『遠征艇が着艇します。付近の隊員は注意して下さい』
ボーダー本部、地下格納庫。
そこに黒い穴が開き、その中からトリオン兵に似た形状のオブジェクトが出現する。
これは、ボーダーが誇る近界遠征艇。
ボーダートップチームの精鋭部隊を乗せた、近界へ渡る為の船である。
その船が今、基地へと着艇する。
それは。
今後を左右する戦いを始める、一つの合図でもあった。
「これが、今回の遠征の成果です。お納め下さい」
「ご苦労。無事の帰還何よりだ」
遠征部隊を代表し、風間が近界から持ち帰った四つのトリガーを城戸の前に差し出す。
近界へ向かい、惑星国家に潜入して交渉もしくは奪取により未知の技術を持ち帰る。
それが遠征部隊の役割であり、命の危険もある難関任務だ。
ただ、戦闘力だけがあれば良いというものではない。
未知の世界での適応能力や、現地人との交渉能力。
敵対的な国家においては潜入能力や、生存能力も問われる。
遠征部隊に選ばれたA級3チームは、それらの条件を満たしていると判断されているワケだ。
ちなみに三輪の場合、主に前者が不足している為遠征部隊には選ばれていない。
誰彼構わず近界国家に喧嘩を売るような真似は愚行でしかない以上、当然といえば当然であるが。
「…………」
だからであろうか。
三輪は遠征部隊────────太刀川隊・冬島隊・風間隊の面々を、複雑な面持ちで見据えていた。
防衛任務で近界民を殺せるのは良いのだが、三輪としてはどうせなら人型近界民に復讐心をぶつけたい、という想いはある。
この世界に送られてくるトリオン兵はあくまで戦闘人形であり、近界民本人ではない。
糸に繰られた傀儡だけではなく、糸の繰り手に刃を届かせたい、というのは復讐者としては当然の心情だ。
城戸からもやんわりと遠征部隊を目指さない方が良いと窘められていてある程度理解もしているが、納得出来るかどうかは別の話である。
理屈で納得出来るのなら、復讐者などやっていないのだから。
「さて、帰還早々で悪いがお前たちに新しい任務がある。玉狛支部にある、黒トリガーの確保だ」
「玉狛の、黒トリガー…………?」
「なんだ? 迅を倒して風刃を奪って来いとか、そういう話です?」
「違う。三輪隊、説明を」
はい、と奈良坂が城戸の指示を受け、説明を行った。
「12月14日午前。追跡調査により、
「…………!」
「へえ」
奈良坂の説明を聞き、風間は眉を顰め、太刀川は唇を吊り上げた。
前者は単純にその脅威を慮って。
後者は、「戦ったら楽しそうだ」と戦意を滲ませて。
両者は、能力をコピーする黒トリガーの性質を戦闘者として理解を示した。
この場合、厄介なのは手札が無尽蔵に増える事もそうだが────────何よりも、黒トリガーの
ノーマルトリガーと黒トリガーでは、文字通り出力の桁が違う。
例に挙げるなら迅の風刃だが、黒トリガー発動時の彼のトリオン量は30オーバーまで跳ね上がる。
その出力で放たれる攻撃は、強力無比。
風刃の力の桁は、この間の昇格試験で既に証明されている。
伊達に、たった一人でB級上位部隊を相手取ってその殆どを蹴散らしたワケではないのだ。
だが、風刃には攻撃以外の用途が何もない、という致命的な欠点があった。
特化型の能力だからこそ致し方ない部分があるが、そのピーキーさ故に本当の意味で十全に使いこなす事が出来るのは未来視を持つ迅のみだろう。
しかし。
コピー能力持ちとなれば、話は変わって来る。
手札が実質一つしかなかった風刃と異なり、件の黒トリガーには無数の手札が
同じトリガーを使っていてもトリオン量の差異で威力に雲泥の差が出るのは、二宮を見れば一目瞭然だ。
たとえ同じアステロイドでも、修のそれと二宮のそれとではパチンコ玉とガトリング砲くらいの違いが出る。
それだけ、トリオンの差というのは明確に威力に直結する。
何処まで能力をコピー出来るかはさておいて、これ程分かり易く対処が難しい性質は無いだろう。
まだ見ぬ黒トリガー使いに、二人は戦慄を感じ取った。
「その際、七海隊員が戦闘に介入。忍田本部長の指示により、事態に介入した模様」
「なに?」
「ほう」
だが、奈良坂の次の発言で二人の関心は一瞬にして移り変わった。
七海玲一。
自分たちが指導を行っていた彼が、あろう事か忍田本部長の命令で近界民を助けている。
その意味を理解出来ないほど、二人は鈍くはなかった。
「もしや、迅が忍田本部長に手を回したか?」
「十中八九そうだろう。事実、迅は事態の推移を正確に察知していたし自身の関与を認めている。あいつの差配である事に間違いはない」
「へえ、成る程ね」
城戸の言葉に、太刀川はニヤリと笑みを深めた。
彼はこの時点で、今回の事態の全貌を朧気ながら把握していた。
流石に何のヒントもなしに辿り着けはしなかっただろうが、太刀川には彼だけが知る情報がある。
