痛みを識るもの   作:デスイーター

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緑川駿②

 

(…………負けた)

 

 緊急脱出用ベッドに放り出され、緑川は改めて自身の敗北を認識しため息を吐いた。

 

 結果としては9:1で緑川の圧勝であるが、そんなものは形の上だけだ。

 

 最後の一戦。

 

 緑川は見栄を張る為、実力を見せつける為にわざわざ乱反射(ピンボール)を使い、攻撃を仕掛けた。

 

 そしてその結果として攻撃が防がれ、攻撃失敗で頭が真っ白になっている隙に置き弾を撃ち込まれ敗北した。

 

 あの最後の一戦だけは、完敗と言って差し支えない結果だったのである。

 

 幾ら10本勝負で勝っていたとしても、最後の最後でケチが付いたのでは何の意味も無い。

 

 そもそも、10本ストレートで勝って然るべき勝負だった筈なのだ。

 

 緑川が認識した修の実力の低さは誤認でもなんでもなく、多く見積もってもB級下位レベルが精々だ。

 

 いや、トリオンの少なさを鑑みればそれ以下だろう。

 

 にも関わらず、緑川は最後の一勝を逃した。

 

 慢心があった事は認めよう。

 

 あの乱反射は無駄の極みだったし、勝負を焦っていた事も否定出来ない。

 

 だが。

 

 それだけで勝ちを譲る程、緑川は弱くはない。

 

 緑川が慢心し、焦っていた事が事実だとしても。

 

 あの背後からの一撃を修が凌いでいなければ、あそこで隙を晒す事は無かった筈だ。

 

(…………聞いてみるしか、ないかな)

 

 敗北によって、緑川の頭は冷えていた。

 

 彼の、三雲修の認識を改める。

 

 修は弱いが、ただの弱者ではない。

 

 それを確かめる為。

 

 緑川は、修のいるであろうブースへ向かった。

 

 

 

 

「…………なんとか勝てたか」

 

 冷や汗をかきながら、修はぐっ、と拳を握り締める。

 

 10本勝負を終えた修は、個室から共有ブースまで戻って来ていた。

 

 周囲からの視線を感じる。

 

 無理もない。

 

 風間を倒したという風聞に続き、誰が見ても明確な形でA級隊員から一本取ったのだ。

 

 最初は期待外れだったと嘯いていたC級隊員達も、この結果の前には認めるしかない。

 

 この少年は、只者では無い。

 

 その認識が、早くも彼等の間に広まっていた。

 

「三雲先輩」

 

 不意に、声が聞こえた。

 

 振り向けば、そこには真摯な目でこちらを見る緑川の姿。

 

 但し、その纏う空気は試合前の生意気そうな、悪餓鬼のようなそれではない。

 

 その視線には困惑と、幾ばくかの好奇が滲み出ていた。

 

「聞きたいんですけど。なんで、俺の攻撃が防げたんですか?」

「え…………?」

「三雲先輩の実力は、大体分かったつもりです。だから、分かんないんです。なんで、あの攻撃が防げたのかが」

 

 敬語を使おうて失敗しながら、緑川は修に先程の絡繰りを尋ねた。

 

 緑川から見て、修はあの攻撃が防げるレベルの実力は持っていない。

 

 にも関わらず、修は見事に緑川の攻撃を凌いでみせた。

 

 その理由が分からないと、緑川は言う。

 

 マグレ、という可能性は既に除外している。

 

 それならば、防御から置き弾での攻撃に移るまでの時間が短過ぎる。

 

 あれは、予め準備していた攻撃だった。

 

 緑川が攻撃を防がれ、隙を晒す事を初めから狙っていた。

 

 そのくらいは、緑川にも分かった。

 

 だからこそ、おかしいのだ。

 

 あの置き弾は、緑川の攻撃を防げるという確信が持てなければ意味のないものとなる。

 

 故に、修には緑川の攻撃を察知出来る何かしらの算段があったと考える方が自然だ。

 

 それを問われ、修は。

 

「確信してたワケじゃないけど、トドメは後ろから来ると思ってたよ。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からね」

「…………!」

 

 その答えを、口にした。

 

 それを聞き、緑川はハッとする。

 

 確かに、修の言う通り緑川は三試合目以降ずっとトドメの一撃は背後から行っていた。

 

 緑川自身あまり意識してはいなかったが、三試合目で緑川の姿を見失い後ろから首を落とされる修を見て、要は調子に乗ったのだ。

 

 何度やっても緑川の動きを捉え切れず、繰り返し背後から殺される姿。

 

 緑川は中々修を落とせない鬱憤を、殺し方に拘る事である程度晴らしていた。

 

 それが。

 

 修に、大きな判断材料を与えてしまったと気付かずに。

 

「で、でもタイミングは…………っ!? 後ろから来る事が分かっても、いつ来るかはわかんないでしょっ!?」

「それについては、これまでの試合で緑川が攻撃に移るまでの行動を見てたからね。それである程度、攻撃が来るタイミングを予想しただけだよ」

「…………!」

 

