痛みを識るもの   作:デスイーター

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城戸正宗⑤

 

「さあて、次の贄が来たようだな」

「搾り取り過ぎて心を折るなよ?」

「弱肉強食が世の理。先のない人間に引導を渡すのも一つの優しさ、だろ?」

 

 甲田、早乙女、丙の三人は調子に乗っていた。

 

 三人は仮入隊時に相応の成績を収め、最初からある程度のポイントを付与された状態でC級隊員となった。

 

 甲田達は良くも悪くも中学二年生らしい精神構造の持ち主であり、そういった()()扱いをされれば自分が選ばれた人間であると錯覚し、調子に乗っていく。

 

 事実として他のC級隊員よりはそれなりにマシな能力を持っていた為、C級ランク戦でも早々負ける事が無かった事もまた、彼等の慢心に拍車をかけていた。

 

 とはいえ、そこでポイントを多く持っている強者に挑むのではなく、自分より低いポイントを持つ者のみに絞って初心者狩りのような真似をしているあたり、考えが小物のそれであるのだが。

 

 良く言えば現実的、悪く言えば臆病。

 

 そんな彼等であったが、ここ最近は弱者からのポイント収奪が巧くいっていた為、加速度的に調子に乗っていた。

 

 それこそ。

 

 深く考えず、自分より下のポイントの相手に意気揚々と挑んでいく程には。

 

「おっ、新三バカ一号」

「お、おまえは…………っ!!??」

 

 だから。

 

 自分が挑んだ相手が、絶対勝てない相手(遊真)であった事に気付いた時、既に全てが手遅れだった。

 

 調子に乗った他の二人も既に遊真との対戦予約を入れており、取り消しは利かない。

 

 結果として三馬鹿(甲田たち)は、貯めていたポイントを容赦なく遊真に搾り取られる結果となった。

 

 この事が遊真のB級昇格を多少なりとも早めた事から、ある意味三人はボーダーへの貢献を果たしていたと言える。

 

「うそん」

「あんまりだあ」

「うぅ、悔しい。でも無理だこれ」

 

 まあ。

 

 色んな意味で自業自得なので、誰も同情はしない。

 

 尚、遊真にコテンパンにのされた三人であったが、三日後には以前の彼等に戻っていた。

 

 その難度折られても懲りないバイタリティーは、案外稀有なものなのかもしれなかった。

 

 

 

 

「C級では相手になっていないな。矢張り、最初からポイントを優遇しておくべきだったか」

 

 そんな三人相手の遊真の活躍を見て、忍田は渋い顔をしていた。

 

 遊真の戦闘力は、明らかにC級のそれではない。

 

 B級どころか、下手をすればA級にも匹敵する。

 

 そんな彼をC級ランク戦で戦わせるのは、雛鳥の群れに鷹を放り込むようなものだ。

 

 これならば最初からポイントを与えて早期にB級にした方が良かったのではないか、と考えるのも無理からぬ事と言えるだろう。

 

「いやあ、そう思って打診してみたんだが断られたよ。あいつ、あれで中々自分の立場をしっかり認識してるからな。外から余計な茶々を入れる隙は、作りたくないんだろ」

「確かに、彼が近界民(ネイバー)であるという事実が消えない以上、こちらから優遇をすれば万が一空閑の素性がバレた時に不利な材料となる。そのあたりも、承知しているというワケか」

 

 だが、林道や城戸の言う通り、遊真には近界民である、という事情がある。

 

 今彼の素性を知っているのは玉狛支部と上層部、そしてあの黒鳥争奪戦に参加した面々くらいなものだが、何かの拍子で誰かにバレないとも限らない。

 

 故に、此処で上層部が近界民である彼を優遇したという失点に繋がりかねない真似をするよりは自力でB級になった方が良いだろうと、遊真は判断するだろう。

 

 遊真はこの世界の事情については無知だが、頭の回転は悪くはない。

 

 自分の置かれた立場を客観的に認識しており、感情的にならずに正しい判断を下せる。

 

 その冷徹さが、数年間傭兵として生きて来られた所以なのだから。

 

「そうか。それなら仕方がないな。あの様子ならB級に上がるのもすぐだろうし、心配する事はないか」

 