────────その内、強くなった七海と『風刃』を持った俺とやり合える機会が来るよ。俺のサイドエフェクトがそう言ってる────────
以前、迅から告げられた七海を指導する対価としての
太刀川は、今回の一件こそが迅が告げた未来視の指し示す戦いである事を戦士の直感で悟っていた。
秋頃に、迅が一人の隊員を入隊させた事は太刀川の耳にも届いている。
あの迅が直接入隊させるくらいだからさぞかし将来有望な天才かと思い国近に調べて貰ったのだが、彼────────三雲修は戦闘面では何の取り柄もないどころか、何故入隊出来たか不明なほどトリオンが低い弱兵だった。
しかし、だからこそ太刀川は理解した。
迅は、彼に何かをさせようとしていると。
それは、迅が昇格試験の試験官を直接務めた一件で確信を強めた。
迅は、何かをしようとしている。
そしてそれに必要なピースを必死で集め、未来という名のパズルを組み上げようとしている。
今回の一件も、それに必要な工程なのだろう。
迅が七海をこういう事に巻き込むという事は、そういう事だ。
彼が直々に太刀川に弟子入りを依頼した七海が関わっている時点で、今回の一件が未来の趨勢に大きく関わっている事は簡単に予想出来る。
これは、迅から直接七海の事を頼まれた太刀川しか知らない情報である。
(遂に来たか。待ってたぜ、迅)
太刀川は一人、不敵な笑みを浮かべた。
迅に思惑があるのは理解している。
今回の一件、もしも自分たちが勝てばマズイ事になるのは想像出来る。
だが。
それは、本気で戦わない理由にはならない。
元より、手を抜いて戦う事など迅は望んでいない筈だ。
悪友だからこそ分かる。
あいつは、自分との戦いを心待ちにしている。
そうでなくては困る。
こちらは、随分待ったのだ。
迅が黒トリガーを手にしてから、今まで。
本当に、長かった。
一体どれ程、迅との戦いを熱望しただろう。
迅が風刃を手にした時は、納得は出来ないが理解はした。
師の形見なのだ。
死に物狂いで手に入れようとするのは、当然だろう。
自分だって、もしも忍田が黒トリガーになる事があれば同じ事をするだろう。
少なくとも、そこまで情を捨ててはいないつもりである。
だが、理解と納得は別のものだ。
迅が風刃を手にして、S級隊員となった。
それは良いが、その代償として迅はランク戦に参加出来なくなった。
当然だ。
個人ランク戦に黒トリガーという規格外を、持ち込める筈がない。
理屈は、分かる。
けれど。
「そのくらいのハンデ、構うものか」と太刀川は常々思っていた。
自分は最強なのだ。
黒トリガーが相手だろうと、勝ってみせる。
自惚れではなく、太刀川はそう自負していた。
無論、七海による迅打倒で火が付いたという事もある。
あの戦いは、見事だった。
鍛えた甲斐があったと、あの日は出水と共に喜んだものだ。
七海が出来たのだ。
ならば、その師である自分に同じ事が出来ずにどうする。
太刀川は城戸や三輪隊の話を聞きながら、戦意を漲らせていた。
「件の近界民は迅の手引きにより、玉狛に入隊している。そうなると、玉狛支部には二つの黒トリガーが揃う事になる。派閥間のパワーバランスを考慮すれば、それは認められない」
だから近界民の黒トリガーを確保して貰うと、城戸は言う。
太刀川はその命令を受け入れ、告げた。
「分かりました。今夜にしましょう。今夜」
その発言に、聞いていた根付や鬼怒田が驚く。
それもそうだろう。
相手は、未知の黒トリガー。
作戦を充分に練ってから、と思うのが普通だ。
太刀川はそれを、「相手はコピー能力なのだから時間をかければかける程不利になる」と言って二人を納得させた。
勿論、嘘ではない。
コピー能力という性質上、相手に時間を与えれば与えるほど手札が増えるのだ。
それを避けたいという戦略的な理由も、嘘ではない。
だが。
それ以上に、これ以上待つ事など太刀川に出来そうになかったのだ。
やっと。
やっと、迅と戦う事が出来る。
今の口ぶりでは近界民を襲って黒トリガーを奪う、という事だったが、迅が介入しない筈がない。
迅には、未来視がある。
ならば当然、こちらの動きは読んで来る筈。
七海に告げたように戦闘では穴の多い未来視ではあるが、こと戦略的な視点から見ればその余地を上回る事は不可能に近い。
襲撃の日時は、いつにしようが同じなのだ。
いつ襲撃をかけたとしても、100%迅がその前に立ちはだかる。
ならば、早い方が良い。
結果が変わらないのだから、徒に時間をかける理由などない。
何よりも、戦意が燻って仕方がない。
これ以上のお預けは、太刀川には出来そうになかった。
「いいだろう。部隊はお前が指揮しろ太刀川」
「了解です」
そんな太刀川の内心を知ってか知らずか。
城戸は太刀川の案を了承し、命令を下した。