 緑川は、瞠目した。

 

 一方的に負けた、9回の戦闘。

 

 その間、修はただやられていたワケではなかった。

 

 ()に徹し、虎視眈々と緑川の動きの把握に努めていたのだ。

 

 修は最初の一試合で、まともにやって勝てない事を理解した。

 

 だから、残る試合の殆どを観察に費し、最後の一戦で勝負をかけたのだ。

 

 丁度。

 

 風間の時と、同じように。

 

「それから、9試合目まではとにかく試合を長引かせる事を優先して動いたからね。あれだけやればストレスも溜まっているだろうから、攻撃に移るまではそれだけ早くなるだろうって思ったんだ」

 

 加えて、修は心理戦をも仕掛けていた。

 

 敢えて試合を遅延させる事に全力を尽くし、相手の精神から余裕を削っていく。

 

 そんないやがらせにリソースを投じていたからこそ、緑川は余裕をなくして短期決戦を仕掛けた。

 

 修の、想定した通りに。

 

「……………………そっか。三雲先輩って、結構えぐいんだね。なんか、七海先輩を見てるみたいだ」

「緑川も、七海先輩を知ってるのか?」

「うん、というか色んな意味で有名な先輩だから知らない人は殆どいないと思うけど────────────────って、俺も、って事はもしかして」

「一応。短い間だけど、指導して貰った事があるんだ」

 

 緑川は修の言葉を聞き、あー、と何処か得心したように頷いた。

 

 先程から感じていた、奇妙な既視感(デジャヴ)

 

 それは、以前に七海から感じていた容赦のなさ、クレバーさを思い出していたからだった。

 

 修が七海から指導を受けていたと聞き、緑川は納得した。

 

 この容赦のなさと良い意味での手段の選ばなさは、七海に通じるものがあると。

 

 以前、緑川は頭角を現していた七海にちょっかいを出し、見事に返り討ちに遭った事がある。

 

 ちょっかいを出した切っ掛けは今回と同じで、迅に目をかけられていると噂で聞いたから。

 

 故に同じような経緯で七海に挑み、当然のように一蹴された。

 

 緑川は確かに戦闘センスがずば抜けて高いが、七海には副作用(サイドエフェクト)による攻撃感知と、太刀川や風間といった上位の実力者達との戦闘経験が豊富にある。

 

 緑川には太刀川のような正道を極めた強さや精神的なブレなさも、風間のような非常に高い技巧や優れた判断力といったものがまだまだ足りない。

 

 彼等と毎日のように刃を合わせて来た七海からすれば、緑川の攻撃は単純でいなし易いものに過ぎなかったのだ。

 

 加えて、初見でメテオラ殺法に対処するのは中々に難易度が高い。

 

 七海は緑川がA級隊員であるという事実を軽視せず、一切の手抜きを行わずに全力で打ち倒した。

 

 その徹底した戦いぶりは、今も尚緑川の記憶に刻まれている。

 

 修と戦った後に感じた既視感は、七海と通じる容赦のなさであったのだ。

 

 あらゆる要素を計算に入れ、冷徹に勝利をもぎ取る強固な意志力。

 

 七海の持つそれを、修は確かに受け継いでいた。

 

 元からの素養もあったのだろうが、此処まで早期に花開いたのは七海が直接彼を指導していたが故だろう。

 

 これは、負けるべくして負けた試合だと。

 

 緑川は、納得せざるを得なかった。

 

「おい」

「え?」

 

 但し。

 

 彼本人が納得しても、緑川がしでかした事実は消えはしない。

 

 いつの間にか近くに来ていた遊真はぽん、と緑川の肩を掴み、攻撃的な笑みを浮かべた。

 

「ちょっと、ランク戦しようぜ(面貸せ)

「…………は、はい」

 

 緑川の思惑とは違った結果にはなったが、彼が悪意を以て観客(ギャラリー)を集めた事実はなくならない。

 

 そのあたりの事情諸々を悟った遊真は大切な隊長を笑いものにされかけた事に怒り、緑川をコテンパンにする事に決めた。

 

 既に一度修本人によって凹まされたようだが、だからといって遊真に容赦する気は微塵もない。

 

 結果として、緑川は遊真相手にストレート負けを喫する事になる。

 

 そして。

 

 その光景は、上層部の眼に留まる事になった。

 

 

 

 

「緑川が、ああも一方的にやられるか」

 

 映像を見た忍田は、遊真の圧倒的な実力に感嘆する。

 

 C級ランク戦の時点で高い実力を持っている事は分かっていたが、仮にもA級隊員である緑川が手も足も出ないレベルであるとまでは予想していなかった。

 

 ボーダーのトリガーに慣れたばかりであろうが、その程度のハンデは遊真には関係がないらしい。

 

 その場にいる誰もが、遊真の実力に瞠目していた。

 

