痛みを識るもの   作:デスイーター

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Concern

「二宮さーん、次の対戦相手決まりましたよー」

「知ってる。いちいち騒ぐな」

 

 B級一位部隊、『二宮隊』作戦室。

 

 そこでソファーに座る『二宮隊』隊長、二宮匡貴(にのみやまさたか)は笑顔で話しかけて来た隊の銃手、犬飼澄晴(いぬかいすみはる)に素っ気なく応じた。

 

 機嫌が悪いのかと思う程の塩対応だが、彼は常時こんな感じなので犬飼も気にした素振りは全くない。

 

 そも、姉二人によってコミュ力を徹底的に鍛えられた犬飼はこれくらいでは動じない。

 

 常日頃から鉄面皮を崩さない隊長に対し、変わらない笑顔を張り付けたまま話しかけ続ける。

 

「しっかし、『那須隊』がまさか上位に上がって来るとは驚きですよねー。前期までは、中位の中でも下の方の順位だったのに」

「七海が加入したのなら、当然の結果だ。中位の連中では、あいつの相手は荷が重いだろう」

「あれ? 隊長って七海くんの事知ってるんですか?」

 

 意外な二宮の言葉に、犬飼はキョトンとした顔をする。

 

 才能ある奴が好きで雑魚と見做した相手には塩対応を徹底する二宮にしては、七海に対する評価は予想外に高い。

 

 何処かで彼の事を知らなければ、出て来ないであろう言葉だ。

 

「話した事はない。だが、太刀川との個人戦なら見た事がある」

「そういや、太刀川さんや出水に師事してるんでしたっけか。確か、カゲや村上とも仲が良かった筈ですよね」

「動きは、悪くはなかった。回避を重視にした立ち回りは、攪乱にはうってつけだろう」

 

 犬飼の話は完スルーしつつ、二宮は七海の評価を語り出す。

 

 これもまたいつもの事なので、犬飼は聞き役に徹し始めた。

 

「あの機動力はヤバイっすもんねー。あんなに跳び回られちゃ、撃っても当てるの難しそうですねー。そういえば、攻撃を察知するサイドエフェクトも持ってるんですよね」

「そうらしいな。だが今日の試合を見る限り、完璧に察知出来るというワケでもない事は分かった。やりようによっては、どうとでもなる」

「でも、厄介なのは変わりないですよねー。今までの二試合も、七海くんに攪乱された隙をチームメイトが的確に突いてますし。戦術も完成度も高いですよね」

 

 犬飼は自分なりに分析した『那須隊』の戦術をそう評価し、二宮の反応を待つ。

 

 対する二宮の反応は、舌打ちだった。

 

「あいつ等がこれまで圧勝出来たのは、相手チームの弱点を徹底的に突いたからだ。相手の弱みを突いて、相手のペースを徹底的に崩す。今の『那須隊』の戦術の要はそこにある。そんなもの、致命的な弱みを抱えているチーム相手にしか通用しない」

「確かに、来馬先輩を狙い続けたり、荒船さんを煽って一騎打ちに持ち込んだり、えげつない戦法取り続けてますもんねー」

 

 二宮の『那須隊』評に、犬飼はそう感想を述べる。

 

 この場合、()()()()()は勿論誉め言葉だ。

 

 犬飼は七海の容赦のないクレバーな戦術スタンスを、隊のバランサーを務める者として高く評価していた。

 

 二宮はその点はそこまで評価していないようだったが、七海のクレバーさは戦場では優れた素質だ。

 

 支援を得意とする銃手の立場からして見ても、七海の立ち回りはチームに欲しい、と思うくらいには優秀と言えた。

 

(ま、思うだけだけどねー。多分二宮さん、()()()は絶対入れないだろうし)

 

 もっとも、それを実行に移す気があるかどうかは別の話だ。

 

 二宮は今でも、かつてこの隊に所属していた狙撃手、鳩原未来(はとはらみらい)の事に拘り続けている。

 

 恐らく、今でも機会があれば鳩原を()()()()()()と思っているに違いない。

 

 隊室に鳩原の私物を纏めたダンボールが残り続けているのも、その証左だ。

 

 『二宮隊』の四人目は、鳩原未来。

 

 これは二宮の中では、変えようがない事実としてあるのだろう。

 

 狙撃手がいない不便さを差し引いてでも、そこは譲れない一線であるらしかった。

 

(それこそ、こういうトコは二宮さんが言う()()に当たるんだろうけど。ま、わざわざ口に出す事じゃないよね)

 

 二宮は一見理性的な人間に見えるが、その実かなり感情を優先する人物である。

 

