痛みを識るもの   作:デスイーター

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黒トリガー争奪戦⑥

 

(成る程、気付かれたか)

 

 木虎は香取の銃撃をシールドで防御しながら、内心で舌打ちした。

 

 香取は先ほどまでとは打って変わって、距離を詰めずに中距離戦に徹していた。

 

 スコーピオンは使わず、両手に拳銃を構えて絶え間ない銃撃を放っている。

 

 メイントリガーのアステロイドだけならともかく、サブトリガーのハウンドの銃まで持ち出されると、流石の木虎といえど体捌きだけで全てを躱す事は出来ない。

 

 その天才的な体術センスを用いてシールドの使用を最低限度に留めているのは流石と言えるが、刻一刻とトリオンを削られ続けているのは紛れもない事実である。

 

(香取先輩は、私がトリオンを節約して戦っている事に気付いた。だから距離を詰めて無理に攻めるのではなく、中距離戦で削り殺す選択肢に変えたワケか)

 

 木虎は、香取の思惑を正確に察していた。

 

 香取の推測通り、トリオン量の低い木虎は香取を少しでも長く足止めする為────────もしくは、隙を見て落とす為に体捌きのみで攻撃を回避し、シールドの使用を控えていた。

 

 攻めっ気が少なかったのは、下手に攻めればトリオンを浪費する上に、香取相手に懐に入るのは少々以上にリスキーだという側面もある。

 

 木虎は、香取の実力を評価している。

 

 以前までは才能を持て余していたようだが、あの昇格試験の動きを見る限り停滞の時期は終わったと見て良い。

 

 彼女は己の才覚を活かし、着々と成長を続けている。

 

 本人に自覚はないかもしれないが、恐ろしいスピードで。

 

 元より、突破力に優れていた香取だ。

 

 今の彼女相手に迂闊に踏み込めば、痛打を貰うのはこちらだと考えている。

 

 やるなら、必殺の機会を待ってから。

 

 木虎はそういった魂胆で、香取相手に持久戦を演じていた。

 

 体捌きを見せつけるようにして、香取を挑発しながら。

 

 それで少しでも彼女の冷静さを奪えればと思ったが、どうやら逆効果だったらしい。

 

 というよりも、想定が甘かったと言うべきか。

 

 香取は技術面だけではなく、精神面も思った以上に成長している。

 

 故に、木虎の演技を見破り────────この場で、最適な行動を導き出した。

 

 即ち、トリオン差を利用した削り殺し。

 

 香取のトリオン評価値は6とそう大きな数字ではないが、木虎のトリオン評価値は4。

 

 数字の上では2つしか違わないが、実際の戦闘では結構な差が出て来る。

 

 何せ、木虎のトリオン量は戦闘員の中でも修という例外を除き米屋と同じく最低値を記録している。

 

 戦闘員としてやっていける、ギリギリの数値。

 

 それが、木虎のトリオン量だ。

 

 修と違い格闘センスが群を抜いて高い為に目立たないが、彼女が大きな(ハンデ)を背負っている事に違いはない。

 

 それだけ、トリオン量という才能の差は大きい。

 

 むしろ、そんなハンデを背負いながらA級まで上り詰めた木虎や米屋のセンスと努力は並大抵のものではないだろう。

 

 トリオン量という才能に恵まれなかったからこそ、死にもの狂いで技術を鍛え上げた。

 

 だからこそ、木虎はA級である自分に誇りを持っている。

 

 誰に頼るでもなく、自分自身の力で手にした地位であるのだから。

 

 しかしここで、その弱点(ハンデ)が彼女に重くのしかかる。

 

 香取の判断は、正しい。

 

 トリオン量で勝っているのだから、中距離戦で削って行けばそれだけで勝てる。

 

 遊びのない、堅実な一手。

 

 だからこそ、崩し難い厄介な手でもある。

 

 種が割れれば脆い奇策と違い、正攻法は目立った欠点というものがない。

 

 奇策は相手の意表を突き、意識の外から不意を撃つ事で初見殺しと成り得る強みがある。

 

 だが反面、策を見破られれば瓦解し易い。

 

 奇抜な策という事は、総じて安定感の無い策でもあるからだ。

 

 むしろ、安定を捨てて意表を突く事こそが奇策なのだ。

 

 格上殺しも可能となる一方、致命的な脆さも抱えているのだ。

 

 一方、正攻法は奇策と違い大きな実力差を覆す事は難しいが────────裏を返せば、相手に勝る部分があるのなら安定して勝てる戦法でもある。

 

 正攻法とは、単純に自分の地力を押し付けて相手と戦う事を意味する。

 

 地力と数で押して、相手の反撃をいなし、奇襲に備え徹底的に()()()を潰していく。

 

 この地力のごり押し戦術(ノースサウスゲーム)の極みと言って良いのが、二宮隊だ。

 

 二宮隊は二宮というトリオン強者を如何に安定して暴れさせるか、という事に軸を置いて戦術を組み上げている。

 

 14という圧倒的なトリオン量を元にした弾幕の暴威は、あらゆる者にとって脅威だ。

 

