「というワケで、迅さんに協力して太刀川さん達と戦う事になった。玲は────────」
「勿論行くわ。当然でしょう?」
前日、七海は那須に遊真の事情とそれを巡る派閥間の代理戦争について説明していた。
それから那須の身の振り方を確認するつもりだったのだが、返答はまさかの即答。
七海はその即断ぶりに
「良いのか? 多分、三輪隊とも敵対する事になるが」
「透の事を言っているのなら、平気よ。従姉妹とはいえ、隊が違うし立場も違うわ。そのあたり、私も透も充分割り切ってるしね」
三輪隊の奈良坂は那須の従姉妹であり彼女自身ともそれなりに交流があるが、七海ほど近しい相手というワケではない。
彼女本人の認識は精々が親戚の集まりで顔を合わせる同僚、といったところだが、七海から見ればなんだかんだでコミュ障の那須が身内扱いする程度には仲が良い。
そうでなければ、茜の師匠として彼を紹介するという事もなかった筈だ。
だからこそ確認を取ったのだが、どうやら杞憂で終わるようだ。
奈良坂とはそこまで親しくはない七海だが、公私混同するタイプではない事くらいは分かる。
弟子の茜の事は溺愛しているようだが、だからといって手心を加えてくれる少年ではない。
やるとなれば、全力でぶつかる他ないだろう。
「ならお願いするよ。多分玲には出水さんあたりの抑えを頼む事になると思うけど、そのあたりは状況を見て自己判断で構わない」
「了解したわ。じゃあ、早速だけど味方と暫定敵対相手のリストを教えて貰える? 大体の状況に対応出来るように、イメージしておくわ」
「分かった。味方は迅さんと嵐山隊で────────」
七海はそう言って、参戦予定者を那須に教えていく。
静かに頷きながら説明を聞く那須の脳内では、幾パターンもの戦闘シミュレーションが繰り返されている筈だ。
那須は、空間把握能力と計算能力が非常に高い。
これまでの蓄積された経験を元に脳内でシミュレーションを繰り返し、最適な戦術と動きを導き出す。
それが彼女の戦闘準備であり、戦闘前に行う
やがて、那須が静かに目を閉じてゆっくりと瞼を開ける。
その瞳には、怜悧な光が宿っている。
それは、日常の温和な視線ではない。
戦闘時の、研ぎ澄まされた闘気。
それが、彼女の瞳には宿っていた。
「────────イメージ出来たわ。やっぱり出水くんと当たりそうだし、ひと暴れ出来そうよ」
「那須さんか…………」
出水は屋根の上に立つ那須を見据え、苦々し気に舌打ちした。
可能性としては当然考慮してはいたが、出来れば那須には来て欲しくなかったというのが本音である。
単純に、戦力として厄介な駒であるからだ。
作戦会議中に話したように、那須はともかくカバー出来る範囲が広い。
しかも通常の射手と違い高い機動力を以て戦場を駆け回る為、射程に捉える事すら容易ではない。
今の那須はグラスホッパーまで装備しているので、瞬間的な加速能力も侮れない。
射程に捉えたと思った次の瞬間には、射程圏内から離脱される恐れすらある。
そして、出水と同じく
正直な話、那須の自由な行動を許せばその分だけ詰みに近付いていくのだ。
戦場に現れた場合、
故にこそ、同じ射手であり卓越した技巧を持つ出水が直接抑える他ないのだ。
それが、那須というエースのこの場での対処法なのだから。
(太刀川さん、那須さんの対処に回ります。そっちの援護はほぼ出来なくなると思って下さい)
(了解。任せた)
(任されました)
出水は即断で自分が那須を抑える事を決め、太刀川に了解を取った。
この場にいるのは太刀川隊と風間隊の二部隊。
風間隊でも那須の対処は出来るだろうが、相性的には出水が抑えに回るのが一番
迅を相手にするならば、風間隊の
カメレオンは、視覚を介する迅の未来視に対して一つの解答と成り得る。
事実、昇格試験では香取隊の若村と三浦によるカメレオン戦法が一定の効果を上げていた。
加えて、彼等と風間隊とでは隠密戦法の練度が全く異なる。
あちらは要所要所で必要に応じて使う程度で戦法として確立しているワケではないが、風間隊は隠密戦闘こそが隊の真骨頂である。
カメレオン起動中は他のトリガーを一切使用出来ない為に不意打ちに弱いという欠点を、菊地原のサイドエフェクトで補っているからだ。
