痛みを識るもの   作:デスイーター

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三輪秀次②

「ボーダーの管理下にないトリガーだ。近界民(ネイバー)との接触を確認。処理を開始する」

 

 三輪は立て続けにそう宣言すると、隣の少年────────米屋と共に、トリガーを起動。

 

 隊服へと姿を変え、銃口を遊真に突き付けた。

 

「三雲、お前が迅の手先なのは分かっている。その白いチビが、近界民なのだろう?」

「ええ、そうですね。ですが」

「────────迅が何を言ったかは知らんが、近界民は全て敵だ。その駆除が、ボーダーの務めだ。ようやく尻尾を掴んだ以上、言い訳を聞くつもりはない」

 

 まるで自分に言い聞かせるように、三輪は強い口調で修を牽制する。

 

 聞く耳持たず、とはまさにこの事だろう。

 

 三輪は、完全に自分の都合のみを考えて動いている。

 

「悪ぃな、恨んでくれていーからよ。さっさと戦ろうや」

 

 米屋はそう言って、これ見よがしに槍型の弧月を構えた。

 

 戦意充分、やる気充分。

 

 三輪同様、引く気は欠片もなさそうだ。

 

 米屋は三輪の暴走には気付いているが、止める気はない。

 

 この場で最も冷静と言えるのが米屋だが、彼にはストッパーとなる気が欠片もない。

 

 米屋自身は、迅や近界民に対する隔意はない。

 

 彼は三輪隊の中では唯一近界民の被害を受けていない人間であるし、迅の行動にも理解がある。

 

 だが、それと三輪の味方をする事は彼にとって何の矛盾でもない。

 

 放っておけば何処までも独りで進んでしまう友人を何も言わずに支える事こそ自分の仕事だと、米屋は割り切ってしまっている。

 

 故に、三輪が止まらない限り米屋も刃を下ろす気はない。

 

 衝突は最早、不可避だった。

 

「近界民は駆除する。邪魔をするならお前もだ、三雲。それが嫌なら、迅に助けを求めたらどうだ?」

「…………」

 

 三輪としては。此処で迅も引っ張り出して近界民と内通した事実を確定させてしまいたい。

 

 そんな目論見からの挑発であったが。修は動じない。

 

 ただじっと、三輪の動向を見据えていた。

 

(なんだこいつは? 何故、この状況で動揺しない? 近界民と一緒にいる現場を押さえられた以上、こいつにも後が無い筈だが。自棄になっているだけか?)

 

 そんな修の様子に、三輪は訝し気に目を細めた。

 

 近界民を匿うというのは、敵兵を招き入れているに等しい重罪だ。

 

 少なくとも、三輪の常識ではそうだった。

 

 その罪が暴かれたというのに、修は殆ど動揺していない。

 

 ただじっと、こちらの様子を伺っているようにも見える。

 

 何か、おかしい。

 

 迅への嫌悪と近界民の憎悪で沸騰していた頭に、冷静さが戻って来る。

 

 三輪が何かに気付きかけた、その時。

 

「俺に用なんだろ? お望みなら、相手してあげるよ」

 

 ────────遊真が、そう言って戦闘体に換装した。

 

 黒く物々しい、戦闘服。

 

 それに姿を変えた遊真を見て、三輪の内に燻る近界民への憎しみが一気に火を点けて煮え滾った。

 

 戦闘体に換装したという事は、戦う意思を見せた事と同義。

 

 つまり、攻撃を仕掛ける口実には充分。

 

 三輪の口元が、殺意で歪む。

 

「戦闘開始。駆除を開始する」

 

 同時に、米屋がその場から駆け出し、三輪と二人がかりで遊真を挟み込むように位置取った。

 

 遊真はそれに反応し、挟み撃ちされる位置からの移動を試みる。

 

「…………!」

 

 しかし、そこに飛来する一発の銃弾。

 

 それを防御する遊真だが、そのタイムロスは無視出来ない。

 