 そういえば、と忍田は思い出したように呟く。

 

「三雲くんは、どうなんだ? 風間に勝ったという話が聴こえて来たが、本当なのか?」

「事実です。してやられました」

 

 忍田の問いに、風間は短くそう答えた。

 

 その言葉に忍田は目を見開き、城戸はふむ、と頷いた。

 

 A級隊員の中でも指折りの実力を持つ風間に、お世辞にも強いとは言い難い修が勝利した。

 

 それは。

 

 修が、知恵を駆使して風間に勝った事を意味している。

 

 この場の誰も、正面から実力で修が風間に勝ったとは考えていない。

 

 まともに正面からぶつかれば、修の実力で風間に傷を付けられる筈がないからだ。

 

 故に、何らかの絡め手────────────────()()を、用いたのだと予測出来る。

 

 格上相手に、戦術を駆使して勝利を得る。

 

 それは。

 

 この上なくボーダーで必要な、()()()()()()()()()に他ならない。

 

 ただ才能に甘えているだけでは、以前の香取のように遅かれ早かれ停滞を迎える。

 

 だが修は己の実力不足をきちんと認識し、それを補う努力を欠かさなかった。

 

 手を抜くなどしないであろう風間相手に一本取れたというのは、そういう事だ。

 

 そのあたりの事を見誤るような大人は、此処にはいない。

 

 風間も自身の意図が正しく伝わったと認識し、それ以上の事は口にしない。

 

 これ以上は、野暮というものだ。

 

「三雲が…………」

 

 一方、横で聞いていた三輪は胡乱な目をしていた。

 

 三輪にとって修は、「迅の身内」であり「近界民の関係者」という立ち位置だ。

 

 迅の失点を暴く為に近付きはしたが、正直彼個人に対する思い入れはあまり大きくはない。

 

 良くも悪くも、あの場に現れた七海のインパクトが強過ぎた為、相対的に修の印象が弱くなってしまったのだ。

 

 だから、その修があの風間相手に一本取った、と聞いても傍から信じられるワケがない。

 

 しかし、敢えて反論する理由も無い為、会話に加わる事はしない。

 

 三輪は迅との対話を経てある程度の寛容さを持つようになり、迅の関係者だからと無暗に噛みつく事もなくなった。

 

 あの対話がなければこの会議も理由を付けて欠席していたかもしれないが、今の三輪にそんな()()の思考はない。

 

 A級部隊の隊長として、やるべき事をしっかりこなす心づもりである。

 

 迅や遊真に対して思うところがないワケはないが、それよりも今の三輪は組織人としての立場を優先している。

 

 コドモであった彼の時代は、既に終わったのだから。

 

「遅くなりました。迅悠一、ただいま到着しました」

「よし、揃ったな。では本題に入ろう」

 

 迅が会議室に現れ、その場の空気が変わる。

 

 彼の入室により、全員の顔が引き締まる。

 

 迅自身は笑みを浮かべているが、その目は真剣そのものだ。

 

 全員の眼が、忍田へと向けられる。

 

「では、今回も近界民(ネイバー)の大規模侵攻に対するミーティングを執り行う。初参加の面々もいる事だし、説明を頼めるか。迅」

「お任せ下さい」

 

 忍田から水を向けられ、迅はこくりと頷いた。

 

 一歩前に出て、風間と三輪に視線を向ける。

 

 両者は黙って、迅の言葉を待っていた。

 

 それを見て迅は、話を始める。

 

「以前隊長会議でも話した通り、近界民の大規模侵攻と思われる未来が視えました。規模は、四年前のあれを超えます」

「あれを超える規模か────────────────敵の詳細は?」

「残念ながら。俺の予知は、会った事のない人間の事はぼんやりとしか見えないんだ。けど、一つ確かな事がある」

 

 それは、と迅が真剣な目で告げる。

 

「────────────────A級でも単独じゃ勝てないレベルの敵が、何人もやって来るって事だ。加えて言えば、そのうち一人はまともに勝てる未来が殆ど見えない。文字通り、規格外の奴がいる」

「「────────っ!」」

 

 迅の言葉に、風間達は息を呑んだ。

 

 既に知らされていた忍田達も、心穏やかではない。

 

