痛みを識るもの   作:デスイーター

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雨取千佳①

「そうか。三雲くんがB級に上がったか。どうやら彼は、木虎ちゃんと相当相性が良いらしいな」

『そうですね。俺では教えられない事も、彼女なら教えられるでしょう。幸い、既に木虎の方から指導を申し出たようです』

「成る程。ありがたい事だね」

 

 迅は七海から報告を受け、にこりと微笑んだ。

 

 修が自力でB級に昇格する芽は、以前は無いに等しかった。

 

 七海に師事してもあと一歩のところで届かず、イレギュラー門の功績の件で特例的にB級になるパターンが非常に多かったのだ。

 

 しかし、修の指摘した通りそれは最善の未来に繋がる道筋からは遠ざかる。

 

 修のB級昇格は必須事項ではあるが、イレギュラー門解決の功績を使い()()()しまうと未来の光景が少々様変わりしてしまう。

 

 少なくとも、難易度が数段階上がる事は必定であった。

 

 だが今回、修が求めたのは処分の撤回のみ。

 

 これならば、危険性と緊急性が非常に高かったイレギュラー門解決の功績としては釣り合わない。

 

 故に、修は今上層部に対する()()という手札を保持している状態にある。

 

 これは、今後の展開で響いて来る筈だ。

 

 勿論、手札としてはそこまで万能ではない為、上層部の方針を変えさせる、といった使い方までは出来ない。

 

 精々が「何かの希望を叶えて貰う」程度であろうが、それで充分。

 

 最善の未来に辿り着く可能性が、また一つ高まった。

 

 その実感が得られ、迅としては望ましい展開となったのである。

 

「さて、これで大方の準備は終わったかな。こっちの()()()もなんとかなったし、そろそろ頃合いだ。今回の件でもう、遊真の存在自体は三輪にバレてるっぽいしな」

『じゃあ、迅さん』

「ああ」

 

 迅はゆっくりと顔を上げ、不敵な笑みを浮かべた。

 

「状況を、動かそう。丁度良く、その為の場が整えられそうだしな」

 

 

 

 

「わたしは千佳、雨取千佳」

「そうかチカか。おれは遊真、空閑遊真」

 

 河原の一角。

 

 そこで、遊真は自身と似たような背丈の少女と挨拶を交わしていた。

 

 少女、雨取千佳は14歳らしいが、修の一つ年下とは思えないほど小柄であるし、童顔で雰囲気も幼い。

 

 しかし言動はしっかりしており、意思の強さを感じさせた。

 

 修とは、別の方面で頑固そうだ。

 

 それが、遊真が千佳に抱いた第一印象であった。

 

 聞けば、千佳は此処で友達と待ち合わせをしているらしい。

 

 そして、とうの遊真もそれは同じ。

 

 二人共同じ目的を持っていたが故に、この場で必然の如く鉢合わせた。

 

 まあ、遊真が時間潰しの為にチャレンジしていた自転車の練習のあんまりな有り様を見て千佳が声をかけた、というのが正直なところであるのだが。

 

「む、チカ…………?」

 

 そこで、遊真がある事に気付いた。

 

 修が今日遊真を呼び出した要件は、「会わせたい相手がいる」との話であった。

 

 その相手の名前を、遊真は一応覚えていた。

 

 相手の名前は、アマトリチカというらしい。

 

 偶然にも、否────────────────もしかしなくても、この少女は。

 

 修が、遊真に会わせたがっていた人間である可能性が高い。

 

「お前、もしかしてオサムの知り合い?」

「…………! 修くんを知ってるの…………?」

「ああ、色々あって恩人だ。友達でもあるぞ」

 

 そうなの、と千佳は目を丸くして驚いた。

 

 修とはそれなりに長い付き合いにはなるが、こんな友人がいたとは初耳であった。

 

 遊真には、他の人にはない独特の雰囲気がある。

 

 それ故に最初は千佳も近付く事を躊躇っていたのだが、自転車チャレンジのあまりの醜態に見ていられず、思わず声をかけた形になる。

 

 そのあたり、千佳という少女の生来の善性が分かろうというものだ。

 

