痛みを識るもの   作:デスイーター

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木虎藍⑧

 

「三雲くん、少し聞いても良いかしら?」

「え? ああ、いいけどなに?」

 

 木虎の突然の問いに、修は少々困惑しながらそう答える。

 

 小南のごり押し(ゆうどう)によって木虎を送っていく事になった修だが、生憎彼に女子との会話を弾ませるようなスキルがある筈もない。

 

 木虎も生真面目、というよりも実直な性格の為に感情が絡まない限り事務的な会話になりがちであり、実際此処に至るまでお世辞にも年頃の学生同士らしい話が出来たとはとても言えなかった。

 

 そんな中での、突然の質問だ。

 

 修が訝しく思うのも、無理からぬ事と言えよう。

 

「今になって気付いたんだけどね。貴方が遠征を目指す理由とか、そのあたり聞いてなかったのよね。差支えがなければ、教えて貰っても良いかしら?」

「あれ? 小南先輩や迅さんから、聞いてなかったんだ」

「流石に、理由もなくプライベートな内容を本人に断りなく聞くほど野暮じゃないわ。だから、貴方が話したくなかったらそれはそれで構わないわ」

 

 それはある意味、木虎の本心であった。

 

 確かに、小南から修の事を任された。

 

 その事自体は問題ない。

 

 一度面倒を見た以上きっちり責任は取るつもりであるし、修に対して悪い印象は抱いていない。

 

 だが、どう見ても興味本位で遠征を目指すとは思えない修がそれを目的としてボーダーに入ったというのだ。

 

 気になるのは確かだが、それは同時に彼の深い事情に踏み込む事を意味している。

 

 親しき仲にも礼儀があると考える木虎は、此処で無理に修を問い詰める事を是とはしない。

 

 本音を言えば話して欲しくはあるが、それが他者に知られたくない事であれば無理をしてまで聞き出す必要はないと木虎は考えている。

 

 要は修が目的を果たし、尚且つ五体無事で済むようにサポートすれば良いのだから、事情の開示は必須というワケではない。

 

 ただ、出来るならば聞いておいた方が色々と便宜が図り易いので、聞いてみただけの話だ。

 

 だから、断られたらそれまで。

 

 少なくとも木虎は、そのつもりだった。

 

 確かに修には割と入れ込んでいるし、贔屓していると言われても否定出来ない程度には特別扱いしている自覚もある。

 

 だが、だからといってプライベートに無遠慮に踏み込んで良い理由にはならない。

 

 故に。

 

「構わないよ。木虎には世話になってるしね」

「え…………?」

 

 まさか、修が即答で事情を話す事を承諾するとは思わなかった。

 

 確かに、それなりに修に対して便宜を図ってはいた。

 

 指導も行っているし、何かと目をかけてもいる。

 

 だが、無条件にプライベートな情報を話して貰えるほどの信頼関係を築いているとまでは自惚れてはいなかった。

 

 一瞬修が短慮なだけか、とも思ったが、その考えは彼の眼を見て消え去った。

 

 修は、真摯な目で木虎を見据えていた。

 

 それはこれ以上ない程の信頼の眼差しであり、その根底には感謝の念がある。

 

 木虎は、悟る。

 

 修は単純に、何事にも()()()()()()だけなのだと。

 

 木虎の視点から見れば自分はただ彼を指導しているだけで、相応の感謝を受ける事はあってもそれと信頼とはまた別問題であると考えていた。

 

 だが、修は違う。

 

 修は「世話になったのだから相応の対価(しんらい)を返さなければならないと考えていたのだ。

 

 恩には報いる、筋道は通す。

 

 それが、修の基本思考。

 

 ある意味で善性の塊である彼にとっての、()()()()なのだ。

 

「なんで遠征を目指すのか、だよね。それは────────」

 

 そうして、修は語り始めた。

 

 自身がボーダー入隊を、そして遠征を目指すようになった理由。

 

 雨取麟児と、雨取千佳。

 

 その兄妹に端を発する、()()を。

 

 麟児が近界行きを自ら目論み、それを修が知っていた事も含めて。

 

 勿論、直接そう告げたワケではない。

 

 だが、「麟児が妹の友達を探す為にいなくなった」という発言。

 

 そして、「自分は麟児さんに置いて行かれた」という修の告解。

 

 それは。

 

 「麟児が自らの意思で近界に向かった」と解釈するには、充分な情報だった。

 

「…………そう」

 

 それを聞いて木虎は成る程、と一人得心した。

 

 あの迅が重要視するから特別な事情があるのは察していたが、まさかこんな厄ネタが出て来るとは思っていなかった。

 

 木虎は事の詳細────────────────即ち、鳩原密航については何も知らない。

 

