痛みを識るもの   作:デスイーター

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緑川駿①

 

 緑川駿は、迅悠一の大ファンである。

 

 何を隠そう、彼がボーダーに入った理由こそが彼にあるのだから。

 

 一年以上前のとある日、無断で警戒区域に侵入した緑川は当然の如くトリオン兵に襲われた。

 

 当時一般人であった彼に抗する手段などなく、目の前に迫るトリオン兵の姿に怯え切っていた。

 

 だが。

 

 その時、救いの手が現れたのだ。

 

 トリオン兵を一瞬で撃破し、緑川を救った相手。

 

 それが、迅なのである。

 

 何故、その日都合良く彼がその場に居合わせる事が出来たのかは分からない。

 

 修のように意図を持って助けた可能性はあるし、単にその日間に合うのが自分だけだったという可能性もある。

 

 しかし、緑川にとってはどうでも良かった。

 

 良くも悪くも、緑川は物事を深く考えたりはしない性格だ。

 

 あの日。

 

 自分を助けた彼の姿に、憧れた。

 

 だから、少しでも彼に近付きたくてボーダーに入った。

 

 同じ山育ちで幼馴染の黒江もまたボーダーに興味があったらしく、一緒に入る事になった。

 

 結果として、緑川には才能があった。

 

 入隊後の戦闘試験で好成績を叩き出し、A級部隊からスカウトを受けてB級に上がってすぐにA級隊員となった。

 

 ────────あなた、私のチームに入りなさい────────

 

 そう言って自分をスカウトしてくれた草壁隊長もまた、緑川の恩人の一人であると言える。

 

 彼女のお陰で、A級隊員という迅により近い位置まで数段飛ばしで上る事が出来た。

 

 その事に感謝しない日はなく、また彼女自身の人柄もなんだかんだ嫌いではない。

 

 隊の面々も人格者が揃っているし、居心地の良さも感じている。

 

 けれど。

 

 それでも、緑川の迅への崇拝に近い憧れは消える事はなかった。

 

 何せ、中学生の多感な時期に文字通りの命の危機を救われたのだ。

 

 それも、ヒーローのような格好良いシチュエーションで。

 

 その時の緑川の記憶に刻まれたインパクトは、忘れようがない。

 

 だから。

 

 風間さんに勝ったと噂のB級隊員が「迅に誘われて玉狛に転属」したと聞いた緑川の中に、嫉妬による明確な敵意が生まれていた。

 

 件のB級隊員、三雲修はお世辞にも強そうにも、格好良さそうにも見えない。

 

 にも関わらず、風間を倒したという噂が流布され、挙句に緑川の憧れる迅から直接支部へのスカウトを受けて転属したらしい。

 

 ズルい。

 

 そんな感情が、緑川の内に膨れ上がった。

 

 別に今の隊が不満であるとか、玉狛に入りたかったとか、そういうワケではない。

 

 ただ単純に、憧れの人に目をかけて貰っている目の前の隊員が許せない。

 

 それは嫉妬と呼ばれる感情であり、緑川自身それを自覚してはいない。

 

 けれど、一度生まれた敵意は消しようがない。

 

 未だ精神的に未熟で思春期真っただ中の緑川は、この敵意に巧く折り合いを付ける事など出来よう筈もない。

 

「今から俺と、個人(ソロ)のランク戦をしようよ」

 

 だから。

 

 それを目の前の相手にぶつける以外の選択肢を、今の緑川は持てなかった。

 

 今の緑川の発言は、周囲のC級隊員にも聞こえていた。

 

 というよりも、緑川自身が意図して周囲に聞こえるように喋ったのだ。

 

 目的は単純。

 

 目の前の隊員を大勢の前でボコボコにして、恥をかかせる事。

 

 子供の憂さ晴らしのような、幼稚な目的であった。

 

 特に後先などは、考えていない。

 

 ただ、胸の中のむしゃくしゃをどうにかしたい。

 

 今の緑川は表面上は冷静に見えるが、内心は感情任せに荒れ狂っていた。

 

 風間に勝ったという噂は気にはなるが、緑川の直感は目の前の相手が()()と告げていた。

 

 大方、風間が何らかの事情でハンデでも提示してたまたま勝たせて貰ったのが誇張して伝わっているだけだろう。

 

 そんな中らずと雖も遠からずの楽観をしながら、緑川はこいつをどう叩きのめしてやるか、と暗い感情を膨らませていた。

 

「…………」

 

 彼の後ろで。

 

 緑川をじっと見据える修の視線の意味に、気付く事なく。

 

 

 

 

『三雲緊急脱出(ベイルアウト)。1-0。緑川リード』

 

 機械音声が修の敗北を告げ、修の姿が消え失せる。

 

 一本目は、瞬殺に近かった。

 

 修は試合が始まると同時に逃走を開始したが、グラスホッパーを駆使する緑川に捕まり一撃で急所を射抜かれた。

 