「おれはオサムに此処で会わせたい奴がいるって聞いて待ってたんだけど、もしかしてそれがチカの事か?」

「多分、そうなんじゃないかな。わたしも、会わせたい人がいるって言われたし」

「なら確定だな。オサムが来る前に、用事が終わっちゃったな」

 

 そうだね、と千佳も遊真の言葉に同意する。

 

 そこで一旦、会話が途切れた。

 

 千佳は口が回るタイプではないし、遊真も千佳と出会ったのはついさっきなのだから何を話せば良いか見当がつかない。

 

 修から自身の常識の無さを憂慮され、「余計な事は喋るな」と釘を刺されている事もある。

 

 遊真はそれが修の気遣いである事を理解していたし、緊急時でない限りはその言葉に従うつもりでもいる。

 

 そんな二人の相乗効果で、その場には気まずい沈黙が流れた。

 

 「話すのは修が来てからでいいかな」という妥協を、二人が揃って行った結果である。

 

「…………!」

 

 そんな時、警報が鳴った。

 

 とはいえ、先日のようなイレギュラーな門ではない。

 

 この場からは近いが、警戒区域の中である。

 

 まあボーダーが対処するだろうと遊真は静観の構えを取ったが、千佳は違った。

 

「ごめん。わたし、行くね」

 

 そう告げて、警報の鳴った方へ向かおうとする千佳。

 

 警報が鳴ったという事は、門が開いてトリオン兵が出た、という事である。

 

 見たところ千佳はボーダー隊員には見えないし、一般人が自らトリオン兵に近付くのは自殺行為だ。

 

 流石に修の知り合いを危険な目に遭わせるワケにはいかないだろうと、遊真は止めにかかった。

 

「ん? そっちは警戒区域の方だぞ? 危ないんじゃないか」

「それは、その…………」

 

 当然といえば当然と言える警告に、千佳は口ごもる。

 

 何か、話す事自体を恐れているような。

 

 そんな、雰囲気だった。

 

 しかし、それも数瞬。

 

 千佳は意を決して、口を開いた。

 

「わたしがここにいると、こっちに近界民(ネイバー)が来ちゃうから」

「────────成る程」

 

 遊真のサイドエフェクトは、千佳の言葉が真実であると示していた。

 

 ようやく、遊真も千佳の行動の意味が理解する。

 

 要は、千佳は他人に迷惑をかけたくないのだ。

 

 自分がいた所為で誰かが傷付く事を、恐れている。

 

 かといって、自殺願望があるようにも見えない。

 

 どうやら千佳には、警戒区域に向かっても無事で済む算段がある程度あるようであった。

 

 それがなんなのかまでは、分からないが。

 

「だから、行かなきゃ。他の人に、迷惑がかかっちゃう」

「けどそれ、修に言ったら怒られるんじゃないか? あいつ、怒る時は怒るぞ」

「…………! でも、わたし…………」

 

 何処か後ろめたい様子を見せる千佳に、遊真はこれが初犯でない事を察した。

 

 どうやら、前にも同じような事をして上手く行ったから、それに倣おうとしているという意識が透けて見える。

 

 経験は、確かに大事だ。

 

 一度経験した事柄は、学習という方向性で自らの糧になる。

 

 だが。

 

 一度やって大丈夫だからといって、次も大丈夫であるという保証は何処にもない。

 

 予想外の出来事一つで前提がひっくり返る事など、幾らでもあるのだから。

 

 正体不明の黒トリガー使いとの遭遇という特級のイレギュラーで致命傷を負った、遊真のように。

 

 「一度大丈夫だったから次も大丈夫だろう」なんて幻想は、自らを殺す致死の毒に他ならない。

 

 経験から来る慢心は、避け難い死地への誘い同然なのだから。

 

 しかし、この様子では千佳は自らの意思を曲げそうにない。

 

 変なところだけそっくりだなと遊真は修の事を思い浮かべながら、折衷案を切り出した。

 

「分かった。警戒区域に向かおう。でも、一人じゃダメだ。おれも付いて行って、ついでに修にも連絡する」

 

 ああそれと、と遊真は付け加えた。

 

「ケータイの音、切っとけよ。それ、デンワがあったら鳴るんだろ?」

 

