「へー、七海達今回も8得点か。やるじゃない」
『ボーダー』玉狛支部、生活感溢れるその場所で小南はソファーで寛ぎながらROUND2の結果を見て感心した声を漏らした。
彼女達の属するチーム、『玉狛第一』は使用トリガーの規格が違う為ランク戦は参加しておらず、玉狛の掲げる方針的にも本部からは距離を取っていた。
しかし本部でのランク戦のデータ等は普通に見る事が出来る為、こうして気に懸けている七海の試合を見ていたワケである。
「今の『那須隊』の地力なら中位相手ならそうなってもなんら不思議じゃない。それだけ、七海がチームに齎した影響は大きなものだ」
「そうっすね。七海は良くやれてると思います」
レイジと烏丸も、七海の戦果をそう評価する。
彼等『玉狛支部』は旧『ボーダー』のメンバーが中核になっており、七海の姉である玲奈との親交も深かった。
この支部で旧『ボーダー』所属ではないのは烏丸とオペレーターの宇佐美くらいであり、小南、迅、レイジ、そして支部長の林藤や今スカウトに行っている二人は最初期から『ボーダー』にいる古株だ。
その為玲奈の弟である七海には何かと目をかけており、比較的良好な関係を築いている。
トリガーの調整や模擬戦の相手等、出来る事があれば積極的に協力している。
特に最古参の攻撃手である小南との模擬戦は得るものも多い為、七海がこの支部に来ると大概彼女との模擬戦があるのが常だ。
小南も口ではなんだかんだ言いながら七海との模擬戦は楽しんでいるらしく、ランク戦が始まってから七海が支部に来ない事に対し、ちょくちょく文句を漏らしていた。
しかし気に懸けているのは事実であり、七海達『那須隊』がROUND1で大勝した時もまた、諸手を挙げて喜んでいた。
そういった感情表現に素直なのもまた、小南の美点であった。
「だが、B級上位となればこれまでのようには行かないだろう。特に、次のROUND3では東さんと二宮がいる」
「二宮はともかく、東さんは狙撃手でしょ? 七海に狙撃は効かないんだから、そこまで心配する程の事?」
「相手は東さんだ。他の狙撃手と同一で考えない方が良い」
小南の言葉をレイジはそう言って諭し、淡々と話を続ける。
「東さんは、とにかく戦術の組み立てが上手い上に個人技能も群を抜いて高い。東さんがその戦術指揮能力をフルに活用した結果が、二宮達が所属していた『旧東隊』のA級一位という戦績だ」
「そういや、そうだったわね。でも、戦術なら七海達だって大したものじゃない。これまでだって、完封試合をして来たワケだし」
「確かに、七海達の戦術も充分評価出来る代物だ。だが、東さんの戦術のレベルが相手じゃ流石に分が悪い」
そもそも、とレイジは続けた。
「東さんは、豊富な戦闘経験とそれに裏打ちされた確かな戦術眼がある。たとえ狙撃が通じない七海相手でも、攻略法を用意して来る筈だ。七海には、明確な
「弱み……?」
「お前も気付いている筈だ。七海は、ある事柄が絡むと正常な判断能力を喪失する。いや、頑固に、意地になると言った方が正しいか」
レイジの言葉に小南は「あ……」と何かに気付いたように目を見開き、頭を抱えた。
「あー、そうだったわね。あの子、そういうトコばっか玲奈さんに似てるんだから……」
「恐らく、東さんはROUND3ではそこを突いて来るだろう。相手の弱点を突く事でその改善を促すのが、東さんのやり方だ。次の試合で、あいつは禊を受ける事になるだろう」
そう話すととレイジは何処か遠くを見据え、告げる。
「どちらにせよ、厳しい試合になりそうだ」
「次の試合の相手は『東隊』、『二宮隊』、『影浦隊』が相手か……」
ROUND2終了後の『那須隊』作戦室で、七海達は顔を突き合わせて難しい顔をしていた。
ROUND2ではROUND1と同様8得点という大量得点を獲得し、『那須隊』は初めてB級上位に足を踏み入れた。
だが、よりにもよってその矢先の対戦相手が、B級一位部隊『二宮隊』を含むB級の中でもトップランクのチームである。
予想くらいは、していた。
いつかは当たるものだと、覚悟していた。
だが、こんなに早くその時が訪れるとは、思ってはいなかった。
『二宮隊』の試合ログは、見ている。
圧倒的なトリオン能力から放たれる弾幕の雨は、七海と言えども掻い潜るのは難しいだろう。
脇を固める犬飼、辻もマスタークラスの実力者であるし、正面から当たるのは下策。
選ばれたMAPにも寄るが、基本的に二宮との1対1での戦闘は避けるしかない。
他の援護が望めない状況で二宮とタイマンになれば、その時点でほぼ
幾ら七海がサイドエフェクトで攻撃を掻い潜れると言っても、避ける隙間がそもそもなければどうしようもない。
そういった意味で、非常に厄介な相手と言えた。
「カゲさんの所と、俺が……」
