痛みを識るもの   作:デスイーター

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三輪秀次④

『出水くん、太刀川さんやられちゃった』

 

 オペレーターの国近から、出水に太刀川敗北の報が伝わる。

 

 依然として那須との弾幕戦を継続していた出水はそれを聞き、溜め息を吐いた。

 

「そっか。迅さんは?」

『まだ生きてるよー。惜しいトコまで行ったみたいだけどねー』

「ちなみに三輪は?」

『生きてはいるけど、両腕なくして戦闘不能。あと、奈良坂さんは嵐山さん達と睨みあい中だよ』

 

 成る程、と出水は戦況を聴きこりゃ終わりだな、と判断を下した。

 

 迅が太刀川と相打ちになっていればまだ芽があったが、健在である以上すぐにでも出水を排除しにかかるに違いない。

 

 那須と本気で戦いながら迅の横槍が来るとなれば、出水に抗する手段はない。

 

 そして出水が落とされれば那須が自由(フリー)になり、奈良坂が詰められて終わりだ。

 

 幾通りか戦術パターンを吟味していたが、いずれにしても勝ちの芽が0から動かない。

 

 少しでも可能性があるならば継戦しても良かったのだが、太刀川という迅の抑え役がいなくなった以上逆転の手は無い。

 

 捨て鉢になったのではなく、物理的にどうしようもないのだ。

 

 太刀川が落ちて三輪も戦闘不能になった以上、前衛が一人もいなくなった。

 

 そして、前衛がいない以上迅の風刃の再装填(リロード)を妨げる事は出来なくなる。

 

 那須が出水をこの場から解放してくれるとは思えないし、奈良坂も嵐山達のマークがある中狙撃を察知可能な迅を仕留める事は不可能だ。

 

 相手が迅一人であればまだ芽はあったが、この上で七海が生存しているとなるともう()()だ。

 

 出水は自分たちの敗北を悟り、那須を見た。

 

 那須もまた、太刀川敗北の報が伝わったのだろう。

 

 現状を理解したのはまた、彼女も同じというワケだ。

 

「これ以上やっても意味ねーな。俺らの負けだ」

「そう。今回も、中々楽しかったわ。機会があったら、また戦りましょう」

「那須さんの誘いとありゃ願ってもねーな。ま、A級のランク戦かなんかで機会はあるだろ」

 

 出水は好戦的な笑みを浮かべる那須にそう返し、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 彼にとっても自身に匹敵する技術を持つ那須との戦いは楽しいと言えるものであり、互いの技量を正面からぶつけ合う今回の戦闘はそれなりに満足のいくものであった。

 

 戦術的な勝利は逃したが、出水的には割と満ち足りた時間であったと言える。

 

「じゃな。七海によろしく頼むわ」

 

 出水はそう言って笑うと自ら「緊急脱出(ベイルアウト)」と告げ、戦場から離脱した。

 

 那須は基地に戻っていく出水を見据えながら、戦いの高揚で赤らんだ顔で笑みを浮かべた。

 

「ええ、承ったわ。私も全力で戦れて、とっても良い気分だもの。無事に勝てたし、言う事なしね」

 

 でも、と那須は七海のいるであろう方向を見据えた。

 

「あっちは、大丈夫かしらね。彼、中々頑固そうだし」

 

 

 

 

『三輪くん、作戦終了よ。太刀川さんが緊急脱出(ベイルアウト)したわ。出水くんは離脱したし、奈良坂くんも撤収中よ』

「…………!!」

 

 三輪はオペレーターの月見の報告を聞き、思わず膝を突いた。

 

 負けた。

 

 これだけの戦力を揃え、万全の準備で立ち向かったというのに。

 

 七海には────────否。

 

 迅には、勝てなかった。

 

 流石にこれだけの戦力があれば勝てるだろうと、楽観していた部分があったのは確かに否定は出来ない。

 

 A級の一位から三位部隊というトップチームに加え、自身の部隊も含めたA級四部隊相当。

 

 更には香取という追加人員も参戦し、戦力上では充分勝てる筈だった。

 

 だが、結果はどうだ。

 

 迅は太刀川隊と風間隊とほぼ一人きりで打ち負かし、嵐山隊と七海・那須の連合によって他の面々も各個撃破された。

 

 三輪(じぶん)も迅に斬りかかりたいのを抑えて相性の良い七海と当たったというのに、無様にも負けてしまった。

 

 悔しい。

 

 納得出来ない。

 

 どうして。

 

 そんな想いが、胸の内から溢れ出す。

 

 そして。

 

 気付けば、その鬱憤を目の前の七海に向かって吐き出していた。

 

