遊真は、隙を見せた香取に向けて
攻撃を空振りし、態勢を崩した香取。
或いは、そのまま踏み込んで
だが、遊真は手堅く重石の弾を撃つ事を選んだ。
目の前の少女の技量自体は、遊真には及ばない。
されど、それは遊真の勝利を絶対とする根拠には成り得ない。
そも、戦場では
全てが予定通りに進む戦い、などというものはまず有り得ない。
大なり小なり、戦闘には
そして、香取はその小さな綻びを強引に押し開ける事の出来るだけの
故に、手は抜かない。
香取は自身と同じ、機動力を頼りとするスピードアタッカー。
ならば、反撃の手段を封じるにはその機動力を削ぐのが効果的だ。
この訓練室には、障害物が一切存在しない。
故に、シールドを透過する重石の弾は回避する以外に防ぐ手段はなく────────────────全方位に撃てば、避けるだけの隙間は無い。
そして、今回は全方位に撃つ必要はない。
先程は、弾を拡散し過ぎた為にスコーピオンで凌がれた。
ならば、話は簡単だ。
ある程度収束した上で、尚且つ回避不能な範囲に弾丸を放つ。
現在、香取は攻撃の失敗により態勢を崩している。
故に、此処から回避行動を取るにしても限界がある。
あのジャンプ台トリガー、グラスホッパーを用いれば強引に回避する事は出来る。
されど、遊真は既にグラスホッパーによる加速による退避可能な範囲を見切っている。
グラスホッパーは触れたものを弾き飛ばすトリガーだが、当然ながらその反発によって生じる加速には限度が────────────────即ち、射程限界がある。
つまり。
それを考慮した上で、射程限界をカバー出来るように弾丸の斉射範囲を調整すれば良い。
それに。
万が一避けられたとしても、距離を取った時点で香取はジリ貧に陥る。
何せ、遊真は重石の弾を連射し続けるだけで良いのだ。
この訓練室では回避するにも限度がある以上、極端な話重石の弾を連射するだけで勝てるのだ。
これまでそれをしなかったのは格上相手の戦闘経験が欲しいという香取に対する最低限の配慮であり、それ以上でも以下でもない。
故に、もしも香取が距離を取ってしまうようなら遊真は容赦なく
格上相手の戦闘経験が欲しい、と言ったのは香取だ。
だからこそ、此処で手を抜くのは彼女に対しても失礼だろう。
そう考えて、遊真は重石の弾を撃ち放った。
回避しようと距離を取れば、ジリ貧になって終わる。
かといってこのままでは重石の弾が直撃し、香取の身動きが封じられる。
これは、そういう状況だった。
「…………!」
けれど。
香取は、諦めてはいなかった。
彼女は、重石の弾に対し回避行動を取らなかった。
選んだのは、回避ではなく────────────────
香取は自ら右腕を振るい、自ら重石の弾へ
結果、彼女の右腕に複数の弾が着弾。
無数の重石が彼女の右腕に出現し、それと同時に香取の脇腹から伸びたスコーピオンが右腕を切断。
少女の右腕は、重石と共に彼女の右足の前に落下した。
(右腕を犠牲にしたか。となると────────)
特攻か、と遊真は身構える。
恐らく、香取は最初から右腕を捨てるつもりだった。
此処で距離を取ればジリ貧になって終わるというのは、彼女も分かっていたのだろう。
だからこそ。回避ではなく右腕を犠牲にした防御を選択した。
このまま、勝負を決める為に。
現在、遊真と香取の相対距離は数メートル程度。
無論ブレードが届く距離ではないが、グラスホッパーの加速があれば一息に届く範囲ではある。
香取はこのまま、グラスホッパーを用いて勝負を決めに来る筈だ。
今現在遊真は
香取はその隙を逃さず、仕留めに来るつもりだろう。
しかし、遊真とてそのままやられるつもりはない。
全力で防御すれば、腕の一本程度は取られるだろうが充分凌ぎ切れる筈だ。
香取の近接戦闘能力の上限は、既に分かっている。
些か厳しいが、全ての神経を目の前の香取に集中すればどうにかなる。
