背後から迫る、二人の暗殺者。
風間と歌川は、それぞれ左右から挟む込むように迅を狙っていた。
加えて、正面には弧月を上段に構え旋空の発射態勢を取る太刀川。
左右に避ければスコーピオン使いの二人に接近せざるを得ず、かといって太刀川に肉薄し旋空を妨害するには間合いが遠い。
ならばどうするか。
答えは一つ。
「────────」
迅が、無造作に風刃を振るった。
地面に擦るようにブレードを振るった事でその場に落ちていたコンクリートの欠片が弾き飛ばされ、砂埃と共に宙を舞った。
これらは出水と那須の弾幕勝負によって発生した瓦礫であり、舞い上がったそれは目晦ましの用途を成す。
一瞬、風間と歌川の視界から迅の姿が隠れる。
それで、充分。
何かを振ったような、風切り音が木霊する。
「風間さん…………っ!」
「…………っ!」
歌川の叫びに、風間は咄嗟にその場からバックステップで後退する。
それに続いて歌川も後退し、彼等の眼前を風の刃が通過する。
もし、一瞬でも反応が遅れていれば二人の首と胴は分かれていただろう。
それだけ、風刃の速度は尋常の速さではなかった。
事前情報がなければ、避けられていたかどうか。
太刀川からその性能を
(情報に救われ────────いや、待て。あの迅が、苦し紛れとはいえ外れる攻撃をするか? 今のタイミングなら、首ではなく足や腕を狙えばダメージを与えられた筈)
風間は、そこで疑問を抱いた。
確かに、今自分たちの回避が間に合ったのは太刀川の情報あってのものだ。
そう、
直接、彼等が風刃の威力を見たワケではない。
あくまでも太刀川の口から、「影浦でも反応し切れないレベルの速さだった」と聞いただけだ。
試合の中でどういった用途で風刃の遠隔斬撃を用いたか、更には直にその速度を体感した香取からも話を聞いてはいる。
だが、伝え聞いただけで、直接その性能を見てはいない。
あの影浦でさえ反応し切れないレベルと聞いて充分以上に警戒したつもりだが、果たして警戒だけで凌ぎ切れる程黒トリガーのレベルは低いのだろうか。
防戦一方の苦し紛れだったから、という思考は捨てる。
今の砂埃のカーテンが生み出した一瞬は、迅に自由を与えるには充分過ぎる刹那だ。
攻撃を凌ぐ為だけに遠隔斬撃を使用したというのは、どうにも違和感がある。
複数で囲んで処理能力に負荷を与えてはいたが、そもそも迅はあの昇格試験の日は一日ほぼぶっ通しで戦い抜いている。
それだけの連戦を潜り抜けてようやく圧迫されるレベルの処理能力を持つ迅が、この短時間の戦闘のみでこうも早く
何か、何かおかしい。
刹那の思考の中、風間はその違和感を紐解いていく。
そして。
風間は迅の風刃から立ち上る
「────────! 歌川、まだだ…………っ!」
「え…………?」
だが。
「はい、予測確定」
「ぐ…………っ!?」
その警告は、一瞬遅かった。
歌川の足元から延びた斬撃が、彼の足を両断する。
一撃で両足を根元から斬り裂かれた歌川は重力に従い、地面に落下する。
そして。
その身体が地面にぶつかる前に、斬撃が一閃。
「させるか…………っ!」
歌川の首を狙って放たれたそれを、風間がスコーピオンを用いて防御する。
基本的に、スコーピオンは受け太刀には向いていない。
その軽さと応用性の高さと引き換えに、スコーピオンの耐久力は弧月と比べて脆い。
シールドでブレードを防御するよりはまだ保つが、数合も打ち合えばその時点で砕け散る。
加えて、迅の風刃の強度や切れ味は弧月のそれよりも上だ。
普通に受ければ、一撃で砕かれて終わりだろう。
されど。
風間は、その耐久差を技術で以て補完する。
迅の攻撃に合わせ、正面から受けるのではなく────────タイミングを合わせて刃を引き、
ブレードへの負荷を最低限に抑え、柔術のように相手の力を利用しいなす。
恐らく、風間以外では殆ど成功しないであろう高等技術。
流れるような、受け太刀。
スコーピオンという特殊なブレードを用いた、ある種の
それにより、風間は歌川に向けて振り下ろされた斬首の一撃を防ぎ切った。
「やるね」
迅は薄く笑い、これ以上の鍔迫り合いは不利と見て後退する。
その一瞬後、肉薄して来た太刀川が弧月を振り下ろし────────迅は、風刃のブレードでその一撃を防御。
その斬撃の勢いを利用して、後退。
距離を取って、二人と対峙した。
「失態だな。風刃の性質というより、迅の悪辣さを見誤っていた」
「ああ、
そう、迅が歌川に痛打を与えたカラクリはそう難しいものではない。
砂埃で迅の姿が隠れた瞬間、彼は三本同時に遠隔斬撃を放っていたのだ。
