痛みを識るもの   作:デスイーター

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太刀川慶③

 

「そっかー。良かった良かった。これでもし那須隊(あの子たち)がマズイ事になるようなら色々考えなきゃいけなかったもんね」

「そうだな。ただでさえ自己犠牲精神旺盛な奴だし、そこだけが心配だったが城戸さんがああ言った以上は大丈夫だろ」

 

 太刀川隊、隊室。

 

 そこで、今夜の作戦を国近に話した太刀川はそう言って笑みを浮かべた。

 

 隊室に揃っているのは太刀川、国近、出水の三名。

 

 唯我はこういった秘密裏の作戦には立場上参加させられない為此処にはいないし、今夜の事を教えてもいない。

 

 口の堅さに不安がある事もあるが、彼はスポンサーの息子だ。

 

 万が一何かがあっては、文字通りボーダーが傾きかねない。

 

 あくまでも民間組織であるボーダーにとって、スポンサーの存在は重要だ。

 

 敏腕営業の唐沢が次々とスポンサー契約を取り付けてくれているとはいえ、資金提供は無尽蔵に行われるものではない。

 

 故に、スポンサー側の心証には常に気を配る必要がある。

 

 唯我の「A級部隊に入れろ」という親の七光り全開の要求を突っぱねる事が出来なかったのも、そのあたりが理由だ。

 

 まあ、なんだかんだで入隊した太刀川隊では愛されキャラとしての立場を確立しているので、本人も口では色々言いつつまんざらでもないらしい。

 

 基本友達付き合いが苦手というか友達が殆どいなかった為、気安い関係の太刀川隊を居心地良く感じているのだろう。

 

 烏丸の玉狛異動後に入れ替わりで入って来た為最初は微妙な空気が流れていたが、今では「いたけりゃいれば?」といった感じで良い意味で雑に扱われていた。

 

 決して、ハブにしているワケではない。

 

 というよりも、今回の場合作戦内容を知れば唯我は妨害に動く可能性がある。

 

 具体的には、父親にチクる可能性があるのだ。

 

 唯我は割と情深いというか、一度仲良くなった相手に対してかなり親身になる傾向がある。

 

 口こそ悪いが、その本質は善性なのだ。

 

 だからこそ、七海と懇意にしている玉狛支部を襲うという今回の作戦を是とする筈がない。

 

 詳しく裏事情を説明すれば納得する可能性はあるが、相応の時間が取られるのは必至だ。

 

 時間もないのにそんな手間はかけていられない為、最初から伝えない事にしているという面もあった。

 

「けど、本気でやっていいんです? これ、作戦が成功しちゃったら色々マズイ事になるんじゃないですか?」

「何言ってんだ。そのあたり、手抜かりがある筈ないだろ。迅が何か手を回しているだろうし、最悪でも城戸さんから直接作戦中止の命令が来るだろ。勿論、その場合の説明はやって貰うけどな」

 

 責任者は責任を取る為にいるんだからな、と太刀川は告げる。

 

 確かに、今回の作戦は完全に成功し玉狛への襲撃が完遂されてしまうと少々マズイ事になる。

 

 いざ玉狛と直接戦ってしまえば落としどころを作る事は一気に難しくなるし、黒トリガーの奪取まで成功してしまうとその溝を埋める事は最早不可能だろう。

 

 そうならない為に仮に負けたとしても玉狛襲撃を防ぐ為の手は迅が打っているだろうし、それが不発に終わった場合でも城戸司令からの勅令があれば止まらざるを得ない。

 

 その場合は作戦を中止した説明────────即ち、今回の裏事情を確実にごねるであろう三輪に行う必要があるが、それは城戸司令に行って貰う。

 

 彼の指示で作戦を行ったのだから、それを取り下げるとなれば説明責任を果たすのは当然の事だ。

 

 太刀川の言う通り、責任者とは何かあった時に責任を取る事も仕事のうちだ。

 

