「風間さん、どういうつもりですか? 三雲くんに模擬戦なんて」
突然の風間の誘いに対し、反応したのはその場の訓練を取り仕切っていた嵐山だ。
嵐山から見ても、風間の申し出は不自然極まりない。
確かに、修は見どころのある隊員だ。
だが、A級三位部隊隊長の風間と戦り合えるかと言われれば明確に否。
まず、まともな勝負にすらならないのが目に見えている。
故に、これを受ければ始まるのは一方的な蹂躙。
嵐山としても、そんな暴挙を許すワケにはいかなかった。
物申すのは、嵐山の性格的にも当然と言える。
「こいつは正隊員だろう。俺と戦ったところで何も問題はない────────────────と、言うのはフェアではないか。理由くらい聞かせてやる。だが」
「────────────────分かりました。では」
風間の意図を察し、嵐山の傍に控えていた時枝が残っていたC級隊員を別室に移動させる。
此処から先は、C級隊員に聞かせて良い話ではない。
風間の言葉のニュアンスから、その場にいた誰もがそう感じ取ったのだ。
「とは言っても、話は簡単だ。そいつは、迅が
風間はそう言って、ジロリと修を正面から見据えた。
戦闘慣れしていない修にも感じられる、強者の視線。
本当に彼が、迅が期待をかけるだけの価値がある存在なのか。
それを値踏みする、裁定者の眼だ。
それを受けて修は────────────────歯を食い縛って、見返した。
その眼を見て、風間はほぅ、と笑みを浮かべる。
虚勢だ。
見れば分かる。
だが。
修程度の実力で風間の威圧を受けて屈しなかったというだけで、見どころはある。
「それに、こいつは七海が指導をしたと聞く。なら、俺にもそれなりに口出しする権利はあるだろう。俺は、七海の師の一人だからな」
少なくとも、門前払いレベルではなさそうだ。
そう感じた風間は、七海を引き合いに出して修に返答を迫った。
予め、七海には許可は貰ってある。
そうでなければ、七海がこうして成り行き見守っている筈がない。
七海は風間の事を尊敬しているしその意思は最大限に尊重するが、決して彼のイエスマンというワケではないのだから。
「修…………」
「…………」
傍にいた烏丸や木虎は、成り行きを見守っている。
彼等から見ても、修が風間に挑むなど無謀が過ぎる。
だが。
烏丸は迅からある程度話を聞いていたからこそ、木虎は己が思惑があるからこそ。
横から、口出しをする事はなかった。
分かっているのだ。
この件について、自分たちは部外者。
決定権があるのは、あくまで修である。
故に。
修の師匠二人は、彼に決断を委ねる事に決めていた。
そして、彼は。
修は。
「────────受けます。やりましょう、模擬戦」
挑戦を。
受けた。
返答を聞き風間はニヤリと笑みを浮かべる。
そして踵を返し、訓練室へと入って行った。
「修、分かっているとは思うが。今のお前じゃ、勝てないぞ」
「分かっています。ですが」
「三雲くん」
激励を送る烏丸とのやり取りの最中、木虎がすっと歩み出た。
その様子を見て烏丸は一歩引き、木虎は修の正面に立つ。
「出来る?」
「ああ、一応練習では形になってたし。とは言っても、A級隊員相手に一度や二度でやれるとは思ってない。けど────────」
「そうね。貴方はそれで良いわ。行ってきなさい」
木虎の激励に修は「ありがとう」と言って、訓練室に向かった。
そのやり取りを見ていた烏丸はほぅ、と感心するように目を見開いた。
「随分、師匠がサマになってたな。俺より向いてるんじゃないか?」
「あ、す、すいません。烏丸先輩の弟子でもあるのに勝手な真似しちゃって」
「構わないさ。木虎と修は相性が良いようだし、これからも色々教えてやって欲しい。俺は正直、そこまで師匠に向いてるとは言えないからな」
烏丸はそう言うとちらり、と七海の方に目を向けた。
「師匠としちゃ、七海の方がずっと向いてるよ。少なくとも、俺じゃあ修を自力でB級に上げる事は出来なかったと思いますし」
「そちらは概ね七海先輩の功績ですよ。私はちょっと、最後の一押しをしただけに過ぎません」
