痛みを識るもの   作:デスイーター

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黒トリガー争奪戦③

 

「さて、これで配置も終わったか。暫く仕事はないかねえ」

『サボったら許さないよ』

「分かってるよ真木ちゃん。やるこたぁやるって」

 

 冬島は家屋の中に隠れて端末を操作しながら、オペレーターの真木の忠告を聞きつつため息を吐いた。

 

 船酔いするという遠征向きでないにも程がある弱点を持つ冬島であるが、こうして平然と作戦に参加出来ているのは彼自身がそれを克服したからではない。

 

 トリオン体の調整により、船酔い等による健康被害を軽減する技術が開発されていたからだ。

 

 これは七海の使用する特注トリオン体を作成するに当たっての研究の副産物として出来上がった代物であり、冬島がこうして作戦に参加出来ているのは偏にその恩恵を与っていたからだ。

 

 作戦上は敵対している七海のお陰で参戦出来ている事を考えると中々に皮肉が効いているが、だからといって手心を加えるつもりはない。

 

 とはいえ、スイッチボックスの設置が終わっている以上冬島に出来る事は限られている────────などという、事はない。

 

 特殊工作兵(トラッパー)としての冬島の仕事はスイッチボックスの起動と場合によっては転移と罠の切り替え程度だが、手が空いているのならば出来る仕事はまだある。

 

 第二のオペレーターとして戦場の情報収集とその共有、更には戦況を見て献策等、やる事は色々とある。

 

 少なくとも、此処でただ待機して終わりという真似はオペレーターの真木が許さない。

 

 元より、彼女に尻を蹴り飛ばされて結成した隊だ。

 

 彼女に手を抜くという選択肢が有り得ない以上、少なくとも冬島がこの作戦中暇になるという事は無い。

 

 冬島自身はこの作戦に関して思うところは特にないが、命令を受諾した以上従うのは当然の事だ。

 

 太刀川や風間等は独自の思惑があるようだが、それも自分には関わりのない事だ。

 

 派閥抗争には興味がないし、近界民に対して三輪のように強い感情を持っているワケでもない。

 

 ただ、命令を受けたからそれを遂行する。

 

 それだけだ。

 

 作戦の是非を考えるのは、少なくとも自分の仕事ではない。

 

 それは、責任者と当事者の仕事である。

 

 故に、迷いも躊躇いもない。

 

 ただ、仕事だから命令を遂行する。

 

 それだけの、話である。

 

 冬島はそう考え、戦場のとある一角に目を向けた。

 

「さあて、香取と木虎か。これは、中々興味深い組み合わせ(カード)だな」

 

 

 

 

「────────」

 

 木虎は、七海の指示を受け香取に標的を定めた。

 

 嵐山と時枝の二人と物陰に隠れて銃撃戦を行っている香取に向け、引き金を引く。

 

「…………ッ!」

 

 当然、それに気付いた香取はシールドで防御────────は、しない。

 

 香取はグラスホッパーを用いて木虎に肉薄し、スコーピオンを叩き込む。

 

 木虎はそれを自らのスコーピオンで受け流すが、香取の攻撃は終わらない。

 

 拳銃をホルスターに戻し、両腕にスコーピオンを装備。

 

 至近距離で、木虎との鍔迫り合いを開始した。

 

(私を盾に、嵐山さん達の銃撃を牽制する狙いか)

 

 すぐに香取の狙いに気付いた木虎は、目を細めた。

 

 香取は物陰から飛び出し嵐山達の射線に躍り出たが、至近距離に木虎がいる為このまま銃撃すれば彼女も巻き込む事になる。

 

 諸共に落とすという狙いで撃ってくる可能性はあるが、嵐山隊にとって強力な前衛である木虎が落ちるのはかなり手痛いダメージだ。

 

 最悪自分一人と引き換えに木虎を落とせれば帳尻は合うと考えて、香取は近接戦闘を選択したのだろう。

 

 そのくらいの計算は、今の彼女には出来る。

 

 香取は短気で考え無しに見えるが、頭の回転は悪くないどころか天才の部類に入る。

 

 彼女が努力を苦手としていたのも、昔から要領が良過ぎて努力の必要を感じなかった為だ。

 

 香取が壁にぶつかったのはボーダーに入ってB級上位に上がったあたりであり、それまでは苦労や挫折という言葉を殆ど知らなかった。

 

 だからこそ一度上級者の壁にぶつかって以降抜け出し方が分からずに停滞が続いていたのだが、その天性の才能(センス)は疑いようがない。

 

 那須隊との戦いを経て自分を見詰め直した香取には、自分自身を駒として見る能力がきちんと備わっている。

 

 だからこそ、油断はしない。

 

 今の香取は、燻っていた頃の彼女ではない。

 

 あの迅相手にも善戦してみせた、紛う事なき強者である。

 

 如何にA級隊員の木虎とはいえ、舐めてかかれる相手ではない。

 

 少なくとも近接戦闘の適正は自分に匹敵、もしくは上回る可能性もある。

 