 当然その場合は責任を果たすであろうし、結果として三輪の心証がどうなってもそれは太刀川の関与するところではない。

 

 故に、保険はかけてあるが出来れば使いたくはない類の保険なのである。

 

 少なくとも、迅と城戸(ふたり)にとっては。

 

「ねー、小夜ちゃんに言っちゃって良いー?」

「ダメだろ流石に。守秘義務とかあるんだぞ」

「でもー、どうせぶつかるなら同じ事だと思うけどなー。七海くん、迅さんの頼みなら断らないと思うし」

 

 七海くんが来るなら小夜ちゃんオペするよねー、と国近は言う。

 

 確かに、七海が城戸の言葉通り参戦するとするなら、普通に考えればそのオペレートは小夜子がやる筈だ。

 

 今回の戦いに置いては、()()戦争である事が重要となる。

 

 故に、玉狛支部所属のオペレーターである宇佐美は協力する事が出来ない。

 

 黒よりのグレーであるが、少なくとも太刀川は宇佐美は来ないと考えていた。

 

 となると、七海が参戦する場合そのオペレートをする人員が必要となる。

 

 普通に考えれば那須隊のオペレーターである小夜子が行うのだろうが、それは即ち彼女に今回の事情を説明する事を意味している。

 

 果たして、チームメイトを大事にする七海が仲間にこういった事に巻き込む事を良しとするのか否か。

 

 太刀川は半々だと考えていたが、国近はどうやら必ず小夜子がオペレートすると確信しているらしかった。

 

「出水くんは小夜ちゃんが来ないと思ってるの?」

「どーだろーな。七海は割と人に頼りたがらないけど、それはあの件で改善されてるしな。元々フェミっぽいトコあるし、半々じゃねーかな」

「さーて、どーかな」

 

 ニコニコと笑いながら、国近は小夜子と七海の事を思案する。

 

 国近は、小夜子の恋慕を知っている。

 

 故に、彼女は七海に頼まれたら断らないであろう事も知っていた。

 

 恋する少年の頼みとあらば、たとえ火の中水の中、というやつだ。

 

 加えて、小夜子から七海の日常の挙動や言動に関してそれなりに国近は聞き知っていた。

 

 完全な私情であれば一人で解決しようとする可能性はあるが、今回は迅というバックボーンがある。

 

 それを考慮すると、小夜子にオペレートを頼む確率はかなり高いと言えた。

 

 今の七海は、頼るべき時に声をあげない程、分からず屋ではないのだから。

 

「でも、那須さんとかどうするのかな。やっぱり、来ると思う?」

「知ってれば来るだろーし、知らせてなきゃ来ないだろ。まあ、来たら来たでその時考えれば良いだろ」

「いやあ、那須さんが来るかどうかって割と重要だと思いますけどね。戦術の見直しも必要になりますし」

 

 問題は、他の那須隊のメンバーが来るのか否かだ。

 

 小夜子を巻き込んだ以上今更だと考えるのか、それとも必要最低限の人員で済ませようとするか。

 

 流石にこればかりは七海の舌先三寸なので、なんとも言えない。

 

 国近も小夜子は友人だからこそ理解度が高いが、反面那須に関しては彼女を通じた知り合いでしかない。

 

 というよりも、話した事すら数回あるかどうかだ。

 

 ハッキリ言って、那須の事は良く分からない、というのが本音である。

 

 まあ、かなり愛が重い少女なのは見て分かるのだが、その内面の理解度はさして高くはない。

 

 正直、同じ射手の出水の方が理解度そのものは高いのではないか、と国近は考えていた。

 

「やっぱり那須さんが来ると厳しい?」

「割と厳しいかもな。那須さんはあの通り機動力がずば抜けて高いし、射手としての技能も俺に比肩するしで駒として見りゃ厄介極まりないんだ。正直、戦術家としてはなるだけ相手にしたくない類だ」