 数と力でごり押し、脇を二人の名サポーターが埋め、一つ一つ丁寧に相手の反撃を潰していく。

 

 それが、二宮隊の必勝戦術。

 

 己の持つ力を最大限に活かした、王者の戦術。

 

 それこそが、二宮隊の強さの根幹と言える。

 

 奇抜な事をしていないからこそ、容易に崩れる隙などない。

 

 正攻法の正しさは、二宮隊が身を以て証明している。

 

 故に。

 

 香取の戦術もまた、この場での最適解と言って良かった。

 

 奇策を以て挑んで来るなら、まだやりようがあっただろう。

 

 何せ、経験値が違う。

 

 香取と木虎では、格上相手の戦闘経験の差が雲泥だ。

 

 最近になってようやく前に進み始めた香取と以前から自己鍛錬を欠かさず、常に前を向いて来た木虎とでは積み上げたものが異なるのは当然だ。

 

 言い訳をして格上から逃げ続けた香取と、格上相手でも臆する事なく挑み続けた木虎では、戦闘経験の差は現時点では埋めようがない。

 

 故に、奇策に頼って特攻して来るようであれば、経験値の差で圧殺出来た。

 

 格下の奇策は、来ると分かっていれば大きな隙を生む愚策でしかない。

 

 格上殺し(ジャイアントキリング)に至る為には、奇策を悟られない事が第一なのだから。

 

 だが、香取は自分と木虎のトリオン量の優劣に着目し、正攻法での削り殺しを選んだ。

 

 正直に言って、木虎にとって一番望ましくない展開である。

 

 何せ、このままでは時間経過でトリオン切れになり自動的に木虎の負けだ。

 

 そうなれば、無傷の香取に戦場で自由を与えてしまう。

 

 その時には相応のトリオンを消耗しているだろうが、元より香取は木虎と同じ近距離万能手(クロスレンジオールラウンダー)

 

 残るトリオンが少なくとも、近接主体であれば充分過ぎる程暴れる余地はある。

 

 類稀な突破力を持つ香取を自由(フリー)にしてしまえば、どんな損害が出るか知れたものではない。

 

 だからこそ、木虎は此処で香取を抑えるという選択を取ったのだから。

 

(恐らく、香取先輩は私のトリオン切れまで付き合うつもりの筈。迂闊な攻めは、して来ないでしょうね)

 

 このまま撃っているだけで勝てるのだから、奇抜な策に頼る必要などない。

 

 香取はこのまま、中距離での削り殺しを徹底するだろう。

 

 少なくとも、自分からは攻め込まないに違いない。

 

(となると、これは────────()()()()()わね)

 

 現状のままなら、木虎が一方的に落ちる。

 

 それが許容出来ない以上、()()()()()()()()()()()

 

 座して敗北を待つワケにはいかない以上、それしか選択肢はない。

 

 そして。

 

 恐らく、それは香取も承知している。

 

 だからこそ、中距離戦に徹して待ち構えているのだ。

 

 木虎が、攻め込んで来るタイミングを。

 

 無理をして攻めるのではなく、相手に()()()()()()攻め込ませる。

 

 そして、それを待ち構え返り討ちにする。

 

 それが、香取の戦術。

 

 この場で導き出した、一つの最適解。

 

 才能溢れる少女は、現状で最も手堅く、覆し難い一手を選んだ。

 

 これが、木虎(かくうえ)に対する香取の解答。

 

 格上殺し(ジャイアントキリング)を狙う、一人の戦士の選択だった。

 

(上等じゃない。いいわ、乗ってあげる。だけど────────)

 

 木虎はそんな香取の意図を正しく理解し、自然口元を綻ばせる。

 

 もう、香取を格下とは思わない。

 

 正しい知識と力を持った、確かな実力を持った好敵手(あいて)

 

 そう認識して、全力で倒す。

 

 心に決めて、刃を構えた。

 

(────────勝つのは、私よ)

 

 必勝を、誓って。

 

 

 

 

(そうよ。アンタにはそうするしかないでしょ)

 

 木虎がスコーピオンを構えたのを見て、香取は内心ほくそ笑む。

 

 香取の思惑は、木虎の推察した通りである。

 

 中距離戦に徹して銃撃を継続し、トリオン量の差で削り殺す。

 

 そして、強制的に木虎を攻めに向かわせ、そこを仕留める。

 

 木虎は色々と推察していたが、香取は単にトリオン量で勝っているのだからこれが一番だろうと直感し、選択しただけだ。

 

 いわば、感覚による正答の抽出。

 

 才覚に溢れた者の直感は、得てして理屈をすっ飛ばして正解を導き出す。

 

 無論、その理屈は頭の中で無意識に察しているだけで考え無しに答えを出したワケではない。

 

 言語化出来ずとも、今ある情報から無意識の推察を行い瞬時に正解を導き出す能力。

 

 感覚派の実力者、その強さのタネがこれだ。

 

 理論派も感覚派も、やっている事は変わらない。

 

