「ボッコボコじゃねーか。風間の奴も大人気ねーな」
諏訪はモニターの前で映像を見ながら、溜め息を吐いた。
映し出される映像では、修が風間に一方的にやられている。
勝敗のカウントを告げる「三雲ダウン」という堤の声も、既に何度も聞いていた。
彼等はこの場の監督を任されており、本来であれば訓練生の経過を見るのが仕事だった。
しかし中途で風間がやって来て時枝が訓練生を外に出してしまった為、成り行きで模擬戦の監督を行う事になったワケである。
諏訪としては、腐れ縁である風間が無名のB級隊員に絡むという珍しい光景に興味を抱き引き受けたのだが、結果はただの蹂躙。
風間と戦っているB級隊員────────────────三雲修はお世辞にも強いとは言えず、それどころか何故B級に上がれたのか不思議なくらい弱かった。
まず、トリオンが少ない。
どうやら彼は射手のようだが、彼が形成するトリオンキューブはあまりにも小さい。
二宮のそれと比べれば、豆粒と言っても過言ではないほどだ。
動きも素人臭く、風間の攻撃にまるで対応出来ていない。
風間がボーダーの中でも一二を争う強者である事を鑑みても、あまりにも一方的に過ぎた。
こりゃどっかで止めた方が良いか? と、諏訪は思案をし始めていた。
(なんで風間のヤローがこんな真似してんのかは分かんねーが、流石にそろそろ止めるべきだろ。てか、なんであいつらは止める素振りも見せねーんだ?)
風間の視線が、別の方向を向く。
そこには試合を観戦する七海や木虎、烏丸といった面々の姿があり、彼等は修がやられる姿を見ながらも静観を続けている。
どうやら風間が戦っているB級隊員は彼等の関係者のようなので、ただのいじめにしかなっていない模擬戦など止めるべき、というのが普通の感覚だ。
少なくとも、諏訪はそういった普通の感覚の持ち主であった。
ボーダー隊員として命懸けで戦う事に否はないが、それはそれとして益のない無謀な真似を続けさせるべきではない。
だが。
(いや待て、あのB級のエンブレムって玉狛支部のだよな。烏丸が来てる事といい、あの玉狛支部に新人が入ったってのか?)
玉狛支部。
その支部の事は、友人のレイジを通じた繋がりでそれなりに知っている。
新
それは。
彼等が、ボーダー最強と呼ばれる部隊を擁している事だ。
玉狛第一。
木崎隊とも呼称される、玉狛支部の最精鋭部隊。
本部とは規格の違うトリガーを使う為ランク戦には一切関わっていないが、その戦力は突出している。
常人の倍のトリガースロットを持つ特注トリガーを持ち、大局的な物の見方が出来る隊長のレイジ。
突出した攻撃力を持ち、被弾する事が殆どないという危機回避能力も併せ持つ戦闘巧者の小南。
冷静な視点を持ち、ガイストという奥の手を持つ烏丸。
そして正確には彼等の部隊としてはカウントされていないが、元S級隊員の迅。
実力は折り紙付きの、錚々たるメンバーが揃う支部。
それが、玉狛支部だ。
そして。
そんな支部に、新たな隊員が入ったという噂がある。
先程入った情報によれば訓練中に基地の壁が吹き飛ばされるという事故があり、それをやったのは玉狛支部所属の新人だという。
また、思い返せば先程の戦闘訓練で驚異的な成績を叩き出した白髪の小柄な隊員も玉狛のエンブレムを付けていた。
明らかに普通ではない隊員二人の仲間と目される、B級隊員。
何より、あの風間がわざわざ絡む相手。
何かある、と考えた方が自然だ。
(そういう事なら、わざわざ干渉すっことはねーな。止めるなら止めるで、あいつ等が動くだろ)
この事態に裏があると見てとった諏訪は、介入を取りやめる決断を下した。
傍目からはただの蹂躙に見えても、当人たちにしか分からない事情があるのならば仕方がない。
あのB級隊員に肩入れする理由はないし、事情を知る者同士で納得しているのであればあれこれ言うのは野暮というものだ。
それに、個人的に風間が目にかけている相手である、というのもそう決めた理由の一つではある。
(けど、本当にあいつにそこまでの価値があるってーのか? 俺の眼にゃあ、ただの戦闘慣れしてない素人にしか見えないんだがな)
