痛みを識るもの   作:デスイーター

352 / 487
木虎藍⑦

 

「悪いわね。わざわざ送って貰って」

「別にいいさ。木虎には世話になってるし、このくらいはね」

 

 夜の街を、木虎と修が二人で歩いていた。

 

 今向かっているのは、木虎の家だ。

 

 勿論、修を家に呼ぶとかそういった色気のある事ではない。

 

 単に、食事会が終わり家に帰る木虎の送迎を修が引き受けたというだけの話だ。

 

 どうやら小南は彼女を支部に泊まらせる気でいたらしいが、そこまで世話になるワケにはいかないと木虎の方が固辞したのだ。

 

 まあ、考えてみれば当たり前の話である。

 

 木虎は修達とは違い玉狛支部とは縁が薄く、関わりがあるのは自らが指導している修と学校が同じ小南くらいだ。

 

 その小南にせよ嵐山の従姉妹である関係上それなりに交流はあるのだが、逆に言えばその程度の関係でしかない。

 

 色々と()を聞いた身としては申し訳ない気持ちがなくはないが、それとこれとは話が別だと木虎は割り切り帰宅を申し出たワケである。

 

 最初はレイジが車で送迎しようとしていたのだが、そこで何を思ったのか小南が修に木虎を送っていくよう告げたのだ。

 

 木虎の家は修の家とは逆方向であり、流石にそれは悪いと遠慮しようとしたのだが────────────────最終的に、小南に押し切られて受け入れるに至った。

 

 とうの修も「構いませんよ」と割と乗り気であった事に加え、「いつもお世話になってるから」とまで言われてしまっては木虎も断れない。

 

 こうして、木虎は修に送られて帰路に着く事になったワケである。

 

(でも、良い機会かもしれないわね。もしかしなくても、小南先輩はこの為に三雲くんに送迎を頼んだんだろうし)

 

 木虎の脳裏に、一つの情景が蘇る。

 

 それは、食事会での出来事。

 

 小南と共に修達に話しかける、その直前の事であった。

 

 

 

 

「木虎ちゃんは、修を()()したいと思ってる?」

「え…………?」

 

 不意に小南は、そんな事を尋ねて来た。

 

 「聞いておきたいんだけど」と前置きされたので何かと思ったが、予想外の質問に木虎は小南の意図が分からず困惑する。

 

 その様子を見て「しまったわ」と小南はあからさまに動揺し、冷や汗を流す。

 

 どうやら、勢いで口走った結果今更ながら説明が足りなかったと理解したらしい。

 

 コホン、とわざとらしく咳払いをした小南は、改めて木虎に向き直った。

 

「ごめん、説明が足りなかったわ。一応、最初から説明した方が良いわよね?」

「え、ええ、お願いします」

 

 分かったわ、と小南は了解の意を示し、その口を開いた。

 

「木虎ちゃんも薄々感じてるとは思うんだけど、修って危なっかしいのよね。准と同じで」

「嵐山さんと同じ、ですか」

 

 ええ、と小南は木虎の言葉を肯定する。

 

「あたしの周りの男共は揃いも揃って色々無茶する馬鹿揃いだけど、その中でも准と修はかなり()()()()()わ。普通じゃない、って言ってもおかしくないの」

「確かに、付き合いはまだ短いですが三雲くんに無鉄砲な部分があるのは認めますが、そこまでですか?」

「ええ、そこまで────────────────というか、()()()()ね。准も修も、他の連中とはちょっと違うから」

 

 そこまで言って、小南はため息を吐く。

 

 それは意図してのものではなく、彼等の事を考えたら自然に出てしまった、という具合の溜め息だった。

 

 何故、そんな顔をするのか木虎には分からなかった。

 

 修はともかく、嵐山は木虎の眼から見ても人間が出来過ぎてると言って良い頼れる隊長である。

 

 修が無茶を厭わないのは今までの付き合いでなんとなく知ってはいたが、どう考えても嵐山は修と同じタイプには見えないというのが木虎の正直な感想だった。

 

「……………………まあ、そうよね。いきなりこんな事を言われても、分かんないか」

「その、すみません。私は、嵐山さんが三雲くんと同じタイプだとはとても」

「表面だけ見ればそうかもね。でも、だからこそ()()()()()のよ。玲や七海みたいに分かり易く歪んでたのよりも、よっぽどね」

 

 小南はそこまで告げるとふぅ、と再び息を吐き、木虎に向き直った。

 

