痛みを識るもの   作:デスイーター

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太刀川慶⑥

 

 頭上から迫る崩れた家屋、正面から襲い来る旋空弧月。

 

 迅は、太刀川の作り上げた死地へと追いやられていた。

 

 太刀川の旋空はバツ印を描くような軌道で繰り出されており、回避するには跳躍する他ない。

 

 だが、迅の頭上には旋空によって切り崩された家屋が迫っている。

 

 その倒壊に巻き込まれれば身動きが取れなくなり、そうなれば敗北は必至。

 

 かといって、横に逃げるような隙間は無い。

 

 太刀川との距離が近過ぎる為、旋空の射程外へ逃げる事も不可能。

 

 かといって、跳躍を挟んで太刀川に近付けば旋空の追撃を回避出来ない。

 

 逃げ場のない死地。

 

 そう表現するに相応しい、必殺の刃の檻。

 

 太刀川の編み出した、この場での最適解。

 

 それを。

 

「────────!」

 

 迅は。

 

 ()()()()()()()()()()()()()、旋空の斬撃は空を切った。

 

 太刀川によって切り崩された家屋は、家である以上()()がある。

 

 巨大質量の塊ではあるが、その内部には部屋が────────即ち、()()があるのだ。

 

 迅は切断された家屋の断面からその内部へ飛び込み、難を逃れたワケである。

 

(そう来たか…………っ! けど迅、そいつは悪手だ)

 

 確かに、太刀川の斬撃を回避するにはこの状況ではそれしかないだろう。

 

 前後左右への逃げが封じられている以上、上へ逃げるより他はない。

 

 だが。

 

 家屋という名の箱に、自ら閉じ籠もった事実に変わりはない。

 

 故に。

 

「────────旋空弧月」

 

 家屋ごと、旋空で両断するだけの話。

 

 迅の隠れている場所は目視は出来ないが、崩れ落ちる最中の家屋で一ヵ所に留まり続けられる筈がない。

 

 常に中を移動し、こちらの隙を伺っている筈だ。

 

 ならば、やる事は一つ。

 

 家屋を微塵に斬り裂き、中にいる迅を仕留めれば良いだけの話。

 

 まずは、旋空の二連撃で家屋を四つに裂く。

 

 そこまで斬り裂けば流石に迅の姿も見えるだろうから、そこを叩く。

 

 強引で大雑把なやり方だが、迅相手に緻密な戦術は読まれ易くなるだけだ。

 

 ならば、少し雑な程度で丁度良い。

 

 それで生じる隙は、地力を以て強引に埋めれば良いのだから。

 

 それが出来るだけの力はあると、自負はある。

 

 確かに、迅は強い。

 

 だが、自分が彼に劣っているとは思わない。

 

 彼には未来視という絶大なアドバンテージがあるが、同時にそれが彼の枷である事も理解している。

 

 少なくとも自分はそのような力を欲しいと思った事はないし、この剣さえあれば後はどうとでもなる。

 

 国近(ゲーマー)風に言えば、「縛りプレイも楽しい」というやつだ。

 

 意味を理解しているワケではないが、まあ大体同じような内容だろうと太刀川は雑念を打ち切った。

 

 この一撃で迅が仕留められればそれで良し。

 

 しかし、それは有り得ないだろうと太刀川は見ていた。

 

 何故なら────────。

 

「…………ッ! 来たな…………っ!」

 

 ────────彼の好敵手(ライバル)は、座して死を待つような軟弱さとは程遠い男だからだ。

 

 迅は太刀川の旋空が直撃する前に、窓を破って家屋から脱出。

 

 そのまま、崩れ落ちる家屋を足場に太刀川に向かって斬りかかる。

 

 旋空を撃つには、間合いが近過ぎる。

 

 回避するには遅いし、そもそもするつもりもない。

 

「────────!」

「────────!」

 

 太刀川が選んだのは、真正面からの迎撃。

 

 グラスホッパーを踏み込み、自ら迅に斬りかかる。

 

 響く金属音。

 

 空中で、迅の風刃と太刀川の弧月がぶつかりあった。

 

「ぐ…………っ!?」

 

 同時。

 

 太刀川の蹴りが、迅の腹部を蹴り飛ばした。

 

 ただの蹴りではない。

 

 グラスホッパーを足にぶつける事で加速を得た、充分な威力を伴った蹴撃。

 

 奇しくも────────否。

 

 太刀川がその目で見た、七海が最終ROUNDで影浦に致命を与えたグラスホッパーを利用した一撃。

 

 その模倣であり、太刀川なりの利用法だ。

 

