痛みを識るもの   作:デスイーター

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アフトクラトル①

 

「というワケなんだが、どうだ遊真。なんとかなりそうか?」

『うん、丁度手掛かりを探してるトコだ。レプリカの奴が心当たりがある、って言うからな。ちなみに今は学校です』

 

 迅の問いかけに、小さくなったレプリカから遊真の声が飛んできた。

 

 これは今日別れる前に遊真が修に持たせたレプリカの子機であり、今は迅が彼から預かっている。

 

 子機はこのように通信を繋いだりする他、ある程度のサポートが行えるだけの機能が付いている。

 

 当然ながらこの世界に来たばかりで携帯など持っていない遊真との、貴重な連絡手段であるワケだ。

 

 期待通りの動きをしていた遊真の言葉に迅は安堵し、ありがとう、と礼を告げた。

 

「すまないな。苦労をかけるよ」

『いいって。協力するって決めたんだからこれくらい当然だよ。修の立場も守ってくれたみたいだし、誠意には誠意で返さなきゃな』

 

 暗に修を助けてくれたお礼だと告げる遊真の言葉に、迅は苦笑する。

 

 会って間もないというのに、この懐きよう。

 

 矢張り、修には人を惹きつけるだけの何かがある。

 

 万人に作用するものではないようだが、彼自身の底抜けの善良さも相俟って、自然と「助けてやりたい」と思わせる気質があるように思う。

 

 遊真が此処まで協力的になってくれているのも、偏に修の影響があるからだ。

 

 それがなければ、此処までスムーズに事が運びはしなかっただろう。

 

『多分、この調子なら明日までには原因を見つけられると思う』

「そうだな。俺の予知でもそう出てる。期待してるよ」

『ああ、見つけたらまた連絡するよ。修をよろしく』

 

 その言葉を最後に、遊真との通信が切れた。

 

 迅はふぅ、とため息を吐き、天井を見上げる。

 

「さて。明日は、忙しくなりそうだ」

 

 

 

 

 そこから先は、トントン拍子に話が進んだ。

 

 遊真は一晩かけて、事態の原因を見つけ出した。

 

 隠密偵察用小型トリオン兵、ラッド。

 

 その、(ゲート)発生装置を搭載した改良型が一連のイレギュラー門事件の元凶だった。

 

 このラッドは小動物程度の大きさであり、破壊されたバムスターの内部に大量に格納されていた。

 

 それが密かに街に潜伏し、周囲の人間のトリオンを少しずつ集めて機能を解放。

 

 市街地へ門が発生した、というワケだ。

 

 ボーダー隊員の近くで門が開く事が多かったのは、集まっているトリオンの密度の差である。

 

 基本的にボーダー隊員は、トリオン量で合否を判定する入隊試験を潜り抜けている。

 

 つまり、一定量以上のトリオンを保有している事は既に担保されているワケだ。

 

 少しずつトリオンを集めるとは言っても、より多くのトリオンを集められる場所の方がより効率的に門を開く事が出来る。

 

 そういう意味で、昨日の迅の差配は最適であったと言える。

 

 隊員を予め戦っても被害が少なそうな場所に配置しておき、実質的な門誘因装置として機能させる。

 

 その上で被害が出る前に素早く仕留めた事で、人的被害を0にする事が出来たのだ。

 

 但し、一ヵ所だけ。

 

 修の通う第三中学校の門の位置だけは、何をどうやっても変える事が出来なかった。

 

 確かに、近くに配置していた木虎のトリオン量は低い。

 

 しかし、それでもボーダー隊員としての最低値はクリアしている。

 

 彼女一人のトリオン量よりも学校という人の集まる場所で多くのトリオンを少しずつ集めた方が効率が良いという判断であったのかもしれないが、もう一つ考えられる可能性はある。

 

 修の通う三門第三中学校に、ボーダーの把握していないトリオン強者がいる。

 

 その可能性だ。

 

 これならばどうやっても第三中学校の門を誘導する事が出来なかった説明がつくし、合理的だ。

 

 聞いた話では、修は守りたい人がいるからボーダーに入ったという側面もあるのだという。

 