 そもそも、トリオンの少なさという明確な弱みが木虎にはある。

 

 それを補って余りあるだけの格闘センスと機転があるとはいえ、下手に長期戦になれば不利になるのは木虎の方だ。

 

(嵐山さん。お二人は七海先輩の援護をお願いします。彼女は、私が抑えます)

(ああ、任せたぞ木虎)

 

 故に。

 

 時間は、かけてはいられない。

 

 嵐山と時枝にブレードトリガーに切り替えて貰い3対1の状況を作るという手もあるが、それは悪手だ。

 

 自分たちの連携能力を疑いはしないが、香取は乱戦の中で点を取る能力が高い。

 

 下手に嵐山達をこちらの対処に当てるよりは、彼等には七海の援護に回って貰った方が良い。

 

 七海は、味方の援護がある方が活きる駒だ。

 

 木虎のように、どちらかといえば単騎向けの適正ではない。

 

 適材適所。

 

 戦場では、当然の選択である。

 

「一人でアタシとやろうっての? 舐められたモンね」

「舐めてはいませんよ。こっちの方が、勝率が上がるというだけです」

「それが、舐めてるって事でしょうが…………っ!」

 

 香取は舌打ちしながら木虎に切りかかり、木虎はそれに応戦する。

 

 彼女としては嵐山と時枝の二人を此処に釘付けにしたかったのだろうが、その思惑に乗る必要はない。

 

 香取は放置して良い駒ではないが、さりとて嵐山隊総出でかかるにはリスクの高い駒だ。

 

 彼女には、格上殺しの適正がある。

 

 下手に数に頼んで囲めば、手痛い反撃を受ける可能性がある。

 

 それよりは、木虎が1対1で抑えた方がリスクが少ない。

 

 最悪木虎が落とされる事になるが、突破力のある香取という危険な駒を彼女一人の消費で釘付けに出来るのであればリターンは取れる。

 

 そう考えたからこそ、木虎は香取との一騎打ちを選択した。

 

 それが、この場での最善と判断して。

 

(此処で香取先輩を抑える。それが、今の私のやるべき仕事。余計な事を考えず、彼女の相手を務めましょう)

 

 

 

 

(チッ、乗って来ないか…………ッ!)

 

 香取は一騎打ちを選択した木虎を見て、内心で舌打ちした。

 

 彼女の思惑では自分を嵐山隊の三人に()()()、彼等を釘付けにするつもりだった。

 

 高確率で自分が落ちる事になるだろうが、この盤面であれば嵐山の三人を相手に時間を稼げればそれだけでこちらの優位になる。

 

 その間に三輪隊が七海を仕留められれば、着実に詰みに近付く。

 

 勿論、勝算はある。

 

 三輪には、七海に対する有効な手札────────鉛弾(レッドバレット)が、ある。

 

 彼の体術の実力は直接戦った香取も良く知っているし、米屋という戦上手が加われば決して勝てない戦いではない筈だ。

 

 そして、その勝率を上げる為には嵐山隊をこの場に釘付け出来れば最良だったのだが────────これならこれで、やりようはある。

 

 少なくとも、木虎というエースをこの場に釘付けに出来ただけでも意味はある。

 

 流石に、七海と木虎を含む嵐山隊総出でかかられれば三輪隊とはいえ不利は否めない。

 

 三輪隊には狙撃手が二人いるという強みがあるが、七海の前ではその強みは活かし切れない。

 

 それに木虎という香取と同じ近距離万能手(クロスレンジオールラウンダー)が肉薄すれば、狙撃の援護はよりやり難くなる。

 

 そう考えれば、木虎をこの場に張り付けて置くだけでもそれなりに仕事は果たしていると言える。

 

 正直な話七海を相手に今度こそ勝ちたいという想いはあるが、どう考えても最適な配置はこちらだ。

 

 それに、自分個人が勝てなくとも作戦で勝てれば一応彼を上回ったという証明にはなる。

 

 全てに納得しているワケではないが、そもそも今の彼女に作戦の指揮権はない。

 

 ならば、限られた自由の中で出来る事をやるだけだ。

 

 香取はそう割り切り、木虎との戦闘を開始した。

 

 

 

 

(嵐山隊の二人がそっち行ったわ。アタシは木虎を抑えるから、援護は期待しないで)

(…………分かった)

 

 香取からの通信を受け、三輪は七海を拳銃で牽制しながら戦況を今一度把握した。

 

 現在、戦場は主に三つに別れている。

 

 一つは、今三輪達がいる三輪隊と七海の戦闘区域。

 

 現在は三輪と米屋の二人、そして隠れ潜む奈良坂と古寺の四人がかりで七海を攻撃しているが、そこに嵐山隊の二人が向かっている。

 

 今は人数差もあって三輪隊が押しているが、嵐山達が合流すればどうなるかは分からない。

 

 少し離れた先では香取と木虎が一騎打ちをしており、お互い他の戦場に手を出す余裕はなさそうだ。

 

