痛みを識るもの   作:デスイーター

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香取葉子⑤

「来てやったわよ。さっさと近界民(ネイバー)出しなさい」

 

 開口一番、香取はぶしつけにそう告げた。

 

 堂々と支部へ乗り込んで来た彼女の後ろには、控えめに付き添う染井の姿。

 

「あ、はい。迅さんから聞いています。こちらへどうぞ」

 

 その勢いに押されつつも、玉狛支部の入り口で香取の応対をした修はそう言って彼女を支部に招き入れた。

 

 香取が支部を訪れる事は、迅から既に聞いている。

 

 あれは昨日、玉狛支部に宿泊していた七海達が目覚めて朝食の席に座っていた時の事だった。

 

 

 

 

「昨日の作戦に参加した香取ちゃんが遊真に会いたいって言ってるんだけど、いいかな? 多分、模擬戦を挑まれる事になると思うけど」

 

 迅は朝食の席で、遊真に向かってそう告げた。

 

 突然の申し出ではあったが、遊真は特別嫌な顔はしていない。

 

 むしろ、興味津々といった様子である。

 

「そのカトリって人、強いの?」

「強いよ。昨日の作戦でも、木虎ちゃんと相打ちになったしね」

「木虎と…………」

 

 自分の師の一人であるA級の少女が相打ちになったと聞き、修は目を見開いた。

 

 木虎の実力は、直で目撃したからそれなりに知っている。

 

 その彼女がB級相手に相打ちになる、というのは些か驚いたが────────────────相手があの香取であれば、理解は出来る。

 

 修は、今期のB級ランク戦の那須隊の試合を全て目にしている。

 

 その中でも香取の成長は著しく、ROUND4では粗が目立っていたが、その試合の敗北を契機に急激な成長をしていった。

 

 普通、成長というのは日々の鍛錬と試行錯誤によって地道に少しずつ培っていくものだ。

 

 覚醒、なんてご都合主義なもので強くなれるほど、この世界は甘くはない。

 

 だが、香取の成長速度は本当に覚醒でもしたのかという程顕著であった。

 

 一戦ごとに明らかに動きのキレが増しており、仲間との連携もきちんと行うようになった。

 

 チームメイトの練度不足で最終的に負けはしたが、あの爆発力があるならば木虎に肉薄してもおかしくはない。

 

 それに、相打ちという事は自分の身を犠牲に仲間に不意を撃たせた、という可能性も有り得る。

 

 少なくとも、成長した香取ならばそのくらいの事はやる。

 

 その程度には、修は香取の事を理解していた。

 

 実は修はランク戦の最中香取隊が使用したとあるトリガーに注目しており、少しでもデータが欲しかったのでROUND7とROUND8は香取隊の試合もログで見ている。

 

 ラウンド7では、前の試合の敗北で中位落ちした結果香取隊/鈴鳴第一/荒船隊という組み合わせであった。

 

 攻防共に優れた鉄壁の攻撃手、村上を擁する鈴鳴と狙撃手三人部隊という特殊な構成の荒船隊。

 

 ハッキリ言って、少々点が取り難いと言える対戦組み合わせである。

 

 このマッチングでは、正面から戦う駒が村上しかいない。

 

 いや、正しくは必然的にそうなっている、と言うべきか。

 

 香取は紛う事なき隊のエースであるが、その役割は遊撃手に近い。

 

 隠れ潜みながら得点のチャンスを狙い、不意打ちでポイントを稼ぎそのまま離脱していく。

 

 それが、香取葉子という駒の正しい運用である。

 

 村上のように多対一でも凌ぎ切れる変態技巧は持っていないし、そもそも彼女の性能(スペック)は攻撃全振りだ。

 

 爆発力を得る為に防御面をある程度犠牲にしている部分があるので、彼女の戦術は一撃離脱が基本だ。

 

 とは言っても、それは彼女を含めたスピードタイプの攻撃手(アタッカー)全てに当てはまる特徴と言える。

 

 スコーピオンの使い手は、基本的に正面からは打ち合わない。

 

 強度の面から言っても弧月とまともに斬り合えばすぐに折れてしまうし、そもそもスコーピオンの利点はその応用性だ。

 

 技巧で勝負するのではなく、それを含めた戦術眼で勝負をかける。

 

 ただ技術を磨くだけでは、真にスコーピオンを使いこなす事など出来はしない。

 

 その意味で、ROUND7で香取は正しくスコーピオンを扱っていた。

 

 この試合ではMAPは荒船隊に選択権があった為、当然の如く市街地Cが選択された。

 

 市街地Cは高低差のあるMAPであり、狙撃手にとって優位な地形である。

 

 狙撃手部隊である荒船隊が本領を発揮出来るMAPであり、彼等に選択権があるのだからこうなるのは予想出来ていた。

 

 だからこそ、香取隊はそれを見越して戦略を立てていた。

 

 香取隊はその全員が、トリガーセットにテレポーターをセット。

 