命令を受諾した太刀川は風間に目配せして、頷く。
迅と戦うのは、楽しみだ。
七海とも戦り合えるとなれば、猶更だ。
だが。
悪友として、師として。
通さなければならない筋は、あるのだという事だ。
「ぶっちゃけると城戸さん。今回の一件って、三輪の為でしょ」
「…………何故そう思った? とは、聞く方が野暮か」
その後。
時間を置いて司令室を訪れた太刀川達は、城戸を前に詰問していた。
表向き隠してはいるが、城戸が迅や七海の事を気にかけている事は知っている。
その城戸が、迅に対して明確な敵対行為など、本心から望むワケがないのだ。
この事は、根付や鬼怒田は気付いていない。
太刀川は、迅の悪友であり七海の師である立場だからこそ、察する事が出来たのだ。
人間的になダメな要素ばかりが目立つ太刀川であるが、その観察眼は本物だ。
昼行燈を気取っているワケではないが、それでも太刀川の言葉は確信を突く事が多い。
それは、他者よりも人を見る眼が優れている事の証左でもある。
だからこそ、気付いた。
今回の一件、その根幹。
それが、三輪────────即ち、復讐者の心情にある事に。
「要は、派閥間の抗争に落としどころ作りたいんでしょ? そんで、三輪を強引に納得させたいワケだ。言っちゃなんだが、三輪に甘過ぎるんじゃないか?」
「そうかもしれない。だが、彼をあのようにしてしまったのは我々だ。私たちには、その責任を取る必要がある」
巻き込んでしまって悪いがね、と城戸は告げる。
今回の一件が、ある種の私情を孕んでいる事は城戸も理解している。
三輪の復讐心を煽った責任を取りたいというのは、言うなれば迅や城戸の私情だからだ。
言ってはなんだが、三輪の心情を考慮しなければ手段は幾らでもあるのだ。
三輪に迅や例の近界民に関わらないよう命令を下したり、手を出さないよう言明したりと、やりようはある。
それをしないのは、偏に三輪の心情を慮っているが為だ。
正直に言えば、今回の一件は三輪の感情のぶつけどころを作る為の作戦という意味合いが強い。
最初から否定されるケースと、一度ぶつかってダメだったというケースであれば、後者の方がまだ納得がいく。
これで最初から手を出す事を禁じられていれば、しこりが残る可能性が高い。
だからこそ、いっその事一度ぶつける、という手段を取ったワケだ。
それが、自己満足の類である事など承知の上で。
「まあ、それは構わないですよ。俺としても、迅や七海と戦えるんなら大歓迎だ。ただ、一つだけ確認しときたいんですよ」
「なんだ?」
「今回の件。十中八九七海も関わって来ると思うけど────────まさか、それを理由に七海達をA級から降格させたりはしないですよね?」
ジロリと、太刀川は強い視線を城戸に向けた。
組織のトップに向けるような類の視線ではないが、見れば風間もまた似たような視線を城戸へ送っていた。
返答次第では、命令を拒否する。
言外に、二人の視線はそう訴えているかのようだった。
「安心したまえ。対外的に罰則を与える事にはなるが、なるだけ穏便な形にするつもりだ。気になるのであれば、腹案を話しておくが」
「いえ、大丈夫です。城戸司令がそう言うのであれば、構いません」
「ええ、そう言って下さるのであればこちらとしても何の異存もありません」
太刀川と風間は、そう言って胸を撫で下ろした。
城戸は自他共に厳しい男だが、筋は通す人間だ。
彼がこう言った以上、七海に過剰な罰が下る事はないだろう。
なんだかんだで弟子馬鹿な二人は、ほっと安堵の息を吐いたのであった。
そして、太刀川はその目に戦意を漲らせ、不敵な笑みを浮かべた。
「いいんですね? 本気でやっても」
「ああ。迅も、それを望んでいる」
「そうですか。なら、期待に応えなくちゃなりませんね」
太刀川の眼に、戦意の炎が燃え盛る。
風間はそれを見てため息を吐くが、彼もまたまんざらではなさそうだ。
太刀川ほどの
第三試験ではしてやられてしまったが、そのリベンジをするのも面白そうだ。
風間もまた、知らず不敵な笑みを浮かべていた。
「それから、米屋隊員から今回の作戦にB級隊員を一名参加させたいと打診があった。返答は保留しているが、君達の意見を聞かせて欲しい」
「へえ、米屋が? どれどれ」
太刀川は同じ戦闘狂の米屋が誰を推薦したのか興味を抱き、城戸の出した資料に目を移した。
そして。
ニヤリと、笑みを浮かべた。
「俺は良いと思いますよ。この子なら、いけるでしょ」
「そうですね。今回の作戦の趣旨的に考えても、好都合でもあります」
二人はそう言って、その隊員の参戦を肯定する。
城戸の見せた資料には、一人の隊員のプロフィールが記されていた。
────────B級五位部隊、香取隊。
隊長、香取葉子。
それが、米屋が推薦したB級隊員の名前だった。