 そしてもう一つが、迅と那須を相手に太刀川隊と風間隊が戦っている区域。

 

 こちらは手を出せば趨勢がどう変わるか予想が出来ず、基本的に不干渉が妥当だ。

 

 つまり。

 

 嵐山達が来るまでに、出来れば七海には痛打を与えておきたいところである。

 

 三輪は感情の上では困惑と怒りが渦巻いているが、迅が目の前にいない事もあってある程度の冷静さは保っている。

 

 これが迅と直接相対していれば本当の意味で怒りに身を任せる可能性があった為、彼をこの場に配置したのは名采配と言える。

 

 三輪もまたそれを無意識に自覚していたからこそ、七海の相手を買って出たのだろう。

 

 相性的な意味でも、彼の相手が妥当であると理解しているが故に。

 

(奈良坂、古寺、様子見はもう良い。狙撃で牽制して、嵐山さん達の到着を遅らせろ)

(了解。こちらに来た場合は?)

(ある程度まで引き付けたら、スイッチボックスを使って逃げろ。まあ、まず来ないだろうがな)

 

 三輪は狙撃手二人に指示を出し、腰の鞘から弧月を引き抜いた。

 

 感知痛覚体質の副作用(サイドエフェクト)を持つ七海に、拳銃は多少の牽制以上の意味を持たない。

 

 諏訪隊のショットガンのような広範囲攻撃であればそれなりに意味も出て来るが、連射性能で言えば三輪の拳銃はそこまで突出してはいない。

 

 故に、七海の相手をするのであれば弧月をメインにする方が良い。

 

 三輪は他の弧月使いと異なり旋空をセットしていない為、射程では七海のマンティスの方に分がある。

 

 だが、マンティスは両攻撃(フルアタック)でなければ使用出来ない。

 

 最悪、痛打を貰ってもそれで七海の無防備な状態を引き出せるのであれば充分リターンは取れる。

 

 数の利があるうちに、四肢の一本は貰っておく。

 

 それが、最低限この場でやるべき仕事だ。

 

「行くぞ」

「ああ」

 

 三輪は弧月を構え、米屋と共に七海に向かって斬りかかった。

 

 

 

 

(ここで狙撃ですか。どうやら、オレたちを七海と合流させたくないみたいですね)

(ああ、当てるよりも狙撃手の存在をアピールする動きだ。恐らく間違いないだろう)

 

 嵐山と時枝は、建物を利用して射線から逃れながら顔を突き合わせていた。

 

 木虎の提案を受け入れ七海の救援に向かった二人は、三輪隊の狙撃手によって足止めを食っていた。

 

 此処から七海のいる場所に行く為には、射線の通る路地を通らなければならない。

 

 もしも二人がアイビスを持ち込んでいた場合、シールドを貫通されてやられてしまう可能性もある。

 

 普段奈良坂と古寺はイーグレットしか使わない筈だが、今回もそうである保証はない。

 

 奈良坂は、茜の師匠だ。

 

 三種類の狙撃中を使いこなす彼女の師匠である以上、奈良坂も当然それらの扱いは熟知している。

 

 普段セットしていないから有り得ない、という考えは捨てるべきだろう。

 

 事実、昇格試験では奈良坂は那須隊と組んだ時にトリガーセットを入れ替えている。

 

 希望的観測で無理を通すには、少々リスクが大きいと言わざるを得ない。

 

 加えて、相手にはスイッチボックスがある。

 

 一度狙撃して来たからと言って、次の狙撃も同じ方角から来るとは限らない。

 

 本来一度狙撃を行い位置がバレた狙撃手の脅威は半減するが、スイッチボックスの存在がその前提を覆す。

 

 一度撃たせて位置が分かったとしても、次の瞬間にはその情報が無意味になる可能性があるのだ。

 

 ヤマ勘頼りの集中シールドも、成功率は著しく低いと言わざるを得ない。

 

 スイッチボックスの援護を得た狙撃手というのは、それだけ無視出来ない脅威なのだ。

 

 危険を回避するという目的であれば、迂回するという選択肢もある。

 

 しかしそうなると、当然ながら相応に時間がかかってしまう。

 

 リスクを承知で押し通るか、それとも安全策で行くか。

 

 この選択は、重要だった。

 

 無論、迷っている時間などない。

 

 故に。

 

 嵐山は、即座に決断を下した。

 

(迂回しよう。無理をして俺たちが落とされてしまえば、結果的に全体が不利になる。時間の消費(ロス)は痛いが、ここは手堅く行くべきだ)

(七海くんなら、三輪隊相手でも時間稼ぎは可能でしょうからね。それで行きましょう)

 

 二人は、迂回を選択。

 

 ごり押しで最短距離で向かうのは許容出来るリスクを超えると判断し、遠回りしてでも安全な道を行く事を選んだ。

 

 この選択が果たして、吉と出るか凶と出るか。

 

 それは、まだ分からない。

 

 嵐山達はそれが最善の選択であると信じて、夜の警戒区域を駆けて行った。

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