 ROUND6で用いたワイヤー戦術を放棄し、新たな戦術を持ち込んで来た。

 

 無論、これは荒船隊対策の為である。

 

 市街地Cは高低差のある段々畑のようなMAPであり、上に上がろうとすれば上層から丸見えの道路を通らなければならなくなる。

 

 故に、一度狙撃手に上を取られてしまうとすこぶる厳しい戦いを強いられる事になるのだが────────────────香取隊は、これをテレポーターを用いて解決した。

 

 開始直後にバッグワームを着込み、テレポーターと併用して転移を繰り返す事で上層へ辿り着いたのである。

 

 初期転移位置が比較的高所でありそちらに陣取っていた荒船隊は、この奇襲により半崎と穂刈が脱落。

 

 しかし荒船は弧月を抜いて応戦するのではなく一時撤退を選び、ゲリラ戦を展開。

 

 これにより様子を伺っていた来馬と太一を荒船が落とし、最後は香取を庇った三浦と相打ちになる形で落ちていった。

 

 これにより盤面には来馬を落とされ一人になった村上と香取・若村が残る事となり、接戦を演じたが惜しくも香取が敗北。

 

 一人になった若村は逃走して自発的に緊急脱出し、試合は終了となった。

 

 当初の想定より被害は出てしまったが、作戦目標であった荒船隊の殲滅は成功。

 

 加えて来馬のいない状態の村上というランク戦で当たるには中々に厳しい相手と拮抗出来た事が、かなりの高評価だ。

 

 村上は来馬が生存していれば必ず自身よりも彼を優先して守るが、もしも守るべき対象が先に落ちるような事があれば。

 

 彼はその能力を、相手を斬る為に全て注ぐ事になる。

 

 それがどれだけの脅威かは、ROUND5で七海と戦った時のデータが証明している。

 

 そんな相手とやり合い、善戦してみせたのだ。

 

 少なくとも、以前の香取には難しい芸当であっただろう。

 

 それだけ、彼女もまた成長したという事だ。

 

 そして、最終ROUNDでは弓場隊と王子隊相手に戦い、今度は打って変わって積極的に点を取りに行った。

 

 纏まって行動していた王子隊の面々を、若村と三浦が牽制しつつ香取が突貫。

 

 その奇襲で蔵内を撃破し、残る王子と樫尾は介入して来た弓場隊に押し付けて離脱した。

 

 香取は再び潜伏し、その結果弓場隊と王子隊が正面戦闘を開始。

 

 その後、香取は折を見て弓場隊と王子隊の戦闘に横から介入。

 

 樫尾と神田を討ち取り、香取はそこで外岡の狙撃によって脱落。

 

 しかしその外岡をバッグワームで潜んでいた三浦が落とし、4Ptをもぎ取った。

 

 恐らく、そこまで含めて香取隊の作戦だったのだろう。

 

 外岡は、隠密行動に特化した狙撃手だ。

 

 その隠密能力は高く、大抵の場合彼が狙撃を実行するまでその場所を悟られる事は殆どない。

 

 一発目を確実に当てる事に重点を置いた、ある意味正道を極めた狙撃手である。

 

 そして、外岡は自身のその性質を理解している。

 

 だからこそ、無駄弾は撃たない。

 

 撃つべき時とそうでない時を見極める能力に、外岡は長けていた。

 

 だからこそ、彼を仕留める為には狙撃を実行して貰う他ない。

 

 しかし、若村や三浦では外岡がわざわざ狙うだけの()()が足りない。

 

 サポーターとして成長している二人ではあるが、脅威度でいえば香取とは雲泥の差である事に変わりはない。

 

 だからこそ、囮は香取自身が務める必要があった。

 

 無論、香取とてただでやられるつもりはなかった。

 

 可能であれば生還し、そのまま次の点も狙うつもりであったが────────────────勝敗を決めたのは、弓場の行動である。

 

 香取は、狙撃自体は察知出来た。

 

 だからこそ集中シールドでそれを防御しようとしたのだが────────────────それを、弓場の銃撃がピンポイントで撃ち抜いた。

 

 香取本人に弾が飛んで来たならばすぐに回避する用意があったが、自身の張ったシールドが狙われた為に反応が一歩遅れた。

 

 同時に叩き込まれた弾丸で足を吹き飛ばされた香取は、回避も封じられた。

 

 しかし、香取は咄嗟にもう1枚のシールドを張る事に成功し、狙撃に対する防御とした。

 

 だが。

 

 撃ち込まれた弾丸は、シールドを貫き香取の額を撃ち抜いた。

 

 そう、外岡はイーグレットではなくアイビスを用いて、香取を狙撃していたのだ。

 

 弓場がわざわざシールドを撃ち抜いたのは、外岡が使用したのがイーグレットだと誤認させる為。

 

 ただ狙撃しただけでは香取は落ちないと弓場隊は確信していた為、策を練ったワケだ。

 

