『奈良坂くん。米屋くんが緊急脱出したわ。うちの隊で残っているのは、貴方と三輪くんだけよ』
奈良坂の下に、オペレーターの月見から報告が届く。
とは言っても、先程の爆発は彼にも見えていた。
その後の緊急脱出の光も目視していたので誰かが落ちた事は分かっていたのだが────────改めて言葉にされて、現状を再確認する。
この戦闘が始まった時、自分たちと相手の間には明確な
その数の優位を、此処に来て完全にひっくり返されている。
こちらの残る駒は自分と三輪、出水と太刀川の4人。
対して相手の駒は嵐山と佐鳥、七海と那須、迅の5人。
既に人数はあちらが上回っており、最早どう転ぶか分からない状態だ。
(当真さんと風間さんが落ちたのが痛過ぎるな。本当に、嫌なところを狙って来る)
味方の中でも特に痛打だったのは、冷静で状況判断に優れる風間とスイッチボックスの扱いに長けた当真が落ちている事だ。
特に当真は早期に落とされており、そのお陰で冬島のスイッチボックスを十全に使いこなせているとは言い難い。
スイッチボックスを効率的に使えるのは、言うまでもなく狙撃手だ。
テレポーターと異なり連続使用のタイムラグはないが、その代わりに始点と終点が固定されている為相手に転移場所が看破されれば一転して自らを危険に晒す諸刃の剣となる。
だが、狙撃手はそもそも近付かれた時点で
詰みなので、そんな事は今更だ。
それよりも、狙撃場所を瞬時に移動出来るというメリットが遥かに大きい。
基本は一度撃てばそれで仕事終了な事が多い狙撃手でも、このスイッチボックスがあれば継続的に姿を晦ましつつ何度でも不意打ちの狙撃を実行出来る。
その戦闘方法に最も優れていたのが普段からそれを使い慣れている当真であり、彼と違い基本をトコトンまで突き詰めた奈良坂では彼ほど使いこなせてはいない。
それでも嵐山から逃げると同時に転移直後の狙撃を成功させつつ再度逃走した手腕は流石と言えるが、あれは時枝が空中にいたから出来た事だ。
地に足が付いている状態では回避という選択肢も出来てしまい、更に固定シールドと集中シールドの重ね掛けという方法もある。
菊地原を確実に仕留める為に空中に転移した隙を狙わなければ、時枝を確殺する事は難しかっただろう。
「了解した。三輪は?」
『今、七海君と一騎打ちを始めたわね。介入する?』
「いや、駄目だな。ほんの少しでも、佐鳥を自由にするワケにはいかない。そんな真似をすれば、俺が落とされて終わりだ」
そして。
古寺が脱落し、狙撃手が自分一人になった今。
嵐山と佐鳥の二人から、一瞬たりとも目を離す事が出来ない。
先ほど、嵐山隊はダミービーコンを使った陽動を用いた戦術を使用し、自分たちはそれにまんまと嵌まってしまった。
現在佐鳥と嵐山は固まって移動しており、隙を突いて狙撃で仕留めるのはまず無理だろう。
普通の相手ならば固まっていたところで各個撃破するだけだが、相手には佐鳥がいる。
邪道を向きながらも正道の技術も極限まで鍛え上げている彼は、狙撃手の思考を熟知している。
故に、少しでも隙を見せればすかさずそこを突くか────────もしくは、それを放置して他の戦闘に介入するか。
佐鳥なら、そのくらいはやる。
故に、監視に手は抜けない。
他の戦場に介入する好機を捨ててでも、この戦況で彼を自由にするワケにはいかないのだ。
(余計な介入だけはさせない。それが、今の俺に出来る最善だ。だから三輪、お前は思う存分やると良い。ぶつからなければ、分からない事もあるからな)
先手を打ったのは、三輪。
彼はホルスターから拳銃を抜き放ち、三連射。
サイドエフェクトで読み取った軌道からそれがバイパーであると確信した七海は、防御ではなく回避を選択。
グラスホッパーを展開し、それを踏み込む。
「そこだ」
「…………!」
だが、三輪のバイパーはピンポイントでそのグラスホッパーを撃ち抜いた。
恐らく、七海の動きを読んでグラスホッパーの出現場所を推測し、一発だけ七海に当たらない軌道でバイパーを撃ったのだろう。
七海の
それを利用した一手だが、三輪はその戦闘経験と観察眼により七海の動きを正確に予測し、的確な攻撃に繋げたのだ。
七海は確かに回避能力が高いが、あまりにも回避の精度が高過ぎるが故に無軌道な回避よりもある程度軌道の予想がし易いのだ。
彼はサイドエフェクトで得られる情報を元に、戦場での動きを綿密な
無駄な動きの存在しないその回避は弾幕の雨の中でも突っ切れる精度を誇るが、至近距離の鍔迫り合いではどうしても回避の幅に限度があるのだ。