 

 カバー出来る範囲が広過ぎっからな、と出水は苦笑する。

 

 確かに、那須はその機動力と変幻自在の変化弾(バイパー)により、広範囲を射程に収める事が出来る。

 

 トリオン量そのものは出水の圧勝であるが、あの機動力がこの上なく厄介な要素となっているのである。

 

 通常、射手はあまり動かない。

 

 位置取りの為に移動する事はあるが、攻撃手のように機敏な動きで攻め込む、といった事は稀だ。

 

 精々が、攻撃手に懐に潜り込まれないように距離を取る程度である。

 

 だが。

 

 那須の場合、その前提は片っ端から覆る。

 

 彼女はその機動力を活かして戦場を縦横無尽に駆け回り、常に発射点を移動しながら弾幕を放つ。

 

 しかもリアルタイム弾道制御で変化弾(バイパー)を使う為、障害物がほぼ意味を成さないどころか彼女の有利に働く。

 

 戦術を考える側にとって、これ程厄介な駒は早々にない。

 

 単純な地形であればまだ良いが、複雑な地形であればある程那須の脅威度は飛躍的に上昇する。

 

 彼女がいるかいないかは、戦術を考える上で一つのキーポイント足り得るのだ。

 

「取り敢えず、来る前提で作戦立てた方が間違いがねーだろーな。状況に応じて適宜修正、ってことで」

「それしかないだろうな。まあ、俺は迅と七海と戦るから露払いは任せた」

「仕方ないっすね。まあ、念願の一戦でしょうしなんとかしますよ」

 

 太刀川の要請に、出水は苦笑しながら頷いた。

 

 彼が迅との対戦を誰よりも待ち望んでいた事を、出水は知っている。

 

 今回の場合、手加減などされる筈がない状況なので戦意の高揚も拍車がかかっていた。

 

 何せ、事実上敗北が許されない戦闘だ。

 

 出し惜しみなどする筈がなく、文字通りの全力で迅は立ち塞がって来るだろう。

 

 加えて、七海も恐らくテンションMAXで来る筈だ。

 

 普段人を頼ろうとしない迅に頼られた事に加え、こちらには師匠筋が三人いる。

 

 七海の性格上、奮起するのは目に見えていた。

 

 クールに見えて割と内面は熱い七海の事なので、意気揚々と参陣する様子が目に浮かぶ。

 

 なんだかんだ、戦闘好きの太刀川の影響を七海は間違いなく受けているのだから。

 

「取り敢えず方針は決まったかなー。向こうも、ぼちぼちやってる頃かな」

 

 そうだねー、と国近は笑い、呟いた。

 

「今頃、小夜ちゃんに事情を説明してる頃かなー」

 

 

 

 

「というワケなんだ。急な話で申し訳ないが、どうか協力して欲しい」

「分かりました。協力します」

 

 即答。

 

 小夜子は、七海の要請に即座に了承の意を示した。

 

 言葉を尽くして頼むつもりだった七海であったが、あまりにも呆気ない小夜子の返事に少々面食らったようだ。

 

 そんな七海を見て、小夜子は苦笑する。

 

 嗚呼、この人は変わらないな、と。

 

「何を驚いているんですか? 他ならぬ七海先輩の頼みですし、私が受けるのが変です?」

「あ、いや、割と面倒な事情に巻き込んだ自覚があるから、まさか即答で了解を得られるとは思っていなかっただけで。詳しい説明とか、するつもりだったんだが」

「七海先輩が必要と思うなら話してくれれば良いですし、そうでないなら必要ありません。私は、私がやるべき事さえ分かっていればそれでいいんですから」

 

 にこりと、笑みを浮かべながら小夜子はそう話す。

 

 正直、小夜子としては派閥間の対立などどうでも良い。

 

