痛みを識るもの   作:デスイーター

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城戸正宗③

 

「迅悠一、お召しにより参上しました」

 

 迅が部屋に入り、その場の全員が彼に注目する。

 

 この場にいるのは、上層部のほぼ全員といっていいメンバーだ。

 

 本部司令である城戸を始め、本部長の忍田。

 

 開発室長の鬼怒田に、メディア対策室長の根付。

 

 加えて外務・営業部長の唐沢に、玉狛の林道支部長。

 

 その面々に加えて、城戸の傍に控えるように立つ三輪と、扉側の席に座る修がいる。

 

 三輪は迅の入室に僅かに眉を顰めたが、流石にこの場で敵対的な態度を露にする事はしない。

 

 修は迅がやって来た事で、他に気付かれぬように安堵の息を吐いていた。

 

 今回の集まりの目的は二点。

 

 一つは、隊務規定違反を犯した修の処遇決定。

 

 もう一つは、言うまでもなくイレギュラー門の一件。

 

 その事に関して論議する場が、今此処である。

 

「ご苦労。これで揃ったな。本題に入ろう。市内に開いている、イレギュラー門についてだ」

 

 迅の入室を確認すると、城戸はそう切り出した。

 

 当然といえば当然。

 

 目下最大の懸念事項が、このイレギュラー門についてなのである。

 

 イレギュラー門は市街地に発生しており、今回は七海達の奮闘で被害を食い止められたものの、これが続けばいずれ大きな被害が出かねない。

 

 ハッキリ言ってしまうと、ただのC級隊員の修の処遇より、こちらの方がよほど重要だ。

 

 修の件より優先しても、さして違和感はない。

 

「待って下さい。まだ、三雲くんの処分に結論が出ていない」

 

 だが、それに待ったをかけたのは本部長の忍田だ。

 

 実は修の処分については、迅が来る前に話し合いが行われている。

 

 というよりも、報告を受けて鬼怒田と根付が「クビでしょう」と言っているだけであるが。

 

 忍田はそれに反論していたが、その間に迅が来た、という流れである。

 

「ふん、結論など言うまでもない。重大な隊務規定違反を一日に二度、これで処分なしは有り得んだろう」

「そうですねえ。他のC級隊員が真似されても問題ですし、市民にボーダーは緩いと思われても困ります。クビが妥当だと思いますよ」

 

 二人の言う事は厳しいが、全くの的外れでもない。

 

 そもそも、トリガーとは武器である。

 

 それを未成年に持たせるのだから、運用に際し厳格なルールを定めるのは当然だ。

 

 下手に扱えば容易く被害を巻き起こす事が出来るのだから、何の制限もなしに与えるというのは有り得ない。

 

 ルールとは、危険を回避し正常な運用を行う為にある。

 

 そのルールを蔑ろにすれば、組織の規律は緩み暴走が起きかねない。

 

 そういった組織人の観点から言えば、修の行動は擁護のしようがない。

 

 たとえ緊急時だとは言っても、隊務規定を鑑みれば無理をせずに正隊員の到着を待つべきであった。

 

「私は処分には反対だ。隊務規定違反とはいえ、彼の尽力で被害を防げた事は確かだ。木虎隊員からも、彼の奮闘がなければ確実に被害が出ていただろうと聞いている」

 

 しかし、別の視点もある。

 

 違反行為であれど、それに匹敵もしくは上回る功績を打ち立てた場合、その咎を帳消しにするというものだ。

 

 あまり推奨はされない行為だが、ある意味では間違ってはいない。

 

 違反行為をした事は事実であれど、それが危急且つ止むを得ない事情があり、尚且つ確かな結果を出した場合、罰則を帳消しにするというやり方だ。

 

 忍田が言っているのは、まさにそれだ。

 

 確かに、修が隊務規定違反をした事は事実。

 

 だが、彼の時間稼ぎがなければ、確実に生徒に被害が出ていたであろう事は言うまでもない。

 

 故に彼の罪を功績で上書きし、処分をなかった事にしようとしているワケだ。

 

 理屈よりも感情を優先する、忍田らしい意見と言える。

 

「確かに、本部長の意見にも一理ある。だが、ルールを守れない人間は────────私の組織には必要ない」

 

 しかし、トップである城戸がそれを棄却する。

 

 そして、城戸は件の修に視線を向けた。

 

「三雲くん。もし同じ事がまた起きたら、君はどうするね?」

「目の前で人が襲われていたら、やっぱり助けに行くと思います」

 

 城戸の質問に、修は迷わず即答。

 

 それを聞き鬼怒田や根付は「それみたことか」とばかりにこき下ろし、唐沢は密かに修に興味を持った。

 

 その様子を見て、城戸と忍田────────そして、林道と迅の視線が交錯する。

 