 

 

 

『というワケでチカと一緒に警戒区域にいる。悪いけど迎えに来てくれ』

「分かった。ったく、あいつはまた…………っ!」

 

 修はレプリカの子機越しの遊真の報告に顔を顰め、トリガーを握り締めた。

 

「トリガー起動(オン)!」

 

 引き金となる音声認証と共に、修の姿が変わる。

 

 生身の肉体から、トリオン体へ。

 

 しかし、それはC級の証ではある白ではない。

 

 青。

 

 左肩に玉狛支部のエンブレムが刻まれた、修のB級()隊員としての隊服。

 

 それを纏った修は、警戒区域に向かって一目散に駆け出した。

 

 

 

 

「バンダーか。砲撃用のやつだな」

 

 戦争でもよく見かけたなあと呟く遊真の視線の先にいるのは、バムスターほどではないが大きな体躯を持つトリオン兵、バンダー。

 

 近界の戦争では主に城壁破壊やトリガー使いのサポートとして用いられる、砲撃用トリオン兵である。

 

 捕獲用としての機能はあるが、それはついでに過ぎない。

 

 基本的に、動く砲台として扱うのがバンダーの一般的な使い方なのだから。

 

「けどそれ、凄いな。近くにいても気配が分からないぞ」

「…………」

 

 そんなバンダーから隠れ潜んでいるのが、遊真と千佳の二人だ。

 

 勿論、遊真がその気になればバンダーの一体程度瞬殺出来る。

 

 バンダーの厄介な点は数に任せた集中砲火であり、一体だけであればそこまでの脅威とは言えない。

 

 トリオン兵は製造目的に合致した運用をして初めてその真価が発揮される代物であり、単体でバンダーを運用するというのは精々が威力偵察目的、といったところだろう。

 

 そのバンダーから、千佳は完全に気配を隠す事に成功している。

 

 遊真のように、傭兵故のノウハウで気配を殺しているワケではない。

 

 何か、もっと特殊な力。

 

 それを用いての、隠蔽に見える。

 

(警報が来る前に門に気付いてたみたいだし、何かワケありかな? まあ、迅さんみたいな特殊なサイドエフェクトの持ち主って可能性もあるけど)

 

 しかし、と遊真は物陰の向こうに見えるバンダーに目を向けた。

 

(イルガーにしろバンダーにしろ、使い捨てみたいな運用だな。これ、送って来てるのは相当国力がある国じゃないか?)

 

 当然の話だが、トリオンは無限に沸くエネルギーというワケではない。

 

 それを用いて作られるトリオン兵も、製作には相応のコストがかかっている。

 

 その消費分を他国からの人材の捕縛で補うのがトリオン兵の基本的な扱い方ではあるが、ここ最近のトリオン兵の投入の仕方は明らかにただの資材調達目的ではない。

 

 言うなれば、斥候。

 

 損失を前提とした、威力偵察の為の捨て駒。

 

 それが、遊真の推察した最近のトリオン兵の導入傾向だ。

 

 来るべき目的の為、虎視眈々と情報を集める軍師。

 

 そういった者の影が、トリオン兵の行動の背後にちらついていた。

 

『ユーマ、どうやら修が来たようだ』

「お、そっか。なら、任せるとしますかね」

 

 遊真は軽く告げ、視線を向ける。

 

 正直、修に対しては「バムスターも倒せなかった弱者」というイメージが強く、心配がないワケではない。

 

 だが。

 

 今の修は、B級隊員。

 

 威力の制限も、力を振るう事に対するペナルティもない。

 

 近くで他の部隊が戦っている真っ最中である為、遊真が戦えば一発でバレる。

 

 かといって近くとは言っても戦闘場所はやや離れており、彼等を待っていれば被害が出てしまう可能性がある。

 

 故に、遊真は修に任せる事に決めた。

 

 打算と、そして信頼によって。

 

 

 

 

『あそこだ。あのバンダーの向こうに、ユーマ達がいる』

「分かった。トリオン兵を片付けよう」

 

 現場に到着した修はレプリカの子機の報告により、標的となるバンダーを見据えた。

 

