痛みを識るもの   作:デスイーター

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Before the storm/決戦前・間章
風間蒼也①


 

「七海、そこに座れ。お前には色々言いたい事がある」

「はい」

 

 風間隊、隊室。

 

 その部屋の主である風間は呼び出した七海が中に足を踏み入れるなり菊地原に指示をして鍵をかけ、仁王立ちで着席を宣告した。

 

 明らかに、怒っている。

 

 表面上は普段と変わらないが、眼が笑っていない。

 

 溢れ出る怒気がオーラとなっているかのようで、部屋には重苦しい空気が満ち満ちている。

 

 加えて、怒っているのは彼だけではない。

 

 菊地原もまた、普段より数割増しで仏頂面を見せて(へそを曲げて)いる。

いる。

 

 傍目からは分かり難いが、なんだかんだで付き合いの長い七海にはその怒り具合が察せられた。

 

 その原因に心当たりのある七海としては、素直に従う他ない。

 

 幸い、この場にはストッパーとなる歌川と三上もいる。

 

 もっとも。

 

 その二人も何やら含みのある様子なので、何処まで頼りに出来るかは分からないが。

 

 まあ。

 

 元々、七海に糾弾を避けるという選択肢はない。

 

 自分のやった事やその影響も理解しているので、 責は甘んじて受ける覚悟である。

 

「七海、お前はあの迅を倒すという難行を乗り越えてようやくA級になった身だ。今回の行動は、その努力を無にする可能性があった事を理解しているのか?」

「ええ、理解していました。保険というか、根回しはやって貰いましたが、リスキーな行動であった事は事実です」

 

 確かに、風間の言う通り今回の七海の行動は折角のA級昇格を取り消される危険性を孕むものだった。

 

 何せ、ボーダーのトップである城戸司令の命令に背く行動を取り、隊務規定違反である「ボーダー隊員同士の私闘」をやらかしたのだ。

 

 きちんとした根回しや上層部とのコネがなければ、本当にA級昇格を取り消されていた可能性は充分にあったのだ。

 

 風間としては、折角弟子が晴れてA級となった矢先にこんな真似をされたとあっては怒りたくなるのが人情だろう。

 

 元より、風間は身内や一度認めた相手に甘い。

 

 今回怒っているのも、偏に七海を心配したが故だ。

 

 どうでもいい相手なら、そもそもわざわざ呼び出して説教したりはしない。

 

 関心のない相手に時間を使う程、風間は物好きでも暇でもないのだから。

 

「ですが、後悔はしていません。あの時はあれが、俺のやるべき事だったと思っていますから」

「本当にそうか? 俺や太刀川は、迅相手に負けた。お前がいなくとも、案外なんとかなったかもしれないぞ」

 

 風間はそう言って、ジロリと七海を睨みつけた。

 

 本当に、七海があの戦いに参加する必要があったのか。

 

 ただ、迅の言葉に乗せられただけではないのか。

 

 風間はそう、問うているのだ。

 

 気持ちは分かる。

 

 風間は、迅相手に敗北を喫している。

 

 そして、その強さを改めて思い知った筈だ。

 

 その迅の実力を見ているからこそ、彼がどういった思惑で七海を参戦させたかを少々図りかねていた。

 

 故に、もし此処で七海が「迅さんに言われたから」などと口にした場合は、問答無用で張り倒すつもりでいた。

 

 その問いに、七海は。

 

 誇らしげに、笑みを浮かべた。

 

「────────────────いえ、俺が行かなきゃ迅さんの描いた未来へは辿り着けなかったと聞いています。俺自身も、ただの数合わせで参戦したつもりはありません。あれは、俺の意思でやった事です」

「迅に誘導された結果ではなく、か?」

「はい。俺は迅さんに、今回の戦闘の成否が今後の未来を左右すると聞かされました。そして、俺と玲の協力がなければ失敗する可能性も充分あったという事もです」

 

 そもそも、と七海は続ける。

 

「俺があの最終試験の時、太刀川さんは迅さん攻略の為のアドバイスをくれました。つまり、太刀川さんは迅さん相手の戦い方を分かっていたという事ですし、風刃の性能もあの試験の戦闘を見ていたから知っています」

「つまり、風刃の性能が知られている状態では迅単独で俺たちの相手をするのは厳しいだろうとお前は考えたという事か。だが、結果として俺たちは迅にやられているぞ」

「それはあくまで結果論です。それに、本当に迅さん一人にやられたとは風間さんも思っていないのでは?」

 

 む、と風間は七海の指摘に口を紡ぐ。

 