「どうやら、彼の前に三雲も緑川と戦っているようですね。結果は────────────────9:1。最後に一勝していますね」

「…………!」

 

 加えて、風間の言葉に三輪もまた目を見開いた。

 

 修が風間に勝った、という話に関しても未だ半信半疑な三輪であるが、緑川に風間のような相手を試す甘さがあるとは思えない。

 

 公衆の面前で負ける事をみすみす許すようなタイプでもない為、この一勝は真実修自身の力で勝ち取ったものに間違いはない。

 

 緑川は経験不足故の未熟さは目立つが、戦闘センスそのものは非常に高い。

 

 加えて七海と同様スピードタイプの攻撃手(アタッカー)であり、修の地力で何の策もなく勝てる相手では決してない。

 

 此処まで来ると、三輪も認めざるを得なかった。

 

 修には、他とは違う何かがあると。

 

 迅が選んだだけの理由のある、特別な存在であると。

 

 三輪は内心で、修に対してそう評価を下したのだった。

 

「…………ふむ」

 

 同様に、城戸もまた三輪と同じような評価を下していた。

 

 風間相手に一度勝った事は認識しているが、彼と違い相手を試すつもりのない緑川相手にも勝った事から、修に何かしら光るものがあるという事は理解出来た。

 

 少なくとも、迅が選んだ相手として及第点に至るだけのものは持っている。

 

 迅を信じていなかったワケではないが、その彼が選んだ相手に相応の見どころがあると理解し、内心で安堵した城戸であった。

 

 そんな城戸達の内心の変化を察しつつ、迅はおもむろに立ち上がった。

 

「じゃ、そろそろ呼んで来ますね。今回の会議じゃ、あいつ等の力が必要ですから」

 

 

 

 

「三雲先輩、すみませんでした」

「いや、いいって。気にしてないよ」

 

 遊真に負けた緑川は、即座に修相手に土下座をかましていた。

 

 公衆の面前でそんな事をすれば当然の如く目立ち、周囲からはひそひそ声が聞こえて来る。

 

 何せ、修が緑川に勝ったというだけでも一大事なのに、未だC級である遊真がA級隊員を一方的にボコボコにしたのだ。

 

 話題性という意味でも注目の的であり、渦中の一人である緑川がそんな真似をすれば否応なく悪目立ちする。

 

 修としても周囲からの好奇の視線の度合いが流石に無視出来るレベルではなくなっていた為、慌てて緑川に土下座を止めさせた。

 

 まあ、既に手遅れの気がしなくもない。

 

 後日、「ショタ土下座先輩」というあだ名が流行ったとか流行らなかったとか。

 

「ぼくも良い経験が出来たし、それに風間先輩との話だって24敗1勝だったしね。実力以上の評判が立ってて困ってたし、丁度良かったよ」

「いや、実際に俺に勝ったし謙遜する事ないと思うけど。変な先輩だなあ」

 

 敢えて周囲に聞こえるように24敗1勝という結果を喧伝した修を見ながら、緑川は苦笑した。

 

 確かに、修は弱い。

 

 正面から戦えば、まず負けない相手だ。

 

 だが、弱くはあっても無力ではない。

 

 自分の実力の低さすら利用し見事緑川を嵌め殺した手腕は、評価されて然るべきものだ。

 

 それに、緑川は悪意を以て修を笑いものにしようとしたのに、それを気にする素振りが全くない。

 

 普通、ここは怒るところだ。

 

 公衆の面前で恥をかかされかけたというのは、普通ならば怒って然るべき場面である。

 

 にも関わらず、修はそれを些事であるかのように一切気にしていない。

 

 いや、事実としてどうでも良いのだろう。

 

 彼にとって他人からの自分への評価というのは目的達成の障害にならなければ、気にするに値しない事柄なのだろう。

 

 これが身内等に塁が及ぶのであれば態度を一変させるだろうが、修は自分自身の事について病的と言って良い程無頓着だ。

 

 先日の木虎の忠告で多少の方向習性は出来たものの、その根本は変わっていない。

 

 そんな修に益々七海との共通点を見出しつつ、緑川はため息を吐いた。

 

 変な先輩だけれど、遊真共々仲良く出来そうな気はする。

 

 そう思って、ふと顔を上げた。

 

「あ、迅さんっ!」

「え…………?」

「おう駿。久しぶりだな」

 

 その視線の先にいたのは、誰あろう迅悠一その人だ。

 

 迅は満面の笑みでじゃれついて来る緑川を相手にしながら、修と遊真に向き直った。

 

「遊真、三雲くん。城戸司令が呼んでる。ちょっと、付いて来て貰って良いかな?」

「城戸司令が…………?」

 

 ああ、と迅は頷き、告げる。

 

「ちょっと、()()の相談をね。色々と」

 

 そうして迅は。

 

 修達を、会議の場へと誘った。

 

 来る、大規模侵攻。

 

 その、対策会議へと。

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