痛みを識るもの   作:デスイーター

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黒トリガー争奪戦⑩

 

(菊地原と古寺がやられた。俺は嵐山さんの抑えを継続する。すまないが、そちらの援護は難しいだろう)

(分かった。そっちを頼む)

 

 奈良坂からの報告を受け、三輪は内心で舌打ちする。

 

 誰に責任があるか、なんて事は今問うべき事ではない。

 

 必要なのは、現状の正確な把握と今後の展望。

 

 それを、三輪は七海と睨み合いながら思案する。

 

(状況は────────落ちた向こうの駒が木虎、時枝。こっちの脱落者は香取、菊地原、古寺か。加えて歌川が足を失い動けない。最初の人数差があっても、少し厳しい戦況か)

 

 当初、戦闘開始時の両チームの駒の数は自分たちが太刀川隊、冬島隊、風間隊、三輪隊に香取を加えた合計12名。

 

 冬島は戦闘要員として換算しない為、実質11名である。 

 

 対して、迅の側は迅本人と嵐山隊、そして七海と那須を加えた計7名。

 

 現在は自分たちが三人削られ8名となり、うち一人は移動不可。

 

 向こうが二名脱落で5名となり、数字の上ではまだこちらが有利である。

 

 だが、問題は現在生き残っている向こうの人員に目立ったダメージがない事だ。

 

 大一番である迅との戦闘は歌川の負傷以外は三輪の所まで情報は来ていないが、未だ戦闘が続いているという事は無傷で凌いでいる可能性が高い。

 

 迅という特機戦力はそれだけの地力があるし、三輪もその実力だけは認めている。

 

 あの影浦ですら迅には勝てなかったのだから、実力を低く見積もれるワケがない。

 

 好悪の情はともかく、その力の程を理解出来ないほど三輪は愚かではないのだから。

 

 那須と出水も未だに戦闘が続いている以上目立ったダメージはないだろうし嵐山はまだ手傷を与えてはいないと報告は受けている。

 

 佐鳥も無傷のままであるし、七海もまた痛打を与えてはいない。

 

 先ほどから七海は、徹底して遅延戦術を用いていた。

 

 奇しくも香取や木虎と同じように、深くは踏み込まずヒット&アウェイで応戦を続けている。

 

 七海は、三輪の鉛弾と米屋の幻踊弧月を警戒している。

 

 鉛弾は言うまでもなく、七海に対する切り札(ジョーカー)だ。

 

 ダメージを発生させずにデメリット効果のみを付加する鉛弾(レッドバレット)は、七海の副作用(サイドエフェクト)の感知対象外だ。

 

 故に、鉛弾は七海に対する真正の()()()()として作用する。

 

 加えて、三輪のそれは通常の鉛弾とは異なり、A級特権の改造トリガーで片枠で撃てるようになっている。

 

 鉛弾の持つ最大のデメリットであった両攻撃(フルアタック)でなければ使用出来ないという制限が外れている以上、いつ何時撃って来るか分かったものではないのだ。

 

 もう一つのデメリットである弾速や射程の減少も、三輪の技術でカバーしている。

 

 迂闊に攻め込めば鉛弾を撃ち込まれて詰みの状況に持ち込まれるし、下手に近接戦を仕掛けても三輪の格闘技術はかなりのものだ。

 

 スコーピオンを扱う七海は本来であれば弧月使い相手には懐に飛び込んだ方が有利なのだが、鉛弾の存在が安易な接近を許さない。

 

 加えて、彼にはサポートの名手である米屋がいる。

 

 米屋は太刀川と同じ戦闘狂(バトルジャンキー)だが、その本質は部隊のサポーターだ。

 

 個人技もそうだが連携能力も図抜けて高く、攻撃手としてはかなり広い視野を持っている。

 

 攻撃手は、その性質上目の前の相手に集中して戦うタイプが多い。

 

 指示は基本的にチームのブレインに任せ、自分は与えられた役割をこなす事に注力する。

 

 生駒隊の生駒や南沢はこのタイプであり、生駒はある程度指揮が出来る柔軟性もあるが南沢は典型的な()()()()()()タイプだ。

 

 連携も行えるがそれはあくまで指示を与えられた場合であり、基本は目の前の相手との戦いに集中する。

 