そう考えて、遊真は最大限の警戒を以て香取の動きを注視した。
「…………っ!?」
結果。
遊真は、
彼の背後。
床から伸びる、一本の刃。
それは、地面や障害物を通ってスコーピオンを出現させる発展技法。
だが、通常のそれではない。
香取と遊真の現在の立ち位置では、もぐら爪では射程が足りない。
ならば、応えは一つ。
これは、
以前ランク戦で七海が使用した、発展技である。
遊真は、もぐら爪もマンティスもまだ詳細を知らない。
もぐら爪はさわりだけは教えられていたが、マンティスについては教えられる者が玉狛支部にはいなかった。
つまり、これは遊真にとって
だが。
ただの未知では、遊真に届かなかっただろう。
もし、香取の右足の前に切断された右腕が落ちていなければ、
そう、全てはこの為。
香取は敢えて右腕で重石を受け止める事で、その切断を違和感なく実行に移した。
もぐら爪の発動を、自身の右腕という
「やるね」
『トリオン供給機関破損。遊真ダウン』
称賛と共に機械音声が鳴り、遊真の敗北が告げられる。
結果は、9:1。
遊真の圧勝ではあるが、最後に一度。
香取は、強者の喉元に刃を届かせたのだ。
「フン、やってやったわよ。ざまあ見なさい、
そして、香取は。
誇らしげに、不敵な笑みを浮かべて見せた。
「空閑が、負けるなんて…………」
「最後に一回負けただけだけどね。でもまあ、大金星じゃない。黒トリガー相手に、一矢報いれたんだから」
遊真の敗北、という結果に驚く修と、素直に称賛する小南。
修は心の何処かで、遊真の強さに幻想を持っていたのかもしれない。
だからこそ驚愕を露にしているが、遊真と実際に手合わせをしている小南は彼が無敵でもなんでもない事を知っている。
確かに、並の相手では歯が立たない実力者である事は間違いない。
A級でも、近接戦闘でまともに遊真の相手を出来るのは数える程だろう。
だが、それは遊真が無敵の存在である事を意味しない。
相手に出来るという事は、当然勝つ可能性もあるという事だ。
それに今回は、もぐら爪とマンティスという遊真にとっての未知を組み合わせた戦術でもあった。
それを隠し通す為に自ら右腕を捨てた事といい、香取の判断力はそう悪くはない。
むしろ中々センスがあると、小南にしては珍しく素直に彼女を評価していた。
もっとも、「一番強いのはあたしだけどね」と心の中で呟く事を忘れないのが小南が小南たる所以であるが。
「そうですね。まさか、もぐら爪マンティスをものにしているとは思いませんでした」
「ま、それだけ努力したって事でしょ。あの子、元々センスはあるみたいだし」
七海の言葉に、小南はそう言って笑みを浮かべた。
確かに、香取はマンティスを習得していた。
しかし、練度は影浦どころか七海とも比べるべくもなく、自由な形状変化にまでは至っていなかった。
ただ二つのスコーピオンを繋げるだけの疑似的なマンティスと、自由自在に形状を変えて変則的な軌道を描くマンティスとでは、その難度に雲泥の差がある。
特に、地面を通すもぐら爪と併用しているなら猶更だ。
だが、香取はそれをやってのけた。
恐らく、血の滲むような鍛錬によって。
彼女はもう、努力を知らないただの天才ではない。
自らの才能を努力によって磨き、上位者の
以前の香取と同じと思っていては、足元を掬われるだろう。
それだけの強さを、今の香取は持っているのだから。
「…………葉子」
そんな香取の映像を見て、染井は薄く笑った。
それは何処か、寂し気で。
されど、確かな。
喜びが、滲んでいた。
「ホンット、マジでクソゲーだったわ。黒トリガーって、あんなのばっかなのっ!?」
帰り道。
香取は染井相手に、盛大に愚痴を漏らしていた。
最後に一矢報いはしたが、それまでにボコボコにされた事は矢張り根に持っているらしい。
香取らしいその姿に、染井は思わず苦笑した。
「もう、笑わないでよ。ホント、何度止めようと思ったか分かんないんだから」