 真剣な目で見据えられ、木虎は背筋を正す。

 

 小南は木虎と視線を合わせ、何処か陰のある声で話し始めた。

 

「ウチの馬鹿野郎共の筆頭は勿論一人で色々ため込みがちな迅だけど、あいつがああなったのは理解出来るの。だって、あたし達は戦争を経験して、本当の意味での()()()()()()を知ってるからね。命を懸けるって意味を、実感として理解してる」

「命のやり取りの意味、ですか」

 

 ええ、と小南はこくりと頷いた。

 

「あたし達は、緊急脱出システムの無い時代から近界での戦争を経験してたの。当然戦闘体が破壊されれば敵の目の前で生身の身体を投げ出す事になるから、基本的にその場で死ぬわ。戦場じゃ、捕虜を取る余裕がない事も多いからそのまま殺す事が殆どだしね」

「…………」

 

 木虎は小南の口からさり気なく出て来た「殺す」という言葉に込められた意味を察し、背筋に悪寒が駆け上った。

 

 喧嘩っ早い者はよく勢いで口にする言葉ではあるが、小南のそれはそういったものとは全く違っていた。

 

 本当の意味で、殺し殺されが当たり前の常識(ルール)となっている者が持つ、容赦のない殺意。

 

 それが、小南の「殺す」という言葉には滲み出ていた。

 

「だからあたし達は、人の死ってやつを実感として知ってるの。生身の肉を裂く感触も、腕の中で冷たくなってく人の体温とかも、みんな実体験してるから」

「小南先輩…………」

 

 小南の言葉には、確かな()()があった。

 

 決して忘れ得ぬ悲劇を、喪失を。

 

 経験したからこその、悲哀。

 

 それが、彼女の言葉には滲み出ていた。

 

 その事を。

 

 木虎は、否応なく理解してしまった。

 

 この人は。

 

 どうしようもなく。

 

 大切な人たちの死を背負う、()()であるのだと。

 

「負けて戦場に生身で放り出された経験も、自分を庇った誰かの血を浴びた経験も、あたし達にはある。だから命を懸けるっていうのがどういう事か知っているし、その覚悟もある」

 

 だけど、と小南は俯き唇を噛む。

 

 そして。

 

「────────────────准や修は、そういう経験もないのに、本当の意味で命を懸ける事が出来る。出来ちゃうの。ハッキリ言って、異常だわ」

 

 自らの懸念を、口にした。

 

「え…………? それは、どういう…………?」

「言葉通りよ。准や修はね、本当の意味で命を懸けた経験なんか勿論無い。でも、()()()が来たら躊躇わずに命を懸けられる。多分、何の迷いもなくね」

 

 突然の小南の言葉に、木虎は動揺する。

 

 それはそうだろう。

 

 修とはまだ付き合いが短いが、嵐山に関しては自分の部隊の隊長だ。

 

 当然それなりに交流はあるし、人間性も完璧な尊敬出来る上司である。

 

 だが。

 

 小南は、そんな嵐山が「普通じゃない」と言う。

 

 確かに、あの完璧超人ぶりは普通ではないかもしれない。

 

 けれど。

 

 小南の言うそれは、どうにもネガティブな意味であるようだった。

 

 そんな木虎の困惑に、小南も気付いたのだろう。

 

 ため息を吐き、自らの考えを口にし始めた。

 

「木虎ちゃん、准がボーダーに入った時にテレビに出たのは知ってる?」

「え、ええ、私も見ていましたが」

 

 小南が言っているのは、嵐山が入隊時に柿崎と共にテレビのインタビューに応じた時の事だ。

 

 記者の意地の悪い質問に対して、完璧に答えてみせたやり取りは印象深く嵐山ファンの間でも語り草となっている。

 

 木虎は嵐山ファンというワケではないが、その番組は見ていたので流れは知っていた。

 

「そう、なら話は早いわね。木虎ちゃん、あの時の准を見てどう思った?」

「えっと、凄い人だなと。初めてテレビに出たのにあそこまで堂々と質問に答えられるっていうのは、一種の才能ですよね」

「ええ、確かにそう言えるかもしれないわ。でもね。あたしに言わせればそんな才能、無い方がずっと良かったわ」

「え…………?」

 

 木虎は何故、と聞こうとして思い留まった。

 

 何故ならば。

 

 そう語る小南の眼が。

 

 深い、悲しみに満ちていたのだから。

 

「ホントはね、准にはボーダーに入って欲しくなかったの。身近な人が傷付くのは、もう嫌だったから」

 

