痛みを識るもの   作:デスイーター

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太刀川慶⑤

 

「────────!」

「────────!」

 

 互いに無言。

 

 しかし、その笑みは好戦的なそれで。

 

 迅と太刀川は、心底楽しそうに各々のブレードを振り抜いた。

 

 響く、金属音。

 

 太刀川の右腕の弧月と、迅の風刃のブレードがぶつかり合う。

 

 これは、ほんの小手調べ。

 

 格闘技で言う、牽制(ジャブ)のようなもの。

 

 だが、二人の間に牽制は一度で充分。

 

 剣のぶつかった勢いを利用して互いに身体を捻り、再度一撃を加える。

 

 迅は、上段から振り下ろすように。

 

 太刀川は、下から突き上げるように。

 

 ブレードを振るい、それが交差する。

 

 その、直前。

 

「旋空弧月」

「────────!」

 

 太刀川が旋空を起動────────否。

 

 起動する振りをしながら、左の弧月を引き抜き一閃。

 

 僅かに反応が遅れた迅は辛うじて身体を捻ってその斬撃を回避するが、続け様の一撃が迅の腕を僅かに掠る。

 

 未来視を持つ迅に、陽動(フェイク)は通用しない────────などというのは、間違いだ。

 

 確かに、予め作戦を立てた上で実行した陽動であれば迅はそれを読み切って対応するだろう。

 

 だが。

 

 極限戦闘の中、土壇場での機転。

 

 それを用いたフェイクであれば、迅の処理能力を僅かながら圧迫する効果が見込めるのだ。

 

 迅は戦闘時、相手の取り得る複数の未来を()()並列して視ている。

 

 そして、その選択肢(ルート)は相手の選択次第で幾らでも枝分かれする。

 

 たとえるならば、未来の情報が映し出された無数の監視カメラの映像を流し見ながら戦闘を行っている状態に等しい。

 

 一つ一つを詳しく見る暇はないし、映し出された未来の映像の中から必要な情報を瞬時に取捨選択する観察力と判断力が必要となる。

 

 その上で、相手の取り得る選択肢が一つ増えるごとに迅の処理能力は確実に圧迫されていく。

 

 複数人相手であればその情報圧迫は加速度的に上昇し、かなり厳しい戦いを強いられるワケだ。

 

 見なければならない映像(カメラ)の数が増えれば増えるほど、迅の負担は上がっていくのだから。

 

 だが、それでも迅が太刀川と風間隊相手に奮闘出来ていたのは、彼の経験と二部隊の布陣の問題だ。

 

 出水を欠いた太刀川と風間隊は、その全員が近接戦闘員だ。

 

 その為、同時に仕掛けるには限度があり、風間達の居場所を炙り出してしまう危険があるい為太刀川も無暗に旋空を連射するワケにはいかなかった。

 

 迅はそれを利用して器用に立ち回り、風間隊の二人を仕留めるに至ったワケである。

 

 本物の戦場を渡り歩いた頃の迅にとって、多対一は日常だった。

 

 故に対集団の戦法も無数に心得ており、地形や罠を利用した戦術も当然の如く利用した。

 

 そして、迅には太刀川達にはない利点があった。

 

 それは、太刀川達は何かを仕込んだ上の奇襲は未来視で読まれる為スイッチボックスを仕込む程度しか行えなかったが────────迅の場合は、そんな枷はなかったという事だ。

 

 迅は最初から、あの置きメテオラを利用して風間を仕留めるつもりだった。

 

 多対一の戦場に置いては、風間のような判断力に優れたブレインが最も厄介な存在となる。

 

 太刀川も指揮能力はかなり高いレベルで保持しているが、本人の資質が風間の方がより集団戦に向いている。

 

 その為、迅が勝利を確保する為には大前提として風間を排除しなければならなかった。

 

 作戦を実行するにあたり菊地原の存在が一番問題(ネック)ではあったが、迅は彼や当真が佐鳥を高く評価していた事を知っていた。

 

 だからこそ、佐鳥を表に出せば菊地原が釣れると考え、狙撃を実行させたワケだ。

 

 無論、これは過小評価ではない。

 

 佐鳥が油断ならない曲者なのは事実だし、戦術レベルも表面上からは読み取れないがかなりのものだ。

 

 狙撃技術も天才(へんたい)の域であり、彼を放置するという選択は有り得ないだろう。

 

 だからこそ、迅はそれを利用した。

 

 過大評価をさせる、というワケではない。

 

 ただ、佐鳥の存在感を敢えてアピールするように立ち回る事で、意図的に彼に敵の視線を集中させる。

 

 迅は、佐鳥にそのように要請(オーダー)した。

 

 結果として、佐鳥は己の役割を完璧にやり遂げたと言って良い。

 

 厄介極まりなかった当真を早々に落とし、生きた捜索網(ソナー)である菊地原も嵌め殺した。

 

 更に奈良坂の抑えまでこなしてくれているのだから、文句の付け所がない。

 

 佐鳥と嵐山はこのまま奈良坂と睨み合って終わりだろうが、此処で相手の狙撃手に自由(フリー)になられるワケにはいかないので妥当なところだ。

 

