痛みを識るもの   作:デスイーター

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三雲修⑦

 

「…………よし」

 

 修は目の前に現れた対戦相手の少年を見据え、心の中で気合いを入れ直した。

 

 相手の少年の腰には、鞘がある。

 

 即ち、今回の相手はハウンド使いではない。

 

 その手に持つのは、弧月。

 

 今まで対戦を避け続けて来たブレードトリガーの使い手が、今回修の選んだ対戦相手だった。

 

 何も、対戦が行えない現状を憂いて自棄になったワケではない。

 

 この行動に至った切っ掛けは、先日の木虎の()()にあった。

 

 

 

 

「あら、三雲くん。結果はどうなったかしら?」

「なんとか、首は繋がったよ。迅さんのお陰でね」

 

 それは、上層部の呼び出しを終えて本部を出る間際。

 

 用事を片付けて来るからと言われ迅と別れた直後の修と、彼の姿に気付いた木虎が偶然出会った事に端を発していた。

 

 正直なところ、修の処遇がどうなるか気になっていた木虎は今日は特に用事もなかった為に用事を作って残っていたのだ。

 

 広報部隊である木虎には、処理すべき仕事は幾らでもある。

 

 普段は無理のないペースで時枝が仕事量を調整してくれる為そこまで無理はしていないのだが、逆に言えば「すぐに片付ける必要はないが、近いうちに処理すべき仕事」というのはそれなりにあるのだ。

 

 木虎は自分に許された裁量の中でそういった仕事を少しずつ片付け、他の面々の負担を減らそうとする事が多々あった。

 

 流石に無理をしていると判断されればチームメイトからストップがかかるが、それは木虎も弁えているので実際に止められた事は数回程度だ。

 

 基本的にワーカーホリック的な性質がある木虎は「何も用事がないのにだらだらする」という事を嫌っている為、時間潰しを行うなら何かやっておかないと勿体ない、と考えるワケである。

 

 その為、木虎は理由があって本部に残りたい時にそうやって少量の仕事を片付けていたのだ。

 

 以上の理由により、木虎は()()帰り際の修と出会う事に成功したのだ。

 

 実際はどうあれ、本人が偶然と言い張っているのだから偶然である。

 

 待っていた、とは死んでも言わないのが木虎が木虎たる所以なのだから。

 

「それから、木虎がぼくの事を庇ってくれたって聞いたよ。ありがとう」

「私はただ、事実をそのまま報告しただけよ。当然の仕事をしただけなのだから、感謝される謂れはないわ」

 

 言葉とは裏腹に割と豊かな胸を張ってどや顔を見せる木虎だが、それなら、と何かに気付いたようにニヤリと笑った。

 

「今回の一件は、迅さんが動いてるんだから解決は時間の問題よね。それなら、貴方の今の悩みについて少し話を聞いていくのはどうかしら?」

「ぼくの、悩み…………?」

「対戦が全然組めなくて困ってるんでしょう? C級の連中に毛嫌いされてるものね、貴方」

「…………!」

 

 木虎の指摘に、修ははっとなって顔を上げた。

 

 確かに、木虎の言う通りだ。

 

 修はB級昇格まであと一歩、というところで対戦を拒否され続け、忸怩たる想いを抱えていた。

 

 何故木虎がそれを知っているのかはさておいて、目下修の悩みの筆頭の一つである事は言うまでもない。

 

 C級では、出来る事に限界がある。

 

 その事を今日の一件で、文字通り痛い程思い知ったのだから。

 

 B級昇格は、今の修の短期的最大目標と言えた。

 

「貴方、師匠は誰かしら? もしかして、七海先輩?」

「ああ、そうだよ。迅さんから聞いたのか?」

「そんなところね。でも、まさか七海先輩が弟子を取るなんてね。師匠が多いから、教えるのも上手かったのかしら」

 

 木虎の言い方に、修はそういえば、と思い返す。

 

 七海は、教え方は割と上手ではあった。

 

 それは明確な「手本」がいたが故である事を、修は理解した。

 

 名選手が名コーチになれるとは限らないが、名コーチに教導を受けた選手は教育のノウハウというものをその身に叩き込まれている。

 

 感覚だけで上り詰めた天才型ではなく、優秀な指導を通して努力を積み重ねた秀才型は、それまでに自分が()()()()()()()()()()()()()を記憶している。

 

 その方法を模倣するだけでも、ある程度のクオリティの指導は行えるのだ。

 

 それこそが、七海が巧く修を指導出来た理由である。

 

「でも、ハッキリ言ってしまうと三雲くんの師匠として最適かと言われると少し疑問ね。七海先輩と貴方とでは、トリオン量も戦闘力も違い過ぎるから。特に、前者が問題ね」

「トリオン量、か」

「七海先輩のトリオン評価値は、10。普通の隊員の二倍はあるし、貴方と比較すれば5倍ね。師匠筋もトリオンが低い人はいないみたいだし、トリオンが低い人間の戦い方にはあまり通じていないと思うわ」

 

