何このクソゲー、と香取は内心で盛大に悪態をついた。
確かに、不利どころか勝ち目が殆ど無い相手である事は承知していた。
黒トリガーの出力は昇格試験で身を以て知っているし、それを使いこなす熟練者の技量が高い事も予想していた。
だからといって、今身に受けている理不尽に対しては愚痴らずにはいられない。
まず、最初に分かったのはあの遊真という少年の持つ黒トリガーの能力は風刃とは真逆で汎用性に富んだものである事。
そして、幾つ能力が備わっているのか上限が予想出来ない事だ。
最初は、速度と膂力を強化する能力でやられたので純粋な身体能力強化系のトリガーか、と考えた。
だが、違った。
これは、そんな単純なものではない。
次の試合では、あろう事かあの
それ以上の重量付加効果のある重石を撃ち出す攻撃を、全方位に放って来た。
入り組んだMAPであるならばまだしも、此処は四方を壁で囲まれ障害物の存在しない訓練室。
当然逃げ場などある筈もなく、成す術なく重石を撃ち込まれてそのまま首を落とされた。
香取はこの時点で、遊真の黒トリガーの能力がコピー能力ではないか、と見当を付けた。
身体能力強化のやつの種は不明だが、重石を撃ち出す攻撃は恐らくアステロイドと鉛弾を複合させたものだろう。
その証拠に、攻撃の際に「錨」という文字と「射」という文字が浮かんでいた。
状況から推察するに、あの黒トリガーはストックしたコピーの中から一つまたは複数のものを選択し、使用出来るのだろう。
黒トリガーの出力で、である。
恐らく、彼の黒トリガーの能力は純粋なコピー能力。
強化されているように見えるのは、単純に黒トリガーの出力でそれを扱っているからだ。
黒トリガーは使用者のトリオンを、起動中莫大な数値にまで引き上げる効果がある。
それだけのトリオンを用いてコピー能力を使用するのだから、オリジナルのそれよりも出力が上回るのは自明の理だ。
鉛弾の欠点である弾速と射程の低下も、その大出力を用いる事で強引に補っているのだろう。
この能力は、恐らく三輪の鉛弾から読み取ったものだ。
故にこそ、高い基準で能力が再現されていると予想出来る。
三輪の鉛弾は、A級特権を利用して作成した特注型だ。
それを参考にしているのだから、相応に性能が高くなるのは当然といえば当然である。
ともあれ、シールドを透過する鉛弾と同じ性能を持った弾丸があろう事か全方位攻撃で飛んで来るのだ。
しかも、この逃げ場の無い訓練室で。
初めて食らった時には何の冗談だ、と思ったものだ。
流石にやり過ぎたと思ったのか、開幕で重石をぶっぱする、という害悪戦法を取って来なかったのが幸いか。
しかし、手加減する気は微塵もないようで、こちらが少しでも隙を見せれば容赦なく重石の弾をぶっ放して来る事に変わりはない。
これまで香取はその都度抗って来たが、結局一度たりとも重石の弾幕を超えられた事はない。
気付けば、もう8戦目。
これまでの8戦では、一度たりとも遊真に有効打を与えられてはいない。
約束の10本目まで、この試合を含めてあと三本。
いよいよ、後がなくなって来た。
(このまま終わって、たまるもんですか…………っ!)
