「旋空弧月」
開戦の狼煙代わりに、太刀川は旋空を放つ。
七海と迅。
二人に向かって、同時に旋空弧月が襲い掛かる。
当然の如く、こんな大ぶりな攻撃を食らう二人ではない。
サイドステップを用いて、旋空の斬撃を回避する。
「出水…………っ!」
「ほいっと」
だが、それで問題はない。
旋空を撃った目的は、七海と迅の分断。
斬撃を回避する為に移動した二人に、出水の
同時に、風間隊と三輪隊が動き出す。
風間隊は、迅を。
三輪と米屋は、七海を。
それぞれ追撃すると同時に、三輪隊の狙撃手をその場から離れさせる。
このまま分断し、各個撃破する。
これは、そういう布陣だ。
回避能力に長けた七海と迅とはいえ、この人数差ではいずれ押し潰される。
相手は、A級部隊3チーム。
並の相手ではない以上、純粋に数の差は明確な脅威となる。
されど。
「香取、
「ち…………っ!」
太刀川の指示により、香取が動く。
グラスホッパーを用いて駆けた先にいるのは、奈良坂と古寺。
三輪隊の、二人の狙撃手である。
その二人の近くにある家屋から、二つの人影が飛び出した。
同時に、銃撃音が炸裂。
二方向からの
上からの奇襲を、無傷で凌ぎ切った。
「お前が来たか。嵐山」
「────────嵐山隊、現着した。忍田本部長の命により、玉狛支部の援護に入る」
襲撃者の名は、嵐山隊。
屋根の上に立つ、アサルトライフルを構えた嵐山と時枝。
そして、二人を庇うように立つ木虎。
狙撃手である佐鳥の姿は見えないものの、嵐山隊がこの場に勢揃いしていた。
立場は、既に告げている。
彼等は、忍田本部長の命によって此処にいる。
つまり、太刀川達とは敵対する立場にある。
可能性として提示されていたとはいえ、嵐山隊の登場に香取は舌打ちする。
心なしか、通信が繋がっている華からも動揺の気配が感じ取れる。
それはそうだろう。
華は、嵐山のファンだ。
男女のそれではなくあくまで人気アイドルを慕うファン心理のそれであるが、そんな相手が敵として出て来たのだ。
しかも、憎むべき近界民を守る立場として。
内心の動揺は、親友の香取にはお見通しだった。
ちなみに、香取の場合は嵐山は微妙に好みから外れている為特別な感情は抱いていない。
香取の好みは玉狛支部の烏丸のような物静かなイケメンであり、ヒーロー性が強過ぎる嵐山はそこまでタイプではない。
幼少期から寡黙な華と共に過ごしていた香取は、自然と物静かな相手に好感度をブーストする傾向があった。
要するに、華のような性質を持つ相手が付き合い易いと本能で判断しているワケである。
かと言ってただ静かなだけではなく、確かなセンスを持った優秀な人材であればある程良い。
烏丸は、その点を充分に満たしている相手というだけの話だ。
伊達に、嵐山とボーダー女性ファンを二分してはいない。
基本的に誠実な人柄として見られている為、嵐山ではなく彼を追いかける女性ファンは割と多いのだ。
故に、華はともかく香取は嵐山隊を相手にする事に不満はない。
色々と複雑ではあるが、手を緩める理由はないと考えている。
もっとも、華からのストップがあれば即座に掌を返す用意が香取にはあるが────────今のところ、それらしき気配はない。
葛藤を抱えながらもゴーサインが出たと見て、香取は拳銃を構えいつでも飛び出せるように構えた。
「ボーダーの顔役が、近界民を庇って良いワケ?」
「迅から事情は聞いている。君も思うところはあるだろうが、引き下がるつもりはないんだ」
「成る程、ね…………っ!」
会話で気を引きつつ、香取は銃撃を敢行。
それが合図となり、嵐山隊と銃撃戦が開始。
銃撃戦に紛れる形で、奈良坂と古寺がその場を離れていく。
しかし、それを見逃すほど嵐山隊は愚鈍ではない。
木虎は銃撃戦を嵐山と時枝に任せ、一人狙撃手を追撃。
家屋を足場にしながら、奈良坂の背後に回り込む。
「させねぇよ」
「…………!」
だが、そこへ七海を追撃に向かった筈の米屋が物陰から現れる。
見れば、その後ろには三輪の姿もある。
彼らは確かに、七海を追った筈だ。
少なくとも、こんな一瞬で移動出来る距離ではない筈だ。
