痛みを識るもの   作:デスイーター

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玉狛支部①

 

「話は聞かせて貰ったわよ…………っ!」

 

 バンッ、と勢い良くドアを開けて出て来たのは、制服を着た活発な印象の少女────────小南である。

 

 当然ながら彼女とは初対面な修や遊真、千佳はポカンとした表情で彼女を見ており、彼女を良く知る身内である宇佐美は乾いた笑みを浮かべている。

 

 突然の少女の乱入に場が硬直する中、そんな事知った事かとばかりに小南は話を切り出した。

 

「アンタ達、A級になりたいなら師匠が要るわ…………っ! あたしが用意したげたから、感謝しなさい…………っ!」

「えっと、その前に一ついいですか?」

「何よ?」

「えっと…………出来れば自己紹介して貰えると嬉しいんですが」

 

 修の指摘に小南は一瞬ポカン、と理解を放棄した表情を浮かべ────────そして、自分のやらかしを悟りぎぎぎ、と後ろを振り向いた。

 

「…………迅。アンタ、あたしの事は説明してないの…………?」

「いやあ、悪い悪い。うっかり忘れてたよ」

「~~~~~っ!!!」

 

 そこで出待ちしていた迅の返答に小南は顔を真っ赤にしながら、彼のお腹をポカポカと叩く。

 

 最初はされるがままにしていた迅であったが、やっている内に熱が入ったのだろう。

 

 ドスン、という鈍い音と共に小南の拳が迅の鳩尾にめり込み、見事にノックアウト。

 

 静かに崩れ落ちる迅を背に、小南はふぅ、とため息を吐いた。

 

 良い汗かいた、と言わんばかりの雰囲気に修達は何も言えなかった。

 

 既に頬の赤みは消えており、気分転換は済んだらしい。

 

 自ら沈めた迅の事は、既に忘却の彼方だ。

 

 というよりも、これくらいはやって大丈夫、という信頼があるのだろう。

 

 流石に彼女も誰彼構わず沈めたりはしない────────ハズ、である。

 

「あたしは小南桐江。この玉狛支部で攻撃手をやってるベテランよ。言っとくけど、ボーダー歴は迅より長いんだからね」

「あ、よろしくお願いします」

「よろしく」

「よろしくお願いします」

 

 最初のやり取りをなかった事にして自己紹介からやり直した小南に、修達は素直に従った。

 

 彼女の勢いに圧倒された事もあるが、その場にいた誰もが「彼女を立てた方がスムーズに進む」と察した為でもある。

 

 誰だって、爆発すると分かっているものに障りたくなど無いのだから。

 

「迅からアンタ達の事は聞いてるわ。事情は全部知ってるから、畏まる必要はないわよ」

 

 アンタが近界民(ネイバー)ってのも知ってるしね、と小南は遊真を指さして告げた。

 

 彼女の遊真を見る眼に、三輪のような憎悪や嫌悪はない。

 

 ただ、当たり前にそこにいる相手に向ける視線。

 

 迅と、同じ類の眼であった。

 

 彼女もまた、迅と同じく近界民という存在に慣れている────────否、自らの常識の一部として組み込んでいるのだろう。

 

 小南や迅にとって近界民とは国が違うだけの人間であり、この世界がそうであるように敵対する相手もいれば、友誼を結べる相手もいる。

 

 その事を理解しているが故の、中庸の視線。

 

 それが、小南が遊真に向けた視線だった。

 

 加えて、遊真のサイドエフェクトは彼女が一切の嘘を言っていない事を確認している。

 

 相手が嘘を言えば自動的に分かる類に能力なので、これは間違いない。

 

 言葉通り、小南は遊真に対する隔意は一切持っていないらしかった。

 

「迅が選んだ相手なんだし、信用するし期待もしてるわ。どうせ無茶しなきゃいけなくなるんだろうし、その為には少しでも強くなっといた方が良いでしょ。アンタは、元からそれなりに強そうだけどね」

「ほう、お目が高い」

 

 ジロリと何処か好戦的な目で遊真を睨みつけた小南に、遊真はニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

 彼女の眼には、覚えがある。

 

 これは、戦士の眼だ。

 

 戦いを日常とし、当然のように生き死にを懸けた戦いに赴く戦士の眼。

 

 小南の眼力は、遊真が良く知る戦士の気配を孕んでいた。

 

 それも、相当に()()()気配だ。

 

 仄かに、遊真の瞳に戦意の火が灯る。

 

 別に戦いが好きというワケではないが、好敵手との競い合いは嫌いではない。

 

 遊真の直感は、この少女が充分その相手として相応しい事を察していた。

 