香取は意を決し、グラスホッパーを踏み込んで疾駆した。
常に移動しながら拳銃で牽制しつつ隙を伺う────────────────この作戦は、既に試した。
結果は、動きを見切られて懐に入り込まれての一撃による脱落。
隙らしい隙を見つける事が出来ず、呆気なく落とされた。
第一前提として、遊真は戦闘者として香取より格上である。
格上相手はまず見に徹し、勝機を探るのが常道ではあるが────────────────今回の場合、
逃げ場のない訓練室で、莫大な出力を誇る黒トリガーを相手にしているのだ。
下手な延命策に走っても、トリガーの出力と地力の差で押し込まれるだけだ。
これが森林MAPや工業地帯等の入り組んだ複雑な地形であればヒット&アウェイを繰り返して隙を伺う事も出来ただろうが、今回はそういった逃げ場が無い戦場である。
互いの地力がダイレクトに出る試合条件である以上、時間稼ぎは下策でしかないのだ。
故に、今回選んだ戦略は────────────────速攻。
香取は跳躍と同時にハウンドを放ち、遊真に防御行動を強要する。
どうやらこの黒トリガーには盾の機能もあるようではあるが、香取の見立てではそれを使用している間は他の機能を────────────────即ち、攻撃は行えない。
というよりも、遊真の黒トリガーはコピー能力により多種多様な能力を使えるが────────────────それはあくまで能力の
鉛弾の連射のように、二つの機能を組み合わせて使用する事も出来るようだが、どちらにせよ切り替えの時が隙である事に変わりはない。
香取の与り知らぬ事ではあるが、今の遊真はレプリカのサポートなしで黒トリガーを使用している。
レプリカのサポートがあればそういった隙はほぼ全て取り除けるのだが、それがない以上香取の推測はさして間違ったものではない。
防御行動を強要し、その隙に攻め込む。
成る程、確かに発想はそう間違ったものではない。
防御と攻撃は同時には行えない、というのが戦いに置ける基本だ。
たとえ射手であろうとシールドを張っている間は
「────────
だがそれは。
遊真が、
遊真は『弾』と描かれた印により、自らを射出。
一気に香取に肉薄し、拳の一撃で胴を吹き飛ばした。
『トリオン漏出過多。香取ダウン』
「く…………!」
これで、8回目の黒星。
あと二戦。
もう、本当の意味で後が無い。
(グラスホッパーと同じ、加速能力…………っ! こんなのまであるなんて…………っ!)
今見せた能力は、これまでの7試合では使わなかったものだ。
推論の通り、その性質はグラスホッパーに似ている。
しかし、出力そのものが段違いだ。
明らかに、グラスホッパーの数倍程度のスピードは出ている。
だからこそ、反応し切れなかった。
気付けば、目の前に遊真がいた────────────────どころではない。
気付いた時には、既に攻撃を叩き込まれていた。
そういうレベルだ。
これまで使っていなかった能力を使わせた事は、進歩ではある。
だが。
(ただやられてちゃ、意味がないのよ…………っ!)
自身の糧となったかと言われれば、疑問が残る。
今回の模擬戦は、遊真に勝つ事が目的ではない。
格上相手の、未知の脅威に対しどれだけ咄嗟の対抗策が編み出せるか。
そういう経験を積む為の、
まだ、足りない。
まだ、遊真の意表を突くだけの対抗策を、香取は編み出せてはいない。
これで終わっては、こうして戦いを挑んだ意味がない。
学ばなければ。
この機会に、もう一度。
黒トリガーに、一矢報いる機会を。
あの時の雪辱を、今度こそ晴らすのだから。
「────────!」
9本目。
香取は試合開始と同時にグラスホッパーを踏み込み、天井へ向かって跳躍。
即座にグラスホッパーを再展開し、遊真の頭上に躍り出た。
そしてそのまま、グラスホッパーを踏み込み急降下。
スコーピオンをその手に、遊真に向かって斬りかかる。
真上は、人間の死角だ。
空から降りて来る襲撃者など早々いない以上、どうしたって頭上への反応は鈍くなる。
上からの奇襲は、確実性の観点から言えば決して間違ってはいないのだ。
されど。
「────────!」
遊真は落ちて来る香取に対し、重石の弾を撃つ事で対処した。
至近距離で放たれた重石の弾は、香取のスコーピオンに命中。
咄嗟に重石ごとブレードを破棄しようとした香取だが、一手遅かった。
遊真は香取が重石を振り払う前に、『強』の印により強化された拳を振るう。
『トリオン供給機関破損。香取ダウン』
結果、香取の左胸が吹き飛ばされ致命。
9戦目も、香取の敗北で終わった。
(ミスった。今のは、アタシの落ち度じゃない)
今の戦闘の敗因は、ハッキリしている。
香取がスコーピオンを、腕からそのまま生やしていた為だ。
香取は至近距離での鍔迫り合いこそが真骨頂である為、スコーピオンを使用する時は手に持つのではなく身体から直接生やして使う事が多い。
いわば癖のようなもので、今回もまた香取は手の甲から直接ブレードを生やしていた。
これが、仇となった。
手に握っていたのであればその場で投げ捨てれば済むところだが、香取は直接身体からブレードを生やしていた為にブレードごと破棄するという手段を取らざるを得なかった。
その隙は歴戦の傭兵相手に許容出来るものではなく、結果としてそれを見逃さなかった遊真によって仕留められたのだ。
(あと、一戦。もう、本当に後が無い。どうすれば…………っ!)
