痛みを識るもの   作:デスイーター

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三雲修⑧

「しかし、オサムは凄いな。ミドリカワの奴、オサムが普通にやって勝てる相手じゃなかったろ。一本取るなんて、まず無理だった筈なのに」

「七海先輩達の指導のお陰だよ。あれがなきゃ、勝ち筋すら見えなかったさ」

 

 迅に連れられて会議室に向かう最中、遊真の称賛を受けた修はそう言って苦笑した。

 

 確かに勝ちはしたが、形式上は9:1でボロ負け。

 

 彼としては、確かに得るものはあったがあまり見栄えの良い結果ではないと認識している。

 

 周囲の目を見張る偉業を達成したというのに、自己評価が低いのも相変わらずのようだ。

 

「いや、本当に凄いと思うよ。緑川は現時点で三雲くんが勝てるレベルの相手じゃなかった筈だし、一度とはいえそれを出し抜いたのは誇って良いと思う」

「ああ、オサムは少し自分を低く見過ぎだ。自分の力に驕る奴は長生きしないけど、縮こまってばかりじゃ舐めた真似して来る奴が出て来るぞ」

 

 さっきの緑川みたいにな、と、遊真はジト目で修を見据える。

 

 修は、自己評価がとても低い。

 

 称賛されて然るべき事をしても、それを客観視する事が出来ない。

 

 というよりは、自分を褒める、という思考がそもそも無いのかもしれない。

 

 恐らくそれは、彼がこれまで成功体験に恵まれなかった事も関係しているのだろう。

 

 修は、見て見ぬふりという事が出来ない。

 

 目の前で理不尽が起きれば手を出さずにはいられないし、その結果自分の評価がどうなったとしても一切頓着しない。

 

 だが、頓着はせずとも周囲からの評価は耳には入る。

 

 だから、それを聞き続けた事が何らかの影響を及ぼしている可能性は否定しきれないだろう。

 

 驕ってミスをするよりは良いのかもしれないが、その姿は周りから見れば自分に自信のない、冴えない人間に見える。

 

 故に今回の緑川のような存在にちょっかいをかけられ易くなり、大抵の場合修は自分に悪意が向けられている事に気付きもしないから報復をする、という思考に至らない。

 

「そうか。気を付ける」

(気を付けるだけじゃ意味ないんだけどなー。ま、そこらへんはおれが気にかければいっか)

 

 遊真はそんな修の姿を見て、内心でため息を吐いた。

 

 これは、筋金入りだ。

 

 一朝一夕ではどうにもならない以上、周りが気を付けるしかないだろう。

 

 元より、修から離れる気など欠片もない。

 

 この優しく不器用な隊長を守ると決めた以上、生半可な事で降りる気は無い。

 

 遊真は一人決意を新たにして、隣を歩む修を見て苦笑したのだった。

 

「お、白チビに迅さん、あとメガネじゃねーか。そっち行くって事は、会議か?」

「おつとめごくろうだぞ。さんにんとも」

 

 そんな折、廊下の向こうから陽太郎を連れた米屋が声をかけて来た。

 

 米屋はいつもの軽いノリでこちらに話しかけているが、何処か迅に対して意味深な視線を向けている。

 

 それに気付いた迅は、一歩前に出て米屋と向き合った。

 

「この前はすまなかったね。三輪を利用するような形になって」

「いや、あれはあれで必要な事だったと思うしもう気にしてねーっすよ。三輪の奴も良い感じになったみてーだし、何も言わずにあいつを止めなかった俺も同罪っちゃ同罪ですし」

 

 米屋はそう言って、迅の謝罪を受け入れた。

 

 遊真を巡った騒動の渦中においては三輪を利用していた事を良く思っていなかった米屋であるが、既にその事に対する禍根はない。

 

 何故ならば、黒トリガー争奪戦が終わり、迅との対話を終えた後の三輪を見たからだ。

 

 その時の三輪は米屋が見た事がないような吹っ切れた顔をしており、張り詰めた糸のような精神状態から脱したのは明らかだった。

 

 三輪を利用していた事に思うところはあるものの、その結果がこれであるならある程度は飲み込める。

 

 多少の痛みは伴ったようだが、三輪が良い方向に向かったのであれば米屋としては喜ばしい。

 

 自分は何処までも追従するだけであり、変化を齎す、という方向性には至れなかった。

 

 その事自体は後悔してはいないが、それでも友達の顔が曇っているよりは晴れていた方が気分が良い。

 

 そう考えて、全てを水に流す事にした米屋であった。

 