 だが、何事にも適正というものがある。

 

 七海のトリオン量は、修の約5倍。

 

 常にトリオン不足に悩まされる修と異なり、七海にはトリオン量の関係で困った事は殆どない。

 

 修に的確な勝ち方を指導出来たのは効率重視で最善の選択を提示してみせただけであり、修への適正は性格資質以外は考慮していなかったというのが正直なところだ。

 

 七海は修のトリオンの低さは承知しているし、それに合わせた指導を行ってもいる。

 

 しかしトリオンが少ない者の気持ちや感覚を実感出来ていたワケではなく、そこに認識の隔たりがあった。

 

 木虎は、そこを指摘しているワケである。

 

「貴方が先へ進むには、師匠が一人だけでは足りないという事よ。幾らでも増やせば良いってワケじゃないけど、違う見地を得るのは重要よ。貴方が師事している七海先輩も、何人も師匠を持っているしね」

「別の師匠か。けど、ぼくに迅さん以外のコネがなくて…………」

「だから、私がその師匠になってあげるって言ってるのよ。私も、そうトリオンが高い方じゃなかったしね」

 

 勿論今は戦闘員として最低限のトリオンは持ってるわ、と自己フォローを忘れない木虎だが、修はその前半の発言に目を見開いた。

 

 いつ言った?という疑問はさておいて、木虎が修の師匠として名乗りを挙げて来るとは、正直予想外であった。

 

「木虎が、ぼくの師匠に…………?」

「そうよ。嬉しいでしょう?」

 

 困惑する修と、相変わらず自信満々な木虎。

 

 ハッキリ言って、修は混乱していた。

 

 妙に好意的ではあったが、それはあくまでも動物園の珍獣を見るような物珍しさから来るものだろうと考えていたのだが、まさか師匠の名乗りまで挙げて来るとは思わなかった。

 

 そのあたり、修はまだ木虎に対する認識が甘い。

 

 木虎の根幹にあるのは、強い自己顕示欲だ。

 

 修に興味を持ったのも、将来有望な隊員に恩を売って感謝されたい、或いはそんな見どころのある隊員に自分の凄さを見せつけて褒めて貰いたい、というのが正直なところだ。

 

 基本的に、構えば構う程繰り返し(エンドレスに)機嫌が向上するし、自分に注目を集める事を快感と感じている人種でもある。

 

 他者の視線を全く意に介さない修とは、まさに真逆の人間と言える。

 

「別に難しい事を言ったつもりはないわ。私なら、トリオンの少ないなりの戦い方を教えられる。勿論今回の一件が終わってからになるけれど、目下貴方を悩ませている問題の解決策くらいは教えてあげられるわ」

「…………! 本当か…………っ!?」

「嘘は言わないわ。信じなさい」

 

 修は木虎の発言に、彼女の顔を凝視した。

 

 何を勘違いしたのか髪をかき上げてポーズを取る木虎を見据え、修は思案する。

 

 正直、この提案にはメリットしかない。

 

 一刻も早くB級になっておきたいというのは修の願うところであるし、木虎は理由は良く分からないが妙に好意的な為嘘は言っていないだろう。

 

 彼女の弟子になる事でB級になれるのであれば、修としては否はなかった。

 

 同学年の女子に師事する事に何も思わないワケではないが、優先順位は決まりきっている。

 

 目的の為なら、多少の抵抗感は切り捨てられる。

 

 それが、修という人間なのだから。

 

「分かった。お願いするよ、木虎」

「よろしい。それなら今までは黙認していた呼び捨ても、正式に許可するわ。喜びなさい」

「あ、あはは。よろしく」

 

 木虎はどうやら機嫌の良さが天元突破したらしく、分かり易く調子に乗っている。

 

 その姿に「早まったか?」と内心思う修であったが、もう遅い。

 

 既に言質を取った以上、木虎が止まる事など有り得ないのだから。

 

「じゃあ、これが連絡先だから。今回の件が解決したらここにかけなさい。私も忙しい身の上だから、すぐに出れるとは限らないけどね」

 

 木虎はそう言って、懐から取り出した連絡先のメモを修に手渡した。

 

 こうして、修は木虎に師事を乞う事になったのだ。

 

 

 

 

「結論から先に言うわ。弧月使いを狙いなさい」

「え…………?」

 

 そして、イレギュラー門事件が解決した翌日。

 

 修の電話をワンコールで受けて即日会う約束を取り付けてやって来た木虎は、開口一番そう言った。

 

 弧月使いを、狙う。

 

 確かに、彼女はそう言ったのだ。

 

「けど、七海先輩は弧月使いは止めておけって言ってたぞ。理由は…………」

「分かってるわ。弧月使いは、体捌きに自信がある隊員が多い。慢心が多いハウンド使いよりも、貴方にとっては厄介な相手よね」

 

 承知してるわ、と木虎は微笑む。

 

 どうやら、何の考えも無しに言ったワケではないらしい。

 

 修はそう考え、傾聴の姿勢を取った。

 

