痛みを識るもの   作:デスイーター

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三輪秀次①

 

 三輪は、溢れそうになる感情を必死に抑え込みながら尾行を続けていた。

 

 最初は迅を相手に始めた尾行であったが、結果的にそちらは何の成果も得られなかった。

 

 基本的にただ街をうろついていただけで、玉狛支部にも向かう様子はない。

 

 三輪の中では確定事項となっていた匿っていた近界民(ネイバー)とも、会う様子は見られなかった。

 

 だからだろう。

 

 尾行に、倦怠が出て来たのは。

 

 幾ら待てども明らかにならない証拠に、不毛に過ぎていくだけの時間。

 

 一緒に尾行に付き合ってくれている隊のメンバーも、進展が得られない状況に思うところがあるようではあった。

 

 それは良い。

 

 良くはないが、それでも隊の面々は「付き合う」と言ってくれている。

 

 ならば隊長として、その意は汲むべきだろう。

 

 自分が暴走している、という自覚は少なからず存在する。

 

 迅に対するあれこれも、言いがかりの部分が大きい事も分かっている。

 

 だが、理屈で納得出来るようなら復讐者になどなってはいない。

 

 復讐心とは、現実に納得出来なかったからこそ生まれるものだ。

 

 姉は近界民によって理不尽に命を奪われ、それを助ける者はいなかった。

 

 そんな酷い現実(こと)を、認めるワケにはいかない。

 

 近界民に憎悪を抱く者は多いが、三輪ほどそれを表に出している者はそうはいない。

 

 確かに、近界民に身内を殺されたりした者は多い。

 

 それだけ、四年前の大規模侵攻の被害は大きかった。

 

 大切な者を失った人間は、それこそ腐るほどいる。

 

 だが。

 

 彼等の大部分は、近界民による被害を地震や津波と同じような()()のようなものとして認識していた。

 

 普通の人間では抗いようのない脅威を、人は災害と呼ぶ。

 

 四年前の大規模侵攻は、まさにそれだった。

 

 だから、多くの人は近界民を憎むよりも、ただ喪失を悲しんだ。

 

 或いは、復興の為に前を向こうと志した。

 

 当然といえば、当然である。

 

 人には、生活がある。

 

 全てを投げ捨てて復讐に走るという事は、自分の生活を捨てる事と同義だ。

 

 三輪の場合はそれに近い心境でいるが、多くの人はそうではない。

 

 何もかもを捨てる、というのは言うほど簡単な事ではないのだ。

 

 近界民が依然対処不能の脅威であれば話は違っただろうが、今はボーダーがある。

 

 自分たちを守ってくれる明確な防波堤が出来た事で、人々の心は安心を得た。

 

 他の事へ目を向ける余裕が、出て来たワケである。

 

 だが、三輪はそうではない。

 

 彼の時間は、四年前のあの時から止まったままだ。

 

 七海のように、寄り添う者がいればまた違っただろう。

 

 迅のように、やるべき事が決まっていれば迷わなかっただろう。

 

 香取と染井のように、大切な者がいれば別の道もあっただろう。

 

 だが、彼には誰もいなかった。

 

 痛みを共有する者も、どうするべきかという指針も、掛け替えのない存在も。

 

 何も、なかったのだ。

 

 あったのは、現実を納得出来ない憤り。

 

 それをぶつける先を求めて、ボーダーの門を叩いた。

 

 そこで城戸に見出され、今の地位を得て現在に至る。

 

 城戸には、感謝している。

 

 復讐者の自分にそれを成す為の立場と居場所を与えてくれた事は、感謝してもしきれない。

 

 だから三輪は、自分の想いの方向性を決めた。

 

 近界民への憎悪を、決して忘れない事を。

 

 運が悪かった、仕方なかった。

 

 そんなありきたりな言葉で、姉の死を受け入れはしない。

 

 姉に理不尽な死を齎した近界民を、全て駆逐する。

 