二本は、風間と歌川に向けて最短距離で。
もう一本は、路地や物陰を迂回し時間差で着弾するような軌道で。
それぞれを放ち、最初の二撃を囮に三撃目を当てたのだ。
回避のし難い、足を狙って。
最初の二撃が首を狙ったのは、恐らくわざとだ。
致命傷となる個所を狙う事でその一撃に注視させ、回避に全力を注がせる。
風刃の遠隔斬撃の速度は、片手間で回避出来るレベルではない。
至近距離からの一撃であれば、文字通り全霊を注がねば回避は難しいだろう。
喉元に凄まじい勢いで攻撃を叩き込まれそうになれば、反射的に避けるか防御しようとする。
それが、人間の防衛本能というものだ。
無論、ただ防御したのでは迅相手には意味がない。
紙一重の防御であれば、迅はその一重を意図的に間違わせるよう差配する事が出来る。
故に、正当は全力での後退。
防御ではなく、全霊の回避を以てようやく凌げる致死の刃。
それが、風刃の遠隔斬撃なのだ。
風間も歌川も、その脅威は人づてではあるが知っていた。
だからこそ、情報があるからこそ、回避に全力を注いだ。
故に。
迅は、その心理を利用した。
風刃の脅威を本当の意味で知らない相手であれば、初見殺しの速度の遠隔斬撃でストレートに仕留める。
黒トリガーとしての初見殺し性能は、風刃はかなり高い部類に入る。
相手が遠隔斬撃を旋空の亜種程度と考えているならば、その認識の誤りを利用し首を落とす事は容易だ。
だが。
風刃の脅威を知る相手には、この手段は通用しない。
充分に警戒をしていれば、速度優先の軌道で飛んでくる風刃を回避するのは不可能ではない。
だからこそ。
迅は風間達に
そして、全力の回避を行った後の一瞬の隙を突いたのだ。
相手の駒を一人、確実に無力化する為に。
迅は、三人纏めて落とそう、などという欲は出さなかった。
やるのであれば、一人ずつ。
確実に、各個撃破していく。
このような局面ではそれが有効であると、迅は
これが、迅悠一。
これが、死線踏破者。
本物の戦争を経験した、真の悲劇を識る者の実力。
舐めていた、ワケではない。
迅の実力は、充分理解していた筈だった。
戦歴で言えば、太刀川や風間も遠征で命を懸けた戦いを経験している。
だが。
文字通り、
迅は、緊急脱出システムが完成する前から仲間と共に近界を渡り歩き、戦地を潜り抜けて来た。
彼等には、想像しか出来ない。
死地を潜った数も、そしてその戦地の危険度も、彼等のそれよりも上の筈だ。
過去を直視し、背負う事を改めて決意したとはいえ、その身に刻まれた経験は今尚色褪せてはいない。
迅は、ただの少年ではない。
英傑。
そう呼んで、差し支えない相手。
その事を、改めて理解する。
「さて、菊地原を出さなくて良いのかな? 一人減っちゃ、キツイでしょ」
「挑発には乗らん」
「残念。ま、だからと言って手を緩める気はないけどね。こっちも、本気だからさ」
迅はそう告げ、殺気を立ち上らせる。
以前、試験で熊谷相手に見せた殺気────────それよりも、更に濃密なソレだ。
常人であれば、受けるだけで身を竦ませてしまうような殺意。
それを浴びて風間は負けじと迅を睨み返し、太刀川は────────この上なく嬉しそうな、笑みを浮かべていた。
以前にも、迅と戦った事はある。
当然太刀川は手を抜かなかったし、迅もそれは同じだろう。
だが。
こうまで本気の、
太刀川には、分かっていた。
これは、威圧などではない。
こちらも殺す気でやるから、かかって来い。
太刀川は迅の殺気を、そのように受け止めた。
そして、その感覚が間違っていない事を────────太刀川は、迅が口元に浮かべた笑みを見て確信した。
そうだ、まだまだ戦いはこれからだ。
歌川が動けなくなったのは痛いが、彼にはまだ射撃トリガーがある。
その首を落とされるまで、やれる事はある筈だ。
前衛が一人減ったのは確かに厳しいが、それならそれでやりようもある。
何より、自分はまだ満足していない。
折角の
楽しまなければ、損というものだろう。
風間はニヤリと笑う太刀川と迅を見て二人の魂胆を察し、呆れながらもスコーピオンを構え直した。
二人の思惑など知った事ではないが、任務は任務。
手心を加えろという
そう考え、風間はカメレオンを起動。
太刀川の旋空弧月が、戦闘再開の合図となった。
近くでぶつかり合う
「しゃらくさい…………っ!」
一方、香取と木虎の戦闘は膠着状態が続いていた。
香取は木虎に向け、拳銃の引き金を引き弾丸を発射。