 その様子を見た木虎はにこりと笑いながら、説明を始めた。

 

「確かに七海先輩の言う通り、C級からブレードトリガーを使う隊員は身体を動かすセンスがそれなりにある場合が多いわ。3000ポイント以上の弧月使いの中には、B級に近い立ち回りが行える人間もいるわね」

 

 まあ、私から見れば五十歩百歩だけど、と自身のアピールをナチュラルに混ぜながら、木虎はでも、と続けた。

 

「ハウンド使いのC級よりはマシとはいえ、C級はC級よ。経験は不足しているし、天才と呼べる域にいる人間は今のC級にはいない。つまり、付け入る隙は充分あるのよ」

 

 だから、と木虎は不敵に微笑んだ。

 

「私の言う通りに、やってみなさい。それで失敗したら、幾らでも責任は取ってあげるわよ

 

 

 

 

『MAP、市街地A。C級ランク戦、開始』

 

 機械音声が、試合開始を告げる。

 

 それと同時に、修は当然の如く路地に向かって逃げ出した。

 

────────まず、最初はいつも通り逃げなさい。なるべく細い路地を選べればベストね────────

 

 木虎の言葉を脳裏で想起しながら、修は路地へ駈け込んだ。

 

「逃がすか…………っ!」

 

 それを、家の塀を足場にして追跡する弧月使い。

 

 明らかに、ハウンド使いとは動きの機敏さが違う。

 

 経験不足は決定的ではあるが、それを補うだけの身体センスが備わっている。

 

 これまでのように、ただ逃げるのではすぐに追いつかれてしまうだろう。

 

「く…………っ!」

 

 逃げ切れない、と感じた修は足を止め、弾速重視にチューニングしたアステロイドを放つ。

 

 これまでの相手であれば、このアステロイドだけで仕留められた。

 

 ハウンド使いは弾を撃つ事だけを繰り返していた為咄嗟の動きが出来ず、慣れない速度の弾丸に成す術なくやられていた。

 

「当たるかよ…………っ!」

 

 だが。

 

 相手は、身体を動かす事に慣れた弧月使い。

 

 修の放った弾丸を、身のこなしで躱してみせた。

 

 迎撃は、失敗に終わった。

 

 既に、弧月使いは一歩踏み込むだけで修に届く位置にいる。

 

 この距離では、展開から発射までタイムラグのある射撃トリガーでは間に合わない。

 

「貰った…………っ!」

 

 弧月、一閃。

 

 足を踏み込んだ弧月使いの一撃により、修の右腕が斬り飛ばされた。

 

 正確には、袈裟切りにしようとした一撃を間一髪で躱したが、それが避けきれずに右腕を落とされた。

 

 身体の反応の差。

 

 それが、顕著に出た結果と言えた。

 

「え…………?」

 

 だが。

 

 それは、修の想定していた結果であった。

 

 弧月使いの、剣を持っていた右腕。

 

 その手首が、いつの間にか消し飛ばされていた。

 

 何が起こったのか、それは言うまでもない。

 

 修が背後に隠していた置き弾により、弧月使いに奇襲を見舞ったのだ。

 

────────ただ攻撃するだけでは、避けられて終わりよ。でも、相手のアクションを誘発させる事は出来る。成功体験というものは、人から冷静さを奪うのよ────────

 

 最初から、攻撃を食らうのは想定済み。

 

 敢えて右腕を斬らせ、その反撃として相手の腕に弾丸を叩き込んだ。

 

 それが、真相である。

 

「野郎…………っ!」

 

 弧月使いは右手首を消し飛ばされた事で、弧月を地に取り落としている。

 

 だが幸い、落ちたのは自分の足元である。

 

 弧月の再生成を行っていては、恐らく間に合わない。

 

 ならば、拾い上げて使えば良い。

 

 次の攻撃に時間がかかるのは、どうせ向こうも同じ。

 

 今の攻撃で残弾を撃ち尽くした以上、アステロイドを再展開するよりも自分が弧月を拾って攻撃する方が早い。

 

 弧月使いは修にしてやられたという事実から目を背ける為、深く考えずそう判断した。

 

「な…………っ!?」

 

 その結果、修の足元から飛来した弾丸に胸を貫かれるという結果と相成った。

 

 何が起きたか、分からない。

 

 正しく、彼はそんな顔をしていた。

 

 ────────1度仕掛けを食らったのだから、これで凌ぎきった。恐らく、相手のC級はそう考える筈よ。だから、その隙を突きなさい。冷静さを失った相手なんて、怖くもなんともないわ────────

 

 木虎の助言は、正鵠を得ていた。

 

 彼女の言う通りに試合は推移し、修もまた弧月使いの撃破に成功した。

 

『トリオン供給機関破損。戦闘終了。勝者、三雲修』

 

 機械音声が、修の勝利を告げる。

 

 同時に、修にポイントが追加される。

 

 手の甲に表示された数字は、4050。

 

 B級昇格基準の、4000ポイント。

 

 修はその境界を遂に、自力で突破する事に成功した。

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