「そうか。三輪は良い友人を持ったな」

「なんか迅さん、あいつの保護者みてーっすね」

「三輪には言わないでくれよ。多分、怒るだろうからね」

 

 了解了解っと、と米屋は笑って答えた。

 

 唐突に迅の視界にジト目で自分を睨みつける三輪の未来(すがた)が映った気がしたが、気にしない事にしておく。

 

 特に悪い方向に転がる道筋(フラグ)には見えないし、これまで没交渉だった三輪と少しでも話す機会が訪れるのなら構わない。

 

 嘘が見抜ける遊真も米屋の真意には気付いていたが、迅本人が何も言わないので口は出さない。

 

 そのあたりの分別は、ある程度出来るのである。

 

「じゃあ、城戸さんに呼ばれてるからもう行くよ。陽太郎を────────」

 

 頼んだ、と言おうとした迅の前に、雷神丸に乗った陽太郎がずい、と進み出てにやりと笑う。

 

「迅、おれもいくぞ。おうじとして、みとどけるぎむがあるからな」

「いや、陽太郎は────────」

「いくぞ。ようすけ、せわをかけたな」

「あ、待てって」

 

 迅の言葉を聞かず、雷神丸に乗って陽太郎は会議室に向けて進み始めてしまった。

 

 彼を一人で行かせるワケにもいかず、迅は仕方なく後を追いかける。

 

 米屋は「じゃあなー」と手を振っており、追いかける気はなさそうだ。

 

 まあ、とうの本人からお役御免を言い渡されては仕方がないだろう。

 

 ……………………その本人が、幼い子供であり傍目から見れば判断力に欠如している事は置いておいて。

 

「空閑、ぼくたちも行くぞ」

「そうだな。んじゃ、よーすけ先輩。また今度」

「おう、今度はちゃんと戦おうぜー。いつでも待ってるからなー」

 

 修と遊真もまた迅と陽太郎を追いかけ、その場を後にした。

 

 米屋は二人を見送ると踵を返す。

 

 そして、思い出したように呟いた。

 

「さて、大規模侵攻関連の会議ってのは聞いてっけど、どうなるのかね。出来れば、良い方向に向かって欲しいけどな」

 

 

 

 

「遅い、なにをモタモタやっとるっ!」

「またせたなポン吉」

「何故お前が居るっ!?」

 

 少々遅れて到着した面々を注意する鬼怒田に、何故か陽太郎が返答して目を丸くされた。

 

 同席していた宇佐美は米屋に預けた筈の陽太郎がこの場にいる事を疑問に覚え問うていたが、とうの陽太郎は「かれはよくやってくれました」と要領を得ない。

 

 迅に目を向けても苦笑するだけであり、宇佐美は仕方ないか、と陽太郎の存在を許容した。

 

「時間が惜しい。始めよう」

 

 最高責任者である城戸もまた、それを黙認した。

 

 これが一般人相手であれば追い出していたかもしれないが、ある意味陽太郎は最重要クラスの関係者だ。

 

 裏の事情まである程度知っている事から、居ても問題は無いと判断したのだろう。

 

 そんな事情を知らない鬼怒田や三輪といった面々は違和感を覚えていたが、敢えて説明するつもりは城戸にはない。

 

 陽太郎の存在は、機密中の機密にあたるのだから。

 

「事情を知る者しかいない為、単刀直入に言おう。迅の予知で近々近界民の大規模侵攻がある事は、知っての通りだ。今回はそれに関して、遊真くん。君の近界民(ネイバー)としての意見を聞きたいと思ってこうして召集させて貰った次第だ」

「ふむ、近界民(おれ)としての意見か」

 

 ああ、と忍田は頷く。

 

「知りたいのは攻めて来る国が何処か、どんな攻撃をして来るか等だ。君の視点からしか分からない情報も多いだろうから、可能な範囲で構わない。協力して欲しいんだ」

「なるほど。そういう事なら、おれの相棒に聞いた方が早いな」

 

 遊真はそう言うと「よろしく」と言って懐からレプリカを出した。

 

 その珍妙な姿を始めて見た三輪や風間は目を見開き、事前に聞いていたが姿を見るのは初めてな城戸はほぅ、とレプリカを凝視した。

 

『はじめまして。私の名はレプリカ。ユーマのお目付け役だ。ユーマの父ユーゴに作られた、多目的型トリオン兵でもある』

「トリオン兵だと…………っ!?」

 

 トリオン兵、という言葉に思わず反応した三輪であったが、よくよく考えてみれば遊真は近界民なのだ。

 

 そう考えれば、トリオン兵の一体は持っていてもさほどおかしくはない。

 