 相手に合わせる事は出来るが、自分から動きを考える事は苦手なタイプだ。

 

 対して、米屋は連携戦術を組み上げる能力が非常に高い。

 

 戦場全体を俯瞰して見る事が出来、最終的な勝利の為ならその場の勝利に拘らないクレバーさがある。

 

 勝利の為に必要とあらば、自分の犠牲を前提とした戦術すらも躊躇いなく実行する。

 

 そういった()()が、米屋にはあるのだ。

 

 それを理解しているからこそ、七海は無理をしない。

 

 確かに、三輪に関して思うところは色々ある。

 

 直接決着を付けたいというのも、嘘ではない。

 

 だが、それは無理をして自分一人で三輪を倒すという意味ではない。

 

 ()()()戦術的な勝利を手にして、そこから言うべき事を告げる。

 

 要は、七海は決着には拘っているがその()()には頓着していない。

 

 最優先事項は迅の依頼の遂行であり、三輪への個人的な思惑は二の次だ。

 

 七海の思惑はともかく、その作戦方針は三輪も察している。

 

 だからこそ、三輪は攻めあぐねていたと言える。

 

 確かに、七海は遅延を主眼として動きを構築している。

 

 だがそれは、裏を返せば迂闊に踏み込めばたちまち反撃に移れる迎撃(カウンター)の構えをしているという意味でもある。

 

 鉛弾は、確かに七海の副作用(サイドエフェクト)をすり抜ける事が出来る。

 

 しかし、それは必ず当てられる、という事とイコールではない。

 

 幾ら改造トリガーとはいえ、鉛弾の弾速自体はそこまで速くはないし、そもそも直線軌道でしか飛ばないのだから銃口の向きにさえ注意していれば回避は出来る。

 

 それこそ荒船がやったように至近距離で撃ち込むならば回避は困難であるが、そんな事は七海とて百も承知だ。

 

 最悪、手足に鉛弾を撃ち込まれたとしてもそれを斬り落としてスコーピオンで四肢を補填するという手段もある。

 

 鉛弾はあくまで重石を与えるトリガーであり、実際に七海がやったように重石の付けられた個所を斬り落とせばその影響は排除出来る。

 

 当然四肢が欠損すれば戦闘力はがた落ちするが、スコーピオンを扱う七海はそれを補填する用意がある。

 

 つまり、鉛弾を撃ち込まれる覚悟で接近して相打ちを取られる可能性もあるのだ。

 

 そういった経緯もあり、双方に目立ったダメージがないまま戦闘が長引いてしまっている。

 

 恐らく、七海の思惑通りに。

 

 長期戦になれば、七海のトリオン強者としての特性が優位に生きて来る。

 

 七海のトリオン評価値は、10。

 

 今回の戦闘の参加者の中では、出水に次ぐトリオン量である。

 

 対して、三輪は6で米屋は4。

 

 彼等二人分のトリオンの合計が、即ち七海のトリオン量なのだ。

 

 二対一で相手をしている為消耗は七海の方が大きいだろうが、それでもこのまま膠着状態が続けば七海に形勢が傾く可能性が高い。

 

 故に、現状を変える必要があった。

 

(奈良坂の援護は期待出来ない。最悪のケースは、嵐山さんが此処に駆けつけてしまう事。古寺を仕留める為に移動したからすぐに来れる距離にはいないが、向こうにはテレポーターがある。油断は禁物だ)

 

 嵐山は古寺を落とす為に、テレポーターを繰り返し用いて彼らの所まで赴いた。

 

 当然この場所からは離れており、テレポーターを使っても一息で来れる距離ではない。

 

 だが、向こうにダミービーコンがあるとなればレーダーの情報は当てにならない。

 

 ダミービーコンの動きは良く見れば機械的なので動いていれば判別は出来るが、逆に言えば動かなければ判別は出来ない。

 

 その場にダミービーコンを残したままテレポーターで転移すれば、こちらのレーダーにはその場から動かない反応だけが映る。

 

 レーダーに移動後の反応がなかった事からバッグワームと併用してテレポーターを使ったと考えられるので、ダミービーコンの起動者は恐らく佐鳥だろう。

 

 彼もまた冬島のように、戦闘が始まる前に予めダミービーコンを仕掛けていたに違いない。

 