 事情を知る者とそうでない者とで、このやり取りの意味は全く異なる。

 

 幸い、鬼怒田や根付はその意味には気付いていない。

 

 ある意味彼等に向けた茶番(ポーズ)である以上、彼等に対し「城戸と忍田の間に隔意がある」と思わせる事が出来れば成果としては上々だ。

 

 唐沢はそのやり取りに目敏く気付いてはいたが、別段組織にとって悪い影響は出ないだろうと黙認の構えを取った。

 

 当然、彼の中で修の注目度が更に上がったのは言うまでもない。

 

 唐沢は、変わった人間が好きだ。

 

 規律を重視し、組織人としての視点を第一とする人間も嫌いではない。

 

 そういった人間がいなければ組織は回らない事を、唐沢は知っているからだ。

 

 だが、それはそれとして変革を齎す新たな風の存在もまた、組織にとっては良い刺激となる。

 

 ()()()()劇薬になるが、それはどんな人間であれ同じだ。

 

 加えて、唐沢は修の纏う雰囲気が他者とは違う事も気になっていた。

 

 資料を見る限り、戦闘能力は高くない。

 

 どうやらC級ランク戦は戦術で切り抜けているようだが、それでも戦闘の面において他者より逸脱した部分が見られるワケではない。

 

 戦術を使って勝っているとはいえ、それはB級隊員であれば誰もが行っている事だ。

 

 C級の身で実現している事が奇異ではあれど、言うなればそれだけだ。

 

 だが。

 

 彼の精神、その在り方は興味深い。

 

 たった今、修は自らの進退を賭けたとも言える質問に対し、即答で「ルールより人命を優先します」と答えた。

 

 鬼怒田達はこの答えを批判したが、唐沢は真逆だ。

 

 修は、質問の意味を理解していなかったワケではない。

 

 そこで当たり障りのない答えを出せば自分の処遇が改善する好機でもあると、察していた筈だ。

 

 にも拘わらず、修は自分の意思を偽らず、正直な答えを口にした。

 

 その胆力は、並大抵のものではない。

 

 普通であれば、自分を不利にする発言、というものは告げる事を躊躇するものだ。

 

 だが。

 

 修は一切の躊躇なく、それを即答してみせた。

 

 唐沢はそこに、彼の決してブレない特異な精神性を垣間見た。

 

 経験上、こういった人間が組織にいれば後々窮地に追い込まれた時にこそ役に立つ。

 

 故に唐沢は彼を高く評価していたし、何より彼本人の感性としても修の人間性は好感が持てた。

 

 自分の身を顧みず、迷わず人助けを実行する。

 

 それを人は、ヒーローと呼ぶ。

 

 唐沢は修の中に、そのヒーロー性を見出した。

 

 このままでは除隊処分にされそうではあるが、城戸達の様子を見ればもうひと悶着あるのは予想出来る。

 

 それまで静観してみようと、唐沢は傾聴の姿勢を取った。

 

「三雲くんの話はもういいでしょう。今は、イレギュラー門の件が優先です」

「そうだな。今はトリオン障壁で門を強制閉鎖しているが、それもあと46時間しか保たん。それまでにどうにかせんといかん」

 

 そして、根付と鬼怒田────────否。

 

 その場全員の視線が、迅へと集中した。

 

「その為にお前が呼ばれたワケだ。やれるか? 迅」

「もちろんです」

 

 迅の即答に、会議の場がざわついた。

 

 確かに、事態の解決を目的として迅を呼んだ事は事実である。

 

 しかし、即答でこう答えられるとは思っていなかったというのが正直なところである。

 

 未来視にも、限界はある。

 

 便利に思える未来視ではあるが万能ではなく、どんな事態も解決出来る、とまではいかない。

 

 期待して呼んだ事は事実ではあるが、同時に芳しくない返答を聞く事も覚悟していただけに、若干拍子抜けですらある。

 

「────────その代わり、彼の処遇は俺に任せて貰えるかな? 交換条件というワケじゃなく、誇張抜きで彼が必要だからさ」

「どういう事だ…………?」

 

 だが、次の迅の発言に鬼怒田は困惑する。

 

 彼から見た修は、隊務規定違反を犯したただのC級に過ぎない。

 

 その彼を特別視するような迅の発言の意図を、鬼怒田は理解出来なかった。

 

「…………そうすれば、事態が解決すると?」

「はい。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」

 

 されど。

 

 発言の意図を理解出来た城戸はそう確認し、迅はそれに是と答えた。

 

 迅がサイドエフェクトを理由として持ち出した事で、その場の全員が否応なく理解する。

 

 事態の解決には、確かに修の存在が必要になる事を。

 

 迅がサイドエフェクトの事に言及したという事は、即ちそういう事である。

 

「いいだろう。好きにやれ」

 

 城戸はそう言って、迅の行動に許可を出した。

 