「でも、最後には勝てたじゃない。あれ、小南先輩も褒めてたよ」
「え? マジ?」
「嘘は言わないよ」
そっかー、小南先輩がねー、と香取はまんざらでもなさそうな顔で頷いた。
香取にとって小南は、木虎と違い年上である分割と素直に密かな憧憬の念を抱いている実力者である。
同じく年上の実力者の女性隊員には那須がいるが、彼女は
しかし小南は本人の性格に全く嫌みがなく、張り合っても疲れるだけなので純粋な憧れが先に来るのだ。
ボーダー最強と名高い、玉狛支部のエース
本人がランク戦から離れており競い合う事がない分、余計な肩肘を張る必要がない事もある。
だからこそ、彼女に評価されたというのは香取にとって吉報と言えた。
「それから、七海先輩も褒めてたよ。よくあの技を習得出来たって」
「…………ふぅん、そっか。あいつもそう言ってたのね」
七海から評価されたと聞き、香取は複雑な顔をした。
正直に言えば、自分の力が色々な意味で意識している七海に認められたのは誇らしい。
しかしこれまで何度も負けた経緯から敵愾心を抱いている相手であるのも事実なので、素直には喜べないのだ。
このあたり、賞賛には割と素直に礼を言う七海と捻くれている為中々本音を言えない香取の差異と言える。
「それで、どうだった? 黒トリガーの相手は」
「さっきも言ったけど、マジでクソゲーだったわ。これがゲームならカセット叩き割るレベルでね」
だって、と香取は憤慨するように声を荒げた。
「防御無視のデバフ攻撃が、逃げ場のない場所で全方位に飛んでくるのよ? 最初食らった時はマジふざけんな、って思ったわよ」
「でも、それは障害物のない訓練室だったからってのもあるでしょう? たとえば市街地MAPとかならどう?」
「そっちはそっちで、あの白チビがぴょんぴょん飛び回りながらあの重石弾をばら撒いて来るのよ? デメリットのない
香取の言う通り、複雑な地形であればその分遊真の三次元機動が解禁される。
自在に動き回る遊真という移動砲台から、速度低下や射程距離の減衰のない
その時点で、悪夢でしかない。
流石に訓練室で戦うよりは抵抗の余地はあるだろうが、難敵である事に変わりはないのだ。
「でも、そんな相手に一矢報いたんだから葉子は凄いよ。私ならきっと、途中で諦めちゃうし」
「何言ってんの。華がいるから、アタシは強くなれたんだから。アタシこそ、華がいなかったら途中でボーダー止めてたわよ」
だって、と香取は笑みを浮かべた。
「アタシが戦えるのは、華が見守ってくれてるから。華と一緒の日常を守りたいから、アタシは戦うの。華がいて、あとついでに雄太や六郎もいる日常。それがアタシの守りたいものだし、なくしたくないものだから」
「葉子…………」
香取の言葉に、華は目を見開いた。
普段は素直になれない親友が、此処まで自分の本心を語るなど。
これまで、なかった事だから。
「また、あの大規模侵攻が来るって言うじゃない? 多分、かなり厳しい戦いになると思う。そうじゃなきゃ、ここまで色々動いたりはしないでしょ」
香取は真剣な声色で、そう告げた。
大規模侵攻の。
四年前の悪夢の記憶は。
今尚、彼女に色濃く刻まれているのだから。
「アタシは、アタシが出来る精一杯をやって街を守ろうと思うんだ。その為ならやれる事はなんだってやるし、嫌いな奴に頭を下げたりもしたげる。そうしなきゃ守れないなら、四の五の言ってられないもの」
だから、と香取は続ける。
「華も、一緒にやって欲しいの。華が応援してくれたら、アタシはきっと頑張れるから」
「ええ、勿論。私は、今も昔も葉子と一緒よ。何が起きようと、それだけは変わらないわ」
「アタシも、華が一緒ならなんだってやれるわ。それから────────」
香取と華は、そう言って笑い合う。
二人の少女は、並んで歩く。
刎頸の交わりの如き、深い繋がりを持つ少女達は。
来るべき戦いへの覚悟を決め、前を向く。
未だ見ぬ、倒すべき敵を見据えて。