 三輪と米屋の二人は完全に遊真を挟む位置に陣取っており、距離的に引き離すのは難しくなった。

 

(幻踊弧月)

 

 米屋はオプショントリガー、幻踊を用いた突きを繰り出す。

 

 同時に、三輪は拳銃の銃口を遊真に向ける。

 

 装填された弾丸の名は、鉛弾(レッドバレット)

 

 米屋の幻踊を躱したとしても、この弾丸で動きを封じればそのまま押し込める。

 

 様子見、などという事はしない。

 

 初見殺しは、その優位を生かし切る内に仕留めるのが最良。

 

 それを、三輪は七海達と共に香取隊・冬島隊を相手取った試合で学んでいた。

 

 鉛弾は、それを知らない相手には初見殺しとして作用する。

 

 シールドをすり抜け、重石というデメリットを付加するその奇襲性は、初見で防ぐのは難しい。

 

 最初の一発は、恐らく当たる。

 

 後は、相手が初見殺しで混乱している内に仕留め切ればそれで済む。

 

 鉛弾(レッドバレット)による重石は、一つだけでも100㎏程度。

 

 複数撃ち込めば、最早まともに動く事は難しくなる。

 

 そこに刃が曲がる幻踊による奇襲が加われば、それで詰みだ。

 

 如何に未知のトリガーを使おうが、この初見殺しの畳みかけで勝てない筈がない。

 

 相手に真価を発揮させる前に、封殺して殺し切る。

 

 その為の、初手での全開。

 

 未知のトリガーを扱う近界民相手の、最善手。

 

「────────」

 

 だが。

 

 その、三輪の作戦は。

 

 空中より飛来した二振りの刃により、崩れ去った。

 

 その刃、スコーピオンは三輪の放った鉛弾に命中。

 

 着弾したブレードに重石が出現し、刃は地に落下する。

 

 その光景を見た遊真は、即座に後退を選択。

 

 一息で、二人の射程から撤退した。

 

「馬鹿な、今のは…………っ!」

「成る程ねえ。こうなるワケか」

 

 三輪はその介入に信じられない、といった風に目を見開き。

 

 米屋は、()の登場に納得した様子で、ため息を吐いた。

 

「迅さんから、彼等の事を頼まれているんでね。悪いけど、邪魔させて貰うよ」

 

 そう言って屋根の上から姿を現したのは、顔立ちの整った痩躯の少年。

 

 那須隊攻撃手、七海玲一。

 

 その彼が、右腕にスコーピオンを携え遊真達を守るように立っていた。

 

 三輪と、七海。

 

 喪失を引きずり憎悪を抱く者と、喪失を背負い前を向く者。

 

 同じ始まりながらも今や対極である二人が、廃駅の中で対峙した。

 

 片や、困惑と憤慨を。

 

 片や、決意と義憤を。

 

 それぞれ、抱えながら。

 

 

 

 

「悪いな、二人共。許してくれ、とは言わない。ケジメは、ちゃんと付けるよ」

 

 その光景を、迅は高台から見据えていた。

 

 本当であれば直接あの場に赴くべきだが、迅には迅でやる事がある。

 

 それに。

 

 今回の衝突は、遊真の黒トリガーを三輪に確認させるという意味合いもある。

 

 ちなみにそれだけであれば、七海の介入は必要ない。

 

 三輪は確かに侮れない力を持った実力者だが、黒トリガー持ちである遊真相手には流石に分が悪い。

 

 聞いた限り、遊真の黒トリガーは初見殺しもいいところな性能をしている。

 

 まあ、それは概ね全ての黒トリガーに共通する事ではあるが。

 

 ともあれ、遊真であれば単独でも三輪の攻勢を凌ぐ事は可能だろう。

 

 にも関わらず七海をこの場に投入した事には、複数の意味がある。

 

 一つは、約束を誠実に履行する為。

 

 迅は他者を頼ると宣言し、そして遊真には修を通じて協力するよう頼んでいる。

 