 だから、と小南は続ける。

 

「准がボーダーに入るって言った時には、反対したわ。でも准は、俺が頑張る事で少しでも皆の役に立てるならその方が良い筈だ、って譲らなかった────────────────泣きついても、刀を突きつけてもね」

「か、刀…………?」

 

 突然の告白に木虎はぎょっとして目を見開き、小南の眼を見てそれが冗談でもなんでもない事を悟る。

 

 どうやら、相当に荒っぽい()()を試みていたようである。

 

「何度言っても聞き分けがなくて頭に来たから、弧月を准に突き付けたのよ。腕を斬り落としてもそんな事言えるようなら認めてやるって」

 

 まあ、セーフティーがかかってたから実際には凄く痛いだけなんだけど、と小南は呟いた。

 

 ボーダーのトリガーには万が一生身の身体に当たっても怪我をさせないよう、安全装置(セーフティー)が施されている。

 

 射撃トリガーやブレードトリガーが直撃したとしても、身体が抉れたり斬れたりはしない。

 

 もっとも、気絶するくらいの痛みは感じるが、傷はつかないようになっているのだ。

 

 だから、小南のやった事はただの脅しに過ぎない。

 

 実際に斬り付けたところで、腕を斬り落とす事などないのだから。

 

 嵐山がまだそれを知らなかった為に成立した、小南なりのハッタリだった。

 

 ここまでやれば折れるだろうと、考えて。

 

「准、なんて言ったと思う?」

「えと、まさか…………」

「────────────────腕を斬っても、トリオン体になれば戦えるか? って聞いて来たのよ。嘘偽りなく、本気で」

「…………っ!?」

 

 その言葉に、木虎は絶句せざるを得なかった。

 

 小南のハッタリを見抜いたのならば、まだ分かる。

 

 だが、このニュアンスはそうではない。

 

 小南が本気で自分の腕を斬り落とした後を()()し、戦闘に問題がないかを()()した。

 

 そうとしか取れない、言葉だった。

 

「准が普通じゃないと気付いたのは、あの時よ。あたしや迅なら、まだ分かるの。あたし達は戦場で死を身近に感じた事なんて何度もあったし、死ぬ覚悟ってのも出来てる。そうしなきゃ、死んでたからね」

 

 けど、と小南は舌打ちする。

 

「准は、そんな経験なんか無いのに、あの時本気であたしに斬られる覚悟を決めちゃってた。戦争(ひげき)を経験してないのに、命を懸ける覚悟を固めちゃってた。あたしはそんな准が怖いって、そう思った」

「嵐山さんが、そんな事を…………」

「あたしも信じたくなかったけどね。なんでそんな事言えるのって問い詰めたら、自分に守れる力があるならやるべきだ、って話してた。本気でね」

 

 守れる力があるなら、やるべきだ。

 

 言葉だけを見れば、ヒーローの台詞のようにも思えるだろう。

 

 だがそれは。

 

 己の命を度外視する、ある意味で無謀な言葉でもあった。

 

「昔から准は、正義感が強かった。間違った事は許せないし、困った人を放っておけない。ちっちゃかったあたしの眼から見ても、ヒーローみたいな男の子だった」

 

 だけど、と小南は続ける。

 

「准は、助ける相手に際限がないの。自分の兄弟が川で溺れそうになった時も、近所の子供が車に轢かれそうになった時も、何の躊躇もなく飛び込んで助けてた。一歩間違えば、自分が死んじゃったかもしれないのに」

 

 傍目から聞けば、単なる嵐山の武勇伝にも思える。

 

 しかし、それは小南にとって。

 

 何の躊躇もなく死地に飛び込む、無謀極まりない蛮勇に映っていた。

 

「准は、人の死を経験したワケじゃない。でも、人がどれだけ簡単に死んじゃうかって事を理解出来ちゃってる。その上で、准は命を懸ける事を迷わないのよ。どうすればより多くの人を助けられるか、って考えながらね」

 

 嵐山は小南や迅と違い、本物の戦争を経験したワケではない。

 

 にも関わらず、嵐山は命を懸ける事を躊躇わない。

 

 命懸けという言葉を実感していないのならば、まだ分かる。

 

 だが。

 

 嵐山はそれがどんな結果を齎し得るか理解した上で、止まらないのだ。

 

 たとえ、自分が死んだとしても。

 

 最善の結果を得られるのならば、彼は命を懸けてしまえる。

 

 それが、嵐山の異常性。

 

