痛みを識るもの   作:デスイーター

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木虎藍⑥

 

「はい、エビチリよ。ちょっと辛めにしてあるみたいだけど平気?」

「ええ、辛いのは割と好きなので」

 

 木虎は渡された皿を受け取り、そう言って小南に会釈する。

 

 此処は玉狛支部。

 

 木虎は七海の招待を受け、この食事会に参加していた。

 

 こういったイベントにはあまり付き合いが良い方ではない木虎ではあるが、自分に師事している修を労う機会である事もあり今回は特別に参加を承諾したのだ。

 

 広報部隊の一員である木虎は、普段から多忙を極めている。

 

 まだ中学生という事もあり嵐山達の配慮で他の面々と比べれば割り振られる仕事は少ない方だが、遊び惚けて大丈夫な量でもない。

 

 木虎自身は生真面目で責任感が強く、仕事より趣味や遊びの時間を優先するといった事は殆ど無い。

 

 今回も、最初は断るかどうか迷っていた。

 

 しかしその場にいた嵐山が、「構わないから行ってみたらどうだ」と後押しした事で、木虎の中でも踏ん切りがついて承諾したワケである。

 

 嵐山は前々から、仕事を優先し過ぎて遊びにもいかない木虎の現状を憂慮していた。

 

 確かに自分たちは多忙であり、広報部隊として顔も売れている以上不用意に遊び歩くワケにはいかないのは事実である。

 

 だが、だからといって何の楽しみもない仕事だけの日々を学生時代から送るなど間違っている。

 

 木虎の生真面目さは美徳ではあるが、少しは余暇の時間を作らなければ息が詰まってしまうだろう。

 

 だからこそ、嵐山としては木虎にはこういった仲間内での集まりには積極的に参加して欲しいと思っていた。

 

 玉狛支部なら第三者の眼はないし、同じ学校に通っている小南もいるので木虎も肩の力を抜けるだろうというのが嵐山の魂胆である。

 

 自身の従姉妹である小南には当然木虎の事を頼むと伝えてあり、頼られた彼女当人はノリノリで引き受けていた。

 

 元より、人懐っこい少女である。

 

 木虎は小南にとっては可愛い後輩なので、もてなさないという選択肢はない。

 

 小南は自分の実力に絶対の自信があるが故に割と上から目線な所があるが、元の性格の善良さ故か不思議と敵を作るような言い回しはしない。

 

 色々と「自分は強いぞ」アピールは欠かさないが、何処か愛嬌が残るのが小南の特徴だ。

 

 オブラートに包まない容赦のない発言でも敵を作りがちな木虎とは、人の良さというよりも生まれ持った性質が全く違う。

 

 言うなれば、木虎は強気で小南は勝ち気なのだ。

 

 前者は孤立しがちなコミュ弱者であり、後者は放っておいても人が集まるコミュ強者である。

 

 木虎としてはそんな小南に高い実力も相俟って一種の憧れめいたものを感じているが、その毒気の無さ故に香取相手の時のように敵愾心を抱いてはいない。

 

 小南相手に意地を張り続ける事ほど、無駄な事は無いのだから。

 

「今日は部外者の私まで招いて頂いて、ありがとうございます」

「いいのよ。准からもよろしくって言われてるし、准のチームの子なら身内も同然よっ! 折角同じ学校に通ってるんだし、良い機会だから色々話しましょうよ」

「はい、今日はよろしくお願いします」

 

 外行きモード全開で猫を被る木虎は、そう言ってぺこりとお辞儀をする。

 

 それを見た小南はむぅ、と頬を膨らませて小首を傾げた。

 

「あの、何か…………?」

「木虎ちゃん、別にそんな肩肘張んなくてもいいわよ。准からはリラックスさせてやれって言われてるし、体裁とか気にしなくていいわ。ここは玉狛で、格式ばった祝宴でもないんだしさ」

 

 小南は、木虎があくまで外行きの仮面を被り、体裁を優先させていた事に気付いていた。

 

 騙され易いと評判の小南だが、ここぞという時の観察眼────────────────特に、人の心の機微には敏感だ。

 

 それは、多感な少女時代に近界を渡り歩く内に身に着けた癖のようなものだろう。

 

 何せ、彼女が近界に赴いていた頃は緊急脱出システムが存在しなかったのだ。

 

 一つの間違いが、死に繋がる。

 

 そういう戦場に、彼女は迅と共に身を置いていた。

 

 だからこそ、人の心の機微には────────────────特に、何かを押し殺している人間の心情には敏感なのだ。

 

 それは、彼女の近くにいた少年が、自分の痛みを隠し続けるような性格だったからでもある。

 

 普段彼女が騙され易いのは人を信じ過ぎるからであるが、それは同時に相手に悪意が無い事を直感で理解しているからだ。

 

