痛みを識るもの   作:デスイーター

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迅悠一⑥

 

「よう、どうだった? 迅さんと会って来たんだろ」

「…………陽介」

 

 隊室に帰った三輪を待っていたのは、ソファーに腰掛けた米屋だった。

 

 どうやら彼一人らしく、他の面々はこの場にはいない。

 

 三輪はふぅ、とため息を吐きながら米屋の質問に答えた。

 

「別に。聞きたい事を聞いただけだ」

「それにしちゃ、良い顔してるんじゃねーの? なんだか、さっぱりしてる気がするぞ」

「……………………そうだな。色々と、考えを改めたのは確かだ」

 

 敢えて軽く尋ねる米屋の気遣いを察した三輪は再度ため息を吐きつつ、顔を上げた。

 

 米屋は、三輪が話すのを待っている。

 

 これ以上、黙っている必要はない。

 

 そう考え、三輪は己の想いを口にした。

 

「俺は今回、暴走していた。思い込みだけで動いて、お前たちにも迷惑をかけた。それは謝罪する」

「別に謝るこたぁねーって。迅さんが色々暗躍してたのは確かだし、お前の立場なら別に不自然な行動じゃなかったろ」

「だとしても、私情を優先して部隊を動かした事は事実だ。仮にもA級隊員でありながらこの体たらくというのは、問題だ。正直、隊長としての資質を疑われてもおかしくないと思っている」

 

 三輪は何処か自嘲するように、そう告げた。

 

 確かに、これまでの三輪は「迅が何かを企んでいる」と決めつけて動いていた。

 

 城戸からもさり気なく窘められはしたが、結局三輪の言う論拠は状況証拠だけだ。

 

 それでも動いたのは、迅への嫌悪と偏見があったからだ。

 

 言うなれば、三輪は自分の我が儘で部隊を私物化したとも言える。

 

 本質がどうあれ、他でもない三輪自身が自分の行動を問題視しているのだ。

 

 最悪の場合は、隊長職を辞するべきか、とまで思い詰めた三輪は。

 

「バーカ。お前が隊長やんないで、誰が俺らの隊長やんだよ」

「なに…………?」

 

 思いも依らぬ米屋の言葉に、目を見開いた。

 

 そうして固まった三輪を見て、米屋はため息を吐いた。

 

 まったく、想定通りの反応をしてくれたものだなと呆れながら。

 

「お前が私情で動いたのは事実なんだろーけどよ。それが分かってて何も言わなかった俺等も、同罪っちゃ同罪だ。まあ、元より止める気はなかったしな」

「何故だ? 暴走していると分かっていたのなら、その時点で苦言を呈する事も出来た筈だが」

「でもさ。そしたらお前、今みたいに笑えてたか?」

「え…………?」

 

 指摘され、気付く。

 

 米屋の言う通り。

 

 三輪の、顔には。

 

 穏やかな笑みが、浮かんでいたのだから。

 

「色々悩んで貯めこむより、いっそぶつかった方がスッキリするもんだろ? だから今回は良い機会だと思って、好きにさせてたってワケだ」

「そういう事だ。分かってて何も言わなかったのは、陽介だけじゃない。俺たちだって同罪だ」

「そうですね。俺もお二人の方針には異を唱えませんでしたから、責任はありますよ」

 

 米屋の言葉を肯定するように、奥から奈良坂と古寺が出て来ていた。

 

 どうやら、今の会話は聞いていたらしい。

 

 その事に妙な羞恥を感じながら、三輪はため息を吐いた。

 

 こんな自分だが、どうにも人の縁には恵まれているらしい。

 

 これだけ、案じてくれる仲間がいるのだ。

 

 そう思うと、幾分か心の持ちようが楽になって来る。

 

 色々失って、迷走していた自分だけれど。

 

 この仲間たちとなら、これから先も大丈夫。

 

 そんな事を考えながら、三輪はチームメイトを談笑を始めた。

 

 互いの絆を、確かめ合うように。

 

 

 

 

「その顔だと、三輪の件はなんとかなったようだな」

「ああ、お陰様でね。太刀川さん達にも、迷惑をかけたよ」

 

 ボーダー本部、廊下。

 

 そこで待っていた太刀川に対し、迅はそう言って苦笑した。

 

 待っていたのは、太刀川だけではない。

 

 風間もまた、太刀川と共に迅を待ち構えていた。

 

「話は聞いた。風刃を手放したそうだな」

「うん。仮にも近界民(ネイバー)をボーダーに入れるんだ。このくらいの事をしなきゃ、流石に許可は下りないよ」

 

 迅の言う通り、近界民をボーダーに入隊させるというのは様々な意味で重大事だ。

 

 裏事情を知る者であればともかく、一般の隊員にとって近界民は須らく()()

 