 軽く見ていたワケではないが、こうして言葉にされると動揺を隠すのにも無理がある。

 

 何せ、A級でもやられるレベルの()が出て来るというのだ。

 

 身構えるのは、当然と言えよう。

 

 これまで彼等が経験してきた戦いはトリオン兵の駆除作業や、ボーダーの隊員とのランク戦が主だった。

 

 トリオン兵との戦いで危険を感じる事など早々ないし、ランク戦はそもそも命の危険がない仮想戦闘だ。

 

 切磋琢磨する競争相手ではあっても、敵と戦ったワケではない。

 

 だが。

 

 今回戦う相手は、明確にこちらを害する意思を持った存在────────────────即ち、本当の意味での()だ。

 

 その敵のレベルが、迅が此処まで言うほどのものだという事は。

 

 当然ながら、悪い予想もせざるを得ない。

 

「迅、聞かせろ。お前が視た未来は、どんなものだ?」

「色々あるよ。以前なら、最低限の被害に抑える策が成功した未来が有力候補の一つだった。最低限、とは言ってもC級は大勢連れ去られちゃうけどね」

「C級隊員が、か…………?」

 

 ああ、と迅は頷く。

 

「これは、あの学校でのイレギュラー門事件の時に三雲くんが戦闘体を破壊された場合に分岐する未来でね。C級に緊急脱出(ベイルアウト)がないと知った敵さんは、C級隊員の身柄に狙いを絞ったってワケ」

「だが、報告では三雲はあの場で戦闘体を破壊されてはいない。つまり」

「ああ、この未来の可能性(ルート)はもう殆ど無い。加えて言うなら、選ぶつもりも今は無いよ」

 

 迅は今は、という言葉を強調して話した。

 

 それを、見逃す風間ではない。

 

 もしや、という思いを抱いて風間は迅に詰め寄った。

 

「お前はまさか、必要と思えばわざと三雲に戦闘体を破壊されるまで追い込ませてそれを近界民に見せる気でいたのか?」

「それしか被害を減らす手段が無かったらそうしたよ。何せ、敵がC級を狙わないと街が破壊されたりA級が連れ去られる未来(ケース)だってあったんだ。それと比べれば、まだC級が攫われただけの方が取り返しがつくからね」

「そうか」

 

 敢えて露悪的に振舞う迅を見て、風間は目を細めた。

 

 迅が自分を悪者にしたがる自罰的な傾向がある事は、風間も良く知っていた。

 

 最近は改善傾向にあったがこれは一つ説教が必要か、と口を開きかけた時。

 

 迅は、でも、と続けた。

 

「もう、この未来を選ぶ気はないよ。これは、()()()()()じゃないからね」

「…………!」

 

 最善の未来。

 

 その言葉に、三輪が反応した。

 

 あの時。

 

 迅との対話の時、彼が言った言葉。

 

 ────────────────玲奈は、俺に願ったんだ。最善の未来に、辿り着く事を。なら、俺に休んでる暇はない。玲奈の想いを継いだんだから、俺はそれを叶えなくちゃいけない────────────────いや、叶えたいんだ────────────────

 

 

 好きだった女性に願われた、迅の誓い。

 

 それが、最善の未来へ至る事。

 

 彼が、その言葉を用いたという事は。

 

 今の彼は、本気だという事だ。

 

 あの対話を経て、三輪は理解していた。

 

 迅はただ、底抜けに不器用なだけの人間であるのだと。

 

 真っ直ぐ進む事しか出来ないから、敢えてあらゆる重荷を背負おうとする。

 

 それが、自分に出来る最善であると信じて。

 

 その強烈な自罰感情が、迅の源泉だ。

 

 そこまで詳しく聞いたワケではないが、戦争を経験した、というからには相応に悲惨な体験をしたのだろう。

 

 これだけの悲壮感を抱くには、無理からぬ程には。

 

 それに。

 

 迅が、四年前のあの日。

 

 街を、この世界を守る為に戦ってくれたという事実に変わりはない。

 

 これまでは姉の死から目を背けたいが故に認めて来なかった事を、三輪は此処に来て正しく認識していた。

 

 迅はあの日、彼に出来る最善を行って尚、届かなかった命があるのだと。

 