しかし、それ以上に七海の心を揺さぶっていたのは、早くも影浦との戦いの機会がやって来た事である。
自分にサイドエフェクトを用いた戦い方を叩き込み、今の七海の戦法の基礎を作ってくれたのは間違いなく影浦だ。
それ以外にも影浦は自分の事を何かと気に懸けてくれており、七海にとっては気の良い兄のような存在であった。
その影浦と、直接対決する。
それは、このランク戦を行っていく中で、一つの目標ですらあった。
その目標が予想外に早く達成されそうな事に、困惑を覚えているのは確かだった。
「七海からしてみれば、念願の対決よね。どう? 緊張する?」
熊谷が笑顔でそう問いかけると、七海はそうだな、と思案した。
「…………緊張していない、と言えば嘘になる。まさか、こんなに早く機会が来るとは思っていなかったからな」
「そうね。此処まで早く上位に上がれたのは、嬉しい誤算だわ」
那須もまた、笑顔でそう話す。
彼女はROUND1に続く大勝を経て、すっかりご機嫌な様子だった。
前期までは中位の中で燻り続けていただけに、この大戦果が素直に嬉しいのだろう。
那須は見た目は淑やかなお嬢様に見えるが、その実趣味と聞かれると「トリオン体での運動」と答え、「相手を蜂の巣にするのは楽しい」と普通に宣う、色んな意味で『ボーダー』女子らしい少女だった。
こう見えて中々好戦的なのが那須であり、体調の問題がある為あまり個人ランク戦には顔を出せないのだが、今回は二試合共思う存分暴れ回る事が出来た為、そういう意味でも那須は機嫌が良かった。
「…………でも、次はきちんと玲一と合流して
「そうだな。俺と那須が合流出来れば、戦術的にも強力なのは確かだ。次の試合でも、合流を目指して動くべきだろう」
「そうね。そうした方が強いのだから、合流しない理由はないわ」
やけに合流を強調する那須は、どうやらROUND2で結局七海と合流して戦えなかった事が少々不満だったようだ。
那須はROUND1で七海と組んで相手を翻弄するあのフォーメーションが思いの他気に入ってしまった様子で、実を言うとROUND2でも七海が『鉛弾』を撃ち込まれるまではその方針を崩そうとはしなかった。
しかし七海が荒船に『鉛弾』を撃ち込まれ、機動力が低下してしまった事でROUND1の時のような乱戦のコントロールは難しいと考えた小夜子によって方針転換が提案され、七海の同意もあった事で渋々那須がそれに承諾した形となった。
先程から那須が小夜子に微妙に恨みがましい視線を向けているのは、気の所為ではないだろう。
「玲、アンタが七海と合流したかったのは分かったから、あんまし小夜子をいじめないでよね。あの時は小夜子の判断が正しかったんだから、仕方ないでしょ」
「もう、分かってるわよ。ごめんね、小夜ちゃん」
「いえ、気持ちは分かりますので……」
その事に気付いた熊谷に窘められ、那須はばつが悪そうな顔で小夜子に謝罪する。
小夜子は少々難しい顔をしながらも、その謝罪を受け入れた。
那須の態度が、気に障ったのではない。
単に、那須と七海を合流させなかった判断について、未だに煩悶しているのだ。
(…………駄目だな、私。どうしても、加古さんのあの言葉が頭から離れない。でも、今回のような事がない限りは二人を合流させるのがベストなのは事実だし……)
今回、那須が七海との合流を断念したのは、
七海はそのサイドエフェクトや戦い方の都合上、被弾する事自体が珍しい。
事実、地形戦を仕掛けて完全に相手を策に嵌めたROUND1では、ノーダメージで切り抜けている。
ROUND2も荒船が『鉛弾』という隠し玉を使って来なければ、無傷で突破した可能性が高い。
更に言えば、今回はステージが広大であった事に加え、那須と七海の転送位置がかなり離れていた事も、要因の一つである。
逆に言えば、そういった理由なしで那須を説得するのは難しい。
那須と七海が組んでの機動戦こそ、今の『那須隊』の最強の戦術であるからだ。
余程の理由がない限り那須は七海との合流を目指すだろうし、部隊をサポートするオペレーターもしても、理由なくそれを止める事は出来ない。
だからこそ、小夜子の抱く
加古の言う通り、七海の
那須は、過去の大規模侵攻の一件で、心に深い傷を負っている。
その疵は深く、
そのトラウマを想起するような場面を見てしまえば、どうなるか。
こればかりは、小夜子としても判断のつかない所である。
悩みの種は、尽きなかった。
「さ、予習もいいけど遅くなる前に帰った方がいいよね。小夜子、アンタ帰りはどうすんの?」
「あ、えと、加古さんに送って貰おうかと……」
「じゃあ俺、加古さんに伝えて来るよ。志岐は此処で待ってて」
七海は小夜子の話を聞くなり、そう言って加古に小夜子の送迎を頼む為に隊室を出て行った。
それを見送った那須は苦笑しつつ、熊谷と茜に向き直った。