 協力を求めるからには対価と誠意は必要であり、「勝てるから」と言って何の保険もかけずに放置するのは不義理に過ぎる。

 

 以前の迅であれば必要と考えればやったであろうが、今の彼は違う。

 

 誠意には、誠意で。

 

 それが、信頼関係を結ぶ為の基本なのだから。

 

 そしてもう一つの理由は、七海の立場を明確化する為。

 

 いわば、その為の仕込みが今回の一件だ。

 

 七海には、今後起こる派閥の代理戦争への参加を確約して貰っている。

 

 故に、その場に赴くに相応しい理由付けと、彼の近界民に対するスタンスを公言する必要があるのだ。

 

 ただ参加しただけでは、迅への縁故故の参戦と解釈され、後に遺恨が残る可能性がある。

 

 だからこそ、今回の戦闘に介入して貰う事にしたのだ。

 

 彼の口から、その意思を告げて貰う為に。

 

「さて、あっちは任せて大丈夫そうだ。俺は、向こうを抑えるか」

 

 迅はそう呟き、移動を開始した。

 

 その視線の、先には。

 

 三輪隊が擁する、二人の狙撃手の姿があった。

 

「万が一の可能性は、潰しておかないとな。色んな意味でね」

 

 

 

 

「七海、何故そいつを守る…………っ!? そいつは、近界民(ネイバー)だぞ…………っ!?」

「知っています。ですが、敵対的な相手ではありません。少なくとも、排除対象でない事は事実です」

 

 困惑し激昂する三輪に、七海は淡々とそう説明した。

 

 一度は水に流した三輪との禍根であるが、実態は何も変わっていない。

 

 七海に対しては試験の時等は冷静に接していたが、それはあくまで七海が相手であり、迅がその場にいなかったからである事を理解する。

 

 明らかに、今の三輪は頭に血が上りきっている。

 

 迅の事を嫌っている事は知っていたが、その度合いは七海の想像を超えていた。

 

 三輪は迅が相手であるというだけで、マイナス方向にしか思考が働かない。

 

 なまじ迅がその憎悪を黙認し、反論もしないものだからそれがエスカレートしているという側面はある。

 

 迅としては自分の行いの結果なのだから当然、くらいには思っているのだろうが、彼の行動が三輪の思考傾向を極化させた原因の一つである事は事実だ。

 

 それが果たしてどれ程の影響であったかはともかく、今や三輪は誰が何を言おうが迅への嫌悪と拒否感情を容易には撤回出来ない領域にいる。

 

 以前の七海の言葉はそれなりに響いたようであったが、迅に関連する事柄では冷静さを失う傾向は何も変わっていない。

 

 試験官としての責務を十全に果たしていた昇格試験の時とは、まるで別人のようだ。

 

「三輪。お前が空閑を害すると言うのなら、俺はそれを見過ごす事は出来ない。諦めて帰るなら、これ以上の干渉はしないが」

「ふざけるな…………っ! 近界民を前に、駆除以外の選択肢など有り得ん…………っ! 近界民(ネイバー)は、全て殺す…………っ!」

 

 七海の言葉にも耳を貸さず、三輪は銃口を再び遊真へと向ける。

 

 元より、この程度で止まるようであれば最初から暴走などしない。

 

 三輪は頭に血が上ったまま、引き金に指をかけ────────。

 

『解析完了。印は『(ボルト)』と『(アンカー)』にした』

「OK」

 

 ────────迎撃準備をしている遊真の動きに、気付くのが一歩遅れた。

 

「『射』印(ボルト)+『錨』印(アンカー)────────四重(クアドラ)

 

 遊真のトリガーから放たれる、無数の黒い弾丸。

 

 突然の弾幕を至近距離で浴び、二人に回避の手段はない。

 

「うおっ!?」

「ぐっ…………!?」

 

 当然の如く、全弾命中。

 

 それが着弾した三輪と米屋は、身体に幾つもの重石が出現し、重量によってその場に倒れ込む。

 