 迅に関しても何やら七海に妙な期待をかけているようで正直胡散臭く思っているが、彼女にとって重要なのはこの局面で七海が自分を頼って来たという一点のみ。

 

 恋する少年に求められたのならば、乙女としてそれに応えないという選択肢は有り得ない。

 

 こうしてわざわざ自分の部屋を訪ねて直接頼むという誠意を見せてくれたという事もあり、小夜子は内心ノリノリであった。

 

「そうか。ありがとう。いつもすまないな」

「いえ、七海先輩のお力になれればそれで構いません」

 

 そんな小夜子の内心を知らない七海は素直に礼を言い、小夜子は笑顔でそう答えた。

 

 ふと、此処で自分の恋情を告げればどういう反応をするだろうか、という好奇心が頭をもたげる。

 

 勿論、実行はしない。

 

 ただ、少し魔が差した。

 

「小夜子…………?」

「ごめんなさい。少し、このままで」

「あ、ああ」

 

 小夜子はすっと身体を寄せ、七海の手を握り締めた。

 

 突然の小夜子の行動に驚く七海だが、彼女の言葉を聞きされるがままになる。

 

 こういうトコ隙があるなー、と思いつつ、小夜子は七海の温もりを満喫していた。

 

「七海先輩、一つだけ聞かせて下さい。今回の件は、迅さんに頼まれたからですか? それとも────────」

「ああ、俺の意思だ。迅さんに頼まれた事は勿論だが、今後の事を考えれば受けない選択肢はないと思ったからな」

 

 小夜子の問いに、七海はすぐにそう答えた。

 

 覚悟は、既に決めているが故に。

 

「迅さんが空閑の存在が必要だと言った以上、それは事実なんだろう。だから、今後あいつが安全にボーダーに入隊する為には三輪のような近界民へ憎悪を抱く連中の対処は必要不可欠だ。今回の一件は、その解決の糸口になる」

「要は襲撃を返り討ちにして、無理やり納得させるって事ですよね。私はそういうのに疎いですが、巧く行くんですか?」

「行かせるさ。その為に出来る事は、なんだってやるつもりだ」

 

 七海はそう告げ、力強く頷いた。

 

「正直、三輪に対して良い感情は抱いていない。明確に迅さんの負担になっているし、彼の存在が様々な意味で障害になっている部分もある」

 

 けれど、と七海は続ける。

 

「彼は、或いは俺がなるかもしれなかったもしも(if)の姿でもあるんだよ。もし俺が玲や迅さんがいなかったら、ああなっていたかもしれない────────そう思うと、放っておけないって気持ちもあるんだ」

「七海先輩…………」

 

 もしも、七海に大切な人が誰も残っていなかったら。

 

 もしも、七海を支える人が誰もいなかったら。

 

 三輪は、そんな七海のイフの姿そのものと言える。

 

 彼には、何もなかった。

 

 縋るべき大切な人も、一番辛い時支えてくれた仲間も。

 

 何も、誰もいなかった。

 

 今の三輪隊の面々と出会ったのは、高校に上がってからと聞いている。

 

 それまで、彼は一人だった。

 

 そして今も、精神的な意味では独りなのだ。

 

 ラウンド3までの七海と、同じ。

 

 誰に頼ろうともしない、全てを自分一人で背負い込み本当の意味で他者を顧みようとしない、無自覚な傲慢を抱えた者。

 

 それが、今の三輪だ。

 

 故に、放っておくワケにも、彼に負けるワケにもいかない。

 

 七海はそう決意し、刃を取る覚悟を決めたのだ。

 

 三輪との一件を、本当の意味で解決する為に。

 

「だから、協力してくれ。必ず、勝とう」

「ええ、任せて下さい。七海先輩は、私が勝たせてあげますとも」

 

 二人はそう言って笑い合い、共に頷いた。

 

 各々の想いは、高まり。

 

 戦意もまた、燃え盛る。

 

 そして。

 

 運命の夜が、遂に訪れた。

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