痛みを識るもの   作:デスイーター

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黒トリガー争奪戦⑨

「────────と、いうワケだ。思うところはあるだろうが、命令には従って貰うぞ」

 

 先日、風間隊室。

 

 そこで風間はチームメイトの菊地原と歌川相手に、今回の作戦の裏事情を話していた。

 

 歌川は黙って傾聴して頷き、そして。

 

 菊地原は、あからさまに険しい表情をしていた。

 

「…………風間さん。それ、七海が来るって本当?」

「ああ、十中八九来るだろう。あいつは、迅を慕っている。迅の頼みなら、断らないだろうからな」

「迅さんの頼み、ね…………」

 

 むすぅ、と菊地原は頬を膨らませた。

 

 七海の友人としては、今回の作戦に思うところは大いにある。

 

 彼自身は、派閥抗争なんてものはどうでもいい。

 

 勝手にやればいいと思うし、精々自分たちにお鉢が回って来た事を鬱陶しく思う程度だ。

 

 だが。

 

 七海を巻き込むのは、少々以上に腹立たしいというのが本音だ。

 

 菊地原が知る限り、七海はこういった組織間の策謀に適した性格ではない。

 

 色々とクレバーな面があるが、彼自身は平穏を好み騒乱を嫌う。

 

 影浦や太刀川(ししょうたち)の影響で戦う事自体は忌避するどころか好きな部類に入るが、進んで騒乱の中に足を踏み入れたい、というタイプではない。

 

 そのあたりが、戦えれば舞台は何処でも構わないという太刀川(せんとうきょう)との違いだ。

 

 そんな七海が、進んでこんな面倒な戦いに巻き込まれている。

 

 ハッキリ言って、この時点で菊地原の迅に対する心象は著しく下がっていた。

 

 迅にも事情があるのだろうが、菊地原の優先順位としては七海の方が圧倒的に上だ。

 

 菊地原は、七海の自己犠牲癖を知っている。

 

 あのラウンド3での騒動以降マシにはなったが、根本的な利他主義は治っていない。

 

 だからこそ、こうした形で無茶をさせる迅を好きになれる筈がなかった。

 

(…………まあ、言い出したのは七海の方なんだろうけどさ。ホントムカつく)

 

 だが、菊地原とて迅が七海に協力を強制したとまでは思っていない。

 

 七海の事だから、「迅さんの力になりたいんです」とでも言って自分を売り込んだのだろう。

 

 もしくは、予め迅に「何かあったら頼って下さい」とでも言っていたか。

 

 そのどちらかだ。

 

 癪だけど。

 

 本当に癪だけど、彼ならやると菊地原は確信していた。

 

 能力が優秀な分、有言実行出来るのがタチが悪いと菊地原は常々思っていた。

 

 けど。

 

 止めろ、なんて言って聞く相手ではない。

 

 七海は相手の意思は尊重するが、こうと決めた事は頑として譲らない意思の強さがある。

 

 その事自体は好ましく思っているが、何事にも限度というものがあるという事だ。

 

「不服か? ああは言ったが、望むなら作戦から外れても構わないぞ」

「いいえ、やりますよ。手抜きなんか一切しないんで、よろしくお願いします」

 

 だから、菊地原の答えは決まっていた。

 

 気に食わない。

 

 だけど、言って止まるような相手ではない。

 

 なら。

 

 実力行使(おはなし)するしかないだろう。

 

「…………いいのか?」

「何が?」

「お前、七海と仲良いだろ? あいつと敵対して、大丈夫か?」

「敵対じゃないし。ちょっとお灸を据えるだけだし」

 

 そもそもさ、と菊地原はジト目で告げる。

 

「あいつが色々抱え込みがちなのは分かってるのに、こんな事に巻き込んだ時点で全員同罪。だから手は抜かないし、七海と戦り合う事になったらキツめにお灸を据えてあげるんだから」

 

 そう話す菊地原の眼は、完璧に据わっていた。

 

 彼は常であれば指摘はすれど答えは言わないのだが、今回ばかりはどうやら怒髪天に来ているらしい。

 

 菊地原としては、「折角A級に上がったばっかの七海を何に巻き込んでくれてんの」といった感じで最初から激おこ案件なのだ。

 

 七海達那須隊がA級に上がった事を菊地原が内心で大喜びしていたのは、風間も歌川も知っている。

 