 理屈を超えた感覚的な鋭さで、小南に追随する者はそうはいない。

 

 人の心の痛みには、特に敏感な少女である。

 

 木虎が無理をして肩肘を張っている事くらい、すぐに分かって当然なのである。

 

「はい、じゃあ、お言葉に甘えさせて貰いますね」

「んー、まだ固いけどまあいっか。じゃあさ、聞いておきたいんだけど────────」

 

 

 

 

「なんだ? 木虎が気になるのか? さっきからチラチラ見てるが」

「いえ、その……………………失礼なんですけど、木虎ってこういうの得意じゃないかなと思ってたんですが…………」

「ああ、そういう事か」

 

 七海は先ほどから時折木虎の様子を伺っている修の返答を聞き、成る程と頷いた。

 

 確かに、木虎は対人能力が高いとは言い難い。

 

 基本的に上から目線の発言が多く、言葉をオブラートに包むという事をしない為敵を作り易い性格をしているからだ。

 

 修が心配するのも、ある意味当然と言えるだろう。

 

「けど、別に不思議な事じゃないさ。そもそも広報部隊をやっているんだから、メディア向けの処世術か何かは鍛えてるだろ。割と空気は読める方だしな」

 

 それに、と七海は小南の姿を見据えた。

 

「相手が小南さんだからってのも、あるだろうな。あの人は見ての通り誰とでも仲良く出来るし、毒気が一切ない。無理に意地を張っても、肩透かしを食らうだろうからな」

「成る程」

 

 七海の言う通り、小南を相手に意地を張って反発しても、その善性の塊のような人間性によって毒気を抜かれる事はまず間違いない。

 

 もしかすると、木虎も最初は年上の実力者という事で舐められたくないと考え、張り合おうとした事があったのかもしれない。

 

 しかし、そこですっかり毒気を抜かれ今の関係に落ち着いたのだろうと想像する事も出来る。

 

「厳しい事も言うけど、それは全部相手の為を思っての事だしね。小南さんほど優しくて強い人は、そうはいないよ」

 

 小南は常々「弱い奴は嫌い」と言っているが、それはあくまで彼女なりの優しさから来るものだ。

 

 彼女は、旧ボーダー時代にたくさんの喪失を経験した。

 

 だからこそ、傍に────────────────共に戦う者達には、「簡単には死なないだけの強さ」を求める。

 

 もう二度と。

 

 目の前で、仲間が死ぬところなど見たくはないのだから。

 

 小南が強さを求めるのは、喪失をもう経験したくないが故だ。

 

 口では厳しい事を言う事もあるが、言動の端々に気遣いが見え隠れする為、大抵の相手には真意が伝わるのである。

 

 その為に、彼女は嫌われるという事がない。

 

 振る舞いに天然の愛嬌があり、憎めないキャラクターであるという理由もある。

 

 しかし、それ以上に。

 

 関わる者は否応なく彼女の優しさに触れ、絆されてしまうからだ。

 

 玲奈という最愛の少女を失った迅でさえ、小南の存在が一つの支えとなっていた事は否定出来ない事実である。

 

 喪失を識るからこそ、小南の強さに揺るぎはない。

 

 もう二度と、大切なものを失いたくはない。

 

 悲劇を経験した者が強いのは、そういった原動力があるからだ。

 

 喪失を拒絶するからこそ、鍛錬には手を抜かず常に先へと歩もうとする。

 

 準備不足なんかで、誰かを失いたくはないから。

 

 だからこそ、強く在ろうとする。

 

 それが、小南桐絵。

 

 玉狛のエース攻撃手(アタッカー)にして、旧ボーダーの一人。

 

 戦争という地獄を駆け抜けた、少女の形をした戦士である。

 

「七海先輩は、小南先輩の事を詳しいんですね」

「まあ、数年来の付き合いだしね。ああ見えて、ボーダーに籍を置いたのは迅さんより前らしい。詳しい事情までは、聴いていないけどね」

「迅さんより、先に…………」

 

 修にとっては迅でさえ、昔のボーダーを知る古株中の古株だ。

 

 だが、小南はそんな迅よりも早くボーダーに属していたのだという。

 

 どういう経緯でそうなったかは気になるが、軽々に聞いて良い事でない事くらいは理解出来る。

 

 何故なら。

 

 四年前の大規模侵攻の時点で、小南は13歳。

 

 まだ中学に上がったばかりの年齢で戦場に出る事自体普通ではないが、それより前にボーダーに属していたとすると下手をすれば小学生のうちから戦争に赴いていたという可能性すら有り得る。

 

 当時は人手不足が深刻であったとも言うし、仕方のない面もあるだろう。

 

 だが、10歳そこそこの少女を戦場に赴かせる環境が、普通であって良いワケがない。

 

 あの忍田本部長や林道支部長もそれを黙認していたのだから、何か深い理由があるのだろう。

 