本当の意味で、後が無い。
焦る香取の脳裏に、これまでの経験が走馬灯のように蘇っていく。
そして────────────────。
(────────! これだわ。ううん、これしかない。これで駄目なら、どうしようもないわ)
────────────────1つの答えに、辿り着いた。
香取の脳裏に浮かんだのは、七海の戦闘映像。
ログで見た、とあるROUNDのワンシーン。
それが、ヒントだった。
(やってやるわ。見てなさい、
(葉子…………)
華は目に光を宿した香取を見て、思わず息を漏らした。
あれほど真剣な目の香取など、いつ以来だろうか。
華には分かる。
あれは、自棄になった者の眼ではない。
明確な、勝機を手にした者の眼だ。
きっと、有効な策を思いついたのだろう。
それくらい、やってくれる。
華は、当然のように香取が期待に応えてくれると確信していた。
何故なら。
(出来るよ、きっと。やる気になった葉子は、誰にも負けないんだから)
「行くわよ…………っ!」
試合開始と同時に、香取は駆けた。
今度は上へ跳躍もしなければ、距離を取る事もしない。
最短距離での、真っ向勝負。
香取が選んだ選択は、それだった。
「────────」
自棄になったか、と油断────────────────は、しない。
遊真は、これまでの戦闘で香取を正しく評価していた。
今の彼女は、捨て鉢になるような事は有り得ない。
何故なら、眼が違う。
今の香取の眼は、ギラついている。
あれは、狩人の眼だ。
獲物を観察し、狡猾に罠を仕込み、論理を相手を追い立てる狩猟者の眼だ。
あんな眼をしている以上、無策では有り得ない。
そう考えて。
「…………っ!」」
遊真は、容赦なく
当たれば重石が付加される、黒い弾丸。
それが、全方位へと撃ち出される。
仮にグラスホッパーで横に逃げても、全方位に放たれた重石弾全てを避ける事は叶わない。
このまま突っ込んで来ても、それは同じ。
シンプル故に強力な、重石の弾幕。
それを。
「────────!」
彼女は、自身の手に持つスコーピオンを投擲し、正面から迫る重石弾の盾とした。
香取に迫っていた弾丸は、投擲されたスコーピオンに着弾し重石を付加。
鈍い音と共に、地面に向かって落下する。
遊真は逃げ場をなくすように、弾丸を全方位に射出した。
つまりそれだけ、弾幕の
故にこそ、香取は正面からの特攻を選択した。
姿勢を前のめりにしてグラスホッパーに撃ち出されれば、被弾面積は可能な限り減らす事が出来る。
その上でスコーピオンを投擲し、重石弾への盾とした。
投擲し、盾としたスコーピオンは重石によって自動的にその場に落下する為、突撃の邪魔になる事はない。
そして、この距離ならば先ほどのような大味な反撃はない。
あのグラスホッパーの類似品は、出力は高いが小回りは効かない。
故に、此処まで来ればこっちのものだ。
この距離では、あの加速は活かせない。
こちらの攻撃の方が、あちらの反撃よりも速い。
そう確信して香取は刃を振り下ろした。
「…………っ!?」
だが。
振り下ろした刃は、空を切った。
遊真が。
躊躇なく、後ろに跳んだ事によって。
これには、香取も本気で驚いた。
これまで、遊真は絶対的な強者として香取の前に立ちはだかった。
だからこそ、思いつけなかった。
彼が、自分相手に
とはいえ、さして難しい話でもない。
遊真は、香取相手に微塵も油断をしていない。
油断をすれば、やられるのはこちらの方だと。
理解しているからだ。
確かに、順当にやれば10回中10回遊真が勝つだろう。
だが、絶対ではない。
何かしらのイレギュラーが起これば、喉元を食い破られる恐れがある。
それに、傭兵稼業の長かった遊真にとって逃げる事は恥でもなんでもない。
勝利する為に必要な工程の一つ、という認識でしかない。
故に。
遊真は容赦なく。
攻撃を空振りし、態勢を崩した香取に向かって再び重石の弾を撃ち放った。