 ともあれ、現時点で迅と太刀川に介入出来る戦力の当てはないと言って良い。

 

 故に第三者の不意打ちはもう心配せずとも良く、加えて言えば味方に配慮する必要ももう無い。

 

 此処から先に必要なのは、純粋な地力と機転のみ。

 

 もう隠し玉と言えるようなものはなく、純粋にどう読み勝つかの勝負になる。

 

 故に、少しでも処理能力に負荷を与えて迅の動きを鈍らせる事こそが最適解。

 

 この一騎打ちにおける、正道。

 

 それが、太刀川の地力による正面突破であるワケだ。

 

(風刃の残弾は、残り4本。もう半分を切ってるが、一発一発が即死に繋がりかねねぇから注意を割くしかないな。至近距離でも撃てるってのは、さっき風間さんが証明してくれたし)

 

 空中であれば大丈夫、至近距離ならば大丈夫。

 

 そんな過信は、即座に敗北に直結する。

 

 それを、風間は身を以て証明してくれたのだ。

 

 流石に、同じたたらを踏むワケにはいかない。

 

 至近距離での鍔迫り合いは、先程風間がやられたように遠隔斬撃の不意打ちで殺される恐れがある。

 

 かといって距離を取れば迅は地形を利用して詰めに入って来るだろうし、有利な場所に移動される恐れもあるので論外。

 

 故に。

 

(ここは、七海の真似をしてみっかね)

 

 太刀川は、グラスホッパーを起動。

 

 それを踏み込んで跳躍し、空中に躍り出ると同時に旋空を放つ。

 

「────────!」

 

 地面に向かって放たれた旋空をサイドステップで回避しながら、迅は次の攻撃に備えた。

 

 これで終わり、などという甘い考えは抱いていない。

 

 太刀川は、彼の好敵手は。

 

 戦闘に限って言えば、これ以上なく真摯なのだから。

 

「旋空弧月」

 

 迅は旋空を撃った反動を利用して身体を捻り、二撃目の旋空を発射。

 

 それが迅に避けられたと同時に、グラスホッパーを展開。

 

 ジャンプ台の加速を得て迅の側面に回り込み、更に旋空を一閃。

 

 空中を駆け回りながら、旋空弧月の連射を開始した。

 

(太刀川さん、七海の事好き過ぎでしょ)

 

 それは、奇しくも七海が得意とする空中戦。

 

 彼の場合は旋空ではなく炸裂弾(メテオラ)やスコーピオンの投擲を用いているが、太刀川はそれを自分の技術でアレンジしてしまったのだ。

 

 言うまでもなく、グラスホッパーで移動しながら旋空を連打するなど正気の沙汰ではない。

 

 そもそも、旋空自体扱いの難しいトリガーだ。

 

 旋空は厳密に言えば斬撃を飛ばしているのではなく瞬間的にブレードを拡張────────つまり刃を巨大化させている為、足場のない空中で使っても狙いを定める事はおろかバランスを崩すのがオチだ。

 

 だが。

 

 太刀川は持ち前の技術と戦闘勘により、その問題点を正面から突破した。

 

 即ち、潜在能力(ポテンシャル)による技術の解放。

 

 これまでが精々戦場への移動と戦闘補助に僅かに使用するのみだったグラスホッパーを本格的に利用した、空中戦術の解禁。

 

 それを用いて、太刀川は迅相手への一方的な攻勢を実現していた。

 

 付け焼刃、と呼ぶにはレベルが高過ぎる。

 

 恐らく、これまで七海の動きを見て来た過程において見稽古の要領でその技術を模倣したのだろう。

 

 その程度の芸当、迅との一騎打ちでテンションの上がった太刀川にとっては造作もない。

 

 村上のように一発で習得するとまではいかないが、それならそれで鍛錬を積み重ねれば良いだけの話。

 

 それに、土壇場での火事場の馬鹿力というのは案外馬鹿に出来ない。

 

 気持ちだけで勝敗が決まる事はないが、想いが強ければそれだけ成功する確率は上がる。

 

 モチベーションというのは、決して無視出来るものではないのだから。

 

(かといって、これだけで迅を倒せるなんて思っちゃいない。時間を稼いだら他が援軍に来るかもしれねーから、長期戦って手はないな)

 

 本音を言えばいつまでも戦っていたいところだが、それで負けてはお話にならない。

 

 派閥抗争云々はどうでも良いが、これまで待ち望み続けて来た迅との戦いなのだ。

 

 横槍での幕切れなど、流石に看過出来ない。

 

 かといって、緩慢に同じ事を繰り返していれば時間切れでこちらの負けだ。

 

 確かに空中には迅の風刃も届かないが、旋空の連射だけで迅が倒れる事などない。

 

 旋空の連射と言えば聞こえは良いが、そもそもその旋空自体が大振りの攻撃に属するものだ。

 

 相手の攻撃を許さずに攻撃を続けられる利点はあるが、この距離からの旋空を回避する事自体は迅にしてみれば容易だ。

 