 口を開けばぶっきらぼうで容赦のない言葉や罵詈雑言が出るのがデフォルトではあるが、決して冷たい人間ではない。

 

 むしろ、隊の中で最も感情的な人間こそ二宮なのだ。

 

 もしもこの事を知られたら、七海であらば間違いなくその弱みを突くだろう。

 

 これまで七海と碌に交流を持った事がない事が、幸いと言えた。

 

「…………フン、それに回避が上手くても回避が出来ない弾幕を張れば叩き潰せる。俺達の敵じゃないな」

 

 そんな犬飼の内心を察したのか、二宮は眉間に皺を寄せながらそう告げた。

 

 言っている事は強がりにも思えるが、その言葉を現実に出来てしまうのがこの二宮匡貴という男である。

 

 実際、彼が力押しでゴリ押せば勝てない相手はまずいない。

 

 それだけ、彼の『ボーダー』トップクラスのトリオン量から放たれる弾幕は驚異的と言えた。

 

(けど、戦術だなんだ言ってるけど、結局ゴリ押しが好きなんだよなー、二宮さんは)

 

 『旧東隊』で戦術の薫陶を受けた二宮だが、彼が好む戦法は単純明快な()()()である。

 

 脳筋というワケではなく、単に()()()()()()()()()()()()()というだけだ。

 

 二宮の地力があれば小賢しい策を用いるよりも、彼の力を正面からぶつけた方が手っ取り早く、そして強い。

 

 とある事情でB級に降格させられているが、その実力はA級のまま。

 

 B級一位部隊、『二宮隊』は今日もまた、平常運転だった。

 

 

 

 

「七海先輩やっばいなー。案の定上位まで上がって来たし、やっぱ凄えわ」

「確か、狙撃も不意打ちも効かないんだっけか。確かにそりゃ厄介だな」

 

 所変わって『東隊』作戦室、隊の攻撃手である小荒井登(こあらいのぼる)奥寺常幸(おくでらつねゆき)は顔を突き合わせてうんうんと唸っていた。

 

 彼等が見ているのは『那須隊』のROUND1とROUND2の映像であり、そこでの七海の立ち回りが克明に映し出されていた。

 

「結局、七海先輩のサイドエフェクトってどういうものなんですか? 東さん」

「呼び方は、『感知痛覚体質』。文字通り、()()()()()()()()()をレーダーのように探知出来るサイドエフェクトだ」

 

 奥寺の質問に、東は丁寧に答える。

 

 二人が聞き役になった事を察し、東は七海のサイドエフェクトについての講釈を開始した。

 

「魚の位置を表示する魚群探知機のように、どこにいればダメージを受けるのかっていう事が感覚的に分かるらしい。狙撃も引き金を引いた時点で察知されるし、不意打ちも実行した瞬間に察知される。狙撃も不意打ちも効かないってのはそういう意味だ」

「うわ、聞けば聞く程ヤバイじゃないっすか。狙撃が効かないとか、うちの隊の天敵ですよね?」

 

 七海のサイドエフェクトの詳細を知り、小荒井があからさまに顔を顰める。

 

 なまじ狙撃特化チームの『荒船隊』が完敗した所を見たばかりなだけに、狙撃手である東を中心に構築された現『東隊』の不利を悟ってしまったのだ。

 

「いや、そうでもないぞ。七海のサイドエフェクトは完璧じゃないし、七海自身にも弱点はある」

「弱点、ですか」

 

 ああ、と東は表情を変えず、答えた。

 

「七海は確かにほぼ全ての攻撃を察知出来るが、荒船が使った『鉛弾』みたいな例外がないワケじゃないし、幾つか抜け道もある。戦術をきちんと組み立てる必要はあるが、決して勝てない相手じゃない」

 

 ちょっと考えてみてくれ、と東は小荒井と奥寺に七海の攻略法について思案するよう促した。

 

 すると奥寺と小荒井はあーでもないこーでもないと頭を捻り始め、東はそれを穏やかな表情で見守っている。

 

 その様子はチームメイトのそれというよりも生徒を見守る教師のようでいて、二人が意見を交わすのを眺めながら東は来るべき戦いに想いを馳せた。

 

(悪いが、容赦はしない。お前の()()を自覚させるには、実戦でやるのが手っ取り早いからな)

 

 『始まりの狙撃手』は獲物を見定め、戦術という名の弾丸を装填する。

 

 その弾丸が放たれる日は、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

「おー、七海の奴も遂に上位入りかー。嬉しいだろー、カゲ」

「チッ、うるせえよ」

 

 『影浦隊』の作戦室で、オペレーターの仁礼は影浦にそんな調子で茶々を入れ、影浦は舌打ちしつつそう吐き捨てた。

 