これが空中などであればまた話は別なのだが、今彼がいるのは地上だ。
しかも三輪ほどの使い手相手に迂闊に背を向けるワケにもいかない為、近距離での戦闘を強いられている。
右腕に
つくづく、米屋は良い仕事をしてくれた。
彼が作った隙がなければ、この場の戦闘は別の展開を辿っていた筈なのだから。
「────────!」
ジャンプ台が使用出来なくなった七海は、止むなくシールドを展開。
バイパーの弾丸を、シールドで受け止めた。
当然、シールドで防御したからには一瞬動きが止まる。
それは。
三輪にとって、千載一遇の好機であった。
「────────」
ホルスターを換装し、
狙いを定め、躊躇いなく引き金を引く。
鉛弾は、シールドを透過する特殊弾頭だ。
防ぐにはトリオンに依らない物理的な障害物を用いる他なく、現在のように身動き出来ないよう固めた相手にとっては防御不能の攻撃として作用する。
腕や足を狙っても、その個所ごと斬り落とされれば重石は外れる。
当然その分動きに制限がかかるが、七海はランク戦では四肢の殆どを失った状態でもスコーピオンを用いて強引に戦闘を続行した事がある。
故に、狙うのは胴体。
流石にそこに重石を叩き込まれれば斬り落とす事は出来ず、動きが取れなくなって終わりだ。
三輪は、戦いを長引かせる気は一切なかった。
形式上は1対1の決闘のように見えるが、生憎彼には太刀川のように戦いを楽しむ気など一切ない。
戦闘はあくまでも目的を達成する為の手段に過ぎず、戦術に感傷が挟まる余地などない。
トリオン量の差という懸念点がある上に、時間をかければ嵐山隊の介入という芽も出て来る以上、短期決戦以外に選択肢はない。
三輪は、七海を決して侮らない。
その実力は昇格試験を直で見ていたからこそ評価しているし、A級に昇格した今となっては格下だなどとは口が裂けても言えない。
(負けるワケにはいかない。迅の奴に、好きにさせてたまるか…………っ!)
その原動力が、迅への
堅実に勝利を手繰り寄せ、逃げ手を封じて相手を追い込む。
片腕がなく、充分な距離を取れていないこの瞬間は最大のチャンスなのだ。
米屋が生き残っていればより効率的に行えたのだが、今の状況を作れたのも彼のお陰である。
その事には素直に感謝し、そして。
三輪は、一歩を踏み込み鉛弾を撃ち放った。
正直、関わりたくない。
それが、七海の三輪への第一印象だった。
初対面からぶしつけに質問をしてきて、自身の慕う迅を悪しように言う。
この時点で、七海の三輪への心証は最悪だったと言って良い。
確かに彼と自分は四年前の大規模侵攻で姉を失ったという共通点があるが、だからといって妙な同族意識を持たれるのは勘弁だ。
自分は彼ほど復讐にのめり込む気にはならないし、迅を嫌うなど以ての外だ。
だけど。
同時に、無視出来ない自分がいるのも事実だった。
だって、三輪は自分の鏡なのだ。
もし、四年前の自分に大切な者も頼る者も、誰もいなかったら。
そんな
自分には、
けれど、三輪には誰もいなかった。
だからこそ、彼は復讐にのめり込むしかなかったのだろう。
それしか、自分を保つ方法が分からなかったから。
もし。
もし、彼と同じ境遇だったなら。
彼と同じ選択をしなかったとは、言い切れない。
そういう意味で、無視出来ない相手である事は事実だった。
一応昇格試験の時にはすっかり落ち着いていたので、これなら話をするくらいは大丈夫か、と考えてもいた。
しかし、遊真の件によって彼の根本が何も変わっていない事を思い知らされた。
つまるところ、彼は近界民と迅。
そのどちらかが関われば、二重人格の如く感情が制御出来なくなるのだ。
今回は、その両方が関わっている。
正直に言って、理性を保てているのが奇跡とも言える。
しかし、そのお陰で今の彼は戦闘の判断はともかく迅が絡んだ事柄に対しては思い込みのみで動くようになってしまっている。
こうである筈だという/こうであって欲しいという。
自分の、
つまり三輪は迅の絡んでいるというただそれだけで、悪意的な解釈しか出来なくなっているというワケだ。
今まではそれでもその想いを行動に移す事はなかったのだが、今回は近界民という彼にとってのもう一つの地雷まで関わっていて大義名分が出来てしまったからこその、暴走状態とも言える。
(だからこそ、負けるワケにはいかない。彼の想いに、正面から