「いや、それでも修がB級になれたのは木虎のお陰である事に変わりはない。俺じゃあ、あんなアドバイスは出来なかったからな」
木虎の謙遜に、七海がそう言って口を出す。
確かに、あのアドバイスは木虎にしか出来なかったものだ。
七海は普段から好戦的な面子とばかり関わっている為、「相手が戦いを拒否する」というケースに対応出来る下地がなかった。
影浦にしろ村上にしろ、戦いを挑めば喜んで受けるような面々ばかりだった為に、「相手が戦いから逃げる」という発想がなかったのだ。
一方、木虎は仮入隊の際に大量のポイントを得た状態でC級になり、尚且つトリオンが少ないというハンデを背負っていた為に、弱者のやり方は身に染みている。
木虎は最初は銃手として戦う事を選んだが、結果から言えばトリオンの少ない彼女に合致したポジションとは言えなかった。
C級時代はそれでもなんとかなったものの、B級に上がるとトリオン切れが理由となる敗北も少なくなかった。
銃手は一度ブレードを形成すれば良い攻撃手と違い、攻撃にもトリオンを注ぎ込む。
そして、木虎の戦い方はどちらかといえば攻撃に寄っている。
故に、銃手トリガーのみを武器とした場合は明確にトリオン量の差が響いて来るのだ。
だからこそ木虎は銃手から近接万能手に転向し、その甲斐もあってA級への道を駆け上がったのだ。
そういった経緯がある為、木虎は弱者の思考が理解出来る。
C級時代にはトリオンの少なさに目を付けられ、射撃トリガー使いにカモと思われて挑まれた事もあった。
だが木虎は類稀なる格闘センスを持っていた為、拙い射撃を潜り抜けて首を落とす事はさして苦ではなかった。
そんな木虎の強さが知れ渡ると一転、誰もが彼女との戦いを避けるようになった。
要は、B級に上がる直前の修と同じ状態に、木虎も過去陥った事があったのだ。
彼女の場合は元々3600という多大なポイントを最初から得ていた状態であった為、誰もが対戦を避けるようになった時点で昇格に必要な残りポイントは訓練で賄える程度であった為に足踏みする事はなかった。
そういった自身の経験があったからこそ、木虎は修の戦い方から自分と同じ状況に陥るのではないかと考慮し策を用意していたワケだ。
加えてトリオンが少ないという共通点がある為、木虎自身の経験を修にフィードバックさせ易いという面もある。
教え方に関しても多少上から目線が気になる事を除けば優秀であり、それも修は別段気にするタイプではないので巧く嚙み合っていると言える。
もしも修に対する初対面の印象が悪く最初に威圧的に振舞っていれば木虎の意地っ張りな性格も相俟って多少関係が拗れていたかもしれないが、幸いそういった事にはならなかった。
仮に迅の手回しがなく七海が修に指導を行うといった事がなければ、そういったケースも充分有り得たであろう。
だが、可能性の話をしたところで現在に影響はない。
大事なのは、今木虎は修の師匠として充分な適性を示しているという一点。
烏丸は、そこをきちんと評価しているワケだ。
「ですが、私は色々忙しいので毎回彼の面倒を見れるワケではありませんので。烏丸先輩からも引き続きご指導の程をお願い出来れば助かります」
「それは勿論だ。物覚えは良い方じゃなさそうだが、やる気は充分過ぎる程あるからな。ただ危ういところもあるから、そっちでも気を付けてくれるとありがたい」
「ええ、了解しています」
木虎としても、修の危うさには目を光らせなければならないと思っていたところである。
今回の風間の誘いにしろ、修は自分が必要と思えばたとえ無謀な事であろうと頑として引かない面がある。
まだ親交して間もない木虎であるが、イレギュラー門関係の修の様子を見ただけでも彼が放置出来ないのは充分過ぎる程に理解出来た。
極論を言えば、放っておけば勝手に死にそうなタイプである。
緊急脱出システムがあるのでそういった事態はないと思いたいが、聞けば彼は遠征を目指しているという。
木虎も遠征経験はないので詳しい事は知らないのだが、
今の彼が遠征部隊に選ばれるまで駆け上がるのは難しいだろうが、それでも目指している以上何もせず放置という選択肢は有り得ない。
性根を矯正────────────────は、まず不可能。
