痛みを識るもの   作:デスイーター

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アフトクラトル②

 

「トリガー(ホーン)と、ラービット…………? それは一体、どのようなものなのかね?」

 

 レプリカの話を聞き、城戸が神妙な顔でそう尋ねる。

 

 話の流れからして、厄介なものである事は予測出来る。

 

 内容が気になるのは、当然の話だ。

 

『アフトクラトルの保有する黒トリガーの詳しい能力までは、私にも分からない。故に黒トリガーに関する情報提供は出来ないが、それを抜きにした場合の脅威度が高い事柄がこの二つである為先んじて話しておく事にした。まず、トリガー(ホーン)について説明しよう』

(ホーン)…………ツノ、か? 鹿やヤギのような」

 

 そうだな、と鬼怒田の問いに頷きながらレプリカは続けた。

 

『厳密には角ではなくトリオン受容体だが、外見上は角に見える筈だ。アフトクラトルが攻めて来るなら、まず間違いなくこの()()()が戦線投入されるだろう』

「それは具体的には、どのようなものなんだ?」

『簡単に言えば、人為的にトリオン能力を高い人間を作り出す研究の成果だ』

「…………!」

 

 人為的に、トリオン能力の高い人間を作る。

 

 その言葉に、集まっていた者達が息を呑んだ。

 

 通常、トリオン能力というものは生まれた時に決まっており、多少の上下はするがその絶対量が劇的に変わったりする事はまず有り得ない。

 

 筋肉のように、鍛えれば確かな成果が出る、というものでもないのだ。

 

 それを、人為的に、人工的に増やす。

 

 それがどれ程の脅威であるかは、言わずもがなである。

 

『アフトクラトルでは以前より、トリガーを加工したトリオン受容体を幼児の頭部に埋め込み、後天的にトリオン能力の高い人間を作り出す研究が進められていた。我々が滞在していた時点で既に実用段階にあった技術である為、本当に「神」を探して侵攻して来るのであれば使わない手はないだろう』

「角があると、具体的に何が変わる? トリオンの量か?」

『量に加えて、質も変化する。「角つき」が使うトリガーは武器というよりは()()()()()と言った方が良い。簡単に言えば、トリオン量とトリガーの練度が通常とは比較にならないレベルになるという事だ』

 

 トリオンの増加に加えて、練度の上昇。

 

 それが本当ならば、恐るべき技術である。

 

 通常10割が才能頼りにする他なかったトリオン量を人為的に上げるだけではなく、トリガーの練度さえも調整を加える。

 

 聞く限り人体実験まがい────────────────いや、()()()()によって得た禁忌の類の技術だろう。

 

 この世界と近界、しかも軍事国家というのであれば倫理観に差異があるのは当然ではあるが、幼児の段階で手を加えるという段階で碌なものではあるまい。

 

 その技術の方向性に忍田は眉を顰め、城戸も僅かに表情を険しくした。

 

 旧ボーダー時代の経験で実際に戦争というものを体験している分そういった事柄には耐性があるのだろうが、そもそもの話として二人は良識ある大人である。

 

 これから戦う事になる相手がそういった手段を問わない手合いである事を思い、警戒度を引き上げるのは当然だ。

 

 勿論、技術の禁忌性に関しても良い感情を抱いていないのも理由の一つではあるのだが。

 

『加えて、角を使って黒トリガーとの親和性を高める研究もされていた。黒トリガー持ちの角付きの場合、角が黒く染まる。覚えておいて欲しい』

「角が黒ければ黒トリガー所持者、という事か。了解した」

 

 レプリカの説明に、忍田は頷く。

 

 人為的にトリオンを増やした敵兵士、というだけでも厄介なのにそれに黒トリガーまで加わるとなると良い予想は出来ない。

 

 だが、警戒すべき相手が一目で分かるというのは朗報ではある。

 

 少なくとも「相手が黒トリガーである」という情報を知っているかどうかで、対処方法は違ったものになるからだ。

 

 黒トリガーの能力は千差万別だが、総じてノーマルトリガーには無い高出力であるという特徴がある。

 

 迅の風刃であればその射程距離と攻撃速度に特化し、加えて物体を斬撃が伝播するという特殊性を備えている。

 

 尋常ではない射程と弾速、そして初見殺しの特殊性。

 

 それが、風刃という黒トリガーの性能上の脅威となる。

 

 そのどちらも、ノーマルトリガーでは成し得ないものだ。

 

 射程は狙撃銃のそれを超え、弾速は弓場の早撃ちを上回る。

 

 そういった脅威があると事前に知っていれば、ある程度やりようはある。

 

 もっとも、黒トリガーは大抵初見殺しの性質を持っているので、初めて相対した際になんとかするのは少々無理がある。

 

 だが、それならそれでやりようはあるのだ。

 