 それを入隊させるというリスクを背負う以上、相応の対価を差し出さなければ組織としては対面が保てない。

 

 加えて、そうでもしなければ玉狛支部に黒トリガーが二個という事になってしまい、本部としても見逃す事は出来ない。

 

 玉狛は特別な支部ではあるが、かといって戦力を集中させ過ぎると中央の権威が落ちる。

 

 そうなると、城戸の掲げる「近界民排斥」を旗印に集ってきた隊員の不満が溜まり、悪影響が出かねない。

 

 新近界民を標榜する玉狛がある種黙認されていたのは、あくまで玉狛が一つの支部に過ぎず、本部の方が力関係が上であるという前提があったからだ。

 

 まかり間違って玉狛支部が最大勢力になってしまえば、今のボーダーを是とする面々の支持を失う可能性すらある。

 

 だからこそ、風刃の拠出は必須だった。

 

 たとえ、それが。

 

 師の。

 

 最上の、形見であったとしても。

 

「何故だ? 風刃は、お前の師の形見だった筈だが。風刃の争奪戦の時にあれだけ執着した黒トリガーを────────」

「いや、良い機会だったよ。そろそろ、けじめはつけるべきだったしね」

 

 迅は、そう言って微笑んだ。

 

 強がりや、虚勢ではない。

 

 確たる意思を以て、迅は風刃を手放す決断をした。

 

 そう思わせるには、充分な笑みであった。

 

「確かに、俺は風刃に執着してたよ。もういないって分かってるのに、風刃に最上さんの面影を感じて────────────────そして、縋ってた。それは認める」

 

 黒トリガーは、遺された者にとっては単なる武器ではない。

 

 武器の形を取った、黒く小さな棺。

 

 それが、黒トリガーなのだ。

 

 黒トリガーを生成した者は、砂と化して崩れ去る。

 

 玲奈がそうであったように、最上の身体もまた塵一つすら残らなかった。

 

 だから、迅にとって風刃は最上の墓標であり、棺であったのだ。

 

 師の棺を手放したくなかったから、死に物狂いでその所有権をもぎ取った。

 

 当時の迅にとって、風刃は無くてはならない心の拠り所だった。

 

 それを失えば、もう先へは進めない。

 

 そのくらい、迅の中の風刃は大きな立ち位置を占めていた。

 

「けど、七海も前を向いたんだ。俺がいつまでも後ろばかり向いてちゃ、格好がつかないからさ。言った事には、責任を持たないとだしね」

 

 けれど、迅は変わった。

 

 七海とのあの日の邂逅を経て、迅は正しく未来(さき)に目を向けられるようになった。

 

 散々七海の後押しをした以上、自分自身もまたけじめは付けなければならない。

 

 そういう意味で、今回は良い機会だったと言えるのだ。

 

 本部に、城戸に預ければ悪いようにはしないだろう。

 

 そういう信頼もあるし、何より。

 

 この行動が、未来を変える一助となる。

 

 それが視えたからこそ、迅は風刃を手放す事に決めた。

 

 ただの自己満足ではなく、より良い未来を手にする為に手放すのであれば。

 

 きっと、最上も同意してくれるだろうと信じて。

 

「……………………そうか。お前がそう言うなら、これは俺たちが踏み込むべき事じゃないな。余計な事を言った」

「いや、気遣ってくれてありがとう風間さん。やっぱり、気が利くよね」

「変に意地を張ってそれが原因で失敗でもされると面倒なだけだ。勘違いするな」

 

 風間はそっぽを向きながらそう反論するが、それが照れ隠しである事は見れば分かる。

 

 鋭い眼光や容赦のない物言いから冷たい印象のある風間だが、その本質は気遣いと配慮の人だ。

 

 人の事を良く見ているし、必要な気配りは欠かさない。

 

 だからこそ菊地原を始めとした隊員に慕われているのであり、本部でも信頼されているのだ。

 

 特に、今回は事が黒トリガー関連だ。

 

 旧ボーダーに今は亡き兄がいた風間は、失う辛さを良く知っている。

 

 だからこそ。風刃を手放した迅にお節介を焼いたのだが、迅が虚勢ではなく決意を以て今回の行動に至ったと理解して引き下がったのだ。

 

 これは、自分が口出しするべき問題ではないと弁えて。

 

「ま、無理してないみたいで何よりだ。ライバルがへたれてちゃ、楽しくないからな」

「そうだね。これからは俺も、ランク戦に復帰するし。取り敢えず攻撃手(アタッカー)で一位を目指すから、よろしく」

「────────! そういえばそうか…………っ! S級じゃなくなるから、ランク戦に参加出来るんだな…………っ!」

 

 何年ぶりだ? と満面の笑みではしゃぐ太刀川と、それを見てため息を吐く風間。

 

 二人に囲まれながら、迅は苦笑した。

 