 鳩原未来という隊員が「隊務規定違反で除隊した」という事は情報として知り得ているが、その裏の事情までは感知していない。

 

 だが、修が語った麟児失踪の時期と鳩原の除隊の時期は重なっている。

 

 核心までは持てないが、何かしらの関係があると考えを巡らせるには充分だ。

 

 勿論、詮索までするつもりはない。

 

 そういった裏仕事的な役割を担うのは風間隊の方であり、広報部隊である嵐山隊(じぶんたち)に下手な失点は許されない。

 

 そういった事は気付いていない風に振舞うのが上策であると、根付からは指導を受けていた。

 

 それに、修ならばともかく鳩原とは碌に話した事すらない他人である。

 

 同じ女性隊員ではあるが、広報部隊の紅一点である木虎と内向的で口数の少ない鳩原とでは接点など持ちようがない。

 

 ランク戦を通じて「優秀な狙撃手であるが人を撃てない弱点がある」という情報は得ていたが、技術の高さには着目すれど個人的なかかわりなどある筈もなかった。

 

 流石に木虎といえど、碌に話した事のない相手に深入りしようという気はない。

 

 今重要なのは、修にどう対応するかである。

 

「三雲くん、話を纏めるとその麟児さんという人を探す為に遠征を目指す、という事かしら?」

「あと、千佳の友達もだね。二人がいなくなって千佳は悲しんでいたし、なんとかしたいんだ」

 

 修はごく自然な表情で、そう口にした。

 

 そうする事が当たり前であり、自分は当然の事を言っている。

 

 木虎から見て、修の姿はそう見えた。

 

 それが。

 

 普通(あたりまえ)であると、彼は本気で思っているのだ。

 

「それは、雨取さんにそう頼まれたからなの?」

「違う。これはぼくの意思だ。ぼくがそうするべきだと思ったから、やるだけなんだ。千佳に頼まれたとか、そういう事は関係ない」

 

 それに、と修は続ける。

 

「別にぼくは、千佳に麟児さんを見つけて欲しいって頼まれたワケじゃない。ただ、麟児さんがいなくなって千佳が泣いていたから、探すべきだと思ったんだ」

 

 そう、修は千佳に直接麟児の捜索を依頼されたというワケではない。

 

 確かに千佳は修に麟児がいなくなった事を嘆き、泣き喚きはした。

 

 だが、彼女は直接「兄を探して欲しい」と言ったワケではない。

 

 「兄がいなくなった」と修の目の前で泣いたのだから、修がそのように受け止めた可能性はある。

 

 泣きながら兄がいなくなった事を吐露されれば、「兄を探して欲しい」と頼まれていると解釈してもおかしくはない。

 

 だが。

 

 修は千佳から頼まれていないと断言し、更に「自分が正しいと思ったからやろうとしている」と口にした。

 

 木虎はそれが単なる見栄などではなく、彼の本気の言葉であると理解した。

 

 修は、可愛い幼馴染の頼みを受けたから遠征を目指しているワケではない。

 

 彼を突き動かすのは、()()()だ。

 

 ただ、「こうするべき」と思ったから迷いなくその目的を目指す。

 

 それだけの、そして異様な性質であった。

 

「遠征が安全な旅じゃないって事くらい、分かるわよね? それに、行き先はこちらで自由に決められるワケじゃないのよ。そのあたりも理解してるのかしら?」

「ああ、承知の上だ。けど、まず遠征に行かないと前に進む事も出来ないだろ? だったら、目指すしかない。難しいとは思うけど、それしかないならやるしかないさ」

 

 修の言葉は現実の厳しさを知らないが故の大言────────────────などではない。

 

 彼は遠征の危険度、そして目的達成の困難さを理解しながら、それでも()()()()()()()だけなのだ。

 

 周囲の人間からは正義感の強い頑固な人間、と思われている修だが、その本質は一風変わった独善の権化である。

 

 彼の中には修なりの常識(ルール)があり、行動の基準は全てそれに準拠する。

 

 一度それが正しいと決めてしまえば誰に何を言われようと諦める事を知らず、自分なりの方法でそれを達成しようとする強固なる意思の化身。

 

 それが、三雲修という少年を形作る在り方だ。

 

 ハッキリ言ってしまえば、まともな精神ではない。

 

 普通、人は()()を知るものだ。

 

 自分の能力、環境で達成出来ない困難に直面した時、大抵の場合人は諦めるものだ。

 

 それが、手を伸ばせば届く範囲にあるものであれば克己し、それを乗り越えようとするだろう。

 

 だが、修はその壁の難易度に一切頓着せず、あらゆる方法を以て目的を遂げようとする。

 