現在の三輪は戦闘に関する思考こそ研ぎ澄まされてはいるが、逆に言えばそれ以外の思考はほぼ完全に凝り固まっている。
声高に叫んだところで、今の彼には何も聞こえないだろう。
だから。
まずは戦闘を終結させ、意識に冷や水を浴びせてから思う存分
その為に、この戦いの勝利が必要となる。
三輪が、短期決戦を狙って来る事は分かっていた。
そうしなければ遠慮なく長期戦に切り替えるつもりであったが、流石にそこまで温い事はしてくれなかった。
流石は、A級部隊の隊長と言える。
七海を追い詰める手腕に関しても、驚嘆の一言だ。
彼は
七海に同じ事をやれと言われても、相当に困難であろう。
それだけ、三輪の技量は高いのだ。
だが。
一つ、七海に優位な点がある。
それは。
三輪が七海と直接矛を交えるのが、これが初めてだという事だ。
当然それは七海も同じ事が言えるのだが、加えて言えば。
三輪は、七海の交友関係を知らない。
影浦や太刀川の弟子、というくらいは耳に入っているかもしれないが。
少々コミュニケーションが苦手な部類である彼に、七海が誰と親しいか、などという情報が入って来る筈もない。
村上は、良く個人ランク戦をしているので繋がりを辿れるかもしれない。
だが。
彼自身が狙撃手に転向してからランク戦の回数が減った為、ランク戦のブースで会う事は数える程しかない。
それでも元マスタークラス攻撃手だけあってそれなりにブースにはいるのだが、完璧万能手を量産したいという目標を持つ彼はより多種多様の戦闘経験を求めており、同じ相手とばかり戦う、という事は殆どない。
同じ相手とばかり戦っていたら変な癖が付きかねない、というのが彼の持論でもある為、なんら不思議な事でもない。
強くなりたいのに、特定の相手の対抗策ばかり考えるようになっては本末転倒なのであながち間違ってもいない。
だからこそ。
七海が、荒船に対し。
三輪がランク戦ブースに赴くのは大抵米屋の呼び出しであり、彼自身はランク戦はあまり熱心な方ではない。
だからこそ、気付けなかった。
七海が。
鉛弾の対策を用意して、この場に臨んだ事を。
「────────!?」
三輪の
重石が出現し、対象に重量の負荷をかけ落下させる。
そう。
七海の掲げた、スコーピオンの
荒船に鉛弾を装填しトリオン量を弄った上でライトニングで狙撃して貰い、それに対抗するという訓練。
その中で七海は、鉛弾を手持ちの札の中で防ぐ為には。
スコーピオンを利用するのが一番早いと、思い至ったのである。
ちなみに、この訓練方法のアイディアを出したのはユズルだ。
荒船に鉛弾を撃って貰うという方法は思いついたものの、素の鉛弾では遅過ぎて訓練には向かないのだ。
ラウンド2でも荒船は至近距離での鍔迫り合いから確実に当てるチャンスを狙って撃っており、逆に言えばそこまでしなければ鉛弾を当てる事は難しい。
素の回避能力だけで避けていても何の意味もない為、二人は行き詰っていた。
しかし、そこに助言をしたのがユズルである。
彼はどうやらかつての師である鳩原から鉛弾の活用方法のアイディアを聴いていたらしく、それを試してみてはどうか、と言ってくれたのだ。
結果としてトリオンを二宮レベルまで挙げる調整を行った上で鉛弾ライトニングを用いる事で、効率的な訓練を行う事が出来た。
その試行錯誤を重ねた結果が、このブレードによる防御である。
三輪は、七海はこの局面ならメテオラを目晦ましにして逃げるか、強引にグラスホッパーで回避するかの二択であると考えていた。
彼はランク戦のログは見ていたが、生憎七海が直接鉛弾を扱う相手との対戦は荒船以外にいなかった。
鉛弾はそもそも使い手が非常に少なく、それに対する対策も碌に研究されてはいない。
そもそも三輪の改造トリガーという特殊な事例を除き、鉛弾は低弾速と
基本的に鉛弾相手には回避して反撃するのが常套手段である為、誰も鉛弾を
カメレオンと違いそれを主戦術にした部隊もいない為、研究される機会がなかったのだ。
だからこそ。
三輪は、想定外の出来事に一瞬動揺した。
無論、動揺は一瞬。
刹那の間に、思考を取り戻しはした。
だが。
その一瞬は。
目の前に迫った七海相手には、致命的に過ぎた。
「────────」
「く、そ…………っ!」
七海のスコーピオンが────────否。
マンティスが振るわれ、三輪の両腕が斬り落とされる。
弧月と銃手トリガーを武器とする三輪にとって、両腕の欠損は戦闘能力の喪失を意味する。
此処に。
悲劇を背負った二人の少年の戦いの、決着が着いた。