 重要なのは、修がボーダーに入る事でその人物を守れるようになると考えていた事だ。

 

 ただ危険から守るだけなら、何もボーダーに入る必要はない。

 

 にも拘わらず、修が入隊を志した理由。

 

 それは、その対象者が近界民に狙われている、というケースである。

 

 トリオン兵が優先的に狙うのは、トリオンの多い人間だ。

 

 もしもその修の守るべき相手というのがトリオン強者であった場合、彼がボーダーの力を求めるのはむしろ常道である。

 

 近界民に対抗する為には、トリガーの力を以てでしか不可能なのだから。

 

 ともあれ、これで原因は判明した。

 

 迅はすぐに、行動を開始。

 

 鬼怒田の下に回収したラッドを持ち込み、同種の機体がレーダーに映るようにして貰う。

 

 そして根付の公共放送により、ラッドの写真を公開して市民に通報を依頼し、A級からC級まで殆どの隊員を動員したラッド回収作戦を実行。

 

 一昼夜を通して行われたその作戦により、翌日には全てのラッドを駆除する事に成功した。

 

『反応は全て消えた。ラッドはこれで最後の筈だ』

「よーし、作戦完了だ。みんなよくやってくれた。おつかれさん!」

 

 迅はレプリカの報告を聞き、作戦終了を通達。

 

 ボーダー総出で行われた駆除作業は、終わりを迎えた。

 

 これで、イレギュラー門へ怯える必要はもうない。

 

 事態解決、完了である。

 

「しかし凄いな。ホント間に合うとは。数の力は偉大だな」

 

 その結果には、遊真も驚いていた。

 

 レプリカが検知したラッドの数は、数千体。

 

 とてもではないが、回収しきれる数ではない。

 

 遊真は、そう考えていた。

 

 しかし、ボーダーは人海戦術を用いてその予想を覆してみせた。

 

 ボーダーの正確な規模を理解していなかった遊真ではあるが、今回の一件でボーダーがどれだけ大きな組織かという事を改めて実感した形になる。

 

「いや、間に合ったのはお前とレプリカ先生のお陰だ。ラッドの前提情報がなきゃ、手詰まりだったよ」

 

 だが同時に、近界の知識においてはまだまだ遅れているのが現状だ。

 

 レプリカの()()()()がなければ、ラッドを探して回収するという手段そのものが取れなかった。

 

 偶然か何かでラッドを見つけても門発生装置にまでは思い至らず、ただのトリオン兵として処理していた可能性もある。

 

 そういう意味で、遊真の貢献は非常に大きかったと言える。

 

「お前がボーダー隊員じゃないのが残念だ。普通なら、表彰もののお手柄だぞ」

「ほう」

 

 遊真は迅の話に、目の色を変えて食いついた。

 

 というよりも、迅の言わんとするところを察したとみるべきだろう。

 

 今回の件を、貸しとして扱える。

 

 迅は、そう言っているのだ。

 

「じゃあ、その手柄をオサムに付けといてよ。そのうち返して貰うからさ」

「それは構わない。クビ取り消しとB級昇格、纏めて叶うだろうからな」

 

 故に当然、遊真はその貸しを修の為に使おうと思い立った。

 

 自分が持っていても仕方のない功績(もの)であるし、それで修の処遇が改善するのであれば安いものだ。

 

 そう考えて、遊真は迅との無言の打ち合わせの上で修に功績が行くよう促した。

 

「────────すみませんが、それは受け取れません」

 

 しかし。

 

 修は、その提案を固辞した。

 

 遠慮しているのか、と考えた遊真は更に言い募ろうとするが、直前で止まる。

 

 何故ならば。

 

 修の眼が、確かな意思の光で輝いていたのだから。

 

「迅さん、一つ聞かせて下さい。本当にそれが、()()へ至る為の道ですか? 他に、(ルート)はないと?」

「……………………いや、ある事はある。けど────────」

「可能性としては低い、ですか」

「まあ、そういう事だね」

 

 成る程、と修は迅の返答を吟味し、次の質問を行った。

 