 黒トリガーに最初に相対した者は時間稼ぎと情報収集に努め、後続のエースが敵を討ち取る為のサポートをする。

 

 そういった動きが、可能となって来るのだ。

 

 少なくとも、それを聞いた風間や城戸といった面々はそういった戦術を頭の中で組み始めている。

 

 これで一歩、前に進んだと言える。

 

『トリガー(ホーン)によって強化されたトリガーは、黒トリガーでなくともそれに近い出力を発揮するであろう事が考えられる。角が黒くなかったからといって、侮る事は出来ないだろう』

「要は、とんでもねぇトリオン強者の集まりみたいなモンって事か。確かにそりゃあ、厄介だな」

 

 林道の言う通り、総括するとアフトクラトルの精鋭は誰も彼もかなりのトリオン強者の集団、という事になる。

 

 たとえ黒トリガーでなくともそれに近い出力を出せるという事は、相当な脅威だ。

 

 というよりも、そもそもの話近界のトリガーは黒トリガーでなくともこちらから見れば未知の塊だ。

 

 通常規格のトリガーだとしても、その能力は千差万別。

 

 あちらの通常規格が、こちらと同じとは限らない。

 

 現に、独自の技術を用いている玉狛のトリガーはどれもピーキーな性能を持った代物だ。

 

 癖が強いが、嵌まれば強力極まりない。

 

 それが近界の基本的(スタンダード)なトリガー運用であり、近界のトリガーである、というだけで脅威度は跳ね上がる。

 

 汎用性を重視したボーダーのトリガーとは、そもそも設計思想が違うのだ。

 

 汎用性を捨てた、一点ものの特化型。

 

 それが近界民の操るトリガーであり、トリガー使いの数と汎用戦力を重視するこちらの世界と、精鋭に戦力を集中させる近界の違いである。

 

 要は、こちらは多くの隊員に行き渡らせているリソースを、相手は数人に絞って注ぎ込んでいるのだ。

 

 遠征艇に乗れる人数に限界がある以上当然の設計思想であり、その分個々人の戦闘能力が高い。

 

 軍事国家であるアフトクラトルの人間であれば、尚の事だ。

 

 それが、今回敵とする相手。

 

 一筋縄でいかない相手である事は、目に見えていた。

 

「トリガー(ホーン)については了解した。それで、ラービットというのは何かね?」

『ラービットは、当時アフトクラトルで開発中だった特殊なトリオン兵の事だ。今回の侵攻が大規模なものであり、「神」を確保する為のものとなればこれが出て来る可能性が高い』

「トリオン兵か。何か、厄介な能力を持っているのか?」

 

 忍田の質問は、イルガーの自爆機能のように厄介な特性を備えたトリオン兵なのか、という意味である。

 

 通常、トリオン兵とは雑兵だ。

 

 撃破そのものはある程度経験を積んだ隊員であれば問題はなく、精々数が集まれば手間がかかる、といった程度だ。

 

 故に、トリオン兵一個体の戦力そのものは脅威とはならない。

 

 それが、ボーダーの────────────────否。

 

 戦場における、常識だった。

 

『────────いや、単純に()()のだ。何故ならば、ラービットは()()()()使()()()()()()()()()()()()()()捕獲型トリオン兵なのだから』

「「「!」」」

 

 だが。

 

 その常識は、レプリカの一言により打ち壊された。

 

 トリガー使いを捕獲する為の、トリオン兵。

 

 それは即ち。

 

 ()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()である事を意味している。

 

「その戦力は、どの程度だ?」

『私が今現在持っているボーダーのデータを元にすれば、A級隊員であっても単独では厳しいだろう。キトラやカザマといったエース級ならば単独撃破の可能性はなくもないが、確実とまでは言えないだろう』

 

 A級でも、単独撃破は不可能。

 

 それほどの能力を持ったトリオン兵が現れると聞き、その場にいた全員は危機感を露にした。

 

 トリオン兵は遠征兵と違い、卵にして大量に持ち込める。

 

 もしも、そんな能力を持ったトリオン兵が山ほど攻めて来たら。

 

 どう考えても、最悪の未来しか浮かばない。

 

 ()()()()()というのは、それだけで盤面を圧倒する力があるのだから。

 

『しかし、当然そのような性能である以上他のトリオン兵と比べてコストが段違いに高い。ラービット一体作り出すだけでもイルガーの3倍以上のリソースが必要になる為、そこまで多くの投入は無い筈だ』

 

 だが、とレプリカは続ける。

 

『アフトクラトルは近界(ネイバーフット)最大級の軍事国家であり、強国だ。もしも「神」の確保の為にある程度の赤字を覚悟で戦力を投入して来た場合、数十体のラービットが戦線へ送り込まれる可能性はある』

「奴さんは要するに、尻に火が点いてる状態だからな。後先よりも確実性を優先して来るケースは、充分考えられるって事か」

 