 色々と迷惑をかけてしまったが、二人が自分の意図を汲んでくれて助かったのは事実。

 

 無論、戦い自体は本気でやっただろう。

 

 そもそも、迅相手に手加減をするという選択肢はこの二人には存在しない。

 

 だけど、こちらの意思を慮って敢えて全力で立ち塞がってくれた事には感謝しかない。

 

 少しでも手心を加えた気配があれば、今回の結果には繋がらなかっただろう。

 

 後で何か埋め合わせなきゃな、と思いつつ、そういえば、と気になっていた事を口に出した。

 

「でも、香取ちゃんを連れて来たのは驚いたよ。あれがなきゃ、もう少し楽に勝ててた筈なんだけどね」

「連れて来たのは米屋の発案だよ。どうやら、昇格試験の時の事で目をかけてたみたいでな」

「実際、今の香取は充分戦力として数えられるレベルになった。単独ではなく、当真と連携して木虎を相打ちに持ち込んだのも評価が高い。これが試験なら、高評価を付けているところだ」

 

 風間の言に、嘘はない。

 

 実際、香取の貢献は大したものだった。

 

 あそこで無理で一人で挑まず、当真と連携す事で確実に木虎を落としたのは風間から見ても評価が高い。

 

 木虎は単騎での能力も高いが、サポート能力もかなりの水準に達している。

 

 彼女が生存していれば、もっと早期に決着が着いていてもおかしくはなかった。

 

 それを相打ちとはいえ確殺出来たのだから、評価が高いのは当然である。

 

 あれだけ個人主義が極まっていた香取がチームの事を考えて身を犠牲にする前提の策を打つなど、以前からは想像も出来なかった。

 

 その成長を、上位陣は正しく評価しているというワケだ。

 

「そういえば、守秘義務とか大丈夫なの? 彼女、そこまで口が堅いイメージがないんだけど」

「ああ、それなんだがな。守秘義務は確約させたが、代わりに交換条件を出して来たらしい。それで、お前に一応聞いときたいワケだ」

「へえ、何かな?」

 

 太刀川の言葉に興味を抱いた迅は先を促し、そして。

 

 その要求を、口にした。

 

「件の近界民(ネイバー)に会わせろ、って話だ。なんでなのかは、わかんねーがな」

 

 

 

 

「ねえ葉子。なんであんな要求したの?」

 

 香取隊、作戦室。

 

 そこでは、香取と華が隣り合って座っていた。

 

 彼女たちがこうして残っているのは、件の要求の結果を聞く為だ。

 

 太刀川の話では今日にでも結果は分かるらしく、だからこそこうして帰らずに待っていたのだが。

 

 件の近界民と会わせろ、というのは香取が独断で要求した内容である。

 

 華は詳しい説明はされておらず、その為にこうして問うているのだ。

 

 何故、あんな事を要求したのかと。

 

 今回の裏事情に関しては、既に香取から説明を受けている。

 

 派閥間抗争に巻き込まれた事に思うところはあるが、華自身は結果に関しては特に異論はない。

 

 入隊の経緯から近界民へ憎悪を抱いていると評されている華ではあるが、その実これまでの三輪のような激情は抱いてはいない。

 

 無論目の前に近界民がいれば取り乱す事もあるだろうが、わざわざ敵対していない相手にまで絡む必要は感じていない。

 

 華が城戸派に属しているのはそちらの方が目をかけられる機会が多いからであり、積極的に近界民を殺して回りたいというような意欲はない。

 

 だから、不思議だったのだ。

 

 香取が、「その近界民と会わせろ」なんて要求をした事が。

 

 何か考えがあるのだろうが、香取の事だから突発的な思い付きである可能性も否定出来ない。

 

 そう考えて、華は尋ねたのだ。

 

「別に。こんだけの騒動の種になってる奴がどんな面してんのか、一回見ておきたいだけよ」

「でもこれ、場合によっては上層部に睨まれるかもよ? どうやら、上の人たちはその近界民の事を秘密にしときたいみたいだし」

「それは無いわよ。あのヒゲにそこらへんは色々言われてるし、今更言っちゃいけない秘密が一つ増えようが大した事じゃないでしょ」

 

 それに、と香取は続けた。

 

「散々利用されて後は知らん顔、とかムカつくじゃない。だったら、少しは困らせてやりましょうよ。勿論、後に引かない程度にね」

「……………………本当、変なところでやる気出すのは葉子の悪い癖だよね。そこまで言うなら、いいよ。好きにして」

 

 勿論、と香取は満面の笑みで告げる。

 

 その時彼女の携帯端末が鳴り、香取はメッセージを受け取った。

 

 そして。

 

「────────OKみたい。日時は指定してあるけど、会えるって」

 

 香取はそう言って。

 

 悪戯が成功した童女のような笑みを、浮かべてみせた。

 

 

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