 最早、碌に身体は動かせない。

 

 チェックメイト。

 

 初見殺しの早業で、速やかにA級部隊の二人を完封した。

 

「他者のトリガーを、コピーするトリガーだと…………っ!? この出力───────まさか、これは………………っ!」

「迂闊ですね。普段の貴方であれば、俺が出て来た時点でそれが陽動であると気付けたでしょう。頭に血が上り過ぎましたね」

 

 そう、今回の七海の役割は三輪の注意を引き付ける為の陽動。

 

 本命は、遊真の黒トリガーによる迎撃。

 

 目論見はこれ以上なく成功し、三輪は最早戦闘続行は不能。

 

 だが、本来であればこの程度の陽動にかかる三輪ではない。

 

 彼の思考が憎悪一色で凝り固まっていたからこそ、目の前の七海だけに注視し、一時的にせよ遊真を視界から外した。

 

 これは、明確な失態と言えるだろう。

 

 ランク戦を見ていれば、七海の得意とするのが攪乱と陽動である事には気付けている筈だ。

 

 他ならぬ三輪自身がその目と身体で試験官として彼に評価を下したのだから、当然七海の得意分野も既知であった。

 

 にも関わらずこうまで完璧に陽動に引っかかったのは、思考が硬化していたからに他ならない。

 

 しかし頭に血が上っている三輪は、そんな事にも気付けていなかった。

 

「何故だ、何故邪魔をする七海…………ッ! 近界民は、敵の筈だろうが…………っ!」

「言った筈です。彼は、敵ではないと。空閑は確かに近界民ではありますが、敵対するどころかむしろ友好的です。貴方の勝手で彼の信頼を損ねる真似は、ボーダーにとって大きな損失となります」

 

 七海はあくまで冷静に応対するが、三輪の熱はまるで冷める様子がない。

 

 むしろこれまで以上にヒートアップした様子で、三輪は七海を睨みつける。

 

「何故、そんな事が言える…………っ!? 三雲にしろお前にしろ、何故迅の言葉などを信じられる…………っ!? 一体、何を吹き込まれた…………っ!?」

「迅さんの言葉であればそれだけで信頼には値しますが、敢えてこう言っておきましょう。今回の一件は、迅さんだけの判断に依るものではありません」

 

 それを予想していた七海は懐から一枚の紙を取り出し、三輪へ見せつけた。

 

 その命令書には、こう記されていた。

 

 『保護対象者、空閑遊真が危険に晒された場合、可能な限りこれを守る事を命じる。尚、その際に生じる責任の一切は指示者が負うものとする』と。

 

 命令書の作成者は、忍田真史。

 

 ボーダー本部長の名前で、命令書は作成されていた。

 

「馬鹿な、忍田本部長が迅に協力したというのか…………っ!?」

「別に不思議な事ではありませんよ。迅さんは最善の結果の為に動いていて、街を守る為ならその支援を行う事が最適解なんですから。少なくとも、忍田本部長はそう判断しています」

 

 これが、ダメ押しだった。

 

 ただでさえ自分と似た境遇の七海が敵対したというのに、加えて忍田本部長まで迅の味方に回っている。

 

『三輪、すまん。迅さんに見つかった。これ以上の作戦続行は不可能だ』

 

 加えて、たった今隊の狙撃手から迅に身柄を押さえられたとの連絡が入った。

 

 作戦続行は、物理的に不可能。

 

 信じていたものが崩れ落ちる感覚を味わった三輪は、最早どうする事も出来ず。

 

「認めない、認めるものか…………っ! 近界民(ネイバー)は、全て敵だ…………っ! 緊急脱出(ベイルアウト)ッ!」

 

 三輪は逃げを選択し、自ら緊急脱出を発動。

 

 光の柱となり、基地へと帰還。

 

 これで、廃駅への戦闘は終結した。

 

 その光を、目で追う七海は。

 

 何処か、複雑な面持ちを浮かべていた。

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