 試合時間にして、僅か5秒。

 

 緑川の予想よりも更に呆気なく、一試合目は終わりを迎えた。

 

(なんだ、やっぱ雑魚じゃん。これなら楽勝だね。このままボコして終わりかな)

 

 気分良く勝った事で、緑川は早くも調子に乗っていた。

 

 無理もない。

 

 修は、緑川の動きに全く付いていけてはいなかった。

 

 これなら、B級下位の方がまだマシな動きが出来るだろう。

 

 それだけ、修の実力の低さは群を抜いていた。

 

(迅さんも見る目がないなあ。なんでこんなの、玉狛にスカウトしたんだろ────────────────考えたらムカついてきた。徹底的にやってやる)

 

『2本目開始』

 

 機械音声が二試合目の開始を告げ、目の前に修の姿が現れる。

 

 緑川は嗜虐的な笑みを浮かべ、スコーピオンを手に斬りかかった。

 

 

 

 

『三雲緊急脱出(ベイルアウト)。9-0。緑川リード』

 

 そして、9試合目も終わりを告げた。

 

 緑川の斬撃が修の首を落とし、決着。

 

 これで、9:0。

 

 未だに修は緑川に傷一つ付ける事は出来ておらず、勝ち星どころか手も足も出ていない状況。

 

 しかし。

 

(こいつ、雑魚の癖にうざい…………っ! 雑魚なら雑魚らしく、さっさとやられろっての…………っ!)

 

 勝者の筈の緑川は、何処か焦燥に駆られていた。

 

 その原因は、修の戦い方にある。

 

 一戦目では瞬殺された修だが、二戦目からはとにかく地形を利用して徹底的に逃げに徹し始めた。

 

 個人ランク戦では、互いが目の前にいる状態で戦闘が開始される。

 

 故にチームランク戦のように最初から隠れるという手が使えず、目と鼻の先に相手がいる状態で試合が始まる事になる。

 

 この形式はハッキリ言って、攻撃手が有利になり易い。

 

 射手は言うに及ばず、銃手もまた至近距離で攻撃手の相手をするのは避けたいのが常である。

 

 二宮や弓場といった例外を除き、攻撃手の距離で試合を始めざるを得ないというのは明確なハンデだ。

 

 そういう意味で、射手である修が初手で逃げを打つのはそうおかしい事ではない。

 

 射手が攻撃手に対して有利なのは、射程距離とその多角性。

 

 一度距離を稼ぐ事が出来さえすれば、攻撃手の攻撃範囲の外から一方的に、そして多角的に攻撃する事が出来るのが射手の長所だ。

 

 それを活かす為に距離を取ろうとするのは、まあ分かる。

 

 だが。

 

 修は完全に攻撃よりも守りを重視し、緑川の攻撃から逃れ続けた。

 

 当然の事ながら、相手を攻撃する為にはある程度足を止めなければならない。

 

 少なくとも、那須のような天才を除き完全に逃げに徹しながら攻撃を放ち続けても碌に相手に当たる事は早々にない。

 

 高機動と攻撃の両立は、そういった一握りの天才が持つセンスか血の滲むような鍛錬の積み重ねが必要になる。

 

 修には、どちらも足りていない。

 

 逃げに徹しながら的確に攻撃するセンスも、鍛錬を積み重ねた時間も、修には無い。

 

 だから、修は()()は行わなかった。

 

 彼がやったのは、スラスターを利用した逃げに徹しながらアステロイドを散発的に撃ち出すのみ。

 

 それも完全ないやがらせ目的だと分かる、無軌道な弾道で。

 

 狙いを付ける事が出来ないのなら、適当に弾をばら撒けば良い。

 

 そんな考えが透けて見えるような無軌道さで、修は逃げながらアステロイドを撃っていた。

 

 だが、逆にそれが緑川にとっては鬱陶しかった。

 

 完全に自分を狙った弾であれば、避けるのは容易い。

 

 しかし、修は碌に狙いを付けずに撃っている為、弾道の()()が読めないのだ。

 

 そして緑川はグラスホッパーを多用する、生粋のスピードアタッカーだ。

 

 一度に起動出来るトリガーが二枠のみである以上、グラスホッパーを両腕で起動すればシールドを張る事は出来ない。

 

 しかし、修の無差別射撃は彼が狭い路地ばかりを狙って移動している事もあり、全てを避けて躱すというワケにはいかなかった。

 

 故に緑川は片枠をシールドに使わざるを得ず、攻撃に使えるのは片腕のみ。

 

 当然緑川が攻撃に割くリソースは減り、その分修が死ぬのが遅くなったという寸法である。

 

 無論、最終的には修が落とされて終わっている。

 

 しかし、試合の決着までにかかる時間は一試合ごとに少しずつ伸びており、今の9試合目に至っては10分も粘られた。

 

 その事実が、緑川を大いに苛立たせていた。

 

 こんな雑魚に、手こずってしまっている。

 

 目の前の相手が弱いのは確かなのに、変に抵抗する所為で拮抗しているようにも見えてしまっている。

 

 先程から、あと一歩で落とせそうな所で逃げられる回数が増えていた事も、緑川のフラストレーションを貯める材料となっていた。

 

(もういい…………っ! 次で最後なんだ。さっさと、ぶっ飛ばしてやる…………っ!)