 林道が同意した通り、アフトクラトルが「神」の確保の為に動いているのだとすれば、それは彼等の国の「神」が死に瀕している事を意味している。

 

 「神」がいなければ国家運営が立ちいかなくなる以上、次代の「神」の確保はアフトクラトルにとって急務だ。

 

 それこそ、普段であればまず送らないレベルの戦力を送り込んでくる可能性は大いにある。

 

 楽観的な予想は禁物、という事だ。

 

『加えて、実用段階にあるかは不明だがラービットはトリガーの能力を簡易的に搭載する計画もあったと聞く。こちらについても念頭に置いておいて欲しい』

「ただでさえ厄介なのに、初見殺しが来る可能性もあるワケか。つくづく面倒なトリオン兵だな」

 

 更にトリガー能力まで搭載されているとなれば、その脅威度は言わずもがなだ。

 

 流石にそういった特殊個体はそう数が多いとは思えないが、それでもそういった「別物」がいるというだけで対処の難易度は跳ね上がる。

 

 これは確かに、厳しい戦いになりそうだ。

 

「その特殊個体を見分ける方法は、ないのか?」

『あくまで予想ではあるが、トリガーを搭載する機能はトリガー(ホーン)の技術を流用したものである可能性が高い。ならばそういった個体は高確率で()が異なる、という可能性が考えられる』

()()()はトリガー機能付き、って事ね。了解した」

 

 また一つ、新たな情報が加わっていく。

 

 もし、この情報がないまま大規模侵攻の日を迎えていれば、かなりの確率でラービットに戦場をかき乱される事になった筈だ。

 

 そう考えると、本当にレプリカの情報は値千金であると言える。

 

 此処までの情報提供が出来たのも、攻めて来る相手がアフトクラトルであるとほぼ確定したからだ。

 

 キオンとアフトクラトルの二者択一状態であれば、先入観を避ける為にレプリカはトリガー(ホーン)の情報のみに留めた可能性が高い。

 

 加えて、早期から腹の探り合いではなく全面的な協力を確約出来ていた事も大きい。

 

 もしも上層部と腹の探り合いが続いていて完全には信用しきれない状態であった場合、レプリカは交渉のカードとして幾つかの情報開示を差し控えた可能性がある。

 

 そういった意味で、上層部との関係が良好な現状あっての進展と言える。

 

「ラービットについては了解した。あとは、アフトクラトルのトリガーについての情報は持っていないのか?」

『残念だが、主戦力級のトリガーの情報までは分からない。磁力を操るトリガーがあると聞いた事はあるが、詳細な能力までは不明だ』

 

 だが、とレプリカは続ける。

 

『流石に来るとは思えないが、アフトクラトルの()()である黒トリガーの情報なら持っている。とはいえ、あくまでも風聞ではあるが』

「構わない。聞かせてくれ」

 

 城戸の返答に了解した、とレプリカが頷き、告げた。

 

『────────────────国宝の名は、星の杖(オルガノン)。アフトクラトルの剣聖が所持する、単独で(くに)を落としたとも謳われる黒トリガーだ』

 

 

 

 

「楽しそうだな、ヴィザ翁。何か良い事でもあったのか?」

 

 アフトクラトル、遠征艇。

 

 その内部でランバネインは椅子に腰かける老人────────────────ヴィザを見て、快活に声をかけた。

 

 ヴィザはふむ、と口に手を当てると薄く笑みを浮かべる。

 

「おや、そう見えましたかな?」

「ああ、見えたぞ。ついでに、殺気も少し漏れていた。それ程、玄界(ミデン)での戦が楽しみなのか?」

「ええ、期待していない。と言えば嘘になるでしょうね」

 

 そう言ってヴィザは立ち上がり、ランバネインと向き直る。

 

 上背のある大男であるランバネインと並ぶと細身の老人であるヴィザが小さく見えるが、纏う威圧感は負けていないどころか上回っている。

 

 身体中から滲み出る剣気が、嫌が王にもこの翁の底知れない実力を物語っていた。

 

玄界(ミデン)の戦力は、ここ数年でかなり成長したと聞きます。であるならば、私の求める強者と相まみえる可能性もなくはないでしょう」

「兄者が聞いたら顰めッ面をしそうだがな。作戦の障害は少ない方が良い、とか言って」

「でしょうね。ハイレインどのは領主であり、立場がある。当然の事でしょう。ですが」

 

 ヴィザはそう言ってニヤリと、凄絶な────────────────そして、戦意に満ちた笑みを浮かべた。

 

「────────────────予感がするのですよ。今回の戦いは激しく、愉しいものになると。年甲斐もなく興奮しているのは、その為でしょうな」

 

 そう語るヴィザの目つきは、年老いた老人のそれではない。

 

 戦いを求める、生粋の修羅。

 

 そういった逸脱者の見せる、獰猛な獣の如き眼光であった。

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