 色々言いたい事はあるが、とにかく目の前の敵を倒す事が先決。

 

 そう決めて、修は戦闘態勢を取った。

 

『砲撃直後の眼を狙うと良い。砲撃は強力だが、隙も大きい』

「了解」

 

 修はレプリカの助言を受け、万が一にも市街地に砲撃が向かわないように位置取りを行った。

 

 前回のイレギュラー門の時のように市街地で戦っていたのであればそもそも砲撃事態撃たせるワケにはいかなかったが、此処は警戒区域。

 

 壊れても、もう問題がなくなってしまった場所である。

 

 故に、建物の破壊は許容可能。

 

 そう割り切り、修は戦闘を開始した。

 

「…………!」

 

 バンダーは組み込まれた戦闘プログラムにより、即座に砲撃を選択。

 

 目下の敵である修に向けて、頭部のモノアイから砲撃を発射する。

 

 砲撃の、効果事態は強力だ。

 

 修も、当たればひとたまりもないだろう。

 

 だがそれは。

 

 当たれば、の話である。

 

 バンダーの砲撃は強力だが若干の()()があるし、攻撃方向もまるわかりだ。

 

 故に、避ける事は造作もない。

 

 修は横に跳び、砲撃を回避した。

 

「アステロイドッ!」

 

 更に、同時にアステロイドを発射。

 

 弾速重視にチューニングされた弾丸が、バンダーの眼を穿つ。

 

「スラスター、オン!」

 

 そして、レイガストのオプショントリガー、スラスターを起動。

 

 加速を得て、ブレードモードのレイガストを振り下ろす。

 

『────────!!』

 

 斬撃、一閃。

 

 修のレイガストはバンダーの急所を斬り裂き、破壊。

 

 見事、トリオン兵の撃破を完了させた。

 

「…………なんとかなったか」

 

 破壊されたバンダーを見て、無事B級隊員としての初陣を終わらせる事が出来た事に安堵する修。

 

 モールモッド相手に時間稼ぎしか出来ていなかった事を考えれば、大きな進歩である。

 

 レイガストも暫くぶりに扱ったが、矢張りスラスターの恩恵が大きいと感じた。

 

 C級の時には使えなかったオプショントリガーだが、成る程これがあるかないかでレイガストの使い心地は大分異なる。

 

 むしろ、この機能前提で作られたのではないか、とも思う修であった。

 

 外付けの加速装置は、修の未熟な動きと足りない威力を補ってくれる。

 

 シールドモードに切り替えれば防御力もそれなりにあるし、悪くないトリガーだと修は考えていた。

 

 実際、木虎にB級に上がった事を報告した時も「レイガストのオプショントリガーを使ってみなさい。きっと、貴方に足りないものを補ってくれるわ」と言われている。

 

 なんだかんだ、木虎には頭が上がらない。

 

 今後も世話になる事も多いだろうし、後でまた礼を言わねばならないだろう。

 

「お、倒せたか。オサム、ありがとな」

「ご、ごめん修くん。わたし」

 

 戦闘が終わった事を確認して、物陰から遊真と千佳が出て来た。

 

 修は無事な二人に安堵すると、大きく溜め息を吐いた。

 

「色々言いたい事もあるけど、まずは場所を移そう。トリオン兵の残骸回収の邪魔になるしな」

 

 それに、と修は続けた。

 

「迅さんから、指示が出た。空閑、予定通りに頼む」

「了解。チカは連れてくのか?」

 

 遊真の確認に、修は頷く。

 

「下手に此処で別れると、少し都合が悪い事が起こるかもしれないらしい。一応、千佳には面倒ごとに巻き込む事は伝えてあるけど────────大丈夫か?」

「うん。修くんが必要だって言うし、わたしの為でもあるみたいだから」

「そうだな。これからもまた同じ無茶をされるのは嫌だし、良い機会かもしれない」

 

 修は千佳の了承を聞き、ため息を吐きながら顔を上げた。

 

 やや躊躇いながらも、彼は告げた。

 

「この先に廃駅がある。そこへ行こう」

 

 今回の、目的地を。

 

 そして。

 

 今後の契機となる、その場所を。

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