 彼女なら、土壇場のシールド展開も間に合わせてみせるだろうと考慮して。

 

 香取を失った若村と三浦もまた順次撃破され、彼女たちの試合は終わった。

 

 結果として最終的な順位はB級6位と上位の中では下から二番目ではあったが、香取隊の成長が著しいのはこの二つの試合を見れば分かる。

 

 以前は完全な香取のワンマンチームで勝つも負けるも彼女の調子次第だったものが、戦術的に彼女を活かす方向にシフトした。

 

 その結果、香取が己の能力を充分に活かせるようになり、飛躍的な成長に繋がったワケである。

 

 天才と呼んであまりある香取の潜在能力(ポテンシャル)が、正しい運用でようやく日の目を見たというワケだ。

 

 それを目にしていたからこそ、修は香取が木虎を相打ちに持ち込んだ事を疑わなかった。

 

 彼女なら、それくらいはやれる。

 

 そう、判断していたから。

 

「ん、いいよ。強い人なら大歓迎」

「ありがとう。いやあ、断られなくて良かったよ。交換条件だったから、会わせる事自体は約束しちゃったしね」

 

 迅はそう言って苦笑し、それを聞いた遊真はふむ、と自身の顎に手を当てた。

 

「でも、おれがOKする未来を視てたんでしょ? だから、こうなる事は分かってたんじゃないの?」

「それはそうなんだけどね。ま、社交辞令ってやつさ」

「なるほど。シャコージレイね」

「意味わかってないだろ、お前」

 

 意味も分からず単語を復唱する遊真を見て、修はため息を吐いた。

 

 まあ、彼が望むなら別段修に反対する理由はない。

 

 ランク戦で見た感じからして香取は気が強そうなイメージだが、遊真ならなんとかするだろう。

 

 修はああいったタイプは得意ではないと自己認識しているが、実際は母が女傑といって良い圧のある女性である為気の強い女性は本質的にはそこまで苦手というワケではない。

 

 そもそも、気が強い女性が本当に苦手なら木虎とも合わない筈だ。

 

 なんだかんだで、彼は自分が思っているよりずっと図太いのだ。

 

 本質と自己認識に大いに差異があるが、そのあたりは迅には見抜かれているし、付き合いが長い千佳も承知している。

 

 知らぬは本人ばかり、である。

 

「俺は用事があって同席出来ないから、応対を頼むよ。その方が良い結果になるって、俺のサイドエフェクトも言ってるからさ」

 

 

 

 

「へえ、アンタが近界民(ネイバー)?」

「そうだよ。アンタがカトリって人?」

「そうよ。しかし、これが近界民ね────────────────見た目、殆ど人間じゃない」

 

 玉狛支部、応接間。

 

 そこで待っていた遊真を見た香取は、その姿を見て個人の感想を口にした。

 

 彼女に、近界民の本質について知識はない。

 

 人型近界民という存在自体は知っているが、こうして目にするのは初めてだ。

 

 香取は人型、という言葉から辛うじて人の形に見えるような異形の存在をイメージしていたのだが、遊真の見た目は普通の子供にしか見えない。

 

 その為、少々面食らっていたワケである。

 

「そういう事、か」

 

 一方、付き添いで来た華は遊真の姿を見てボーダーが隠していた近界民の本質に────────────────彼等が住む世界が異なるだけの()()であると気付いたらしく、得心したように頷いた。

 

 彼女は何も、遊真の姿だけでその真実に辿り着いたのではない。

 

 元より、()()近界民という存在を知ってから、疑問は抱いていたのだ。

 

 「人型」とは言うが、それが何処まで人の形をしているのか。

 

 そして、わざわざ固有の名称と付けて他の近界民と区別するのは何故なのか。

 

 そういった些細な違和感を見逃さず、もしかしたら、という仮定を立てて独自に考察していたのだ。

 

 その予想が当たった事に、彼女は納得を示したワケである。

 

「ま、ウダウダ言うのは趣味じゃないし。アンタ、アタシと戦いなさい。勿論、受けるわよね?」

 

 一人得心する親友の様子を気にしつつも、香取はこの場に来た用件を早速切り出した。

 

 今回遊真に会う事を申し出たのは、単純に未だ見ぬ強者との戦闘経験が欲しいからだ。

 

 近界民、というからには並々ならぬ使い手である事が予想出来る。

 

 香取は、木虎との戦いを経てまだまだ強敵との戦闘経験が足りないと感じていた。

 

 だからこそ、少しでも今は上位の実力者相手の経験値が欲しい。

 

 これはその機会になると考え、飛びついたワケである。

 

 迅もまたそんな香取の思惑が分かっていたからこそ、遊真と会う事を承諾したのだ。

 

 それが、今後の為になると信じて。

 

「いいぞ。10本でいいか?」

「それでいいわ。さ、行くわよ」

 

 そして、遊真と香取。

 

 二人の模擬戦が、開始された。

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