 勿論、それは風間とて分かっている。

 

 分かっていて、七海に問いかけたのだ。

 

 彼の真意を、問う為に。

 

「きっと、俺や玲がいなければ風間隊と太刀川隊は総出で迅さんに対処したと思います。でも、そうはならなかった」

 

 何故なら、と七海は続ける。

 

「出水さんは玲の対処をしなきゃいけなかったし、三輪と米屋は俺一人で相手をしていたので菊地原は嵐山隊の対処に割かざるを得なかった。これでも、俺たちが参戦した意味が無いと言えますか?」

「ふむ、それも結果論だ────────────────と返すのは、流石に意地悪が過ぎるな。まあ良いだろう。お前が良く考えた末に行動した事は理解した。試すような真似をして、すまなかったな」

「いえ、風間さんの立場を考えれば仕方のない事だと思います。俺が風間さん達よりも迅さんを優先した事に変わりはありませんから」

 

 七海はそう言って、苦笑する。

 

 確かに、今回七海は形式上とはいえ風間達と敵対する事を選んだ。

 

 それは風間達よりも迅を優先したと取られかねず、七海自身それは否定していない。

 

 七海は迅の望む「最善の未来」へ進む為に必要な工程であったと理解しているが故に躊躇はなかったが、それでも恩師と敵対したという事実に変わりはない。

 

 だからこそこうして話をする場に赴いたのであり、彼等と敵対した事に対して何も思っていないワケではないのだ。

 

「別に恨み事を言うつもりはない。お前がお前できちんと考えて行動したのなら、謝罪は不要だ。根回しもしっかりやっていたようだし、お前の意思さえ確認出来れば俺としては文句はない」

「ぼくとしては大ありですけどね。やるならやるで、せめて一言くらい言ってくれても良かったんじゃないの?」

 

 完全に割り切っている風間と異なり、菊地原はぶーたれたままそう言って七海をジト目で睨む。

 

 今回の顛末を知った時から、菊地原は不機嫌モードが継続中だ。

 

 元々、七海の一人で何もかも抱え込む性質を良く思っていなかった菊地原なだけに、今回の騒動に関して自分に何の相談もなかった事が気に食わなかったらしい。

 

「いや、立場上それは難しかったんじゃないか? 今回の件がある種の茶番だと知られないように、秘密裏に立ち回る必要があったワケだし」

「そんなの、直接会わなきゃどうとでもなるじゃん。知らされても黙っている事は出来たし、ぼくってそんなに信用ないの?」

 

 歌川のフォローに対し、菊地原はむすっとしたままそう返す。

 

 確かに、彼の言う通り携帯で連絡する等の方法はあったのだ。

 

 それをしなかったのは単純に忘れていたか、情報漏洩に過敏になり過ぎていたかのどちらかだ。

 

 つまり、菊地原は自分が秘密を打ち明けられる程信頼されていなかった事にショックを受けている、という事だ。

 

 要するに彼の言葉を翻訳すると、「自分にくらい事情を話してくれたって良かったじゃん」という意味である。

 

「いや、すまない。それは俺の落ち度だな。そのあたり、気を配るべきだった」

「まあいいけどね。どうせ、鈍感な七海にそういうのが出来るとは期待してなかったし。でも、ちゃんと埋め合わせはしてよね」

「分かった。俺に出来る事であれば後で付き合うよ」

 

 分かればいいよ分かれば、と菊地原はため息を吐きながら渋々といった感じで納得するが、声色を聞けばなんだかんだで嬉しがっている事は明らかだ。

 

 菊地原は考え方が女性のそれに近く、本心は語らずに相手に自分の意図を察して貰う事を期待する傾向にある。

 

 今回も自分の意思がきちんと七海に伝わった事を理解し、上機嫌になっているワケだ。

 

 ちなみにそんな菊地原の心理状態は風間隊の面々にはお見通しであり、微笑ましい視線を向けている。

 

 普段であればその手の視線には敏感な菊地原だが、今は「どんな埋め合わせをして貰うか」と考えるのに頭が一杯で、その事には気付いていない。

 

 そんなところが、菊地原がなんだかんだで風間隊で可愛がられている理由なのだろう。

 

「そういえば、今日だったか。例の近界民(ネイバー)が入隊する日は」

「ええ、三雲くんもそれに付き添っている筈です。彼のチームになる二人が、今日入隊式ですから」

「三雲か。そういえば、まだちゃんと会った事もなかったな」

 

 風間はふむ、と思案する。

 