「てなワケで、アンタはあたしが貰うわ。いいわよね? 迅」

「ああ。遊真には、小南が一番合うだろうからな。俺が保証する」

「成る程。よろしくこなみ」

「先輩を付けなさい。先輩を」

 

 あたしの方が先輩なんだからね、とぷんすか怒る小南に、そんな彼女を見て笑みを深める遊真。

 

 どうやら彼等は彼等なりの方法で、ファーストコンタクトで好印象を得たらしい。

 

 なんだかんだで、良いコンビになれそうである。

 

「え、っと。小南先輩が空閑の師匠になるって事ですか…………?」

「そう言ってるじゃない。アンタは確か、七海が師匠なんだっけ?」

「あ、はい。一応そうなってます」

 

 ふぅん、と小南は修を値踏みするように見て、ため息を吐いた。

 

「藍ちゃんは見どころがあるって言ってたけど、あたしにはイマイチピンと来ないわね。まあいいわ。そんでアンタは、他に師匠が欲しい?」

「えっと、出来れば……………………はい。七海先輩は、色々と忙しいとお聞きしていますし」

「でしょうね。だからこうして引っ張って来たワケだし」

 

 え? と修が困惑するのも束の間、小南は自分の入って来た入り口の方を見て、声を張り上げた。

 

「二人共、入って来なさいよ。その為に連れて来たんでしょーが」

「…………連れて来るも何も、最初から支部にいたワケだが」

「そこは形から入りたいんでしょう。小南先輩、そういうの拘りますし」

 

 そして、入って来たのは男性二名。

 

 長身の筋肉質な青年、木崎レイジ。

 

 細見の端正な顔立ちの少年、鳥丸京介。

 

 玉狛支部の正式メンバーである二人が、小南に連れられてやって来たのだ。

 

「木崎レイジだ。迅から話は聞いている。よろしく頼む」

「烏丸京介。俺も迅さんから話は聞いてます。よろしく」

「ちょっと、なんでそこであたしの名前を出さないのよ」

 

 だって迅さんから聞いてたのは本当ですし、と告げる烏丸に、「連れて来たのはあたしだからね!」と小南が食ってかかる。

 

 しかし烏丸はのらりくらりと追及を躱し、小南の一人相撲の様相を呈していた。

 

 まあ、これもいつもの光景なので気にするほどでもないのだろう。

 

 小南がやり込められるのは、いつだって変わりないのだから。

 

「話からすると、木崎さん達がぼくたちの師匠になってくれるって事ですか?」

「そうだ。あと、レイジの方で良い。そっちの方が呼ばれ慣れてる」

 

 木崎だと別の奴を連想するしな、とレイジは小声で呟く。

 

 彼の事を木崎と呼ぶのは大抵風間なので、そっちを連想したようだ。

 

 会ったばかりの年上男性を名前呼びするのはどうかと思ったが、本人がそう言うのであれば仕方がない。

 

 これからはレイジさんと呼ぼう、そう考えた修であった。

 

 そんな修達を見て、レイジはくい、とドアの向こうを指さした。

 

「さて、三雲の資料は貰っているが空閑と雨取に関しては何も分からないからな。一先ず、どのポジションが適正なのか調べさせて貰うぞ」

 

 

 

 

「空閑は文句なしに攻撃手向き。雨取は、狙撃手向きだな」

 

 訓練室での実践を終え、レイジは遊真と千佳に対してそう評した。

 

 レイジの発案で一通りのポジションのトリガーを試してみた二人であったが、遊真はスコーピオンに高い適正を示した。

 

 弧月も扱えなくはないが、小柄な体躯もあり断然適正はスコーピオンの方が高い。

 

 今も小南と戦闘しているが、歴戦の戦士である小南に対して一歩も退かない戦いぶりは流石としか言いようがない。

 

 遊真も「悪くない」と言いながら早くもスコーピオンの応用技を試し始めているし、ストレートに攻撃手向きだろう。

 

 一方、千佳はブレードトリガーの適正は皆無。

 

 弧月も碌に相手に当てられないし、スコーピオンも咄嗟の判断の遅さが致命的で全く使いこなせなかった。

 

 半面、射撃トリガーにはそれなりの適正があった。

 

 天才とまではいかないものの、中距離射撃の手段として使うには悪くないセンスを示していた。

 

 しかし、最も適性が合致したのは狙撃手である。

 

 千佳はこれまでの経験からか長時間だろうとひたすら待つ事が出来るし、スタミナも充分以上にある。

 

 咄嗟の判断の遅さが課題ではあるが、それは慎重さの裏返しでもあるのだ。

 

 天性の才能があるとまでは言わないが、狙撃手として充分やっていけるだけの能力はある。

 

 レイジは狙撃も扱える完璧狙撃手(パーフェクトオールラウンダー)としての見地で、千佳の適正をそう判断した。

 