「それ、ぼくが自力でB級に上がれたらどうにか出来ますか? それとも、その功績がないと確定で除隊でしょうか?」

「いや、除隊は俺が何とか出来る。問題は、三雲くんがB級に上がれるかどうかだ」

 

 そう、先日はああ言ったが、今回の件を収めた交換条件として修の処分撤回を求める事自体は可能だ。

 

 それだけ今回のイレギュラー門事件は緊急性の高い案件であり、それを解決に導いた功績が大きい。

 

「やっぱり、自力でB級に上がりたいのかな?」

「……………………ええ、そうですね。否定はしません」

 

 修は迅の質問に、是と答えた。

 

 確かな成長を感じる自分の力で、今度こそ自力でB級昇格を成し遂げたい。

 

 そんな想いを抱いていないとなれば、嘘になる。

 

 但し、それだけであれば修が此処まで固辞する事はなかったであろう。

 

 だが。

 

 此処で自分がその功績を使()()()()()しまう事で、閉ざされる(ルート)がある。

 

 ならば、それを使い切る事は得策ではない。

 

 修は、そう考えたのだ。

 

「意思は固いようだね」

「はい」

「仕方ない。じゃあ折衷案だ」

 

 迅は修の意思の強固さを知ると、苦笑しながら解決案を口にした。

 

「まず、功績自体は三雲くんのものにする。その上で、処分の撤回だけを求めて欲しい。B級昇格は、自力で行って貰う。これでどうかな?」

「構いません。その方向でお願いします」

「遊真もいいか?」

「修がいいならそれでいいぞ」

 

 話は纏まり、迅はほっと一息を吐いた。

 

 正直な話、此処で功績を修の昇格に使ってしまうのは現状を考えれば勿体ない面が多いのだ。

 

 修の現在のポイントは、3820。

 

 あと一歩で、昇格可能なラインにある。

 

 僅か180ポイントの為に功績を使ってしまうのは、少々割に合わないのは事実である。

 

 しかし同時に、その一歩が遠い事も無視出来ない事実でもある。

 

 現在、修はC級隊員から対戦を敬遠されている。

 

 既にC級隊員の中で修は「ハウンド狩り」と呼ばれており、ハウンド使いだけを狙ってポイントを刈り取っていく事からそう名付けられた。

 

 弧月使いやスコーピオン使いからの対戦は決して受けず、ハウンド使い相手のみに対戦を絞った事も、悪評に拍車をかけていた。

 

 故に現状、修の対戦を受けてくれる相手がいない。

 

 対戦を行わなければ、当然ポイントは手に入らない。

 

 訓練でポイントを積み重ねる事も出来るが、少々時間がかかる。

 

 すぐにでもB級に上がりたい修としては、忸怩たる想いである筈だ。

 

「けど、大丈夫なのか? あと一歩が遠いって、言ってたじゃないか」

「それについては、昨日木虎から良いアドバイスを貰ってね。上手く行けば、明日にでも昇格出来る筈だ」

「ほうほう」

 

 しかし、どうやら修は無策で無条件昇格を蹴ったワケではないらしい。

 

 彼の口から木虎の名が出た事で遊真は興味を以て彼を凝視し、迅は成る程、と苦笑した。

 

「多分、そのやり方で合ってるよ。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」

「ありがとうございます。これで、なんとかなりそうです」

 

 迅のお墨付きを貰った事で、修は力強くそう告げ頷いた。

 

 その様子を見て、迅はこれなら大丈夫だな、と考え空を仰いだ。

 

 そして。

 

 今回の一件の結果(みらい)に、想いを馳せた。

 

 

 

 

「ラッドは全て駆除された。どうやら玄界の兵の規模は、我々の予想よりも上のようだ」

「ってもあの白い服の連中は雑兵だろ? 大したこたぁねーよ。玄界の猿がどれだけ集まったところで、黒トリガー(おれら)に叶うハズねーだろが」

 

 暗い部屋の中。

 

 複数人の、角の生えた人間たちが集っていた。

 

 ハイレインの言葉に般若のような角を生やした痩躯の男、エネドラはそう言って「くだらねえ」と悪態をついた。

 