 那須隊のA級昇格以降あからさまに七海の事を話題に出す事が増えたし、嫌みばかり言いがちな菊地原にしては称賛の言葉がやけに多かった為、二人に対してはバレバレだった。

 

 そんな二人に生暖かい視線を送られ続けていた為、菊地原は内心悶々としていたそうだ。

 

 加えて、それからすぐに遠征に向かった為七海と碌に歓談する時間も取れず、帰って来てみればこの一件が持ち込まれたので遠征で蓄積したストレスが爆発したのだろう。

 

 表面上は静かだが、菊地原は完全にブチキレ状態だった。

 

 これは長引くな、と歌川は今後のフォローを考えて心の中でため息を吐いた。

 

 風間はそんな二人の様子を見て苦笑し、ただ一言口にした。

 

「なら、作戦では存分に働いて貰うぞ。ある程度の指示は出すが、細かい裁量は任せる。この際だ。お前のやりたいように、やってみろ」

 

 

 

 

(風間さんの許可は出た。だからこれはリベンジとかじゃなく、ただ厄介な駒を片付けるだけ。それだけだから)

 

 菊地原は副作用(みみ)を頼りに佐鳥を追いかけながら、思考の片隅で言い訳を口にしていた。

 

 七海が来る事は知っていたし、那須が出て来るのも予想の範疇ではあった。

 

 だが、嵐山隊が来た事は想定外であった。

 

 確かに、迅と嵐山は仲の良い友人同士と聞いている。

 

 しかし、こんな裏事情の絡む作戦に呼び寄せる程だとは思っていなかった。

 

 迅は七海と同じくなるべく自分の事情を他人を巻き込みたがらないタイプであると考えていたのだが、その認識は修正する必要がありそうである。

 

(七海の影響かな、多分。まあ、関係ないけど)

 

 菊地原にとって、迅悠一は良く分からない相手だった。

 

 副作用(サイドエフェクト)の影響により、菊地原は相手の心音を聴けば大体どんな性格の相手なのか予想する事が出来る。

 

 落ち着いた相手は心音が安定していて、テンション任せの相手ほど心音の乱れが激しい。

 

 そして、裏表のないタイプは心音が感情に合わせてきちんと上下していて、裏のあるタイプは感情と心音の上下が一致しない。

 

 裏のあるタイプというのは、表面上は笑っていても心音は普段通りの波風立たない状態のまま、というケースが多いのだ。

 

 代表的なのが犬飼であり、同じように相手の感情を副作用(サイドエフェクト)で察知出来る影浦が彼を嫌う理由も此処にある。

 

 菊地原自身も犬飼の事はあまり近付きたくないタイプだと考えており、影浦ほど露骨に嫌いはしないが避けてはいる。

 

 迅の場合は、心音は乱れまくっているのに表面上は常に平静という、痩せ我慢の究極系みたいな印象だった。

 

 普段から飄々とした笑みを浮かべている迅だが、そんな時でも彼の心音は極端に淡泊か激しく乱れているかのどちらかだった。

 

 加えて、そのどちらであってもその感情が一切表情に出て来ない。

 

 感情の制御が完璧であるとも言えるが、あんな心音をしておいて平静を演じる迅の事を不気味に思っていたのは事実である。

 

 そして。

 

 佐鳥は、そんな迅に近いタイプの心音(あいて)だった。

 

 普段から三枚目キャラで通している佐鳥だが、副作用(サイドエフェクト)で心音を聴ける菊地原からしてみればそれが演技である事はまる分かりだった。

 

 友人と馬鹿話をしたり、後輩の前でおどけたりしていても、佐鳥の心音は平静そのもの。

 

 犬飼と同レベルか或いはそれ以上に、自分の本音を誤魔化すのが得意な人間であると言えた。

 

 だからこそ、油断はしない。

 

 前回の試合の時も油断したワケではないが、距離を詰めた狙撃手に相打ちを取られた時点で負けたようなものだ。

 

 故に、今回は確実に落とす。

 

 反撃の余地を与えず、堅実な策で獲りに行く。

 

 三輪隊の狙撃手二人には、協力を要請した。

 

 菊地原は耳で相手の位置が分かるが、それに狙撃手による俯瞰視点が加わればより正確な情報を入手出来る。

 

 前回は、耳に頼り過ぎたが故に意識の陥穽を突かれ相打ちに持ち込まれた。

 

 ならば、今回は耳以外の()()も加えイレギュラーをなくす。

 