 まあ、こんな風に流暢に言葉を話すトリオン兵、というのは流石に面食らいはしたのだが。

 

『私の中にはユーゴとユーマが旅した近界(ネイバーフッド)の国々の記録がある。恐らく、そちらの望む情報も提供出来るだろう。本来ならば此処で遊真の身の安全について問うつもりだったが、それについては確約を既に得ていると承知しているから問題は無いだろう』

「ああ、ボーダーの隊務規定に従う限りは隊員・空閑遊真の身の安全を保障する。それは以前約した通りだ」

『了解した。では、話を始めるとしよう』

 

 城戸からの確約を改めて確認し、レプリカは情報の開示を承った。

 

 迅と城戸の間の密約に関しては、レプリカ側も既に知らされているが故に敢えて此処で問う事はないのだが、これは事情の全てを知るワケではない風間や三輪に対する措置でもある。

 

 こうして改めて言葉にする事で、遊真の立場を強固にするのが目的だ。

 

 三輪や風間も既に決まった事である以上、口を挟む事はしない。

 

 それよりもまず、大規模侵攻に備えての情報を得る事が先決なのだから。

 

『知っての通り、近界(ネイバーフッド)の国々は惑星のように果ての無い暗黒を決まった軌道で回っている。そしてこちらの世界、我々の言葉で言う玄界に近付いた時のみ、遠征艇を放ち門を開いて侵入する事が出来る。攻めて来るのがどの国か、という問いに関しては、今現在こちらの世界に接近している国のうちのいずれかだ』

「そこまでは分かっとる。知りたいのはそれがどの国か、そしてその戦力や戦術だっ!」

『どの国がそうなのかを説明するには、ここにある配置図では不十分だ。私の持つデータを追加しよう』

 

 そうして、レプリカは林道と宇佐美に頼み自身のデータを配置図に追加した。

 

 現れたのは、先程の数倍に拡大・拡張された軌道配置図。

 

 その規模、精度に集まった面々は感嘆の息を漏らす。

 

 無理もない。

 

 これだけの情報を得る為には、膨大な時間をかけて近界を渡り歩かなければならない。

 

 それこそ、命の危険すら顧みずに。

 

 その軌跡に亡き雄吾の面影を感じながら、城戸や忍田といった旧ボーダーの面々はその配置図に見入っていた。

 

『この配置図によれば、現在こちらの世界に接近している惑星国家は4つ。広大な豊かな海を持つ水の世界、海洋国家リーベリー。特殊なトリオン兵に騎乗して戦う、騎兵国家レオフォリオ。厳しい気候と地形が敵を阻む、雪原の大国キオン』

 

 そして、とレプリカは多少の勿体を付けて続けた。

 

『────────近界(ネイバーフッド)最大級の軍事国家、神の国アフトクラトル。以上が、現在この世界に侵攻して来る可能性のある国だ』

「その4つのうちどれかが、あるいはいくつかが大規模侵攻に絡んでくるという事か?」

『断言は出来ない。未知の国が突然攻めて来たり、決まった軌道を持たない乱星国家が攻めて来る可能性もある』

「細かい可能性を考え出したらキリがない。今ある情報からの推察を行うとしよう」

 

 城戸の言葉にそうですね、と風間が口を開いた。

 

「先日の爆撃型トリオン兵と、偵察用小型トリオン兵。あれらが大規模侵攻の前触れなら、そこから推測できる事もあるんじゃないか?」

「それだったら確率が高いのは、アフトクラトルかキオンだな。イルガー使う国ってあんまりないし、そもそもあのやり方は大国じゃないと出来ないと思うぞ」

「ふむ、それは何故かね?」

 

 遊真の見解に、城戸はそう問うた。

 

 訝しんでいるワケではない。

 

 傭兵として近界を渡り歩いた遊真がこう言うのであれば、何らかの根拠があると見込んでの事である。

 

「こないだのモールモッドにしろイルガーにしろ、使い捨てみたいなやり方だったろ? トリオン兵を作るのだってタダじゃないから、あんな使い方が出来るなら相当の大国だろうな、ってだけだよ」

「成る程、納得のいく話だ」

 

 確かに遊真の言う通り、敵はトリオン兵を湯水のように使い捨てるやり方を取っている。

 

 トリオン兵を生産するにも相応のコストがかかる以上、小国がそんな真似をすれば徒にリソースを消費してしまう。

 

 それが出来るという時点で、大国であるキオンやアフトクラトルに相手が限定されるという事だ。

 