 無論疲労感の蓄積はあるだろうが、戦場で精神を文字通り苛め抜いた迅が早々に弱音を吐く事など有り得ない。

 

 故に、何処かで仕掛けるしかない。

 

(けど、二度もチャンスはねーだろーな。次の一手で、勝負が決まるな)

 

 このまま終わる事など有り得ない事は、迅とて承知している筈。

 

 故に、彼は待っているのだ。

 

 太刀川から仕掛ける、その一瞬を。

 

 誘いに乗るようで癪ではあるが、それに乗る以外に勝機がない事も事実。

 

 太刀川は覚悟を決め、迅の姿を凝視した。

 

 

 

 

(来るな)

 

 空気が、ひりつくのを感じる。

 

 太刀川の戦意に呼応して、空気が震えている。

 

 その情動の漏れを、未熟とは思わない。

 

 場合によっては闘気による威圧は敵の精神を委縮させる効果があるし、これほどまでに濃密な殺気であれば仕掛けるタイミングをある程度誤魔化す事が出来る。

 

 もっとも、迅はこれが太刀川なりの白手袋であると理解していた。

 

 次で決める、勝負だ。

 

 そんな無言の挑発(メッセージ)が、この闘気には付随していた。

 

 知らず、心が震える。

 

 再戦を楽しみにしていたのは、何も太刀川だけではない。

 

 迅もまた、好敵手との戦いを待ち望んでいた。

 

 自分の思惑に巻き込む形になったのは申し訳ないが、この機を逃せば次はいつになるか分かったものではない。

 

 それに、細かい事を気にする太刀川ではない。

 

 迅と、全力で戦える。

 

 それだけが、彼の至上なのだから。

 

 そして、それは迅も同じだ。

 

 お蔵入りになってしまった勝負に、決着を着けたい。

 

 その想いを抱えていたのは、迅とて同じなのだから。

 

(来なよ、太刀川さん。勝つのは、俺だ)

 

 

 

 

 迅の殺気が、肌に刺さる。

 

 太刀川に影浦のような副作用(サイドエフェクト)はないが、それでも理解出来る程濃密な殺気が肌を刺す感覚が伝わって来る。

 

 これは恐らく、太刀川の挑発(メッセージ)の返礼。

 

 受けて立つという、迅の無言の宣戦布告。

 

 それを理解した瞬間、太刀川の心が歓喜に満ち溢れた。

 

 必ず、目の前の好敵手に勝利する。

 

 その意気込みを刃に乗せ、太刀川は刃を振り抜いた。

 

「────────旋空、弧月」

 

 旋空弧月。

 

 ()()

 

 二刀の弧月を用いた、連続拡張斬撃。

 

 それを、最高速度で実行した。

 

 迅に迫る、四筋の斬撃。

 

 それは刃の檻となり、確実に迅を囲い殺す為の必殺。

 

 隙間の殆どない四連撃同時攻撃が、迅を襲う。

 

「────────」

 

 だが、迅はそれすらを躱す。

 

 四連同時、とは言うが────────その実態は、()()()()()()()()()()()()()()

 

 次の斬撃を繰り出すまでのタイムラグが殆ど0に近い為に、四連同時攻撃に見えているだけだ。

 

 故に。

 

 全くの同時でなければ、抜ける隙間はある。

 

 コンマ0.1秒の刹那。

 

 その間に生じた僅かな斬撃の隙間を縫うように、迅は的確に身体を捻り回避。

 

 斬撃の檻を、無傷のまま抜け出した。

 

 それは、どれ程絶技か。

 

 迅の副作用(サイドエフェクト)で未来の映像が見えるとはいえ、視覚を介する以上七海のように被弾範囲が正確に感知出来るワケではない。

 

 つまり、正確に被弾しない動きを見せたのは単純な迅の洞察力と戦闘勘の賜物。

 

 経験と地力。

 

 それを駆使した、正面突破。

 

 死線踏破者の技量は、太刀川の猛攻を当然の如く潜り抜ける。

 

「────────」

「────────!」

 

 だからこそ。

 

 これで終わり、などという事はない。

 

 太刀川の斬撃は、迅には掠る事なく通り抜けた。

 

 だがそれは、空を切ったワケではない。

 

 その背後。

 

 迅の背にしていた家屋を、真ん中から両断した。

 

 最初から、太刀川は迅本人を狙っていたのではない。

 

 否────────土壇場で、狙いを切り替えたのだ。

 

 迅本人を狙う太刀筋から、背後の建物を狙う太刀筋へと。

 

 予め想定していた策であれば未来視に読まれる確率が高いが、土壇場での判断切り替えであれば読み遅れ生じさせる事が出来る。

 

 それを利用し、太刀川は自らの勘を信じて標的変更を即断。

 

 地形崩しの一撃を、此処に成立させた。

 

 迅に向かった崩れ落ちる、両断された家屋。

 

 正確に迅の方へ倒れるように切り口を計算されたそれは、大質量を以て迅の頭上へ落下する。

 

 同時に、太刀川はグラスホッパーを用いて迅の正面へ移動。

 

 瓦礫が降り注ぐ迅に向かって、再び旋空弧月を撃ち放った。

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