 先ほどはあそこで迎撃して来るという思い込みから逃げられてしまったが、このまま逃走など許しはしない。

 

 今は巧く死角を通って狙撃手の視界から隠れているようだが、そもそも菊地原にはその大まかな位置が拾えているのだ。

 

 途中で足を止めでもしない限り見失う事は有り得ないし、今足止めに来られるような相手の駒はいない。

 

 それに。

 

 こちらには、()()()()()()()()()()()

 

 相手の逃走経路が特定出来たら、その進行方向にスイッチボックスで先回りして仕留めるだけだ。

 

 その為には、正確な情報が要る。

 

 最低限、相手を視認出来る位置に出なければテレポーターで逃げられる可能性がある。

 

 故に、スイッチボックスはギリギリまで使わない。

 

 使うのは、狙撃手の報告を受けてから。

 

 そう決めて、菊地原は追走を継続した。

 

 

 

 

「あれは…………っ!」

 

 そして。

 

 菊地原から要請(オーダー)を受けた奈良坂は、スコープ越しに佐鳥の姿を捉える事に成功した。

 

 スコープの先、家々の隙間。

 

 その向こう側に、たなびくバッグワームが見える。

 

 見えたのは一瞬であった為顔までは見えなかったが、菊地原から提供された位置情報から考えれば佐鳥である事に間違いはない。

 

 奈良坂はそう確信して、通信を繋いだ。

 

「菊地原、佐鳥を視認した。座標の情報を送る」

 

 

 

 

「よし…………っ!」

 

 菊地原は奈良坂から送られた位置情報と自分の耳が捉えた音源が一致している事を確認し、即座にスイッチボックスを起動。

 

 一瞬の浮遊感の後、目的の場所へと転移する。

 

 そして。

 

 バッグワームをたなびかせて路地を走る、佐鳥の姿を視認した。

 

(見つけた。今度は逃がさない)

 

 菊地原は音を立てずに静かにカメレオンを起動し、自らの姿を隠す。

 

 まだ、佐鳥はこちらの詳細な位置には気付いていない。

 

 気付かれれば、テレポーターで逃げられる。

 

 カメレオンを起動した為レーダーには映っているだろうが、レーダーの情報だけでは大まかな位置しか分からない。

 

 足音や移動痕等から居場所を推察する事は出来るだろうが、それらの痕跡をなるだけ減らす技術は風間ほどではないが修めている。

 

 無音暗殺術(サイレントキリング)

 

 そう呼んで差し支えない技術を以て、あのふざけた狙撃手を打倒する。

 

 油断はしない。

 

 見落としもない。

 

 佐鳥の一挙手一投足を見逃さないよう注視しながら、音もなくその背に忍び寄る。

 

 そして、至近まで接近。

 

 その無防備な背に、スコーピオンを振り下ろした。

 

「え…………?」

 

 だが。

 

 その刃は、振り下ろされる前に腕ごと吹き飛ばされた。

 

 上空。

 

 真上から放たれた、銃撃によって。

 

 頭上に見えたのは、一人の少年。

 

 アサルトライフルを構えた、時枝の姿。

 

 此処にいる筈のない、嵐山と共に七海の援軍に向かっている筈の少年だった。

 

 嵐山の移動経路は射線を切る為に大きく迂回している為、菊地原の副作用(サイドエフェクト)の効果範囲には入っていない。

 

 それは同時に、テレポーターを用いたとしても一瞬で移動出来る距離ではない事を意味している。

 

 だから、彼が此処にいるのはどう考えてもおかしい。

 

 そもそも、二人は話によればレーダーに映っていた筈だ。

 

 故に、何か動きがあれば三輪隊の狙撃手達から連絡が来るだろう。

 

 そう考えていた菊地原だが、現に時枝はこの場に現れた。

 

 このカラクリの、正体は。

 

「まさか…………っ!」

 

 

 

 

(ダミービーコンだ…………っ! レーダーに映ってるのは、嵐山隊じゃない…………っ!)