「まあ、こうなるでしょうね」
七海は試合の様相を見て、眼を細めた。
映像の中では、あてずっぽうに弾をばらまいた修の首を風間が落としているところだった。
どうやらカメレオン相手には射撃トリガーが有効、という事にはすぐに気付いたようだが、修の動体視力では風間の機動力相手に弾をばらまいても早々に当たるワケもない。
結果としてカメレオンを解かずに弾を搔い潜った風間により、首を落とされたのだ。
考えてみれば、当然の話だ。
確かに、修はC級隊員相手ではほぼ負けなしでB級へ上がった。
しかしそれは、彼の地力が上がった事を意味しない。
C級隊員は技術がお粗末な上に考えも甘かった為、要は嵌め殺しが効いたので勝てただけだ。
修のトリオンの低さも、格闘能力の未熟さも、何一つ解決してはいない。
無論、成長はしている。
だがそれは、A級の中でもトップクラスの実力者である風間とまともに戦り合える事を意味しない。
実力差が、あり過ぎるのだ。
たとえば、B級下位の相手であれば修もそこそこ奮闘はするだろう。
B級下位はC級に毛が生えた程度の者達しかいないので、今の修でもやりようによっては勝負になる。
だが。
B級中位以上、つまり自身の戦術を確立し、きちんと鍛錬を積んだ隊員相手にまともに当たれば修はまず確実に負ける。
少なくとも、単騎でまともに戦える、というレベルにはない。
彼等はC級ほど技術が拙くもなければ、下手な慢心もない。
修が付け入る事の出来る、
故に。
その彼等すら上回る、A級隊員に勝てないのは当然といえば当然だ。
目の前の光景は、ある意味わかり切っていた事なのだ。
「木虎、お前はこれでも修に一矢報いる芽があるって言うのか?」
「はい。私の意見は変わりません。この程度は、想定内です。最初から、数回程度でどうにかなるとは思っていません」
烏丸の言葉に、木虎は動揺すらせずにそう答える。
彼女の視線は、先程からずっと画面の中の修の姿に固定されている。
その様子に彼女の修への入れ込み具合を察しつつ、烏丸はふむ、と思案した。
どうやら、木虎には何かしらの考えが────────────────つまり、勝算があるらしかった。
もしかすると、先程二人で話していた時に通信で何かしらのアドバイスをしたのかもしれない。
試合前の意味深な会話も、そう考えれば辻褄が合う。
どういう作戦か聞こうか、とも思ったが、烏丸は木虎の眼の輝きを見てそれを止めた。
木虎は、玩具に眼を輝かせる子供のような眼で試合を見ている。
どうやら、修が作戦を成功させるのを心待ちにしているらしい事は充分見て取れた。
ならば、此処でネタバラシを強要せずとも良いだろう。
隣にいる遊真も何も言っては来ないし、此処は見守るべきだろう。
烏丸はそう考えて、黙って観戦を続ける事にした。
(さて、お前は何を見せてくれるんだ? 期待していいんだよな、修)
(カメレオンを発動中は他のトリガーを一切使用出来ない。けど、風間さんのトリガー切り替えスピードが速過ぎて反応する前にやられてしまう。戦闘経験が、違い過ぎるんだ)
修は、A級と直に戦う事でその戦闘経験の違いをまざまざと感じ取っていた。
理屈の上では、カメレオンの対処方法など幾らでもある。
カメレオンの発動中は、他のトリガーを一切使用出来ない。
故に、弾をばらまけば相手は防御の為にカメレオンを解除せざるを得ず、そこに隙が生まれる。
風間は、あろう事は修の放ったアステロイドの中をカメレオンを解除せずに掻い潜って来た。
シールドを張れず、一発でも当たれば修の弾とはいえ痛打になるというのに、風間は透明化を維持したまま駆け抜けた。
単純な、技術の暴威。
最高峰の技術によって生み出される、理不尽。
修は、それを体感していた。
此処が障害物の多いMAPであったなら、と思わなくもなかったが、恐らくその場合は建物を利用した三次元機動が解禁される。
今のままでも修には風間の動きにまるで対応出来ていないというのに、上下左右を縦横無尽に駆け回られてはまともに対処出来る気がしない。
どの道、厳しい戦いである事に変わりはない。