「何故だ、七海…………っ! お前だって、近界民に姉を殺されたんだろう…………っ!? 何故、近界民を許容出来る…………っ!? 何故、迅をそこまで信じられる…………っ!? あいつに、俺やお前の何が分かるって言うんだ…………っ!」

「分かるさ。だって、姉さんが死んで一番悲しんだのは────────他ならぬ、迅さんだったんだから」

「え…………?」

 

 けれど。

 

 鬱憤を吐露した三輪を待っていたのは。

 

 七海からの、予想外の言葉だった。

 

「迅さんは、姉さんと仲が良かった────────いや、多分異性として好きだったんだと思う。だから、姉さんの死を誰より悲しんだし、引きずってた。ずっと俺に謝りたかったって、辛い顔で言ってたよ」

 

 だって、と七海は続ける。

 

「ただ助けられる側だった俺と、その場にいながら姉さんを止められなかった迅さんじゃ、立場が違うんだ。あの時の俺はただ助けを求めるしかなかった無力なガキで、迅さんはそんな俺を助けようとする姉さんを止められなかった」

 

 七海はそう告げると、三輪の眼を真っ直ぐに見据えた。

 

「近界民に母親を殺されて、近界の戦争で恩師を亡くした迅さんは────────────────誰よりも、失う辛さを知っているから」

「…………っ!?」

 

 その事実(ことば)を聴き、三輪は目を見開いた。

 

 三輪は迅本人について、何も知らない。

 

 彼にとって迅は姉を見殺しにした怨敵であり、親近界民などという戯れ言を口にする愚か者だ。

 

 迅の力が組織にとってなくてはならないものである事は理屈としては理解しているが、感情は納得する筈もない。

 

 故に、彼について積極的に調べるという事をしなかった。

 

 憎悪する相手ではあるが、同時に彼を見ると否応なくあの時の光景が蘇ってしまう苦手な相手でもあったのだから。

 

 だから、知らなかった。

 

 迅もまた、近界民によって親しい者を失っている事を。

 

 そして。

 

 好きな人を、助けられなかった事を。

 

 迅が七海の姉に懸想していたなどという事実は、初耳だった。

 

 それはそうだろう。

 

 誰彼構わず吹聴して良い事ではなく、その事実を知る者は七海と旧ボーダーの関係者に限られるのだから。

 

 三輪は、混乱していた。

 

 今まで、迅は近界民に身内を殺された事がないから奴等を庇うなどという真似が出来るのだと思い込んでいた。

 

 近界民の脅威を知らないから、無責任な事を言っているだけだと。

 

 だが。

 

 ある意味で迅は三輪以上に、近界民の脅威を知り尽くしていた。

 

 考えてみれば、当然だ。

 

 迅は、旧ボーダーの頃から近界を渡り歩き、本物の戦争を経験している。

 

 そんな彼に「近界民の脅威」を語るなど、釈迦に説法というものだろう。

 

 ────────恐らくお前が気にしているのは、七海が言った()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という点だな。結論から言えば、それは事実だ。とは言っても、今のボーダーが出来る前────────迅や小南達が所属していた、旧ボーダーでの話だがな────────

 

 あの時の、東の言葉が蘇る。

 

 その時は東のとりなしで深く考える事はなかったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実は、見過ごせない雑音(ノイズ)として三輪の心に燻っていた。

 

 近界民は敵だ、味方になどなる筈がない。

 

 それが三輪を含む大多数の認識であり、ある意味では間違ってはいない。

 

 けれど、彼等は知らないのだ。

 

 近界はあくまで、()()()()()()()()()()()でしかない事に。

 

 そして。

 

 近界民とは、()()()()()()()()()()()でしか無い事に。

 

 殆どのボーダー隊員に、その事実は秘されている。

 

 近界の人間を()()近界民などと呼称するのも、そういった事実を誤魔化す為という色合いが強い。

 

 人は、未知の怪物を処理する事は簡単だが────────()()を殺す事に関しては、どうしても抵抗感が生まれてしまう。

 

 だからこそ、「人型」という────────()()()()()()()()()()()()という意味の呼称を付ける事で、抵抗感を消しているのだ。

 

 戦場で、躊躇って負ける事がないように。

 

 見方によっては非人道的とも取れるかもしれないが、トリオン能力の絶頂期にあたるのが学生である以上、彼等の命を守る事こそが第一だ。

 

 その為ならば多少の情報操作は止むを得ないし、下手に真実を拡散して被害が広まるような事はあってはならない。

 

 安全を第一に考えるという観点から見れば、この手法は何も間違ってはいない。

 

 ある意味それに踊らされた結果となる三輪であったが、彼の場合は色々と間が悪かったというのもある。

 