木虎はシールドを張らずに体捌きのみでそれを躱し、お返しとばかりに拳銃で撃ち返す。
それを香取はシールドで防ぎ、そのままスコーピオンで斬りかかる。
香取の斬撃を木虎は後退する事で回避し、距離を取る。
先ほどから、同じような
どちらも、痛手を負った様子はない。
その大きな原因は、木虎に攻めっ気が薄い事にある。
木虎は徹底して大きく踏み込む事を避け、香取が近付いて来ても回避を重視し彼女を間合いに入らせなかった。
香取は猛攻を続けているが、いいようにいなされている、というのが現状だ。
確かに、香取は類まれな戦闘センスを持っている。
だが。
格上の相手との戦闘経験、という点で彼女は木虎に及ばない。
木虎は香取と違い、A級のランク戦で常にA級同士────────即ち、多くの格上とも戦い抜いて来た。
その経験値が、彼女の持って生まれた体捌きのセンスを洗練させている。
爆発力こそ香取に一歩譲るが、現時点の地力の安定性という意味では木虎が彼女に負ける通りは無いのである。
(分かってたけど、やり難いわね…………っ! 年下の癖に生意気、とか言ってらんないわ)
以前の香取であれば思い通りにならない戦況に苛つき隙を見せていただろうが、今の香取は表面上はともかく頭の中は冷静だった。
このまま攻め続けても、木虎は落とせない。
ならば、どうするか。
自滅覚悟で特攻?
ダメだ。
木虎の防御の巧みさは、これまでに散々思い知っている。
そんな相手に、捨て身の一撃など自殺行為も良いところだ。
(さっきからシールドを使いもしないでアタシの攻撃を凌いで、ホント自分の技術にそれだけ自信があるってワケ? って、ちょっと待ちなさい)
そこで、気付く。
木虎は、先程から回避ばかりでシールドを殆ど使っていない。
香取の銃撃は体捌きのみで回避し、斬撃は後退する事で掠らせもしない。
最初はそれが体捌きに自信があるが故のある種の
香取は木虎に関して、あまり多くを知ってはいない。
精々広報部隊である嵐山隊の一員で、喜んで人気取りをやっているいけ好かない女。
彼女の木虎への認識は、概ねそのようなものだった。
一種のアイドルのように振る舞いそれが成功している木虎の事を正直良く思っていなかったし、自分より年下なのにA級に上がっているという点も気に食わない。
だから香取の木虎への印象はマイナス値を振り切っていたのだが、同時に彼女の実力が本物である事もこれまでの戦闘で理解している。
こちらの誘いにも乗って来ないし、徹底的に感情を排して効率的に戦闘を進めている。
そんな彼女が、果たして意味のない行為をするだろうか。
長期戦を望むというのは、時間稼ぎの観点から理解は出来る。
時間を稼げば援軍が望めると思っているのであれば、無理をしない事に違和感はない。
しかし、体捌きのみでの回避は言う程簡単な事ではない。
相応に体術には自信があるのだろうが、香取の攻撃は片手間で防げる程生温いものではない。
その突破力は、上位の実力者達も認めているのだ。
そんな香取相手に、自信があるからといって回避一本で攻撃を捌く理由。
(そういえば────────成る程、そういう事ね)
香取は思考を巡らせる中で、ある事を思い出す。
それは、以前に噂で聞いた話。
曰く、「木虎藍は体術センスは凄いが、トリオン量は低い」というものだ。
聞くところによるとC級時代の彼女は
香取も攻撃手から銃手になり、その後万能手になったという経歴を持っている。
実を言えば木虎が銃手から万能手に転向したと聞いて同じ道を歩めば壁を乗り越えられるかと試したというのが真相なのだが、それはともかく。
自分のそれは気まぐれだが、木虎は果たしてどうだろうか。
もし、噂通り彼女のトリオンが低いとするならば銃手では大きな活躍は望めないだろう。
銃手や射手は特にトリオンの多寡によって戦力が上下し易く、有り体に言えばトリオンの低い者は向いていないポジションだ。
故に、木虎が万能手に転向したのは必要に迫られて、という解が出て来る。
今の香取や木虎のように銃手トリガーをある種の牽制の手段として用いて、ブレードトリガーを主武器として戦う
銃手トリガーやシールドといったトリオンを浪費するトリガーの使用を最低限に絞り、ブレードをメインで戦えばトリオンの節約をする事が出来るからだ。
つまり。
木虎はシールドを使わないのではなく、あまり多くは
体捌きのみで攻撃を回避しているのは、トリオンの節約の為。
攻めっ気が少ないのは、無理に攻めればトリオンを浪費してしまうから。
ならば。
勝機は、ある。
香取は内心でほくそ笑み、木虎への攻撃を再開した。