 ただ、それを考えてやっているか、感覚でやっているかだけの違いだ。

 

 前者は思考を言語化出来る為に指揮官適正があり大局を見る力に長け、後者は思考するという過程を脳内で圧縮している為極限の戦闘における機転の速さに長ける。

 

 勿論、香取は後者だ。

 

 彼女は指揮官適正はそう高くはないが、反面戦闘における機転の鋭さは群を抜いている。

 

 ブレインを他に任せ、一人のエースとして戦う今の状況は、香取の性能(スペック)を十全に引き出すには絶好の場と言える。

 

 指揮という重荷を投げ出せた分、自らの性能を発揮する事になんの躊躇いもない。

 

 ただ、自分の力を試したい。

 

 A級(かくうえ)相手に、自分の力が届くか否か。

 

 それを、確かめたい。

 

 その想いが、香取の心に火を点ける。

 

 彼女はその熱情を理性で制御し、銃撃を継続しながら木虎の一手を待った。

 

 そして。

 

(来た…………っ!)

 

 木虎が、真っ直ぐにこちらに突っ込んで来た。

 

 即座に香取は右手の拳銃(アステロイド)をオフにし、左手の拳銃(ハウンド)での迎撃を選ぶ。

 

 これまでは中距離戦に徹する為に両攻撃(フルアタック)で銃撃していたが、そもそも香取の銃手トリガーは威力も連射性能もそう高くはない。

 

 この距離であれば両攻撃をしたところで、シールドを破る前に木虎がこちらに到達する。

 

 故に、放つのはハウンドのみ。

 

 これでシールドの使用を強要し、木虎の選択肢を絞る為だ。

 

 ハウンドは、遮蔽物のある場所ならともかくこの場のような開けた場所では回避の難しいトリガーだ。

 

 拳銃型故に連射性能はそこまで高くはないが、それでもシールドなしに全弾凌げる程ではない。

 

 香取は、そう判断していた。

 

「は…………?」

 

 だが。

 

 木虎は、その予測を簡単に覆した。

 

 ハウンドが、木虎の四方から迫る。

 

 通常であれば、シールドを用いて突破する場面だろう。

 

 しかし。

 

 木虎は、まるでそのハウンドの軌道が分かっているかのうように姿勢を低くしながらシールドを張らずに疾駆し────────弾丸の間を、被弾せずに駆け抜けた。

 

 その神業に香取は瞠目するが、これはある種彼女の落ち度と言える。

 

 香取は、木虎を削り殺す為に銃撃を行い続けた。

 

 木虎にシールドを張る事を強要させる為に、繰り返し撃ち続けた。

 

 そう。

 

 ハウンドの()()()()を、木虎が把握するまでに。

 

 銃手トリガーは引き金を引けばすぐに弾丸が射出されるという即応性が武器だが、反面射手トリガーのような応用性はない。

 

 それはセットされている弾丸がハウンドであっても、変わりはない。

 

 射手と違って毎回弾丸を調整する手間がない分、その軌道は決まったものになりがちだ。

 

 木虎は、ただ漫然と香取の中距離戦に付き合ったのではない。

 

 彼女のハウンドの誘導半径を見切る為に、敢えて香取の思惑に乗ったのだ。

 

 この瞬間、香取の弾丸を潜り抜ける為に。

 

 正攻法には、正攻法を。

 

 奇策ではなく、ただ地力を以て打倒する。

 

 そんな木虎の無言の宣言が、香取の耳には聞こえていた。

 

(焦る必要はないわ。この程度、予想出来た事でしょうが…………っ!)

 

 地力が上なのは、木虎。

 

 これは、最初から分かっていた事だ。

 

 自分はB級で、木虎はA級。

 

 その差は、充分理解している。

 

 けれど。

 

 だからこそ、この手を選んだのだ。

 

 木虎を。

 

 生意気な格上を、正面から叩き潰す為に。

 

(来なさい…………っ!)

 

 木虎は香取の突貫に備え、無用となった拳銃を破棄。

 

 この距離ではハウンドなど邪魔なだけであり、片腕を塞いだままの方がリスキーだ。

 

 香取は敢えてスコーピオンを出さず、何処から攻撃が来ても良いように身構える。

 

「────────」

 

 木虎は、右手にスコーピオンを構え疾駆。

 

 正面から、香取へ斬りかかる。

 

「舐めるな…………っ!」

 

 まさかの正面突破に香取は右腕からスコーピオンを出し、迎撃。

 

 香取の刃が、木虎の腕に吸い込まれる。

 

「な…………っ!?」

 

 だが。

 

 次の瞬間、木虎の姿が視界から消えた。

 

 否。

 

 消えたように思える速度で、横に移動した。

 

 その左手に持つ拳銃から延びる、ワイヤーを手繰って。

 

 それは、木虎がA級特権で製作したカスタムトリガー。

 

 巻き取り式のスパイダーを内蔵した、ワイヤー銃。

 

 彼女はそれを用いて香取の側面に回り込み、そして。

 

 右手の刃を、煌めかせた。

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