 しかしその頬は僅かに綻んでおり、彼が上機嫌である事は付き合いの長い者には分かる。

 

 だからこそ、仁礼も遠慮なくこうして口出ししているワケだ。

 

「なんだよ嬉しい癖によー、おめーもそう思うだろ? ユズル」

「そうだね。なんだかんだ、楽しみではあるかな」

 

 仁礼の唐突な話題振りに、ユズルは珍しく笑みを浮かべて答えた。

 

 『影浦隊』と七海の親交は深く、七海自身もこの作戦室や影浦の実家には度々お邪魔していた。

 

 その為人見知りする傾向のあるユズルとも仲良くなっており、ゾエや仁礼は言わずもがなだ。

 

「でも、ホントに早かったねー。ROUND2でもう上位に上がるとか、流石に予想外だったよ」

「別にそうでもないんじゃない? 七海くんの力なら、むしろこれくらいは当然だよ」

 

 ほんわかした表情のまま呟くゾエの言葉に、ユズルはやんわりとそう言って否を告げた。

 

 『影浦隊』の面々は七海の実力を高く評価しており、遅かれ早かれ彼等が上位に上がって来る事は予想していた。

 

 ゾエが驚いて見せたのも、あくまでポーズだ。

 

 彼ならば、やれるだろう。

 

 それが、『影浦隊』の共通の認識だった。

 

「…………けど、東のおっさんや二宮もいんのか。チッ、嫌な予感がしやがるぜ……」

 

 だから、影浦が案ずる事はただ一つ。

 

 念願の七海との直接対決に、()()が入る可能性だ。

 

 乱戦となれば七海や影浦の独壇場ではあるのだが、今回は相手が相手である。

 

 豊富なトリオン量にあかせた凄まじい弾幕の雨を放ってくる射手、二宮匡貴。

 

 ベテラン故の経験と機知に富んだ立ち回りで隙のない動きを見せる狙撃手、東春秋。

 

 ROUND3では、『影浦隊』の他にこの二人が率いるチームが参戦している。

 

 有り体に言って、良い予感は全くしなかった。

 

「それに、いや……」

 

 影浦はそこで言葉を連ねようとして、止めた。

 

 ()()ばかりは自分がどうこう言っても詮無き事であるし、何よりそれは七海本人の問題だった。

 

 幾ら師匠だからと言って、迂闊に踏み込んで良い問題とそうでないものの区別くらいは付けるべきだ。

 

 影浦はそう考えて、余計な口出しは思い留まったのだった。

 

(チッ、うだうだ考えるのは止めだ。どちらにしろ、直接ぶつかればハッキリすんだろ)

 

 考えるのが面倒になった影浦は、そう思ってそれまでの思案を投げ捨てた。

 

 元々、自分はデリケートな問題を扱うのは苦手だし、七海の周りには頼れる相手は山ほどいる。

 

 わざわざ自分がやらなくても、誰かがお節介を焼くだろう。

 

 そう考えて、影浦はソファーに座り直した。

 

 

 

 

「…………そう。貴方はそういう選択をするのね、小夜子ちゃん」

 

 加古はROUND2の試合映像を見て、小夜子の意図を正確に察しそう呟いた。

 

 彼女の()()も分かるし、そもそもそれを小夜子に自覚させたのは他ならぬ加古本人だ。

 

 だが、加古は小夜子が選んだ()()を、険しい顔で受け止めた。

 

「確かに、B級上位に上がればこれまでのように点を荒稼ぎする事は難しくなる。だから、今回は問題を棚上げして点稼ぎに徹する事は間違いじゃない」

 

 けど、と加古は自分の懸念を、告げる。

 

「────次の試合には、東さんがいるのよ。東さんが彼の弱みを突かないってのは、悪いけど想像出来ないわね」

 

 

 

 

「ふー、終わった終わった。中々見応えのある試合だったなー」

「それに関しては否定しない。良い試合だった」

 

 ROUND2の解説を終え、帰路に着いた出水と奈良坂は共に本部の廊下を歩いていた。

 

 二人共向かう先は隊室であり、方向もそう変わらない為こうしてお喋りをしながら進んでいる。

 

 もっとも、奈良坂は基本的に自分からはあまり話そうとしないので、出水が話題提供を行っていたのだが。

 

「お、弾バカに奈良坂じゃねーか。解説聞いてたぜー」

 

 陽気な声でそんな二人に話しかけたのは、奈良坂と同じ『三輪隊』に所属する攻撃手、米屋陽介(よねやようすけ)

 

 米屋は親し気に手を振りながら、二人に絡み始めた。

 