「じゃあ、玲一が来て小夜子を送り届けたら私達も帰りましょうか。特に用事もないしね」
「そうね」
「はい、そうですねっ!」
那須の言葉に熊谷と茜の二人はそう言って頷き、世間話に花を咲かせ始めた。
小夜子はそれを横目で見ながら、人知れず溜め息を吐いたのだった。
「よし、こっちだな」
七海は『ボーダー』の廊下を、『加古隊』作戦室に向かって歩いていた。
元々今日の小夜子の送迎は加古に前から頼んでいた事だが、加古は本日「用事があるから少し遅くなる」と話しており、今頼んで大丈夫か聞いておく必要があった。
まだその「用事」とやらが終わっていなければ那須達を帰らせて小夜子と二人で待つ心づもりであったし、お世話になっているのだから直接対面して話すのが筋だとも思っている。
加古が善意で自分達に良くしてくれているのだから、最低限の礼節は通したい。
そう考えて、七海は足早に廊下を進んでいた。
「む……?」
「あ……」
そこで、廊下の曲がり角から長身の男性がやって来て、目が合った。
背の高い整った容姿に、威圧的な雰囲気。
そしてそのスーツには、『B001』の文字。
間違いない。
彼こそ、B級部隊の中でトップに座する部隊の長。
射手の王、二宮匡貴。
それが、目の前に現れた男の名だった。
「お前は…………七海か」
「はい、初めまして。次の試合ではよろしくお願いします」
七海はそう言って間髪入れずにお辞儀をして、それを見た二宮は若干の硬直の後、フン、と鼻を鳴らした。
「中位の連中相手に圧倒して良い気になってるんだろうが、俺達はお前等が今まで倒して来た連中とは違う。小細工だけでどうにかなると思っているなら、大間違いだ」
挨拶して返って来たのが傲慢極まりない俺様発言だった事に、七海は一瞬キョトン、となる。
しかし悪意のようなものは欠片も感じ取れない為、この男はこれがデフォルトなのだと察したのだった。
「それから、狙撃が効かないから東さんは怖くない、と考えているなら誤りだ。あの人は、狙撃を察知出来る程度でどうにか出来る人じゃない。油断すれば、足元を掬われるだろうな」
「は、はあ……」
「それに、影浦の実力は今更言うまでも無い筈だ。B級上位は、お前が考えている程甘い所じゃない。次のROUNDで、それが嫌でも分かる筈だ」
そこまで聞いて、七海は不思議な感覚に襲われた。
最初は馬鹿にされているのかと思っていたが、内容を聞くと忠告のようにも思える。
二宮は言い方こそ罵詈雑言を話しているようにしか聞こえないが、その内容は七海に次の試合での注意点を根絶丁寧に教えているようにも思える。
そして恐らく、二宮自身はその事に全く気付いていない。
話を聞く度に、七海の中の二宮の評価がどんどん上方修正されていく。
傍から聞くと馬鹿にしているようにしか思えないのに、内容をよく聞くとちゃんとした講義になっている。
そんな摩訶不思議な体験をしていた最中、七海の耳に聞き慣れた声が聞こえて来た。
「二宮くん、後輩を捕まえて何してるのかしら? もしかして、その子を隊に勧誘したい、とか?」
「チッ……」
二宮はその場に現れた第三者────加古の姿を見咎めると露骨に舌打ちをし、「じゃあな」と七海に告げるとスタスタとその場から去ってしまった。
いきなりの展開に唖然とする七海に対し、加古はくすくすと笑いながら声をかける。
「彼、すっごい変な人でしょ? 口は物凄く悪いし常時俺様発言しかしないけど、妙なトコで面倒見が良いのよねえ。あれで気遣ってるつもりなんだから、笑えないわ」
「いえ、なんだかんだで気を遣って貰えた事は理解出来ましたし……」
「噛み砕いて理解する必要がある時点で失格よ、二宮くんの講釈はね。どうせ戦術論とかも東さんの受け売りなんだろうから、別に気にする事はないわ」
加古が二宮の事を語る時、馬鹿にしているような、それでいて一定の評価はしているような、そんな複雑な感情が垣間見えた。
元チームメイトだったらしいので、その時に色々あったのだろう。
二人の仲が悪い事は双葉からも聴いているので、変に踏み込むべきではない。
七海はそう判断し、藪蛇を突かない事とした。
「さて、用事は終わったからすぐに車を回すわ。悪いけど、いつもみたいに小夜子ちゃんを区域の端まで連れ出して貰えるかしら?」
「いえ、大丈夫です。毎回すみません」
「別にいいわ。好きでやってる事だしね」
それに、と加古は続けた。
「
「…………はい、ありがとうございます」
「よろしい」
加古は「じゃあよろしくね」と言いながら踵を返し、その場から立ち去った。
七海もまた小夜子を連れ出す為、来た道を戻る。
様々な者達の想いが揺らめき、交錯する。
運命の一戦は、間近に迫っていた。
これにてROUND2編は終了。
次回から、ROUND3編となります。お楽しみに