 親近界民などという戯れ言を口にする玉狛や迅は、決して許容しない。

 

 近界民(ネイバー)は、敵だ/敵でなければならない。

 

 それを庇う者も、敵だ/そうでなければ、ならない。

 

 姉を見殺しにした迅も、許しはしない/迅を、許してしまえば。

 

 何があろうと、必ず/彼を許したら、自分は。

 

 近界民は全て、駆逐する/姉の死をきっと、受け入れてしまうから。

 

 それ以外に、すべき事などない/そうしたら、自分は。

 

 近界民は、全て敵なのだから/何をすべきか、分からなくなってしまうから。

 

 荒れる心を抑えながら、不毛な尾行が続く日々。

 

 そんな彼に転機が訪れたのは、イレギュラー門という大事件の最中だった。

 

 市街地に、門が出現する。

 

 そんな、あってはならない事態が目の前で起こり、三輪の脳裏に四年前の悲劇が蘇った。

 

 彼はすぐに、現れた近界民を殲滅にかかった。

 

 迅を尾行していたという事すら忘れ、ただただ目の前の近界民(ネイバー)を破壊した。

 

 その先で。

 

 まるでその事が分かっていたかのような顔でこちらを見詰める迅の姿が、あった。

 

 きっと、彼は三輪の尾行に気が付いていた。

 

 だから、三輪をこの場まで誘き出し、近界民の処理に利用したのだ。

 

 あの迅の掌の上だったという事実が、三輪から冷静さを失わせた。

 

 激昂して何をその場で喋ったかは、良くは覚えていない。

 

 ただ、「許さない」という怒りだけが、燻っていた。

 

 少し、時間を置いた後。

 

 迅が、本部に呼び出しを受けた事を知った。

 

 三輪は城戸に無理を言って、その場に同席させて貰った。

 

 そこで、迅は。

 

 一人の、C級隊員をあからさまに特別扱いしていた。

 

 その光景に、三輪は奇妙な怒りを覚えた。

 

 自分の願いは聞いてくれなかったのに、何故そんな奴を助ける?

 

 そんな無意識の甘え(いかり)が、三輪の中に沸き上がった。

 

 そして、怒りは思考を短絡化させる。

 

 こいつだ。

 

 このC級隊員を利用して、迅は近界民(ネイバー)を匿っていたのだ。

 

 三輪の中で、その思い込みが事実となるまでそう時間はかからなかった。

 

 これ以上迅を尾行しても、成果は得られない。

 

 本命は、この修という少年。

 

 そう考えた(思い込んだ)三輪は、城戸に修の尾行を申し出た。

 

 城戸は若干困惑したようではあったが、理由を説明すると許可を出してくれた。

 

 そして翌日から、三輪は尾行対象を迅から修へと切り替えた。

 

 すると、その翌日から怪しい人物が浮上した。

 

 彼と共に下校する、明らかに外国人の少年。

 

 調べると、先日転校して来たばかりで、転校前の事は誰も知らないらしい。

 

 素性の良く分からない、異邦の人間。

 

 こいつが、近界民(ネイバー)だ。

 

 三輪の直感は、そう訴えていた。

 

 だが、証拠がない。

 

 トリガーを使うところでも抑えられれば、証拠にはなる。

 

 だから、今はボロが出るのを待つ。

 

 そして。

 

 その日。

 

 修が警戒区域に向かい、そこでその少年────────空閑遊真と、合流するのを見た。

 

 彼等が向かう先には、警戒区域に近い廃駅があった。

 

 人目を気にせず会合をするには、絶好の場所である。

 

 遂に、尻尾を掴んだ。

 

 そう考えた三輪は、彼等の後を追いかけた。

 

 それが、自分の意思であると、疑う事なく。

 

 

 

 

「もう自己紹介はしてるみたいだけど、紹介しておく。こっちは雨取千佳。うちの学校の二年生で、ぼくが世話になった先輩の妹だ」

 

 旧弓手町駅。

 