 当然、スコーピオンを用いていない以上トリオン体そのものにダメージはない。

 

 だが。

 

 相手を吹き飛ばすには、充分な一撃だ。

 

 蹴り飛ばされた迅は崩れ落ちる家屋の下へ飛ばされ、結果として迅は逃げ場のない空中で無防備を晒す事になる。

 

 そして、その隙を逃す太刀川ではない。

 

「終わりだ」

 

 万感の想いを込めて、太刀川は旋空を撃ち放つ。

 

 決して避けられないように、グラスホッパーを用いて接近しながら。

 

 致死の一撃を、撃ち放った。

 

 

 

 

 迅悠一にとって、太刀川慶の第一印象は「忍田の弟子」でありそれ以上でもそれ以下でもなかった。

 

 その頃の迅は逃避(もくてき)以外の何にも興味を持っておらず、ただ「最善の未来」という呪い(ねがい)を目指して行動していた。

 

 彼の見た未来で利用価値のある者を厳選し、自らの望みに沿うようさりげなく誘導する。

 

 何か致命的な問題が起きそうなら、未来視を駆使して先んじてそれを解決する。

 

 逆に問題を乗り越える事が将来的に必要な過程(コスト)であるなら、敢えてそれを放置し試練を与える。

 

 それを、ひたすら繰り返していた。

 

 そんな中、何度も執拗に自分をランク戦に誘ってくる太刀川の存在は少々厄介だった。

 

 迅本人の実力は今後の未来に置いてさして重要ではなく、また大抵の相手には勝てる性能(スペック)があった為に個人ランク戦をそこまで重要視していなかった、という側面もある。

 

 組織全体の地力を上げる事に躍起になっていた迅だったが、逆に彼個人の実力を上げる事には興味がなかった。

 

 というよりも、「どうせ自分に勝てる奴なんて早々いない」という無意識の傲慢(ていかん)があった事は否定出来ない。

 

 迅が想起する「勝てない相手」というのは最上や忍田といったいわゆる最上位の人間であり、それらの者達を特別視する迅にとって他の実力者は精々がどんぐりの背比べにしか見えていなかった。

 

 それだけ迅にとって旧ボーダーの面々は特別な相手であり、それ以外の人間をある種軽視していた事は事実だ。

 

 その事に、彼本人が気付いていなかったとしても。

 

 執拗にランク戦に誘って来る太刀川を、「無謀な奴」と見下していた事は事実だった。

 

 だから、忍田経由でランク戦の誘いを受けるように頼まれた時も、一度思い知らせてやればいいか、程度の気持ちだった。

 

 どうせ、自分の未来視(ちから)を知った時点で離れていくに決まっている。

 

 自分から見れば欲しくもなかった力だが、他者から見れば妬みや崇敬の対象らしい。

 

 この力を持っている事を知った人間は、一様に彼から距離を取っていた。

 

 そんなバカげた力を持つ奴なんかと、関わり合いたくないとか言って。

 

 卑怯(チート)だ、狡い、反則だ。

 

 投げかけられた罵声は、多過ぎて思い出せない。

 

 だから、今回も自分の力を知れば身の程を知って離れていくだろう。

 

 そんな傲慢(かんがえ)で、太刀川の相手を引き受けた。

 

 10本勝負で始めた初戦は、迅の完勝。

 

 何の面白みもない、乾いた勝利だった。

 

 確かに、太刀川の実力は他とは頭一つ以上に図抜けていた。

 

 正面から戦えば、勝てる相手はそうはいないだろう。

 

 だが、迅には未来視があった。

 

 相手の行動を常に先に識る事が出来るのだから、後はその情報を元に詰め将棋の要領で完封するだけ。

 

 太刀川の地力が高かった為にある程度念入りにやったが、違いといえばその程度。

 

 後は能力の開帳(ネタバラシ)をして、それで終わりだ。

 

 未来視の事を知って勝負を投げ出すならば、それで良し。

 

 諦めず向かって来るようなら、何度でも叩き伏せれば良いだけ。

 

 そう考えて二戦目に挑む前に太刀川に未来視の事を話し、そして。

 

 太刀川は、「そうか」とだけ言ってすぐに二戦目を挑んで来た。

 

 頭が悪そうだったから理解出来なかったか、と思いつつ二戦目を始めた迅だったが、その試合での太刀川の動きは一戦目とは打って変わって慎重だった。

 

 こちらを探るような眼で見据えながら、手を変え品を変え攻めて来た。

 

 それでいて決して無理はせず、追い詰めるまでそれなりに時間がかかった。

 