家屋で視界が切れている為、テレポーターという可能性はない。
となれば、残る可能性は一つ。
「スイッチボックス…………ッ!」
「ご名答。じゃ、相手して貰うぜ」
冬島隊の十八番であるそれが、使われたとしか考えられない。
どうやら、冬島は事前にこの場に赴いてスイッチボックスを仕掛けていたらしい。
七海を追いかけたと見せかけた米屋達はそれを用いて、狙撃手のカバーに回ったワケだ。
米屋の槍弧月が、木虎に向かって振り下ろされる。
木虎はそれを迎撃────────はせずに、スパイダーガンを用いてその場から離脱。
米屋達と距離を取り、態勢を整えた。
彼女の技量であれば迎撃も出来たであろうが、米屋には幻踊弧月がある。
紙一重での回避は、それを用いて当てられてしまう可能性があるのだ。
スコーピオン使いである木虎は相手の懐に潜り込んだ方が強いのだが、米屋の槍弧月はリーチが長い。
迂闊に踏み込めば、幻踊の餌食となる。
鍔迫り合いになった時点で、木虎が不利なのだ。
加えて、スイッチボックスの存在が明らかになった事で相手の駒の位置を自在に入れ替えられてしまうという精神的なリードを許してしまっている。
スイッチボックスは、集団戦においてこの上ない脅威となるトリガーだ。
何せ、一度仕掛ける事に成功してしまえば距離を無視して駒を移動させる事が出来るのである。
その証拠に、既に奈良坂と古寺、そして遅れて動き出した当真も既に姿を消している。
恐らく、物陰に仕掛けてあったスイッチボックスを用いて狙撃位置へと転移したのだ。
つまりそれは、既に狙撃手がこちらを狙っているという意味に他ならない。
これがあったからこそ、最初に狙撃手二人をこの場に同行させたのだ。
戦闘開始前に単独で配置すれば狩られてしまいかねないが、戦闘中であれば迅の予知に補える量にも限界がある。
那須隊が証明してみせた通り、処理能力を圧迫し続ければその分読み逃しが生じる余地が生まれるのだ。
加えて、恐らく太刀川は事前の指示は大雑把にしか出していない。
最初から戦術を固定してしまえば、迅の予知で読み切られてしまうからだ。
だからこそ、太刀川は最低限の指示だけを行い、後は各々の判断に任せている。
その方が、迅相手には
綿密な戦術は、迅相手には逆効果。
ならば、最低限の方針だけを決めて後は地力でごり押しする。
それが、迅相手への最適解。
彼の性質を知るが故の、最善の解答だった。
「────────こちらの相手も、して貰いますよ」
「…………!」
故に。
そう来るであろう事は、七海も分かっていた。
いつの間にか米屋の背後に忍び寄った七海は、敢えて声をかける事で注意を引きつつ斬撃を敢行。
米屋は弧月を用いてそれを弾き、その勢いを利用して七海は跳躍。
同時にメテオラを放ち、三輪が銃撃でそれを迎撃。
中空で起爆したメテオラの爆発が、周囲を席捲する。
「ち…………っ!」
「おおっと」
米屋と三輪はバックステップで爆発から逃れ、態勢を立て直す。
だが当然、その程度で七海の攻撃は終わりはしない。
「────────」
「…………っ!」
爆発を隠れ蓑に三輪の背後に忍び寄った七海は、無言で刺突を放つ。
直前にそれに気付いた三輪が、弧月でそれを迎撃。
攻撃を凌がれた七海は深追いはせず、その場から跳躍して距離を取る。
ヒット&アウェイが七海の基本戦法である事もあるが、それ以上に三輪の
鉛弾は、七海のサイドエフェクトでは感知出来ない攻撃である。
ダメージを発生させずにデメリット効果のみを付与する鉛弾は、ある意味七海の天敵と言えるのだ。
七海に対して鉛弾という解答を用意した前例に荒船がいるが、彼の時とは全く状況が異なる。
三輪の鉛弾は、A級特権の改造により片腕で撃てるようになっている。
つまり、鉛弾の最大のデメリットだった
加えて付け焼刃であった荒船とは違い、三輪は鉛弾の扱いに習熟している。
それを活用した戦闘方法にも、一日の長がある筈だ。
故に、三輪相手に迂闊に接近戦を仕掛ける事は下策。
そういった判断で、七海は距離を取ったのだ。
そして、三輪と七海が改めて対峙する。
三輪は七海の姿を見て拳を握り締めると、感情の儘に声を張り上げた。
