痛みを識るもの   作:デスイーター

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風間蒼也④

「あいつ、まだ諦めてない。どうせ無駄なのに」

 

 菊地原は風間と修の試合を観戦しながら、溜め息を吐いた。

 

 彼の眼から見ても、二人の実力差は歴然だ。

 

 そもそも、ボーダー内でも風間とまともに戦える相手は数えるほどしかいない。

 

 元々、あんな素人丸出しの相手が戦ってそもそも勝負になる筈がないのだ。

 

 なのに、あのB級隊員はまだ戦いを継続している。

 

 それが、菊地原には単に時間の無駄遣いにしか思えなかった。

 

 負けて得るもの、というものは確かにある。

 

 それはその戦闘での失点、改善点を理解したり、相手の動きから新たな戦術を考案したりといったものだ。

 

 だが、実力が違い過ぎればそれ以前の問題だ。

 

 学ぶ時間さえなく、ただただ蹂躙されて終わる。

 

 下手をすればそのまま心を折られるだけの、得るもののない戦い。

 

 それが、圧倒的な格上との戦闘である。

 

 無論、センスの優れた者であれば圧倒的強者との戦いを通じて何かを得る事もあるだろう。

 

 だが、あの三雲修という少年はどう見てもそんな才能があるようには見えない。

 

 突出したものがないどころか、明らかに他の面々と比べても劣る力しかない弱者。

 

 菊地原の眼には、修はそうとしか映らなかった。

 

(ワケわかんない。この状態で、()()()()()なんて)

 

 されど、彼の()にはまた別の情報が入ってきていた。

 

 強化聴覚。

 

 その副作用(サイドエフェクト)を持つ菊地原は、他者の心音を聴く事である程度ではあるがその心理状態を推察出来る。

 

 修の心音は、先程から動悸を繰り返している。

 

 これは、戦いを諦めた者の心音(おと)ではない。

 

 何かをやろうとしている、勝算のある者のそれだ。

 

 彼にも、分かっている筈だ。

 

 覆しようのない、実力差というものが。

 

 だというのに、彼はまだ諦めてはいない。

 

 それどころか、何かしら勝算があるようでもある。

 

 菊地原には、それが理解出来なかった。

 

「迅さんに目をかけられたかなんだか知らないけど、生意気。七海も風間さんも、あんな奴特別扱いする事なんてないのに」

「なんだ、七海があいつを指導したって聞いて嫉妬してるのか?」

「変な事言わないでよね。ぼくはただ、あいつが分不相応な扱いを受けてるのが理解出来ないだけだよ」

「そうか」

 

 むすっとしながらそっぽを向く菊地原の反論に、歌川は生暖かい視線を向ける。

 

 菊地原は口を開けば悪態ばかりの色々面倒な少年ではあるが、一度身内と認めた人間に関してはとても大切にする友達想いの面がある。

 

 加えて、親しい人間が知らない相手と仲良くしていると嫉妬する傾向にあるのだ。

 

 今の悪態も単に、慕っている風間や七海がぽっと出の第三者に何かと構っている現状が気に入らないのだろう。

 

 その証拠に、先程からちらちらと風間や七海に恨めし気な視線を向けている。

 

 もしこの場に影浦がいたなら、こう言った事だろう。

 

 「めんどくせー感情向けてんじゃねぇ」と。

 

 それくらい、菊地原の視線はある意味で分かり易かったのである。

 

(でも、本当にどうするつもりだろ? あいつの考えてる()()って────────────────そういう事)

 

 

 

 

「ほぅ」

 

 風間は、目の前の光景に薄く笑みを浮かべた。

 

 視界一杯に広がる、無数の弾丸。

 

 普段の修であれば、まず間違いなくトリオン切れに陥るであろう大量の弾丸が、訓練室中に()()していた。

 

 置き弾、というワケではない。

 

 これは、弾速を調整して超スローにした()()()()()()()の群れだ。

 

 射手は、弾を形成する時に威力・弾速。射程をチューニング出来る。

 

 修はそれを利用して、弾速を最低値まで落として発射したのだ。

 

 普通に放ったのでは、先程のように風間に回避されて終わる、という理由もある。

 

 加えて、修は一度にこれ程の数の弾丸を制御出来る程腕が習熟してはいない。

 

 否。

 

 そもそも、修のトリオン量ではこんな量の弾丸を一度に放つ事自体が不可能だ。

 

 故に、下手に普段通りの速度で撃てば見当違いの方向に向かい弾同士が相殺してしまう危険性すら有り得る。

 

 だからこそ、弾速をほぼゼロにする事で弾丸を()()()()()()()()()()()()()()()として展開したのである。

 

(成る程、確かにこの密度の弾丸を全て避ける事は出来ない。カメレオンは、使えないな)

 

 これが、修のカメレオンに対する一つの解答。

 