 そして。

 

 その試合は勝つ事は出来たが、それと引き換えに迅の腕に一撃が加えられた。

 

 最後の最後。

 

 トドメを刺す瞬間に、太刀川の反撃が迅の腕に当たったのだ。

 

 その瞬間の驚きは、今でも覚えている。

 

 傷を付けられた事など、いつ以来だろうか。

 

 普通のランク戦は数える程度しかやらなかったが、彼を傷付けられる者はいなかった。

 

 大規模侵攻の時も問題だったのは相手の規模と数だけで、戦闘そのものに苦戦はしなかった。

 

 それ以前の近界を渡り歩いていた時には当然幾らでも窮地を経験したが、未来視の扱いに慣れて腕を磨いて以降はまともに苦戦する事はなかった。

 

 きっと、その時だろう。

 

 迅が初めて、太刀川に興味を抱いたのは。

 

 もしかして、こいつなら。

 

 そんな考えが、頭の片隅に浮かんだ事は否定出来ない。

 

 同時に、どうせ無駄だと、冷めた目で見ている意識(じぶん)がいた事も事実だった。

 

 だから、試した。

 

 そうして迎えた三戦目もまた、楽勝とはいかなかった。

 

 一合ごとにこちらの動きに合わせ、意表を突かれる事も何度かあった。

 

 それでも、三戦目は迅の勝利に終わった。

 

 矢張り駄目か、と諦観が過った。

 

 良い線は行っていたが、此処までだろう。

 

 そんな考えが、脳裏に浮かぶ。

 

 けれど。

 

 四戦目。

 

 そこで、太刀川は迅相手に遂に白星を勝ち取った。

 

 その時、迅の胸に沸き上がったのは歓喜と────────そして、燃え盛る闘志だった。

 

 誓って、手を抜いてはいなかった。

 

 なのに、負けた。

 

 久方ぶりに感じる、敗北の悔しさ。

 

 そして。

 

 自分の予想(よち)を上回ってくれた、太刀川への期待。

 

 それが、迅の闘志に火を点けた。

 

 知らず、笑みが浮かんだ。

 

 ブレードを握る手に力が籠もり、視界がクリアになっていく。

 

 そこからは、夢のような時間だったと言って良い。

 

 勝ち星自体は、迅が上だった。

 

 だけど、太刀川は楽には勝たせてくれなかった。

 

 一戦ごとに動きが良くなっていき、最後には互角の勝負を演じるまでに至った。

 

 最終的な勝ち数は3:7で迅の勝利であったが、そも迅相手に三つも勝ち星を取った時点で快挙と言って良かった。

 

 この時点で迅は太刀川を好敵手と認め、それまで遠ざかっていたランク戦にのめり込んだ。

 

 それから風刃を正式に手にするまで、太刀川と繰り返し戦った。

 

 最初は迅の方が勝ち星が多かったが、やがて太刀川の方が圧倒するようになった。

 

 そんな太刀川に勝ちたくて、スコーピオンを開発してからは五分の勝負が続いた。

 

 未だ呪い(ねがい)に囚われていた迅であったが、太刀川と戦う時だけは目の前の戦いに集中する事でそれを忘れる事が出来た。

 

 けれど。

 

 風刃の所有者を正式に決めるという話になった時、猶予期間(モラトリアム)は終わりを告げたのだと理解した。

 

 師の形見である黒トリガーを手放す事など、断じて許容出来ない。

 

 だから、所有者を決める戦いに参加するのは当然で、勝つ事もまた必然だった。

 

 その時、試合を見ていた太刀川の眼を今でも覚えている。

 

 あの時の、彼の寂しそうな眼は忘れられない。

 

 ついぞ、決着を着ける事が出来なかった。

 

 その心残りは、常に迅の中にあった。

 

 だけど今、その決着を着ける舞台が整った。

 

 頼りになる友人達のお陰で、自分はこうして太刀川との戦いに集中する事が出来ている。

 

 その事に感謝し、迅は自分に迫る太刀川を見た。

 

 彼の眼は、笑っている。

 

 心底楽しい。

 

 そんな感情を、隠す事なく曝け出している。

 

 出来る事なら、いつまでも戦っていたい。

 

 そう思っているのは、きっと自分だけではないだろう。

 

 だが、勝負とは決着が着いて然るべきもの。

 

 この戦いの決着は、自分の手で付けたかった。

 

 時間を稼げば、きっと自分が勝つだろう。

 

 元より、迅の適正は集団戦だ。

 

 他者を効率的に使う術は、誰よりも心得ている。

 