 典型的な選民思想的な発言だが、彼にはそれが許されるだけの実力がある。

 

 もっとも、現時点の自分の立場がどうなっているかは、知る由もないのだが。

 

「雑兵でも数が集まれば相応の作戦行動が取れる。隊長はそこを危険視しているのだろう」

 

 そんなエネドラに、後ろ向きの角が付いている少年────────────────ヒュースが、苦言を呈する。

 

 ヒュースは規律を第一とする真面目な軍人気質である為、情報を蔑ろにするエネドラの態度が癇に障ったのだろう。

 

 そんなヒュースに、エネドラは眉を吊り上げた。

 

「ああ? ビビッてんじゃねーよ。雑魚がどんだけ集まろうが、雑魚は雑魚だろが。なんなら、俺が全員ぶっ殺してきてやってもいいんだぜ?」

「それで我が国に何の得がある? 捕らえるならばともかく、徒に玄界(ミデン)の民を殺しても実利は得られん」

「んだとコラ」

「はっは。二人とも元気が良いなっ! これは遠征本番でも、活躍が期待出来そうだな」

 

 二人の諍いにそうやって介入したのは、大柄な鬼のようなシルエットをした男、ランバネインである。

 

 彼はこの遠征部隊の隊長であり領主でもあるハイレインの弟であり、この中でも発言力は高い部類に入る。

 

 事実上の上官からの制止にヒュースは矛を収め、エネドラも舌打ちしつつそっぽを向いた。

 

 それを見てランバネインはハイレインに目配せし、両者が頷いた。

 

 ランバネインは見かけによらず思慮深い性格であり、こういった気遣いも出来る男だ。

 

 ハイレインは人心掌握術には長けているが、身内の揉め事の解決であればランバネインの方が効率的に行える。

 

 諍いの仲裁者はある程度下手に出つつも意見をしっかり言わなければならない為、立場上下手に出る事が難しいハイレインには向いていない。

 

 その点ランバネインは現場志向の性格なので、彼の介入でどうにかなる事は多い。

 

 そういったところを、ハイレインは評価していた。

 

「さて、これで玄界の戦力の規模は知れた。雛鳥の脱出機構の有無について知れなかったのは残念だったが、同時に吉報もある」

「ほう。なんだそれは」

「金の雛鳥が、玄界に存在する可能性が高まった」

 

 ハイレインの発言に、その場の全員の眼の色が変わった。

 

 金の雛鳥。

 

 即ち、次の「神」の候補者。

 

 それが存在するとなれば、この遠征の意味が大分変わって来るのだから。

 

「詳しい事までは分からなかったが、ラッドの門展開のスピードが著しく異なっていた個所があった。その生成効率を考えれば、近くに豊富なトリオンを持った人間が存在する可能性は高いだろう」

「成る程、それなら期待が持てますね。となると」

「ああ、今回の遠征の方針を伝えよう」

 

 副官のミラの言葉に頷き、ハイレインは己の部下達に作戦方針を口にした。

 

「加減をする必要はない。とにかく派手に暴れて、金の雛鳥を炙り出す。但し、その過程で雛鳥の脱出機構の有無が確認出来た場合は方針を変える事も有り得るだろう」

 

 だが、とハイレインは告げる。

 

「金の雛鳥を見つけ次第、その確保に全力を注ぐ。これだけは変わらない。必要があれば、基地の破壊も考慮に入れる」

 

 そこまで言うとハイレインはちらりと、部屋の隅に腰掛ける老人に目を向けた。

 

「その時は頼りにさせて貰います。ヴィザ翁」

「ほっほ。城攻めとは久方ぶりです。腕が鳴りますな」

 

 そして。

 

 声をかけられた老人────────否。

 

 人の形をした修羅は、年齢を感じさせぬ凄絶な笑みを浮かべてみせた。

 

 彼こそは、アフトクラトルが誇る最大戦力。

 

 国宝、星の杖(オルガノン)の使い手。

 

 剣聖、ヴィザ。

 

 ボーダーにとって最強の敵となる、黒トリガー使いであった。


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