 鬼怒田や根付は納得出来てはいないようであったが、城戸がこう言った以上否とは言えない。

 

 結局、次の会議は明日の21:00とする事で話は終わり、協議は終了した。

 

 迅は鬼怒田には「原因見つけて来るからその後はお願いね」と頼み、根付には市民が修と思われる隊員に感謝している動画を見せ、それを用いてボーダーの印象向上を行うよう働きかけた。

 

 この時点で、根付の修の処遇に対する不満は解消されたと言って良い。

 

 隊務規定違反を犯した事は見逃せないが、彼に感謝する市民が多くいる以上修を除隊させるのは組織の評判的にもよろしくない。

 

 感情よりも、実利を取る。

 

 それが出来るのが、根付という人間なのだから。

 

 根回しを終え、迅は修と共に部屋を出る。

 

「────────」

 

 その二人を。

 

 三輪が、厳しい視線で見据えていた。

 

 

 

 

「ほらね。大丈夫だっただろ?」

「肝が冷えましたが、そうですね。言った通りになりました」

 

 ボーダー本部から出た後、迅は修に対し安心するように笑いかけた。

 

 迅は事前に、修には「君が処分される事はないから心配するな」と告げていた。

 

 隊務規定違反を犯した自覚のある修はそんな事が有り得るのか、と疑問には思ったが、他ならぬ迅の言葉である事を考慮して信じる事にし────────結果として、その通りになった。

 

 流石迅さん、と修が彼に対する評価を上げた事に気付きつつ、迅は苦笑しながら話を続けた。

 

「ただ、今ので三輪に君もマークされる事になるだろうね。でも、今はイレギュラー門の解決を優先したい。ある程度準備は終わったし、そろそろ遊真の存在を明かす時期も近付いて来た」

「空閑を…………?」

 

 ああ、と迅は頷き、告げる。

 

「俺にはイレギュラー門の原因は分からない。けど、遊真に相談した結果事態が解決する未来が視えた。ここは素直に、近界の知識を借りるとしようぜ」

 

 

 

 

「取り合えず、これで仕込みは終わったか」

 

 司令室。

 

 そこで、城戸と忍田、そして林道は再び顔を合わせていた。

 

 時刻は既に23:00過ぎであり、学生の身である三輪は当然帰らせている。

 

 今此処にいるのは、事情を知る三人のみ。

 

 先ほどのように、取り繕う必要は何もなかった。

 

「先ほどのやり取りで、私と城戸さんの間に隔意がある、と思わせる事には成功したでしょう。特に不自然な発言をしたつもりはないですし」

予定(カンペ)通りにやったからなあ。俺らが打ち合わせてなきゃ、ポカしてたんじゃないか?」

「かもしれないな。自慢ではないが、演技は苦手だ」

 

 そう、先程の流れは事前に計算していたものである。

 

 そもそもの話として、城戸は迅からあらかたの事情を聞いていた。

 

 イレギュラー門の解決に遊真の力が必要であり、彼の心証を考えれば修を除隊させる事はあってはならない、と。

 

 今の遊真が彼等に協力しているのは、偏に修がいるからだ。

 

 もしも彼がボーダーを辞めさせられるような事になれば、もう手伝う義理はないと遊真に見限られる危険が高かった。

 

 故に、修の処分を保留する事はほぼ確定していた。

 

 しかし体面としては厳しい態度を取る他なく、先程の結果となったワケである。

 

「それで、三輪くんはなんと?」

「自分の隊で三雲を見張らせて欲しい、と頼んで来た。迅の言う通り許可は出したが、少々不安ではある」

「まあ、近界民(ネイバー)絡みともなれば無理もないでしょ。冷静さを失うのも、分からんでもないしな」

 

 林道の言う通り、この場にいる全員が喪失の痛みを知っている。

 

 だからこそ、三輪のような存在を無碍には出来ない。

 

 気持ちが痛い程分かるというのもあるが、そんな彼を戦力として運用している責任はきちんと取らなければならない。

 

 憎悪を煽る形で入隊させたのは、こちらなのだ。

 

 その責任を取る義務が、彼等にはある。

 

 少なくとも、城戸はそのつもりであった。

 

「後は、折を見て衝突の機会を作るだけか。無論、今回の事態が解決してからになるがな」

「そうですね。裏であれこれするのは骨が折れますが、頑張りましょう。他ならぬ、迅くんの頼みでもありますしね」

「ああ。ガキが気張ってるんだ。大人(おれら)は、それに応えなきゃならん。上手くいったら、祝杯の一つでもあげようぜ」

 

 三人はそう言って、不敵な笑みを浮かべる。

 

 まずはイレギュラー門を解決し、然る後に派閥間の代理戦争を行わせる。

 

 その準備が今日、また一つ終わった。

 

 対決の日は、近い。

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