 三輪の姉は、彼が取りこぼさざるを得なかった命に一つでしかなかったのだと。

 

 だから、今は何も言わない。

 

 今迅は、己の胸襟を開いて自分たちに協力を求めている。

 

 ならば。

 

 これが、街を守る事に繋がるのならば。

 

「前置きは良い。それなら、お前はどんな未来を選ぶ気なんだ?」

 

 全てを飲み込み、力となろう。

 

 それが。

 

 迅と正しく向き合った、自分のやるべき事なのだろうから。

 

「────────────────最善を。最善の未来を。誰も死なない、いなくならない。そんな、最善の結果(みらい)を。俺は、望む。いや、掴んでみせる」

 

 だから、と迅は顔を上げ、告げる。

 

「協力して欲しい。今見える未来は、二つに一つ。最善の未来か、最悪の未来。そのどちらかだ。失敗すれば、多くの犠牲が出るだろう。それこそ、取り返しのつかない程に」

 

 でも、と迅はサングラスをかけ、顔を上げた。

 

「皆と協力して、全力でことに当たれば。きっと、最善の未来に辿り着くと────────────────俺は、信じている」

 

 迅の表情は、何処か晴れやかだった。

 

 憑き物が落ちた、とでも言おうか。

 

 余計な事に目をくれず、ただ明日だけを視ている。

 

 そんな気配が、今の彼からは醸し出されていた。

 

「俺は、七海や三雲くん、遊真だけに重荷を背負わせるつもりはない。確かにキーマンはあの三人だけど、それは俺たちが何もしなくていいってワケじゃ断じてない。だから、力を貸して欲しい。最善の未来を掴む為に、皆の力が必要なんだ」

 

 迅はそう言って、頭を下げた。

 

 それは、彼なりの真摯な願いであった。

 

 重荷を一人で背負う事の、辛さや虚しさを知るが故に。

 

 彼等だけに重荷を背負わせる事はしないと、迅は誓っている。

 

 その為には、ボーダー全体の協力が必要不可欠。

 

 故に、頭など幾らでも下げよう。

 

 そんな迅を見て、風間は。

 

 笑みを、浮かべた。

 

「顔を上げろ。そんな事をしなくとも、協力はするに決まっているだろう。俺たちは、ボーダーの防衛隊員なんだからな」

「そうだな。お前に言われずとも、自分の役割程度はこなす。当たり前の事だ」

 

 風間と三輪は、口々にそう告げた。

 

 その言葉を聞いて迅は苦笑し、城戸と忍田は穏やかな笑みを浮かべる。

 

 三輪を裏の広告塔として使っていた自覚のある城戸としては、この光景はとても喜ばしいものだ。

 

 今の三輪からは、以前のような張り詰めた破裂寸前の風船のような空気はなくなっている。

 

 鋭さそのものは変わらず、剥き身の刃が鞘に収まったような。

 

 そんな空気を、今の三輪からは感じ取れる。

 

 黒トリガー争奪戦は荒療治ではあったが、しっかりと成果は出たようだ。

 

 その事が。

 

 城戸は申し訳なく、そして同時に嬉しかった。

 

 三輪が、態度を軟化させただけではない。

 

 あの迅が。

 

 あの、誰に頼ろうともしなかった迅が。

 

 こうして、素直に協力を頼んでくれている。

 

 以前の迅を知るが故に、その事がとても感慨深い。

 

 その変化に少なからず七海が関わっていると聞いている為、城戸としては誇らしかった。

 

 誰もが、前を向いて変わっている。

 

 これならば。

 

 迅の言う通り、最善の未来に至る事が出来るのではないか。

 

 そう思うには、充分な光景であった。

 

「では、具体的な話に移ろう。会議を続けるぞ」

 

 そうして、ぶっきらぼうに会議を進める城戸の口元は。

 

 僅かに、しかし確かに。

 

 穏やかな笑みを、浮かべていた。

 

 その事に気付いていたのは、林道と忍田だけ。

 

 それで良いと、彼等は思った。

 

 何故ならば。

 

 子供の成長を喜ぶのは、大人の特権。

 

 ある意味で正しい、子供と大人の姿だったのだから。

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