 警戒区域に近い為に閉鎖されたその廃駅に、修達はやって来ていた。

 

 既に顔合わせは済んでいるようであったが、引き合わせた張本人として義理は通さなければならない。

 

 そう考えて、改めて場を設けたワケである。

 

 勿論、それだけではないのだが。

 

「こいつは空閑遊真。うちのクラスに転校して来た外国育ちの奴で、日本(こっち)の事は良く知らないんだ」

「え…………? 修くんと同級生って事は、年上…………? ごめんなさい。わたしてっきり年下だと…………」

「いいって。年の差なんて些細な事だ」

 

 遊真の年齢が明らかになり動揺する千佳であったが、遊真は慣れたもので笑ってそう言った。

 

 まあ、外見年齢は止まっているのだから、年下という認識もあながち間違ってはいないのであるが。

 

「空閑は近────────近界民(ネイバー)について、詳しいんだ。だから、お前が近界民に狙われる理由も分かるかもしれない」

「そっか。遊真くんはボーダーの人なんだね」

 

 成る程、と千佳は遊真がボーダーの人間であると認識した。

 

 修はそのあたり口を濁していたが、千佳はそこを追及はしなかった。

 

 一歩を踏み込む勇気が、彼女にはない。

 

 他人に踏み込んだ結果自分の心が知られる事を、彼女は恐れている。

 

 主体性がないワケではない。

 

 ただ、他人の秘密に踏み込んで、自分の隠していた弱音(おそれ)が知られるのが怖い。

 

 だから千佳は、修の秘密を気付かなかった事にした。

 

「チカ、つまんないウソつくね」

「え…………?」

 

 だから。

 

 それを遊真に指摘された事に、千佳は動揺を露にした。

 

 千佳が見た、遊真の眼は。

 

 透き通っていて、それ故に何処か底知れない何かを感じていた。

 

「空閑、おまえ…………っ!」

「オサム、チカは信用出来ると思うぞ? だったら、隠し事しないで正直に話した方が良いんじゃないのか? 巻き込む面倒ごとの種類は、話しておくべきだろ」

「それは、そうだな…………」

 

 驚いて詰め寄った修は遊真の指摘を受け、自分の間違いを知った。

 

 千佳には面倒ごとに巻き込む事は話しているが、その内容までは告げていない。

 

 偏に千佳を慮ったが故の配慮であったが、考えてみれば詳細を話さず巻き込む方が余程不義理だ。

 

 修は考え直し、千佳に真実を話す事にした。

 

「千佳、驚かないで聞いて欲しい。空閑は、近界民(ネイバー)なんだ」

「え…………? 遊真くんが、近界民…………?」

「ああ、だけど心配しなくて良い。こいつは味方だし、悪い奴じゃないからな」

「そゆことだ。よろしく」

 

 突然告げられた真実に千佳は目を白黒させるが、とうの遊真自身の人格はこれまでの経緯でもある程度理解している。

 

 多少浮世離れした部分はあるが、千佳の我が儘としか思えない行動にも文句を言わずに付き合ってくれた。

 

 彼が善性の人間である事は、充分理解していた。

 

 だから、納得する事にした。

 

 きっと、後から詳しい説明はしてくれるのだと考えて。

 

「それから、狙われる理由か。そんなの、トリオンくらいしか思いつかないけどな」

「トリオン? どういうことだ?」

「どういう事も何も、近界民(ネイバー)が人を襲うのはトリオンの為だからな」

 

 遊真はそう言って、説明を始めた。

 

「トリオン能力の高い奴は生け捕りにして、トリオン能力の低い奴はトリオン機関だけ抜き取って、()()()の戦争に使う。それが、近界民がわざわざこの世界にやって来る理由だよ」

「戦争、か…………」

 

 修の脳裏に、迅達から聞いた話が蘇る。

 

 近界では、当たり前のように戦争が行われている。

 