「…………っ! 古寺…………っ! レーダーは囮だ…………っ!?」

 

 菊地原の慌てた様子の通信に一瞬で事態を理解した奈良坂は、古寺に呼びかけた。

 

 ダミービーコン。

 

 その菊地原の一言で奈良坂は現状の危険性を把握した。

 

 先ほどから、嵐山隊の監視は古寺に任せている。

 

 建物の影に隠れて視認は出来ないがレーダーにはきちんと映っている、という報告も聞いていた。

 

 だが。

 

 もし、レーダーに映っていたのが嵐山達でなければ。

 

 前提は、全てがひっくり返る。

 

 この場所からは狙撃を行っていない為位置がバレていない筈、とは考えない。

 

 明らかに、佐鳥はこちらの動きを読み切っていた。

 

 菊地原は奈良坂の報告を受け、即座に佐鳥を落としに行った。

 

 つまりそれは。

 

 佐鳥を狙撃手(じぶんたち)が見た()()()()()を、教えてしまっている事と同義だ。

 

 それだけ、とは思わない。

 

 佐鳥は、優秀な狙撃手だ。

 

 故に、どの位置からなら現時点の自分が視認出来るかの計算など、即座に行える筈だ。

 

「が…………っ!?」

 

 視線の先で、反応が間に合わずに嵐山の銃撃を浴びた古寺が、その証拠だった。

 

 奈良坂は舌打ちしつつ、間一髪でスイッチボックスを起動。

 

 銃撃がこちらに向く前に、その場から離れる事に成功した。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 その耳に。

 

 仲間の脱落を告げる機械音声を、耳にしながら。

 

 

 

 

「まあ、流石にこうなるか」

 

 時枝は空中で、頭部を吹き飛ばされていた。

 

 撃ったのは、無論奈良坂。

 

 彼はスイッチボックスでの転移を用いて狙撃位置に着き、時枝が地面に降りる前にその額を撃ち抜いた。

 

 時枝は咄嗟に頭部を集中シールドで守っていたが、それをすり抜けるように放たれた一射は一撃で彼に致命傷を与えていた。

 

 勝ち逃げは許さない。

 

 そう、言外に叩きつけられたかのような鮮やかな狙撃だった。

 

「ごめんね佐鳥、嵐山さん。先に落ちます」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 時枝の戦闘体が崩壊し、光となって消え失せる。

 

 それを見届けながら、既に致命傷を負った菊地原は舌打ちする。

 

 先ほどの時枝の銃撃で、菊地原は腕だけではなく全身が穴だらけになっていた。

 

 最早、戦闘続行は不可能。

 

 佐鳥は既にテレポーターを用いて距離を空けており、どう考えても手が届く前に脱落する。

 

 完全敗北。

 

 そう言って差し支えない、結末と言えた。

 

「やってくれたね。最初から、僕を嵌めるつもりだったってワケ」

「きくっちーはある意味一番厄介な駒だからねー。このくらい、必要経費さ」

「誰がきくっちーだよこの野郎」

 

 菊地原はそのあだ名で自分を呼ぶかつてのオペレーターを想起しながら、ため息を吐いた。

 

 色々と覚悟を決めて挑んだだけに、この結果は情けない。

 

 というより、色々ムカついた。

 

 こんな事なら、素直に七海か迅に向かっていれば良かったか、と一瞬思うが後の祭りだ。

 

 ダミービーコンなんていう手でまんまと騙された事もそうだが、それを予想出来なかった自分に腹が立つ。

 

 そもそも、嵐山隊が新たなトリガーの使用に抵抗がないのはあの試合で分かっていた筈だ。

 

 有用と考えれば、どんなトリガーでも戦術に組み込んでいく。

 

 その柔軟性が、あの部隊の厄介な所だというのに。

 

 それを、失念していた。

 

 恐らく、嵐山達は射線から隠れた後でダミービーコンを起動。

 

 テレポーターをタイムラグを置きながら繰り返し使用して場所を移動し、こちらの攻撃に合わせて転移して奇襲を実行した。

 

 種を明かせば簡単だが、それにまんまとやられたのが悔し過ぎる。

 

 借りを返すどころか、大きな借りが出来てしまったようだ。

 

「ホント、ムカつく。ムカつくついでに、一つ伝言しとくよ」

「なになに? 伝えられる事なら伝えとくけど」

 

 飄々とした様子で、しかし真面目に聞いている事が分かった菊地原はジロリとそんな彼を見ながら伝言を託す。

 

「じゃあ、迅さんに言っといて────────七海の事、ちゃんと責任持たなきゃ許さないって」

「了解。伝えとくよ」

「忘れないでよ」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 その宣告を最後に、菊地原のトリオン体が崩壊し消え失せる。

 

 天に上った光の柱を見ながら佐鳥はため息を吐き、その場を後にした。

 

 伝言は確かに受け取ったと、そう小さく呟いて。

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