 修の事は、簡単な概要だけは聞いている。

 

 先日無断でのトリガー使用という隊務規定違反を冒したが、迅の介入により有耶無耶となる。

 

 更に件の近界民との橋渡し役でもあり、迅も特別に目をかけて七海が指導に携わっている。

 

 本人のトリオン及び戦闘能力が低い事は、聞いている。

 

 だが。

 

 迅や七海といった面々から目をかけられている、という時点で風間にとっては無視出来ない存在でもある。

 

 それに。

 

 迅が、あの風刃を手放してまで肩入れした相手。

 

 気にならない、と言えば嘘になる。

 

「七海、少し付き合え」

「構いませんが、どちらに?」

「決まっている」

 

 風間は時計を見ながら立ち上がり、不敵に微笑んだ。

 

「迅の後輩に興味が沸いた。どういう奴か、直に確かめておきたいんでな」

 

 

 

 

「成る程、彼が件の子ね」

 

 ボーダー本部、訓練室。

 

 入隊後の対戦闘訓練にて0.4秒という驚異的な成績を叩き出した遊真に注目が集まる中、当然のように修の隣を陣取った木虎は腕を組んで頷いた。

 

 木虎はあの学校にイレギュラー門が開いた日、遊真とは顔を合わせてはいない。

 

 もしも木虎があの場で隊務規定違反を冒した修を批判するような事を言っていれば遊真がフォローに向かったかもしれないが、それもなかった為に関わる機会がなかったのだ。

 

 あの時点で木虎は迅の介入によって修側の立場に立っていたし、わざわざ遊真の事を明かす必要性が薄かった、という事もある。

 

 しかし当然ながら、木虎は黒トリガー争奪戦に参戦するにあたってある程度の事情を聞いている。

 

 そして、玉狛支部所属の異様な実力を持つ新人隊員がいる、となればその正体を察する事は容易だ。

 

 近界民ならば、あの強さにもなんら疑問はない。

 

 そう考えて、しかし万が一にも誰かに聞かれても大丈夫なように「近界民」という言葉は避けているあたり、彼女のメディア慣れが伺える。

 

「という事はもしかして、あの時イルガーを引きずり下ろしてくれたのは彼かしら?」

「え、ああ、そう聞いているけど」

「そう。後でお礼を言っておかなきゃいけないわね」

 

 そして、そうと分かればあのバンダー戦で助力してくれた者の正体に行きつくのもまた通りだ。

 

 あの巨体を容易く牽引するだけの出力をどうやって出したのかは気がかりであったが、黒トリガーの使い手となれば納得である。

 

 詳しくはないものの、黒トリガーの出力が文字通り規格外である事くらいは、木虎とて知っているのだから。

 

「よう木虎。久しぶりだな」

「あ、烏丸先輩…………」

 

 そんな時、やって来たのは烏丸だ。

 

 普段通りの無表情を浮かべる彼の登場に、木虎は浮き足立つ。

 

 容姿端麗で誠実な彼に惹かれる女子隊員は多く、木虎もまたその一人だ。

 

 とはいってもアイドルへ憧れる女子学生じみた憧憬であり、恋愛感情かと言われれば疑問は残る。

 

 ともあれ、容姿端麗な男性を見れば騒ぎたくなるのが女子学生というものだ。

 

 木虎はそこらへんかなりミーハーなので、この反応も無理からぬ事と言えるだろう。

 

「うちの修が色々世話になってるみたいだな。一応こいつは俺の弟子なんで、よろしく頼む」

「あ、はい」

 

 修がそんな烏丸の弟子であると聞き、木虎は修を睨みつけ────────────────は、しなかった。

 

 実はその事はつい先日修との会話の中で既にバレており、その時にひと悶着があった後なのだ。

 

 結果としては丸く収まった為、今更木虎に修に対し含むところはない。

 

 若干羨んではいるようだが、それを口に出さないだけの分別はある。

 

 その日の木虎の指導が普段より数割増しで厳しかったというのは、完全な余談ではあるが。

 

「お前が三雲か」

「え…………? あ、はい。そうですが」

 

 木虎を中心に談笑する中、不意に修に声をかけたのは風間だ。

 

 彼はいつの間にか七海と共に近くまでやって来ており、ジロリと修の姿をその瞳に捉えた。

 

 思わぬ人物の登場に木虎や嵐山は目を丸くするが、風間はそんな事は知った事かとばかりに換装し、修の前に立った。

 

「お前の力を見てみたい。付き合え、三雲」

 

 そして。

 

 修を、戦いへと誘った。

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