 チーム単位で見れば、射手にして司令塔の修、狙撃援護役の千佳、そして切り込み役の遊真とバランス良く各分野が揃っている。

 

 荒船隊や風間隊のような特化型チームならばともかく、普通にやるのであればある程度ポジションはバラけていた方が取れる戦術の幅は広い。

 

 もっとも、それは得てして器用貧乏になりかねないという事でもあるが、そのあたりは隊長の腕の見せ所、といったところだ。

 

「しかし、雨取のトリオン量は凄まじいな。黒トリガー並のトリオン量を素で持ってるなんて、聞いた事がないぞ」

「こればっかりは生まれつきだからねえ。まあ、折角の才能なんだから喜んだ方が得だよ。才能は、自分じゃ選べないんだからさ」

 

 そう呟く迅は、何処か自嘲的だ。

 

 分からなくはない。

 

 彼の未来視も、望んで得た力などでは断じてないのだから。

 

 生まれ持つ力に振り回される苦しみは、彼も良く分かっている。

 

 故に、迅が千佳を見る眼は少々同情的であった。

 

 執拗に近界民に追われるだけの、莫大なトリオン量。

 

 それを持って生まれたが故に、千佳は様々な苦悩を抱いて来た筈だ。

 

 詳しい話は聞いていないが、そんなのは聞かなくても分かる。

 

 少なくとも、何の苦労も知らずに生きて来たワケではない。

 

 そんなものは、千佳の眼を見ればすぐに分かったのだから。

 

「どんな力だって、使い方次第よ。少なくとも、あたし達は迅の未来視に助けられて来たし、これからもそう。だから、貴方のそのトリオン量もきっと役に立つ時が来るわ。保障してあげる」

 

 こいつが生き証人よ、と小南は迅の肩を抱え込み、ぐいぐいと引っ張って見せる。

 

 普段通りのスキンシップだが、少々顔が赤くなっているあたり多少無理はしているらしい。

 

 恐らく、迅が千佳と自分の境遇を重ねて見ていた事に気付いたのだろう。

 

 放っておくとどんどん悲観的(ネガティブ)になる迅の性質を理解していた為、多少の恥は忍んでボディタッチを敢行したワケだ。

 

 普段はこの程度で赤面したりはしない小南であるが、生憎少し前に瑠花によって散々玩具にされたばかりである。

 

 迅との添い寝の事で思う存分弄り倒された記憶が未だに新しい為、彼との接触に照れが生じているのだった。

 

「取り敢えず、雨取は俺が指導しよう。三雲は────────京介、頼めるか?」

「いいっすよ。他に選択肢ないでしょうし」

 

 でも、と烏丸は続ける。

 

「俺は本職の射手じゃないし、別の射手を紹介した方が良くないっすか?」

「例の一件が終わったら考えても良いが、今はお前しかいない。基礎の仕込みくらいは出来るだろう?」

「了解しました」

 

 レイジとのやり取りを経て、烏丸は修と向き合う。

 

 そして烏丸は、修に向かって右手を差し出した。

 

「そんなワケで、俺が面倒を見る事になった。よろしく」

「はいっ! よろしくお願いしますっ!」

 

 修は嬉しそうな声をあげながら烏丸の手を取り、握手を交わした。

 

 既に七海と木虎の二人に師事している修ではあるが、木虎から「師匠は多くて損はない」という話を聞いていた事もあり、新たな師に弟子入りする抵抗感はない。

 

 尚、後日修が烏丸の弟子になった事を木虎に知られ、烏丸ファンである彼女の心証が若干低下し訓練に熱が入る事になるのだが、それはまた別の話である。

 

 師弟関係解消まではいかなかったが、木虎が修を見る視線の温度が少々下がる程度の影響はあった。

 

 まあ、それでも指導を投げ出さないあたりが木虎が木虎である所以である。

 

 ちなみに徹底して弟子としての立場を貫き素直に色々聞いて来る修の姿に機嫌を直し、視線の温度はその日の内に元に戻ったらしい。

 

 基本的にツンケンするが、本人の強い承認欲求さえ満たしてやれば割とチョロいのが木虎なのである。

 

 好感度は割と変動し易いが、その分リカバリーも容易。

 

 それが木虎なのである。

 

「それから、雨取の扱いについて俺から提案がある。あくまでも、例の一件が終わった後の話だが────────」

 

 レイジは、そう言ってある提案をした。

 

 修は驚き、対戦から戻って来た遊真は納得を示した。

 

 そして、迅は。

 

 満面の笑みで、ゴーサインを出した。

 

 レイジの提案は。

 

 ────────満場一致で、可決されたのだった。

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