菊地原はただ戦場にいるだけで、自分だけではなく味方に迫る危機を察知出来る。
攻撃を察知出来るサイドエフェクトとしては七海と影浦が類似しているが、菊地原の場合は二人のケースとは様々な部分が異なる。
たとえば、二人の場合はあくまで自分もしくは自分を含む一定範囲に向けられた攻撃しか察知出来ないのに対し、菊地原は効果圏内であれば攻撃に限らず相手の動きや仕込み等を纏めて察知出来る。
ハッキリ言ってしまえば、集団戦に置ける汎用性は菊地原の
勿論、完全な上位互換というワケではない。
二人は第六感的な感覚で攻撃を察知するのに対し菊地原は聴覚という五感の一部を通してそれを脳で処理するという
加えて戦闘に即応出来るレベルで使用する為にはかなりの集中力を持っていかれる為、長時間の戦闘には適さない。
つまり、単騎での長時間戦闘であれば二人の方が適しているが、集団戦に置ける作戦遂行貢献度に関しては菊地原の方が上というワケだ。
一長一短の関係と言えるが、この場に置いて菊地原の存在は一つの大きなアドバンテージとなる。
少なくとも、菊地原がいれば不意打ちを受ける確率はぐっと下がる。
風刃の尋常ではない斬撃速度には対応しきれない可能性があるが、それでも攻撃が来るタイミングが分かるか否かは大きな違いだ。
初見であれば察知出来ても反応が遅れる可能性があったが、太刀川は直接ではないが風刃の攻撃速度を映像を通して見ていた。
黒トリガーに関連する情報の為映像の録画は許されなかったが、それでも一度風刃の性能を見ていたかどうかというのは大きな違いだ。
昇格試験における那須隊と迅の戦闘を彼が観戦していた事が、結果的に風刃の初見殺し性能をある程度抑える事に繋がっているのだ。
それを承知している為、迅もまた遠隔斬撃の使用は慎重になると予想される。
だからこそ、菊地原の処理能力を圧迫するワケにはいかないのだ。
風間隊単独で那須に対処する場合、菊地原が能力をフルに活用して弾幕の軌道を察知する事になる。
しかしそれをやれば当然菊地原の処理能力は圧迫され、迅が遠隔斬撃を打ち込む隙を作りだしてしまう事になる。
故に、菊地原はあくまで迅相手の警戒を行わせ、那須は出水単独で対処するのがこの場での最適解となる。
それは同時に出水という駒を那須一人に消費する為他者のサポートを一切行えなくなるという事でもあるが、この場合は必要なリスクだ。
那須を放置して場を荒らされ尽くす事を鑑みれば、払うべき代償であるのは言うまでもない。
勿論、無視出来るリスクではない。
出水が那須の対処にかかりきりになるという事は、こちらの射程持ちが歌川一人だけになるという事だ。
だが、当然射撃トリガーを使う為にはカメレオンを解除しなければならない。
未来視を制限出来る手札を捨てるのは、少々以上にデメリットが大きい。
その為、戦場全体を俯瞰しサポートを的確に行える出水が事実上動けなくなるのは、こちらの中距離戦闘の選択肢を一つ捨てる事と同義だ。
されど、それらのデメリットを鑑みても尚、那須を放置するという選択肢は有り得ない。
彼女を自由にすればどうなるか、それはこれまでのランク戦の結果が物語っている。
勿論、出水の考えなど那須には承知の上だろう。
彼女は、戦場に置ける自身の価値を良く理解している。
だからこそ、敢えて姿を見せて出水の思考を縛ったのだ。
彼女の側から見ても、出水を抑える事が最優先事項であったが故に。
出水は、優秀なサポーターだ。
那須と同じく空間把握能力に長け、戦術思考のレベルも非常に高い。
単騎での制圧力となると機動力の差で那須に軍配が上がるが、純粋なサポーターとしての技量は出水の方が上だ。
彼を放置するだけで、相手の戦力が一段階向上するようなものと見て良い。
だからこそ、那須はこの場での自分の役割を「出水の抑え」であると認識し、自ら姿を現したのだ。
姿を隠し移動しながら弾幕を張り続けるという選択肢もあったが、そうなると出水は彼女を抑えるよりも全体のカバーに回る可能性があった。
加えて、この場に菊地原がいたという理由も大きい。