 一人でも援軍が来れば、それでカタがつく。

 

 だけど。

 

 迅は、この一騎打ちは自分の手で終わらせたかった。

 

 それが、自分の我が儘である事は理解している。

 

 そんな事に拘って勝率を下げるなど、以前の迅であれば決してやらなかっただろう。

 

 だけど。

 

 これは、感情の問題だ。

 

 そも、この戦い自体迅や城戸の感情(エゴ)から始まったものだ。

 

 ならば、やり方に感情を挟んでも今更だ。

 

 そう開き直り、迅は。

 

 ニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。

 

「はい、予測確定」

 

 

 

 

「な…………っ!?」

 

 その時、太刀川は驚愕に目を見開いた。

 

 旋空を放とうとした、自分の両腕。

 

 それが、頭上から出現した風の刃によって斬り裂かれた。

 

 その攻撃が。

 

 風刃の遠隔斬撃が降って来たのは、頭上の家屋。

 

 その内部から突然、風の刃が突き出て太刀川の両腕を切断したのだ。

 

(そういう、事か…………っ!)

 

 太刀川は、何が起きたかを理解した。

 

 迅が家屋に飛び込んだのは、単に旋空を避ける為ではなかった。

 

 全ては、この為。

 

 このタイミングで太刀川を仕留める為、家屋の内部に遠隔斬撃を()()()為だったのだ。

 

 恐らく、迅は未来視でこの光景を視ていた。

 

 数多く存在する選択肢(ルート)の中から最適なものを選び出し、その未来(みち)に沿って戦術を組み上げた。

 

 今この瞬間、迅に迫る太刀川を確殺する為に。

 

 これが先ほどのように自分の身体を利用した斬撃であれば、既にそれを目にしていた太刀川には避けられてしまっただろう。

 

 だが。

 

 家屋の中に遠隔斬撃を仕込むという手法は、太刀川の意表を突くには充分だった。

 

 弧月しか攻撃手段のない太刀川は、両腕を失った時点で戦闘能力を喪失している。

 

 つまり、これで勝敗は決した。

 

 太刀川は破れ、迅が勝者となる。

 

「────────ッ!!」

「────────ッ!?」

 

 その未来(おわり)に、太刀川は異を唱えた。

 

 腕と共に落下する自身の弧月の柄を、彼は()()()()()

 

 口に弧月を咥えた太刀川は、グラスホッパーを踏み込み跳躍。

 

 驚愕を露にする迅に、最後の一撃を叩き込んだ。

 

「────────く、そ…………っ!」

 

 けれど、刃は届かず。

 

 先ほどの意趣返しとばかりに迅に顎を蹴り飛ばされた太刀川は弧月を弾き飛ばされ、そのまま胸を風刃によって貫かれた。

 

 紛れもない、致命傷。

 

 太刀川の二振りの弧月は地面に落下し、もう武器はない。

 

 今度こそ、決着は着いたのだ。

 

 迅の、勝利によって。

 

「ったく、負けちまったか。最後は、良い線行ってたと思うんだけどな」

「びっくりしたよ。香取ちゃんのあれを経験してなきゃ、やられてたかな」

「あいつの所為か。お前にそう言われるまで成長したって事は、喜んでやるべきかね」

 

 太刀川は例の試合を思い返し、笑みを浮かべる。

 

 昇格試験の最中、香取は四肢がもがれた状態で尚も諦めずに迅に突貫し、彼はそれを退けている。

 

 ラウンド4の試合では散々香取をこき下ろした太刀川であったが、迅に此処まで言わせるまでに成長した彼女の事を思い、苦笑した。

 

「それに、七海ならあの場面でも諦めないと思ってね。ホント、変なトコだけ似るんだからさ」

「成る程な。確かに、七海でもやるわな。そりゃ分かるワケだ」

 

 太刀川は迅の言葉に反論せず、ため息を吐いた。

 

 負けた事は、悔しい。

 

 だけど、不思議と充足感があった。

 

 数年越しの決着を、ようやく着ける事が出来た。

 

 その事が、彼の心の翳りを取り去っていた。

 

 だから、言う事は一つ。

 

「次は、負けねえよ」

「こっちも、負けるつもりはないよ。このまま、勝ち越してみせるさ」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 これで終わらせはしない。

 

 そう願って、再戦の約束を口にした。

 

 その言葉を最後に、トリオン体が限界を迎える。

 

 身体は崩れ、太刀川は光の柱となって消え去った。

 

 黒トリガー争奪戦。

 

 その終わりを告げる、狼煙となって。

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