 

 緑川は完全に、頭に血が上っていた。

 

 勝てる相手なのに、此処まで手こずらされた。

 

 完全に格下に見ていた相手なだけに、自身の思い通りにいかない展開に冷静さを失っていた。

 

 事実として、修の実力は緑川の足元にも及ばない。

 

 そも、緑川自身が紛う事ない天才の部類なのだ。

 

 幼さ故の粗は目立つが、戦闘センスに関してはボーダーでも上位に入ると言って良い。

 

 というよりも、そうでなければ入隊早々A級部隊からの誘いなどかかる筈もない。

 

 素の実力から見れば、緑川と修ではそもそも勝負が成立するレベルには無いのだ。

 

 故に、緑川の修への評価はある意味正しい。

 

 まともにやれば、100回やって100回勝てる相手。

 

 それが、緑川から見た修なのだ。

 

 これまでの試合も、ただ修が最初から()()()()()()()()()()()逃げに徹したが故に長引いているだけに過ぎない。

 

 事実として、緑川と修の戦力差は全く埋まってはいない。

 

 現状は傍から見れば、緑川が100点を取れる筈のゲームで99点を取って駄々を捏ねているに過ぎないのだ。

 

 雑魚相手なんだから、すぐに片付けて当然。

 

 そんな傲慢が、緑川の焦りへと繋がっていたのだ。

 

 そこには、迅に目をかけられている修への敵愾心も含まれている事は言うまでもない。

 

『10本目開始』

 

 故に。

 

 緑川は10本目の開始と同時に、初手でグラスホッパーを大量に分割展開。

 

 それを足場にした、グラスホッパー使いの技術。

 

 乱反射(ピンボール)

 

 修を相手に、彼の十八番を見せつけるように繰り出した。

 

「…………!」

 

 無数のグラスホッパーを足場にした高機動は、緑川の最も得意とするところだ。

 

 グラスホッパーの使い手でも、彼ほど乱反射(ピンボール)を自在に扱える者はそうはいない。

 

 とはいえ、此処で使う必要があるかと言われれば否だ。

 

 乱反射は、防御の堅い相手を崩す為の牽制や、相手を足止めする時に使う()()()だ。

 

 少なくとも、実力で勝っている相手に悪戯に使うような技ではない。

 

 緑川がこの場で乱反射という手札を切ったのは、自分の技術の高さを相手に見せつける、以外のなんでもない。

 

 戦術的な目的ではなく、ただ自分の傲慢を満たす為の手札(トリガー)の選択。

 

 戦闘者としては、論外と言わざるを得ない。

 

 一応、逃げ回るのを阻止してこの場に留まらせるという目的がなくもない。

 

 しかし緑川にとっては自分の強さを見せつける事が最優先であり、そこまで深くは考えてはいなかった。

 

 もしも二宮あたりがこの場面を見ていたら、呆れていただろう。

 

 それだけ、この緑川の選択は無為な────────────────否。

 

 ()()()ものであったのだ。

 

 

(反応一つ出来てない。ま、雑魚なんだし当然か。()()()()()()()()()、後ろから首を落としてやる)

 

 自分の動きに翻弄されている修を見て溜飲を下げた緑川は、決着を着ける事にした。

 

 先程の9戦目と同じように、背後に回って首を落とす。

 

 そう決めて、修の背後に回り込むと同時に跳躍。

 

 一直線に、彼の首に向けて刃を振るう。

 

「え…………?」

 

 だから。

 

 その攻撃がレイガストで止められた事が、緑川は理解出来なかった。

 

 修は、緑川の動きに付いていけてはいなかった。

 

 それは、断言して良い。

 

 なのに何故、彼のレイガストはピンポイントでこちらの攻撃を防御しているのか。

 

「が…………っ!?」

 

 格下に防がれる事の無い筈の攻撃を防がれた事に混乱していて緑川の身体を、真下からの弾丸が撃ち抜いた。

 

 何が起きたかだけは、分かる。

 

 修が仕込んでいた置き弾が、緑川を射抜いたのだ。

 

 それは良い。

 

 良くは無いが、あれだけ無防備になっていたのだから攻撃を受けてしまってもおかしくはない。

 

 それよりも。

 

 何故、攻撃が防がれたのか。

 

 それだけが。

 

 どうしても、分からなかった。

 

『10本勝負終了。9対1。勝者、緑川』

 

 機械音声が、緑川の勝利を告げる。

 

 だが、勝者の筈の緑川の顔は。

 

 悔しさと困惑で、歪んでいた。

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