「誰が弾バカだ、槍バカ」

「お前以外にいねーだろーがよ。それはともかく奈良坂、随分日浦ちゃんの事褒めてたじゃねーか。なんだかんだ弟子は可愛かったんだなー、お前」

「別に褒めたつもりはない。客観的な視点で評価をしただけだ」

 

 米屋のからかいに奈良坂は仏頂面でそう応じるが、その声は微妙に上擦っている。

 

 そんな彼の珍しい様子に、米屋は更に笑みを深くした。

 

「日浦ちゃん可愛いもんなー。お前の気持ちも分かるぜー」

「だから、そういうのじゃないと言っている。俺はあくまで、解説として然るべき仕事をしただけだ」

 

 解説の時の意外な程の饒舌ぶりは棚に上げ、奈良坂はむすっとしながらそう答える。

 

 とは言うものの、あの解説では奈良坂の日浦への可愛がり具合が一目瞭然であった。

 

 普段あまり喋らない奈良坂にしては妙に饒舌であったし、茜の事を評価する時も彼にしては有り得ないくらい気合いが入っていた。

 

 あれで()()()()()()と言うのは、中々に苦しいものがある。

 

「そういや、七海はお前の弟子だったよな」

 

 ひとしきり奈良坂をからかい終えた後、米屋は唐突に出水にそう話しかけた。

 

 いきなり話題を振られた出水はキョトンとした顔をしながら、米屋に尋ね返す。

 

「そうだが、それがどうかしたか?」

「お前さんの眼から見てどーよ。あいつは、B級上位でも通用すっか?」

「あいつが、B級上位でか」

 

 出水は米屋の予想外の質問にしばし頭を巡らせ、ゆっくりと告げる。

 

「…………少し厳しい、だろーな。対戦相手に二宮さんがいるってのもあるけど、何より東さんがいるのがやべえ」

 

 少なくとも、と出水は付け加えた。

 

「東さんが、七海の()()に気付いてねーとは思えねーんだよな。あの人、七海と同じで実戦だと容赦ないし」

 

 ROUND1の時、解説だった東は七海が、『那須隊』が取った戦術を的確に分析し、解説して見せた。

 

 それは裏を返せば『那須隊』の戦術の性質や弱みは理解しているという事であり、東の性格を考えても弱みを突かない、とはどうしても思えなかった。

 

「多分、次のROUNDで色々変わるぞ。良い意味でも、悪い意味でもな」

 

 出水はそう締め括り、米屋はふーん、と気のない様子で返事を告げる。

 

 彼の言葉が正しいかどうか分かるのは、まだ分からない。

 

 しかし確実に、その時は近付いていた。




 【痛みを識るもの】カバー裏風紹介

【ならさか】

『うちの子可愛い』

 師匠馬鹿一号。

 ROUND1で活躍する茜を見て居ても立ってもいられず、公的な場で「うちの子可愛い」がやりたいが為に解説を引き受けた。

 茜の解説だけ妙に饒舌だったのもその為で、茜の事を語り出すと割と止まらない。

 性格上正面から褒める事は不向きな為、人伝に今回の話が伝われば充分だと思っている。

 なんだかんだ弟子には甘いきのこヘアーの持ち主。

【あかね】

『子犬系狙撃手』

 本作で才能を開花させた中学生狙撃手。

 苦手な『イーグレット』や『アイビス』を扱う事を半ば放棄し、【ライトニング】一本の練度を高めた成長する狙撃手。

 その成長ぶりは師匠の奈良坂もほくほく顔で、皆もたくさん褒めてくれる為最近は割と毎日幸せ。

 転校フラグが立っていた気もするが、それを全力で過去形にする為現在奮闘中。

 【くま】

 『世話焼き姉御肌』

 隊の人間関係に日々苦悩する悩める攻撃手。

 七海加入で活躍の場は減ったものの求められる役割は悪くないと思っている為、那須と七海の関係に常に苦慮しながらなんだかんだで楽しくやっている。

 この世界線では迅さんのセクハラの被害は受けていない。

 理由は察して知るべし。

 【さよこ】

 『恋する引き籠り』

 かつて引き籠って塩昆布と水だけの生活を送っていたが、七海の存在を機に徐々に変わり始めている。

 引き籠りだが技術力は高く、非常に高いレベルで情報処理と献策を行っている。

 依然として引き籠りなのは変わっていないが、本人はそれでもいいと思っている。

 現在七海に片思い中。

 片思いのままこの想いは墓まで持っていくつもりであったが、加古の干渉によって揺らいでいる。

 ある意味今後のキーパーソンに成り得る重要キャラ。

 今ではカレーの作り置きが好物。

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