 言うなれば、この世界に来ている近界民の目的は戦時用の物資調達の為の略奪なのだ。

 

 襲われる側からしてみればたまったものではないが、戦争とはそういう面もあるのだ理解はしている。

 

 ────────ようは近界の国家は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()とでも考えればいい。相手の事が分からないし、技術にも差があるから侵略という手段が目立つだけで、相応のメリットを提示すれば交渉だって出来るんだ────────

 

 迅の言葉を、思い出す。

 

 確かに、技術格差がありまともな交流もなければ、搾取という手段に走ってもなんら不思議ではない。 

 

 近界は、あくまで別の世界にあるだけの()()なのだ。

 

 常識が違う部分があるとはいえ、そういった側面があってもおかしくはない。

 

「だから、チカがしつこく狙われるなら相当高いトリオンを持ってるって事じゃないのか? なんなら、調べてみるけど」

『そうだな。そうすればハッキリする』

 

 遊真の言葉と同時に、彼の懐からレプリカが姿を現す。

 

 レプリカの登場に面食らった千佳ではあるが、丁寧に挨拶を受け反射的に「はじめまして」と返答した。

 

『この測定策でトリオン能力が図れる』

「危険はないから安心して良いぞ」

 

 そう言ってレプリカは口内から舌のようなもの出しており、千佳はその見た目故に少々躊躇っている様子であった。

 

「レプリカ。ぼくが先に図って良いか?」

『了解した』

 

 そんな千佳の葛藤を察した修は、進んで自分からレプリカに手を差し出した。

 

 意図を理解したレプリカは修のトリオンを測定し、頭上にキューブを出現させた。

 

「これ、どのくらいのトリオンなんだ?」

「うーん、近界民(ネイバー)に狙われるならこの三倍は欲しいかな」

 

 別に狙われたいワケじゃないが、と修はぼやき、千佳へと向き直る。

 

「ぼくは大丈夫だ。お前も図って貰ったらどうだ?」

「う、うん」

 

 先に修が試した事で、躊躇はなくなったのだろう。

 

 千佳は、レプリカに手を差し出した。

 

『少々時間がかかる。楽にしていてくれ』

 

 トリオン量が少ない修とでは、かかる手間が違うのだろう。

 

 レプリカはそう言って、測定を開始した。

 

「しかし、そんなにハッキリと近界民(ネイバー)に狙われてるならボーダーに助けて貰えば良いんじゃないか?」

「ボーダーには、頼りたくないらしい。というより、誰かに迷惑をかける事を、どうにも極端に嫌ってるらしいんだ」

 

 遊真と修はその間雑談を交わしていたが、千佳の事情を知った遊真の問いに、修はそう答えた。

 

 千佳はなまじ自分を狙う近界民の場所が分かる能力がある為に、無理をしてでも自分だけで逃げ切ろうと考えていたらしい。

 

 それを聞いて、遊真は成る程、と納得した。

 

「確かに、今回は良い機会かもな。それじゃあ、限界もあるだろ」

「ああ、面倒ごとに巻き込むのは申し訳ないが、千佳の安全には替えられない。多少荒療治だけど、このままじゃいけないのは分かってたしな」

 

 そして。

 

 レプリカによる、測定が終わる。

 

『測定、完了だ』

 

 現れる、修とは比較にもならない巨大なキューブ。

 

 それは遊真から見ても、規格外のサイズだった。

 

 目を見開く、修と遊真。

 

「動くな。ボーダーだ」

 

 だから、反応が遅れた。

 

 響く足音と、共に現れる二人の少年。

 

 一人は、知っている。

 

 本部で城戸の隣にいた、三輪という少年だ。

 

 一緒にいるのは。同じ隊の仲間だろうか。

 

 もう一人の少年、米屋はそんな修の様子を見て、目を細めた。

 

 彼が、思ったよりも自分たちの出現に戸惑っていない事を察して。

 

 こうして、展開は動き始めた。

 

 様々な思惑を、その内に孕んで。

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