 避ける隙間がないほどの、弾丸の形成。

 

 二宮レベルのトリオン量がなければ実現不可能であるそれを、修はこの訓練室という環境を利用する事で実行した。

 

 だが。

 

「…………!」

 

 風間は、迷う事なくスコーピオンを展開し目の前の弾丸を両断。

 

 それを繰り返しながら、猛スピードで修に向かって来た。

 

 そう、この浮遊する弾丸は確かにカメレオンではどうしようもない。

 

 避ける隙間すらないのでは、カメレオンを使うワケにはいかないからだ。

 

 されど。

 

 それならそれで、正面突破するだけの話だ。

 

 トリオンの弾丸は、カバーが破損すればその時点で空気と触れて炸裂。

 

 即ち、消滅する。

 

 なら、ブレードでそれを叩き斬れば道を作る事は容易い。

 

 風間は的確に自分の動きを阻害する軌道にある弾丸のみを斬り裂き、迷う事なく修へ駆けていく。

 

 カメレオンは確かに風間の十八番である強力な武器ではあるが、別にそれがなくては戦えない、という事はない。

 

 小柄な身体を活かした圧倒的な機動力に加え、相手の動きを読む洞察力。

 

 いつ如何なる時も冷静さを保つ鋼の精神に、機を逃さない胆力。

 

 それら全てが風間の持ち得る武器であり、高い地力があるからこそ成し得る安定した戦力。

 

 カメレオンを攻略しなければ勝負にもならないが、かといってカメレオンを攻略しただけで勝てる相手でもない。

 

 それが、風間蒼也。

 

 A級三位部隊隊長に相応しい実力を備えた、傑物である。

 

「────────!」

 

 迫りくる風間に対し、修は後ろ手でトリオンキューブを形成する。

 

 訓練室を埋め尽くす散弾は既に発射された後のものである為、新たにアステロイドを使う事が可能だ。

 

 修は分割を行わず、キューブそのままの状態の弾丸を手元に展開する。

 

 それを見た時点で、ギャラリーの面々は彼の狙いが読めた。

 

 恐らく、風間が突っ込んで来た時に大玉で迎撃するのが狙いなのだろう。

 

 だが。

 

(身体で弾丸は隠しているが、視線で狙いがバレバレだ)

 

 その狙いは、風間には既に看破されていた。

 

 確かに、修が後ろ手で形成した弾丸は風間には見えていない。

 

 しかし、眼の動きというものは口ほどにものを言う。

 

 修が先ほどから、風間の顔のあたりを見ている事は分かっている。

 

 顔、つまりトリオン供給脳。

 

 急所であるそこを見ているという事は、カウンターで弾丸をそこに叩き込む魂胆としか思えない。

 

 もしもレイガストでの反撃を狙っているのであれば狙い難い胸ではなく足や首を狙う筈なので、アステロイドを用意している事はまず間違いがない。

 

 このあたりをすぐに看破されるあたりは、流石に経験の差だ。

 

 鍛錬で急激に強くなる事はないが、鍛錬に費やした時間は嘘をつかない。

 

 修と風間では、そもそも戦いの年季が違うのだ。

 

 この程度の差は、当然あって然るべきなのだ。

 

「…………!」

 

 だから。

 

 次に取った修の行動に、風間は目を見開いた。

 

 修は、アステロイドでの迎撃ではなく。

 

 スラスターを用いた、()()を選んだ。

 

 まさか近接の不得意な修が自分から突っ込んでくるとは思いもしていなかった風間は、正面からレイガストの突進を食らい壁まで弾き飛ばされた。

 

 当然風間は反撃の刃を振るうが、すかさず修はレイガストをシールドモードに換装。

 

 丸く広げたシールドにより、風間をその場に閉じ込めた。

 

「…………!」

 

 更に、風間の頭部付近のシールドに穴を空け、修はその穴からアステロイドを叩き込んだ。

 

 これが、修の狙い。

 

 レイガストの突進で意表を突き、シールドでその場に拘束。

 

 逃げ場のない状態で、弾丸を叩き込む。

 

 修が考え付いた、必殺の作戦。

 

「────────!」

「残念だったな」

 

 だがそれは。

 

 風間が展開した集中シールドによって、防がれた。

 

 アステロイドは、確かに貫通力のある弾丸である。

 

 幾ら修の低トリオンとはいえ、何度も撃ち込めば広げたシールドを割る程度の威力はある。

 

 されど今回、修は弾丸を弾速重視にチューニングしていた。

 

 それは、こちらの狙いを看破される前に攻撃を叩き込む為であったが、同時にそれは弾丸の威力低下も招いていた。

 

 加えて、修は今回小さな穴をシールドに空ける事で弾丸を通す為の道を作った。

 

 つまり、風間は何処から弾丸が来るかが分かっていたワケだ。

 