 嵐山達はその仕掛け場所まで赴き、それを利用したワケだ。

 

 佐鳥がダミービーコンを使ったという記録はこれまでにないが、そもそも彼は東と同じ最初期の狙撃手である。

 

 東が得意とするダミービーコンの使用法も、相応に見ていたに違いない。

 

 佐鳥の動きは、旧東隊の一員だった三輪から見ても東の影を感じるには充分なものだった。

 

 故に、奈良坂は嵐山と佐鳥の牽制を続けて貰わなければならない。

 

 テレポーターを持つあの二人が自由になれば、理屈の上では何処へでも援軍に駆けつける事が出来てしまうのだから。

 

(となると、この場面ですべき行動は────────)

 

 三輪はしばし逡巡し、作戦を固めた。

 

 そして彼にその作戦を聞いた米屋は、静かに頷く。

 

(それっきゃねぇな。けど、都合良く行くと思うか?)

(それならそれで、対応するだけだ。どちらにしろ、無理に仕掛けるよりは効率的だからな)

 

 だから、と三輪は続ける。

 

(迅の方に向かう素振りを見せて、七海に追いかけさせる。追いかけて来なければ、そのまま向こうに加勢するだけだ)

 

 

 

 

(成る程、そう来るか)

 

 七海は背を向けて駆け出す三輪達を見て、すぐにその意図に気が付いた。

 

 彼等が向かう先には、迅が太刀川達と戦っている場所がある。

 

 このまま放置すれば、迅は三輪隊を加えた三部隊に囲まれる事になってしまう。

 

 流石の迅といえど、その状況では勝つ事は難しい筈だ。

 

 故に、七海は三輪を追いかけざるを得ない。

 

 彼等を、迅の所に向かわせるワケにはいかないからだ。

 

 そうなると自然、無理をするのは七海の方になる。

 

 深く踏み込まなければ、恐らく三輪達は逃走を優先するだろう。

 

 つまりこれは、七海に自ら踏み込ませる為の作戦。

 

 分かっていても避けようがない、堅実な策と言えた。

 

 その行動に、七海は。

 

 笑みを、浮かべた。

 

 

 

 

「来たか…………っ!」

 

 三輪はグラスホッパーを用いて自分たちの頭上に跳躍した七海を見て、銃を構え引き金を引いた。

 

 射出した弾丸は、変化弾(バイパー)

 

 複雑な軌道を描く弾丸が、上空の七海を包囲せんと迫る。

 

「旋空弧月」

 

 同時に、米屋は旋空を起動。

 

 二連撃の拡張斬撃が、十字の形を描いて七海に襲い掛かる。

 

 七海はそれを、グラスホッパーの連続起動で回避。

 

 ジグザグな軌道を描きながら、空中を疾駆する。

 

 恐らく、このまま上空から隙を見て炸裂弾(メテオラ)を撃ちその爆破に紛れて奇襲するつもりだろう。

 

 三輪はいつ爆撃が来ても対応出来るように銃を構え、そして。

 

 七海は地上に向かって、短刀型のスコーピオンを投げつけた。

 

 

 

 

「追い詰めたぜ────────なんて、言うワケねーだろ」

 

 一方、迅は太刀川と斬り合いながら放棄区域の家屋の車庫で彼と対峙していた。

 

 先ほどまでは歌川からの射撃援護があったが、流石に両足が斬られたダメージは軽くはなかったらしくトリオン漏出で緊急脱出(リタイア)

 

 此処にいるのは、迅と太刀川、風間のみ。

 

 しかし、優勢なのは太刀川達だった。

 

 太刀川は、徹底して接近戦を選択。

 

 それを未来視が効き難いカメレオンを使う風間が連携して援護し、二対一の接近戦────────しかも相手はボーダーでもトップクラスの実力者二人がかりによる攻勢により、迅は防戦を強いられていた。

 

「狭いトコに引き込んで遠隔斬撃で迎撃する気だろうが、そうはいかねぇよ。タネは、割れてんだからよ」

「参ったなぁ。対策ばっちりってやつか」

 

 何より、風刃の力を太刀川に知られているのが痛かった。

 

 もし、風刃の性能を知らなければ太刀川達は車庫に踏み込み、迅が仕掛けた罠に嵌まっていただろう。

 