「やはり来たのか、七海…………っ! 何故、そこまで迅を信じられる…………っ!?」
「迅さんは、誰よりも優しいからです。貴方の事情は聞いていますが、それでも迅さんの邪魔をするなら戦うだけです。それがきっと、最善の選択なんでしょうから」
七海はそう告げ、スコーピオンを構えた。
既に、言葉で説得する段階は過ぎ去った。
三輪が言葉だけで止まるような状態でない事は、見れば分かる。
言葉での説得が無理であれば、後はぶつかり合うしかない。
頭の悪い結論にも思えるが、こればかりは実際に戦うしか手段が無いというのが正直なところだ。
力なき主張は、何の意味も持たないのだから。
「けどいーのか? お前がこっち来たって事は、迅さんは一人で太刀川隊と風間隊相手にしてんだろ?」
「生憎、俺は会話術は不得手だと王子先輩にお墨付きを貰っていますので」
「あらら、バレてら」
米屋の軽口に見せかけた探りを、七海はそう言って振り払った。
七海自身、自分が口での駆け引きに不向きである事は承知している。
その手の駆け引きが巧い米屋相手には、会話を打ち切る方が効果的だと判断したワケだ。
彼が知りたかったのは他に援軍がいるか否か────────即ち、那須隊の残りのメンバーの参加の有無だろうが、馬鹿正直に教えてやるつもりはない。
もっとも。
どうせ、すぐに分かる事なのだが。
「お前一人で俺たち全員を相手にするとは、舐められたモンだな…………っ!」
「よく言うよ。そう仕向けた癖にさ」
迅は太刀川の斬撃を受け止めながら、そう言って嘆息した。
流石と言うべきか、迅は太刀川の二刀による斬撃を風刃一本で凌ぎ続けている。
無論、遠隔斬撃を打ち出す隙などない。
11本の帯は、未だ一本たりとも消費されてはいなかった。
「風刃の怖さは、遠隔斬撃。距離を詰めれば、ただのブレードだ」
「流石。よく研究してるねえ」
「誰が七海に助言したと思ってんだ。これくらい、予想済みだろうが…………っ!」
太刀川は迅に距離を取られないよう、更に斬撃のスピードを上げていく。
一撃に力を籠めるのではなく、とにかく手数を稼げるように。
連撃主体に切り替え、次々と弧月を振るっていく。
その背後では、風間隊の面々が虎視眈々と隙を伺っていた。
加えて、出水もキューブを展開して射出準備を終えている。
少しでも迅が崩れれば、そこから突き崩せるように。
最適のタイミングを、計っているのだ。
こうなると、迅は防戦一方になるしかない。
遠隔斬撃以外に能力を持たない風刃では、剣の達人である太刀川相手にこうも密着されては取れる手段は殆どない。
彼を無視して遠隔斬撃を放とうものなら、確実にその隙を突かれる。
A級一位の看板は、伊達ではないのだ。
このままでは、幾ら迅とて押し負ける。
されど。
果たして、この程度迅が予想出来なかったのか否か。
あの最終試験の那須隊との試合を太刀川が見ていた事を、迅は知っている。
ならば、太刀川の性格上こういった戦法を取って来る事は予想出来た筈だ。
にも関わらず、迅は七海を木虎のカバーに向かわせた。
自分であれば、どうとでもなるという慢心か。
否。
それは、迅から最も遠い言葉である。
劣勢になる事を承知で、七海を向かわせた意味。
それは。
「…………! 出水…………ッ!」
「来たか…………っ!」
突如飛来する、無数の光弾。
まるで蠢く蛇のような挙動で迫るその弾幕は、間違いない。
出水の操るそれと同種の弾丸が、二部隊を同時に狙っていた。
太刀川の指示を受けた出水は、展開していたキューブを射出。
迫り来る弾丸を、次々と撃ち落としていく。
しかし奇襲を全て凌ぎ切るには至らず、太刀川や風間隊はシールドを用いて残弾を防御。
その隙に、迅はバックステップで後退。
太刀川から、距離を取った。
そして。
その背後に、一人の少女が降り立った。
胸に刻まれるは、尾を食む蛇と銃弾、短刀と刀が描かれた隊章。
「故あって、迅さんに助太刀させて貰うわ。さあ────────
A級9位部隊、那須隊。
隊長、那須玲。
キューブサークルを従え、少女は不敵な笑みを浮かべる。
獲物を見定めた魔弾の射手が、戦場に降り立った瞬間であった。