 ならば、そこに集中シールドを展開すれば弾丸は防げる。

 

 風間が一瞬でも迷えば間に合わなかっただろうが、彼が戦場での判断に時間をかける筈もない。

 

 仮に意地を張ってカウンターを狙おうとすれば相打ちまでは持ち込めたかもしれないが、風間は危険を冒さなかった。

 

 迅だけならまだしも、自身の弟子である七海の指導を受けたのであれば容赦はしない。

 

 採点基準は、本人の知らぬ間に厳しくなっていたワケである。

 

 結果は一つ。

 

 修の策は、風間の機転により敗れ去った。

 

「ぐ…………っ!?」

 

 無論、その隙を逃す風間ではない。

 

 もぐら爪(モールクロー)を展開し、風間は修の左腕を────────────────レイガストを持つ腕を、地面から伸びた刃で斬り落とす。

 

 同時に、風間を閉じ込めていたシールドは解除。

 

 修は、風間の至近距離で無防備を晒す事となる。

 

(終わりだ)

 

 風間は修にトドメを刺すべく、右腕を振るう。

 

 修の反応速度であれば、今からシールドを張って間に合うとは思えない。

 

 かといって、風間の攻撃を回避出来るだけの動体視力は修にはない。

 

 これで、詰み。

 

 その場の誰もが────────────────否。

 

 試合を見ていた木虎と、戦っている修本人だけが。

 

 違う結果を、見ていた。

 

「な…………っ!?」

 

 風間の腕が、止まる。

 

 修の首を刈り取ろうと振るった右腕は、何もない空中で動きを止めていた。

 

 その光景を見て、風間は気付く。

 

 自身の腕が、何かに引っかかっている。

 

 それは、細い糸であった。

 

 一目では見え難い、障害物。

 

 獲物を絡め取る、蜘蛛の糸。

 

 ワイヤートリガー、スパイダー。

 

 それが、この場に展開された糸の正体。

 

(壁に押し付けたのは、この為か…………っ!)

 

 風間は気付く。

 

 最初から、修は先ほどの一撃で勝負が決するとは思っていなかった。

 

 彼の本当の狙いは、ワイヤーを張れる場所へと風間を押し込む事。

 

 この訓練室は障害物がなく、スパイダーを張る為の()()がない。

 

 だが、此処なら────────────────部屋の隅であれば、話は別だ。

 

 壁と床の間に、ワイヤーを通せばそれで済む。

 

 修は、ずっとこれを狙っていたのだ。

 

 幾度も落とされながらも風間の動きを見て、この一瞬に繋げる為に。

 

 虎視眈々と狙い続けていた、唯一の勝機。

 

 修は、今それを手にしようとしていた。

 

「────────!」

 

 トリオンキューブを展開した修は、それを分割し即座に発射。

 

 隙を見せた風間へ、弾丸を叩き込む。

 

「甘いぞ」

 

 だが、風間はそれにも対応してみせた。

 

 風間は再び、集中シールドを展開。

 

 修の反撃を、完璧に凌いで見せた。

 

 今度こそ、詰み。

 

 先程のような好機は、もう来ない。

 

 誰もが、そう思った。

 

「…………!?」

 

 修、本人以外は。

 

 風間の眼前に、斬られた腕が飛んできた。

 

 それは紛れもなく、攻防の最中風間が斬り落とした修の左腕だ。

 

 修はあろう事か自分の切断された腕を、風間に向かって蹴り上げたのだ。

 

 一瞬、風間の視界が塞がれる。

 

 ほんの僅かな、刹那の間。

 

「────────!!」

 

 その、間に。

 

 致命の一撃が、風間の胸に叩き込まれた。

 

 修の足元から放たれた、弾丸によって。

 

 置き弾。

 

 それは修が七海から学んだ技術であり、彼のB級昇格を支えたもの。

 

 今の彼が在る原点とも言うべき技術が、勝敗を決した。

 

 その師の指導を、十全に活かす形で。

 

「俺の、負けだな」

『トリオン供給機関破損。風間ダウン』

 

 アナウンスが、修の勝利を告げる。

 

 結果は、1勝24敗。

 

 全体としては、惨敗。

 

 だが。

 

 意味ある一勝をものにしたという時点で。

 

 修にも、そして風間にとっても。

 

 有意義な、模擬戦だったと言えよう。

 

 風間は満足気な笑みを浮かべ、修はほっと溜息を吐いた。

 

 試合を見ていた烏丸や菊地原といった面々は目を見開き、木虎は得意気に胸を張る。

 

 ただのB級隊員が、あの風間隊長を倒した。

 

 快挙、大金星にも程がある結果。

 

 修は、勝利を手に入れた。

 

 20回以上負けた末の結果であっても、勝ちは勝ち。

 

 その意味は、重い。

 

 それを修本人が自覚するのは、もう少し後の話である。

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