 仮に迅が四年前のあの時に何も言わずに立ち去るのではなく、何かしら彼に言葉をかけていたのなら。

 

 もしかすると、違った結果になったのかもしれない。

 

 しかし当時に迅にそんな事をする精神的な余裕はなく、自分の都合を優先して何も言わずにその場を立ち去ってしまった。

 

 擁護すべき点はあるものの、その事に関しては完全に迅の落ち度である。

 

 それが分かっているからこそ、迅は三輪の為に心を砕いて色々と根回しをして来たのだ。

 

 今日この日を、迎える為に。

 

 七海は、この場で三輪と相対したのが自分である事は必然であったと理解した。

 

 彼に。

 

 憎悪と疑心に凝り固まった彼に、何か言葉をかけられるとしたら。

 

 自分を置いて、恐らく他にはいないのだから。

 

「三輪さんの境遇は理解出来ますが、迅さんにも事情があったという事は覚えて置いて欲しいんです。後で迅さんと話す機会を作りますので、言いたい事はその時に言って下さい。迅さんもきっと、応えてくれると思いますから」

「…………俺は…………」

 

 三輪は七海の言葉を聞き、俯く。

 

 きっと、今の彼は自分の信じていたものが瓦解し、何をして良いか分からないのだろう。

 

 これまで信じて来たものが、崩れて無くなる感覚。

 

 その辛さは、想像する他ない。

 

 けれど、これは必要な事なのだ。

 

 三輪という復讐者が、本当の意味で前を向く為に。

 

 未熟な戦士(こども)から、現実を知った兵士(おとな)になる為の工程(プロセス)

 

 それが、今回の戦いであったというだけの話。

 

 三輪は暫く俯いた後、顔を上げる。

 

 開いた彼の目は、何処か憑き物が落ちたような────────そんな、穏やかな光があった。

 

「…………分かった。迅と、話してみよう」

 

 それと、と三輪は七海の眼を見返して、告げた。

 

「三輪と、呼び捨てで良い。同い年だろう。俺とお前は」

 

 

 

 

「成る程。状況は理解した」

 

 その後、ボーダー本部司令室。

 

 そこに集まった面々のやり取りは、予め想定されていた通りに進んだ。

 

 迅に与して嵐山隊と七海・那須の両名がトップチームと戦い、それを撃退した事。

 

 その指示を出したのが忍田本部長であり、彼等は本部長の命によって動いていた事。

 

 それらが明らかになり、追及を受けた忍田は黒トリガーの強奪を実行する案に賛同した根付と鬼怒田を糾弾した。

 

 歴戦の兵士の威圧に委縮した二人を見て、忍田と城戸は頃合いだと密かに頷いた。

 

 そして。

 

 タイミングを見計らうように、迅が指令室に現れた。

 

 そこからの話は、トントン拍子に進んだ。

 

 迅が風刃と引き換えに遊真の入隊を要請し、城戸がそれを受諾。

 

 その時点で以て黒トリガーの奪取命令は解除され、玉狛支部への干渉は不許可とするという結果に落ち着いた。

 

 とはいえ、本部司令である城戸の命令に背いた事に変わりはなく本来であれば罰則を課す必要があった。

 

 嵐山隊に関しては、忍田の命令で動いた為お咎めはなし。

 

 というよりも、他ならぬ根付が彼等への罰則など冗談ではないと全力で話を逸らしにかかったのだ。

 

 メディア対策室室長である彼にとって、広報部隊である嵐山隊は断じて無くしてはならない生命線だ。

 

 そんな彼らが罰則を受けて悪い噂が流布されるなど、断じて許容出来ないというのが根付の立場だ。

 

 その為に、嵐山隊への罰則は有耶無耶となった。

 

 そして、七海と那須に関しては「那須隊の来季遠征資格の凍結」という処分に落ち着いた。

 

 これは予め予定していた罰則であり、七海達も納得済みのものだ。

 

 那須隊は遠征を希望する者が一人もいない上に、那須と七海はそれぞれの身体面の事情でそもそも遠征自体が不可能。

 

 そんな彼等にとって遠征資格の凍結はなんら痛手ではなく、実質的なお咎めなしと言って良い結果となった。

 

 そして────────。

 

 

 

 

「よう。待たせたか?」

「────────迅」

 

 ボーダー本部、屋上。

 

 その端に腰掛けていた三輪は、待ち人の声を聞いて振り向いた。

 

 屋上の入り口に立っていたのは、他ならぬ迅。

 

 これまで三輪が憎悪し、嫌悪して来た相手であり────────。

 

「じゃあ、話をしようか。大切な、話だ」

 

 ────────彼が本当の意味で前を向く為には避けては通れない、因縁の相手でもあった。

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