故に、危機への対処能力を鍛えていく他道はない。
「もしかして、だからか? 風間さん相手に惨敗すれば、危機に対する意識もしっかりするようになるって考えたとか?」
「いえ、彼は力不足を味わう機会には事欠かなかったでしょうから今更そんな事をしても意味はないと思います。彼、一回や二回の惨敗で止まるタイプだと思いますか?」
「いや、思わないな」
じゃあ、と烏丸は訝し気な眼で木虎を見据える。
「木虎は、なんで修を止めなかったんだ? 意味が無いと思ってるなら、止めても良かったんじゃないか?」
「意味が無いと思っていたら、流石に私も止めていました。彼は時間を無駄に使って良いほど、暇があるワケじゃありませんから」
「じゃあ、木虎はこの戦いにどんな意味があると思っているんだ?」
烏丸の問いに、木虎はそうですね、と呟き笑みを浮かべる。
それは、何処か嬉しそうな。
何かを期待するような、眼だった。
「────────────────格上相手に、一矢報いる経験。私は、この戦いで彼がそれを得られると思っています。勿論、一度や二度じゃ無理でしょうけどね」
『模擬戦開始』
アナウンスが響き渡り、模擬戦が開始される。
障害物の無い訓練室の中で、修と風間は一定の距離を取って睨みあっている。
修は、左腕にレイガストを。
風間は、両腕にスコーピオンを。
それぞれ構え、戦闘態勢を取っている。
(風間先輩はスコーピオンの使い手、つまり攻撃手。でも、最初から両手にスコーピオンを装備してるのはなんでだ?)
今の風間の状態は、
スコーピオンは、いつでも身体から生やせる利点を持つブレードトリガーだ。
接近しないうちから両腕に装備すればシールドを張る事も出来ず、良い的でしかない。
修は、風間の行動が単なる格下相手の慢心故のものとは考えてはいなかった。
こよみよがしに
それは。
(迂闊に踏み込んだ所を、カウンター狙いってところか)
修はB級ランク戦はログを含めて目にしているが、A級についての情報は殆どない。
A級に上がる為に倒すべき相手はB級隊員であり、A級よりもそちらを優先して情報収集していた為だ。
故に、風間の得意とする戦術やトリガー構成なども分からない。
先程の場で木虎に聞くという方法もあったが、今となっては詮の無い話だ。
幸い、風間は明確な対戦数は指定して来なかった。
一度で駄目なら、その経験を活かして次に繋げる。
そう考えて────────。
「────────気を抜いたな」
「え…………?」
すぅ、と、風間の姿が空気に溶けるように消え去った。
そして。
「ぐ…………っ!?」
突如目の前に現れた風間のスコーピオンが、修の首を掻き切った。
『トリオン供給機関破壊。三雲ダウン』
機械音声が、修の敗北を告げる。
訓練室である為
だが。
(いきなり目の前に現れて、反応出来なかった。今のは────────────────カメレオンか)
今の現象は、B級ランク戦で既に目にしている。
風間は、それの使い手だったワケだ。
「確かに一度負かした程度で終わりと言った覚えはないが、最初から
修の脳裏に今、「負けてもいいから」と考えが一瞬過った事は事実。
最初から一度で勝てるとは思っておらず、実力差を考えれば当然の思考。
だが、風間はそれを目敏く察知し、その気の緩みを突いたのだ。
値踏みするような眼の奥に、僅かな失望の光が見える。
お前は、この程度の男か。
風間はそう、問うているのだ。
「すみませんでした。もう一度、お願いします」
「────────良いだろう」
修の返答に満足し、風間は再び刃を構えた。
もし、修が何か言い訳を一言でも口にしていれば風間はその時点で踵を返して去っただろう。
だが、修は自分の非を認め素直に謝罪した。
組織に置いて真に害悪なのは、自分の非を認められない人間である。
重要なのはそこから学ぶか、学ばないかだ。
修は自身の非を認め、前を向いた。
風間はそこを評価し、模擬戦を継続する事にしたワケだ。
『トリオン供給機関破壊。三雲ダウン』
「く…………!」
もっとも。
覚悟一つで乗り越えられる程。
A級の壁は、容易くはない。
こうして。
長い模擬戦が、開始された。