彼がいる限り、姿を隠そうが近付けば居場所を察知される。
その為、菊地原を排除しない限り隠密行動という選択肢は封じられたも同然なのだ。
故に、那須は姿を現し出水の抑えに回る事を選んだ。
それが、この場に置いての彼女にとっての最適解であると確信して。
「始めましょうか、出水くん」
「ああ、望むところだ…………っ!」
互いの思考、利害は此処に一致した。
那須が屋上から跳躍し、同時に
出水もまた駆け出し、同時に
煌めく光弾は、蛇のように蠢き互いを食らい合う。
まるで、最初から軌道全てが見えているかのように。
変幻自在の弾幕が、一つ残らず相殺される。
それが、合図。
昇格試験の時の状況が、再現される。
射手二人は。
二人の天才は、再び
「弾バカが抑えられたか。やるなあ」
米屋は状況を聞き、飄々とした様子で口笛を吹いた。
那須の参戦は、即座に三輪隊にも伝わった。
当然だろう。
広域をカバー出来る那須の参戦は、何処にいても不意打ちでバイパーが飛んでくる可能性が出た、という事なのだから情報共有しない手はない。
二つの戦場が大きく離れているならばまだしも、二ヵ所の戦闘区域は強引に動けば移動出来る距離にある。
加えて、スイッチボックスの存在もある。
場合によっては配置変更するという可能性がある以上、戦場全体の情報を得ておくのは基本だ。
米屋は素直に那須の参戦を事実として受け入れ、三輪は新たな援軍の登場に怒りを露にした。
「お前に加えて、那須まで巻き込んだか…………ッ! 二人揃って、折角のA級昇格をふいにするつもりか…………っ!?」
「残念ながら、俺たちの参戦は忍田本部長の命でもあります。何らかのペナルティは受けるでしょうが、そう大きな事にはなりませんよ」
七海としては迅の頼みであればどんなリスクがあろうが受け入れる用意があったが、流石に隊の面々にまで迷惑をかけるのは本意ではない。
だからこそ、事前に忍田という後ろ盾を得てから参戦したワケだ。
そして、改めて忍田が迅の行動を肯定している証拠を前にして、三輪は拳を握り締めた。
「忍田本部長も、何故こんな事を…………っ! 全部、迅の差し金か…………っ!」
三輪は激昂しながら引き金を引き、弾丸を撃ち放つ。
七海はそれをサイドステップで回避し、木虎と通信を繋いだ。
(木虎、こっちは俺に任せて香取の抑えに回ってくれ。三輪は、自分が囮になって香取に奇襲させるつもりだ)
(了解しました)
木虎は七海の指示を疑う事なく承諾し、香取の方に向かった。
三輪は確かに激昂しているが、だからといって戦術思考を失う程彼は愚鈍ではない。
ままならない状況に怒り狂っているのは事実ではあるが、感情と戦術的行動を混同しないだけの強かさが彼にはある。
そして、香取は今物陰に隠れながら嵐山隊と撃ち合っているが、彼女の技量なら一瞬の隙を突いて離脱するくらいの芸当は出来る。
その香取の能力を、三輪は昇格試験で戦った者として正確に把握していた。
怒れる本能とは別のところで、このまま三輪が突出して気を引いて香取に奇襲させる、という作戦を実行しようとしていたワケだ。
だからこそ、七海は木虎に香取の抑えを指示した。
好悪の感情は別として、七海もまた三輪の実力を正しく評価していたが故に。
感情は戦う動機にはなるが、戦術を感情任せで捻じ曲げてはならない。
戦闘は論理と効率で行うべきものであり、感覚だけで最適解を導き出せるのはほんの一握りの
それは大前提として上級者が理解している事柄であり、これを分かっているか否かがいわゆる上級者とそうでない者を隔てる壁となる。
共にA級隊員である以上、その程度の事は当然理解している、というワケだ。
故に、七海はこのまま三輪の思惑通りに彼と米屋を相手取る。
更に、香取を木虎が抑えられれば彼女と撃ち合いをしている嵐山と時枝を
無論、全てが巧く行くという保証はない。
相手も対応して来るだろうし、三輪と米屋の二人を抑えられなければ形勢が一気に傾く可能性もある。
故に、此処が踏ん張りどころだ。
三輪隊の二人を、何処まで捌けるか。
七海と三輪、どちらが勝つか。
一方は、恩義と使命感を。
一方は、怒りと憎悪を。
それぞれの感情を抱え、戦闘が開始された。