 もしかすると小南が強硬に参戦を主張した結果からかもしれないが、それはそれで厳しい状況だったのであろうと推察出来る。

 

 この件については触れない方が良さそうだと、修は判断した。

 

 彼は自分の意思は決して曲げないが、同時に割り切りの良さも持ち合わせている。

 

 行き止まりや危険な場所があったのなら、より効率的な場所へ向かう程度の柔軟性はあるのだ。

 

 まあ、それさえなかった場合構わず突き進むのが修が修たる所以ではあるのだが。

 

「そういえば、七海先輩だけお皿が別なんですね。他の人は、好きに取ってるのに」

 

 そこで、修が七海の行動の違和感に気付いた。

 

 今食事会を開催している部屋では、テーブルの上に様々な料理が並べられている。

 

 その中から好きなものをトングで皿に移して食べるのだが、七海だけは彼の名が書かれたお盆に乗せた料理をレイジが直接運んで来ている。

 

 別に不満というワケではないが、意味もなくこうした事をやる人には思えない、というのが修の正直な感想であった。

 

「ああ、言ってなかったかな? 俺は無痛症だから、普通の料理の味が分からないんだ。だからレイジさんが特別に、俺でも味が分かる濃い味付けの料理を作ってくれているんだよ」

「…………! あ、す、すみません」

「いいよ。皆知ってる事だし、気にしてないさ。ただ、間違って俺の料理を食べないよう気を付けてくれれば良い。普通の人には、多分濃過ぎる味付けだろうからね」

 

 七海用にレイジが用意した料理は影浦の七海専用メニューほどではないが、濃い味付けで調理されている。

 

 常人が口にすればあちらのように悶絶する事まではないだろうが、お世辞にも旨くは感じないだろう。

 

 流石のレイジの調理スキルを以てしても、七海()()が食べられる料理を作る事が限界だったワケである。

 

 まあ、とうの七海本人が喜んでいるのでまあ良いか、とレイジが思っていたのは内緒である。

 

 誰だって、自分の料理を喜んで食べて貰えれば嬉しくない筈がないのだから。

 

「そうよ。前に興味本位で七海用のお好み焼きを食べた太刀川みたくのたうち回りたくなかったら、そっちのお皿には手を出さないようにしなさい」

 

 そんな時、不意に小南が修の傍にやって来た。

 

 隣には当然、木虎がいる。

 

 どうやら、小南に此処まで引っ張って来られたらしい。

 

「あ、小南先輩。今日はお誘い頂いて────────」

「いいわよ、堅苦しい挨拶なんか。アンタ達はもう玉狛(あたしたち)の一員なんだから、堂々としてなさいよね」

 

 そう言って、小南は修の首に腕を回してバシバシと背中を叩く。

 

 年頃の女子高生とは思えないパーソナルスペースの近さだが、小南はいつもこんなものだ。

 

 普通の少年相手なら勘違いされてもおかしくはないが、幸いというべきか彼女の周囲にいる者達はそういったものには疎い。

 

 修はその最たるもので、良い匂いのする少女に密着されているというのに平然としており頬を赤らめもしない。

 

 その様子に木虎は若干顔を顰めるが、修が一切動じない様子を見て溜飲を下げたらしい。

 

 がしり、と修の右腕を掴み、無理やり自分の方を向かせてにこりと笑った。

 

「三雲くん、あの時も言ったけど風間さんに勝てたのは大金星よ。この経験はきっと、先へ進む糧になるわ」

「木虎のお陰だよ。木虎にスパイダーを教えて貰ってなかったら、あの勝ちはなかった」

「でも、それを実際に成功させたのは三雲くんよ。私はただ、手助けをしただけ。お礼には及ばないわ。私は、三雲くんの師匠だもの」

 

 どやあ、と擬音が聴こえてもおかしくないような誇らしげな顔を全面に晒し、木虎はその年齢の割に豊かな胸を張った。

 

 そのボリュームを間近で見て小南は「ぐぬぬ」と拳を握り締めていたが、詮無い事である。

 

 人はいつでも、自分にないものを求めるのだから。

 

「とにかく、まだまだこれからだから油断しないようにね。私も可能な限り指導は続けるから、精進しなさい」

「ああ、分かってる。足踏みしてる暇なんか、ないもんな」

「よろしい。あ、そうだ。このエビチリ、美味しいわよ。食べてみる?」

「そうだな。じゃあ、一つ貰おうかな」

 

 はいどうぞ、と木虎はエビチリを自分の皿から取って渡し、修はそれを躊躇せず口にする。

 

 間接キスと言えなくもないが、二人共それに頓着する様子はない。

 

 良くも悪くもストイックで、他の事に目がいかない。

 

 案外二人は、似た者同士なのかもしれなかった。

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