈な庇護欲めいた感情が沸き上がった事を覚えている。
昔から照屋は世話焼きな面があり、あまり要領の良くないタイプのクラスメイトにも分け隔てなく接し、多くの者から慕われていた。
そうやって世話を焼いた中にはいじめられっ子も多く含まれており、いじめっ子達にとって攻撃対象を庇護する照屋は目障りに映り、新たないじめの標的にする事で報復しようとした。
結論から言えば、照屋はいじめっ子達全員を返り討ちにした。
クラスメイトや教師の前でいじめっ子達を正面から糾弾し、逆上した彼等達をその場で取り押さえた。
流石に公衆の面前で照屋に殴りかかったいじめっ子達に反論の余地はなく、クラスで居場所を無くした彼等は小学校を卒業するまでずっと肩身の狭い思いをする事となった。
そんな照屋にとって、あの時の柿崎は酷く魅力的に映ったのだ。
柿崎はあの時、自分の保身よりも『ボーダー』の、仲間の事を気にして言葉を詰まらせていた。
彼ならば自分の保身を考えて動けなかったと言うだろうが、照屋はそうは思わなかった。
あの時、柿崎は自分が迂闊な事を答える事で共にインタビューを受けていた嵐山に批判の眼が向くのを恐れていた。
彼は嵐山が質問に答えている最中、しきりに嵐山の事を心配していたのだから。
多くの者はそつなく質問に答えていた嵐山に注目していた為気付かなかっただろうが、ずっと彼の事を凝視していた照屋の眼には嵐山の方を心配そうに見詰める柿崎の姿がハッキリと映っていた。
自分の先入観が多大に入った解釈だったかもしれないが、照屋はそんな柿崎を見て、『ボーダー』に入隊して彼と共に戦う事を決めた。
柿崎が自分の隊の隊員を募集した時、照屋は即断で彼の部隊に入隊した。
実際に彼の隊に入り、接していくにつれて自分の考えは間違っていなかったと強く思うようになった。
柿崎は常に仲間の事を考え、自分よりも仲間を優先してしまう、何処か危なっかしい所がある青年だった。
彼はとにかく、全ての責任を自分で負いたがる悪癖があった。
何をするにしても、責任が全て自分に集中するように動いてしまう。
他の誰かに、重荷を背負わせたくない。
そんな優しさが、彼の行動には滲み出ていた。
そんな彼を見て、照屋は
柿崎は、自分の所為で隊が燻っていると考え続けている。
前期のランク戦でも、負ける度に自分達に頭を下げて謝って来る柿崎を見るのは辛かった。
だが、そんな柿崎が、今回は自分と虎太郎の勝手を許してくれた。
責任を、負わせてくれた。
だからこそ、失敗するワケには行かない。
勝つ事までは、無理かもしれない。
けれど、確実に点を取り、彼の判断が間違っていなかったと証明する。
その為に、全力を尽くす。
照屋は、静かな闘志を漲らせ、夜の街を駆けていた。
「見つけた……っ!」
そして遂に、その想いが報われる。
視界の先、ビルの谷間。
そこを走る、小柄な影。
日浦茜が、そこにいた。
こちらの事を、茜も気付いたのだろう。
慌てた様子でライトニングを構え、こちらに銃口を向けた。
「シールド!」
だが、照屋は慌てる事なくシールドを展開。
弾速が速いとはいえ、威力に乏しいライトニングの弾丸は、シールドを傷付ける事すら出来ずに弾かれる。
茜の真骨頂は、味方の支援を受けての精密狙撃。
単体では、その脅威は発揮されない。
(獲った……っ!)
照屋は弧月を構え、茜に向かって斬りかかる。
接近戦では、照屋に分がある。
そも、狙撃手は接近を許した時点で無力な相手に成り下がる。
この距離なら、負けはない。
そう確信し、照屋は弧月を振り下ろした。
「……え……?」
────だが、その斬撃は空を切る。
茜の姿が、
思いも依らぬ展開に、照屋の思考に空白が生まれる。
だが、その現象を起こす事が出来る一つのトリガーの存在を思い出し、勢い良く背後を振り向いた。
「ぐ……っ!」
しかし、その判断は遅きに失した。
背後から飛来した弾丸により、弧月を握る照屋の手首が吹き飛ばされた。
弧月を取り落としながらも、照屋は後ろを向く。
照屋の背後、さして高くもないビルの屋上。
そこに、日浦茜がライトニングを構えたまま立っていた。
「『テレポーター』……ッ!?」
視界の先、数十メートルを瞬時にして移動する
────『テレポーター』。
彼女が使用したのは、紛れもなくそのトリガーだった。
完全に意表を突かれた照屋は、唇を噛んだ。
だが、悔しがっている時間はない。
このまま茜の逃亡を許せば、自分の行動のその全てが無駄になる。
急がなければ。
即断した照屋は、左手にアサルトライフルを構えて駆け出した。
茜がいるビルは、そう高いものではない。
トリオン体の運動能力であれば、充分に駆け上がれる筈だ。
そう判断し、照屋はビルを駆け上がるべく地を蹴り跳躍。
テレポーターには、一度長距離を飛ぶと再使用までに時間がかかるデメリットがある。
故に、速攻。
テレポーターが再使用可能になる前に、茜を仕留める。
そう意気込み、照屋は一気に屋上まで駆け上がった。
視界の先には、屋上から飛び降りて逃げようとする茜の姿。
逃がさない。
照屋はアサルトライフルの引き金に手をかけ、そして────。
「が……っ!?」
────背後から受けた
「な、にが……っ!?」
何が起きたか理解出来ず、振り向く。
その、背後を振り向いた照屋が見たものは。
「────」
自分の背中に
「ぐ……っ!?」
だが、照屋には反撃すら許されない。
隙を逃さず放たれた『ライトニング』の一撃が、照屋の頭部を貫通。
『戦闘体活動限界。
機械音声が彼女の敗北を告げ、照屋は光の柱と化して戦場から脱落した。
「な……っ!? 文香がやられた……っ!?」
照屋脱落の報は、すぐに柿崎にも伝わった。
柿崎の顔に、自らを悔いる感情が浮かぶ。
一瞬の、思考の空白。
だが、那須の攻撃は容赦なく。
無数の光弾が、柿崎に降り注いだ。
「く……っ! む、これは……っ!?」
柿崎はこれまで通り固定シールドを張ろうとして、気付く。
放たれた光弾は、柿崎を包囲する形ではなく、一ヵ所に纏まって降り注いでいる。
恐らく、先程もあった包囲射撃『鳥籠』に見せかけての一点集中
瞬時に柿崎はそれだと判断し、シールドを前面に集中して展開した。
幾らかは通すかもしれないが、この場で脱落するよりはマシだ。
そう判断し、前面にシールドの強度を集中した。
…………して、しまった。
「……な……?」
確かに、那須の射撃は一点に集中した攻撃であった。
誤算があるとすれば、それは。
シールドに着弾した瞬間、その弾丸が
────
それが、柿崎に放たれた那須の
広範囲を焼き尽くす爆発に呑まれ、柿崎は致命。
『戦闘体活動限界、『
そして、機械音声が柿崎の、『柿崎隊』の敗北を告げる。
登り立った光の柱が、試合終了の合図となった。
試合結果、8:0:0。
ROUND1に続く、『那須隊』の完全勝利だった。