 それこそ、最終的には社会通念や自分の生死すらも置き去りにして。

 

 木虎はそんな修の本質を目にして息を呑み、そして。

 

「なら、強くなるしかないわね。あと、少しは後ろを振り返る癖も付けて置いた方が良いわ。自分の行動の結果何が起きるのか、リスクをちゃんと計算しないと周りに迷惑がかかるからね」

「分かった。直すべき部分があるなら教えて欲しい」

 

 ────────────────それを追及する事なく、助言を行うに留まった。

 

 此処でそれをおかしい、と言ってしまうのは簡単だ。

 

 もしくは、「そんな事をしても雨取さんは喜ばない」と言って思い留まるよう声をかけるのも同じだ。

 

 そのどちらも、修に対しては意味がない。

 

 正しくは、()()()()()()()()()()()

 

 修の性格からして、反発する事はないだろう。

 

 だが恐らく、「それは……………………そうなんですが」と()()()()だけだ。

 

 修は誰の言葉も聞いているように見えるが、それは正しく()()だけだ。

 

 自分の納得のいかない事であれば聞き()()()事はなく、決して肯定はしない。

 

 極端な話をすれば、修は「自分が正しいと思った事」以外を受け入れる気は一切ない。

 

 この場合の()()()とは、「修の目的達成において有益な事」であり、善悪や達成難易度は一切関知しない。

 

 故にただ「これは無理だ」「止めた方が良い」と言っても、修は受け入れない。

 

 しかし逆に、「こうした方がより効率が良い」「こうした方が今後の為になる」といった意見であれば、修は素直に受け入れる。

 

 要は、修から見て「有益な意見」であれば彼は聞き流す事なく受容するのだ。

 

 木虎はこの短い付き合いの中で彼のそんな性質を直感的に掴み、実践したに過ぎない。

 

 彼女は「リスクを計算しないと周りの迷惑になる」という言葉から、修に「今のままのスタンスでは周りに迷惑がかかるからその分目的達成に遅延が出る」と暗に伝えている。

 

 修はその意図を正しく理解し、だからこそ彼女の言葉を受け入れたのだ。

 

 木虎が修の目的を妨害する事なく、先へ進む為の()()を授けてくれたと考えて。

 

 諸々の性質や環境を考えれば、木虎の対応は最善(ベスト)に近い。

 

 人の心の機微に疎い七海や烏丸では、こうはいかないだろう。

 

 七海はこれまでの経緯が経緯だけに人とは感覚が少しズレており、こういった問題には向かない。

 

 烏丸はあまり口の巧い方ではなく、加えて知り合ってすぐの相手の事を何もかも分かるような勘の良さもない。

 

 その点木虎は本人がそれなりに常識的であり、芸能人に近い立場に身を置いている事から非日常への耐性もある。

 

 加えて一度決めればアクセルを踏み込むタイプの性格である為躊躇も薄く、且つ理屈で物事を考える為感情論に走る心配もない。

 

 第一印象の問題さえクリア出来ていれば、これ程修の師匠として適格な人物はいないだろう。

 

 事実、この場においては修に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という方向性を付け加える事に成功している。

 

 これも木虎が修の本質を本能で理解し、理屈を以て対処法を考える事で対応したが故だ。

 

 感情論で全てが解決するのなら、何の苦労もない。

 

 間違った道へ進む相手に対して必要なのは、具体的な別案とそれを納得させるだけの説得力だ。

 

 「そんな事をすれば大切な人が悲しむ」というのは極論語り手の()()であり、相手にとってみれば戯れ言にも等しい。

 

 故に、「こうするのは駄目だ」という論調では納得などし得る筈もない。

 

 「こうした方が良い」という別案を提示して初めて、耳を傾けるに足る()()となるのだ。

 

 木虎はそれを分かっているからこそ、正しい方法で修の方向性を変える事に成功した。

 

 これで少なくとも、修が無茶をして死ぬ可能性は前よりは減ったというワケである。

 

 木虎に修の面談を任せた小南の選択は、間違ってはいなかった。

 

 これは恐らく、彼女にしか成し得ない快挙であっただろう。

 

「そうね。まずは────────」

 

 そうして木虎は修に具体的な説明を始め、指導を行い始めた。

 

 修はそんな木虎の話に真剣な表情で耳を傾け、聞き入っている。

 

 男女二人の帰り道としては色気もへったくれもないが、これはこれで彼等の関係としては正しい在り方と言えるだろう。

 

 そこから先へ進めるかは当人達次第だが、悪い光景というワケでもない。

 

 真剣な顔で話し続ける二人の姿は、傍から見てとても絵になっていたのだから。

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