それに。
実戦では、自ら戦場を選べる事の方が稀なのだ。
相性の悪い地形だからといって、弱音を吐く事は許されない。
(でも、本当に遠慮なしにカメレオンを使って来るな。カメレオンは使用中徐々にトリオンが消費されるらしいから、そこまで多用は出来ない筈なんだけど────────────────いや、待て)
修は、気付いた。
先程から、風間はカメレオンを試合中殆ど発動させっぱなしにしている。
それこそ、姿を見せるのは修を仕留める時のみ。
数回前の試合では、レイガストのスラスターを利用した逃げの一手を打った修をカメレオンを維持したまま追撃してみせた。
幾らなんでも、カメレオンを濫用し過ぎなのは明らかだ。
カメレオンは必要最低限に用いて、トリオンの消費を抑える。
それがセオリーであり、風間ほどの実力者がそれを知らないとは思えない。
ならば。
そこには、必ず理由がある。
(そうだ。なんで忘れてたんだ。この訓練室は────────────────トリオンが、無制限に使える)
そこで、修は思い出した。
この訓練室は、トリオンの使用制限がない。
通常のランク戦では、本人のトリオン量を含めて完全に実際のものが再現される。
仮想空間では自身の持つトリオン量を超えるトリオンは行使出来ないし、無理に濫用すればトリオン切れで終わりだ。
だが。
この訓練室には、そういった制限はない。
訓練室は文字通り訓練の場であり、本来勝敗を決めるべき所ではない。
故に、仕様も違う。
致命傷を受けても緊急脱出に相当する処理は行わず、すぐに元通りの状態に戻る。
加えて。
此処では、トリオンが無制限に使用出来るのだ。
だからこそ、風間は遠慮なくカメレオンを常時発動に近い状態で使っているのだ。
幾ら使用したところで、トリオン切れが起こらないのだから。
(なら、出来る事はある。ぶっつけ本番だけど、やるしかない)
修は、一つの作戦を立てた。
上手くいくかどうかは、分からない。
だが。
このままでは、勝ちの芽の欠片すら見えない。
なら、やるだけだ。
(勝ち目が薄いからって、止めるワケにはいかないんだ。ぼくには、その責任がある。絶対に、諦めてなんてやるもんか)
(良い眼をしている。どうやら、まだまだ諦めたワケじゃなさそうだな)
風間はそんな修の視線を真っ向から受け、内心で笑みを浮かべていた。
正直に言ってしまえば、修の実力は「期待外れ」の一言に尽きる。
トリオンが少ないのはまあ仕方ないにしても、動きが素人そのものだった。
ある程度鍛錬を積んだ形跡は見て取れるが、それでもまともにランク戦をやれるレベルかと言われれば疑問が残る。
勿論、強さが全てだとは風間は考えていない。
ボーダーには直接戦えずとも、様々な方法で隊員達を支援する者が大勢いる。
それはオペレーターであったりエンジニアであったりと、どちらも自分たちが戦う為にはなくてはならない役職だ。
そういった
また、本人がそこまで強くはなくとも人望に優れる柿崎や来馬といった例もある。
修もこのタイプなのか、と思いはしたがそれだけで納得出来る程風間は素直ではなかった。
────────いや、良い機会だったよ。そろそろ、けじめはつけるべきだったしね────────
先日の、迅の言葉が蘇る。
今回の黒トリガー争奪戦で、迅は風刃を手放した。
彼はああ言ってはいたが、風刃を────────────────師匠の形見を手放すというのは、迅にとって一大決心だった筈だ。
つまり、今回の件にはそれだけの価値があったという事になる。
そんな迅が、肝入りで入隊させたB級隊員。
その価値を図る為、風間はこうして戦いの場を用意した。
まだ、修に光るものは見付けられていない。
カメレオンの性質はどうやら知っていたようですぐに射撃トリガーを使って来たのは及第点ではあるが、同時にそれは誰にでもやれる程度の事でしかない。
まだ、見込みがあるとまでは言えない。
だが。
今の修の眼には、風間を期待させるだけの何かがあった。
(面白い。やれるのならやってみろ、三雲)
内心で、ニヤリと笑みを浮かべ。
風間は、修の挑戦を受けて立った。