 完璧過ぎるヒーローの、逸脱した性質である。

 

「修との付き合いは准に比べればずっと短いけど、同類なのかどうかは見れば分かるわ。なにせずっと、何を言っても止まらない(馬鹿)の傍にいたんだからね。あいつみたいに後天的じゃない分、ずっとやばいけど」

 

 言うなれば、迅の何もかも抱え込んで止まらない性質は後天的に出来たものだ。

 

 未来視という持って生まれた能力(のろい)に依る部分は大きいにしろ、逆に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも取れる。

 

 だが、嵐山や修はそうではない。

 

 そういった持って生まれた力など無かった筈なのに、本当の意味で命を懸ける覚悟を決めてしまっている。

 

 自分が正しいと思っている事の為なら、一切の躊躇をしない。

 

 たとえその結果、自分が死んだとしても。

 

 目的(リターン)を得られるのであれば構わないと、そう考えているのだ。

 

「准は、なんだかんだで仲間がいるうちは大丈夫。仲間を置いていける性格じゃないし、遠征に行かなければそうそう命の危険なんかも無いと思う」

 

 けど、と小南は顔を上げた。

 

「修は、遠征を目指してる。今は遠征艇から一定距離の間なら緊急脱出も出来るけど、逆に言えばその範囲から離れれば緊急脱出(ベイルアウト)は出来ない。近界に行く以上、絶対安全なんて口が裂けても言えないのよ」

「だから、三雲くんは今のままだと心配って事ですか?」

「そういう事。だから、木虎ちゃんに聞きたかったの。修に、何処まで踏み込むかって事をね」

 

 それが、今回の本題。

 

 嵐山は確かに危うい部分があるが、少なくともこの街にいる間は緊急脱出システムが機能するから本当の意味で命を懸ける事態には早々なりはしない。

 

 だが、遠征を目指す修は話が別だ。

 

 本当に遠征に行けるかどうかはさておいて、遠征先での安全は絶対を保証出来るものではない。

 

 遠征艇から一定距離を離れてしまえば、頼みの綱である緊急脱出システムも働かないのだ。

 

 そして修の性格上、必要と考えれば躊躇なく前へ進む筈だ。

 

 その危険を、承知の上で。

 

 だから、小南は聞いたのだ。

 

 木虎に、そんな修をどうするつもりなのか。

 

 彼女の意思を、確認する為に。

 

「そうですね。これまでと、変わらないと思います」

 

 木虎はしばし逡巡し、そう答えた。

 

 小南は黙って傾聴し、木虎に先を促した。

 

「三雲くんが危ういところがあるのは、よく分かりました。小南先輩が言う程とは思っていませんでしたが、先輩がそう言うならそうなんでしょう。そこは信じてます」

「その上で、変わらないって事?」

 

 ええ、と木虎はこくりと頷いた。

 

「止まれと言って止まるような性格じゃない事は、小南先輩も分かっていると思います。なら、私たちに出来る事は少しでも彼を強くして、生き残る確率を上げるくらいです。頑固さはどうやら、筋金入りみたいですから」

 

 言うまでもなく、修は言葉で止まる人間ではない。

 

 自分の弱さも、現実の無情さも理解している。

 

 だが、止まる事だけは決してない。

 

 諦める、という選択肢が彼の中に存在しないのだ。

 

 たとえどれだけ不利な条件で、どれほど無謀に思える事でも。

 

 彼は、前に進む事を止めないのだ。

 

 C級時代、一度もランク戦に勝てずとも正隊員になる事を諦めなかったように。

 

 どんな困難であろうとも、彼が彼である限り言葉で止める事は不可能なのだ。

 

「ただ、その上で相談があれば乗ってあげるつもりです。これでも、師匠ですからね」

「そっか。んー、まあいいか。案外、それが最善かもね」

 

 木虎の返答を聞き、小南はふぅ、とため息を吐いた。

 

 全てに、納得したワケではないのだろう。

 

 だが、木虎の言う通り言って止まる相手ではない以上、死地に向かうのを止めるよりも、死地に向かっても生還出来るよう鍛えていくのが最善。

 

 それは、小南も認めざるを得なかったのだから。

 

「じゃあ、修の事は任せるわ。あ、何かあったらいつでも頼って良いからね」

「はい、ありがとうございます」

 

 木虎はそう言って小南に頭を下げ、話を終えた。

 

 これが、食事会での一幕。

 

 そして。

 

 木虎による修の面談を始める、その切っ掛けだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。