 だが、太刀川は風刃の────────遠隔斬撃の使い方を、映像で見ている。

 

 故に、狭所での戦闘が悪手であると、理解しているのだ。

 

 ()()斬撃という言葉に騙されそうになるが、迅の風刃の能力はスコーピオンの拡大発展版に近い。

 

 速度と射程が尋常ではないだけで、複雑な地形でこそ真価を発揮する類の能力である事は言うまでもない。

 

 風刃を持った迅を相手にするなら、七海達が最終試験でやったように開けた場所で戦うのが一番なのだ。

 

 故に、踏み込みはしない。

 

 太刀川は旋空の発射態勢を取り、風間はいつ迅が動いても良いように身構えた。

 

 このまま旋空で家屋を両断し、迅をこちらに引きずり出す。

 

 家屋の下敷きになれば動きが鈍る事は避けられない為、こちらに出て来るしかないのだ。

 

 故に、出て来たところを二人がかりで斬りかかる。

 

 もしくは、旋空で動きを制限して風間が追い詰める。

 

 どちらであっても、この場で詰ませる。

 

 決める。

 

 そう決意し、太刀川は旋空を発射する。

 

「────────」

 

 その、直前。

 

 迅が風刃を振るい、二筋の風の刃が飛び出した。

 

「…………!」

「おっと、そう来るか…………っ!」

 

 太刀川は旋空を中断し、その場から退避。

 

 風間も同様に即座に全力回避を行い、斬撃を躱す。

 

(そうだ。詰めを避ける為には、遠隔斬撃を浪費せざるを得ない。だったら、このまま全弾撃ち尽くさせて弾切れになったところを仕留めてやる)

 

 そう、この展開も太刀川は可能性の一つとして考えていた。

 

 あの場所から太刀川達を迎撃するには、遠隔斬撃を使うしかない。

 

 だが、見えている奇襲など恐るるに足りない。

 

 幾ら遠隔斬撃のスピードが速くとも、正面から来る攻撃ならば初見でなければどうとでもなる。

 

 これで、風刃の残弾は残り六本。

 

 それを全て撃ち尽くせば、再装填(リロード)の隙が出来る。

 

 遠隔斬撃がなくなれば、風刃はただのブレードに過ぎない。

 

 そうなれば、こちらの勝ち。

 

 太刀川は、勝利を確信した。

 

(────────いや待て、なんで今の斬撃は俺たちに向かって()()()()()()()()?)

 

 その瞬間、一つの違和感に気付く。

 

 風刃による遠隔斬撃は、見た目としてはもぐら爪(モールクロー)に近い。

 

 今の攻撃が自分たちを狙ったものならば、地面から()()()()()いなければおかしいのだ。

 

 それは、つまり。

 

 今の遠隔斬撃は、()()()()()()()()()()()()()()()()という事。

 

 それが、意味する事は。

 

「────────っ!」

 

 そして、気付く。

 

 遠隔斬撃、その向かう先に。

 

 家屋の塀の影に設置された、一つの()()()()()()()()がある事に。

 

「あれは…………っ!」

 

 

 

 

 七海の投擲したスコーピオンを、三輪は難なく回避する。

 

 死角からの不意打ちならばまだしも、見えている場所からの投擲など避ける事はワケもない。

 

 七海のような機動力特化型の相手に立ち止まるのは危険である為、投擲を弾くのではなく躱す選択をした。

 

 それは、普通であれば手堅い選択だ。

 

 スピード特化の相手は、一瞬の隙を逃さない強かさがある。

 

 少しでも隙を見せればそこを突かれるのだから、堅実な手を選ぶのは当然だ。

 

「おい待てあれは…………っ!」

 

 だが。

 

 もし、そんな三輪の堅実な性格を考慮していたのならば。

 

 そこに、意識の陥穽を突く為の罠を仕掛けるのは必然である。

 

 七海が投擲した、スコーピオン。

 

 その向かう先には、一つのトリオンキューブが。

 

 ()()()()()()が、設置されていた。

 

「迅さんに倣って、こう言いましょう────────予測、確定です」

「…………っ!!」

 

 瞬間。

 

 スコーピオンが/遠隔斬撃が

 

 メテオラのキューブに着弾し、起爆。

 

 戦場の二ヵ所で、同時に爆発が巻き起こった。


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