「今はひとまずその二国が相手と仮定して対策を進めよう。相手の戦力と戦術は勿論だが、敵に黒トリガーがいるかどうかも分かるのならば教えて貰いたい」

『我々がその国に滞在したのは七年以上前であり、現在の状況とは異なるかもしれない。その前提で聞いて欲しい。当時、キオンには6本────────────────そしてアフトクラトルには、13本の(ブラック)トリガーが存在した』

「13本…………!」

 

 黒トリガーが、13。

 

 その力を知る身としては、脅威どころの話ではない。

 

 もしも万が一、13本もの黒トリガー使いが一斉に襲って来ればどうしようもない。

 

 それだけ、黒トリガーというのは絶大な戦力なのだから。

 

『しかし黒トリガーはどの国でも希少な為、通常は本国の守りに使われる。よほどの事情がなければ、遠征に投入されるのは多くても一人までだろう。遠征艇のサイズも限られている以上、相手の主戦力は卵の状態で保持出来るトリオン兵にして遠征の人員は少数に絞るのが基本だ』

「そうだろうな。しかし、今ある情報から二国のどちらなのかは推察出来ないのか?」

『難しい、と言わざるを得ないな。今言ったように我々が滞在したのが七年以上前である以上、現在の状況まで分かるワケではない。機密情報も、全てを知り得たワケではないからな』

 

 そうか、と忍田は仕方ないか、といった顔で頷く。

 

 確かに、現在の情報だけではキオンとアフトクラトルのどちらなのかを絞るのは難しい。

 

 筈、なのだが。

 

(なんでだろう。今、何か浮かんだような…………)

 

 その話を聞いていた修は、僅かな引っかかりを覚えた。

 

 近界についての説明であったから、以前のレプリカの話を想起したのだろうと考えて。

 

 ────────────────惑星国家を十全に運用する為には、トリオンの高い者をこの「神」にしなければならない。「神」が死ねば国の運用は立ちいかなくなり、瓦解する。故に「神」が死ぬ時期になれば、次の「神」を確保する為に遠征を繰り返す国もある。7年以上前に滞在した、アフトクラトルなどがそうだ────────────────

 

「…………あ」

 

 ────────────────あの時の、レプリカの言葉を思い出した。

 

 そう、レプリカは確かに言った。

 

 アフトクラトルは、「神」を確保する為に遠征を繰り返す国であると。

 

 そして。

 

 近界最大級の、()()国家であるのだと。

 

 軍事国家という事なら、砲艦外交を主としている国である可能性が高い。

 

 ならば。

 

 最も可能性が高いのは、アフトクラトルではないか。

 

 そう思い至った修は、意を決して口を開いた。

 

「あの、ちょっと良いですか」

「ああ、何か気付いた事があるのかな? 構わない。聞かせてくれ」

「ありがとうございます」

 

 修は忍田の許可を得て、レプリカに話を切り出した。

 

 己の至った、推察について。

 

「レプリカ、以前話してたよな。アフトクラトルって国は、「神」を確保する為に遠征を繰り返す事があるって。それなら、今回がそうである可能性ってあるか?」

「────────!」

『…………! 成る程、失念していたな。確かに、時期的におかしくはない。その可能性は大いに有り得ると言えるだろう』

 

 修の話をレプリカが肯定し、同時に迅が目を見開いた。

 

 傍目から見れば、修のなんてことはない僅かな気付き。

 

 だが。

 

(未来が、変わった。良い方向に、向かい始めてる…………!)

 

 その一言で、迅が視える未来の道筋(ルート)が開拓された。

 

 たった一言。

 

 だが。

 

 その一言が、未来の流れを明確に変えた。

 

 それを実感し、迅は期待を込めた目で修を見据えた。

 

 矢張り、自分は間違っていなかった。

 

 彼は。

 

 どん詰まりの運命を変えるに足る、逸材だ。

 

 たとえ無力でも、彼には彼しか出来ない事がある。

 

 その事を改めて確信し、迅は気持ちを新たにした。

 

 これなら、いけるかもしれない。

 

 そう、期待して。

 

『では、アフトクラトルについて話をしよう。この国が相手であるのなら、伝えておくべき事が幾つかある』

 

 レプリカはそう口にして、話を始めた。

 

『トリガー(ホーン)と、()()()()()。この二つについて、まずは話をするとしよう』

 

 軍事国家、アフトクラトル。

 

 彼等の誇る、脅威について。




 米屋が遊真と一緒にブースに来なかったのは、原作と違い三輪が会議に出ていた為米屋の行動が変わった為です。原作との差異が行動パターンの変化を生んだワケですね。
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