痛みを識るもの   作:デスイーター

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空閑遊真④

 

「驚きましたね、遊真くんの齎した情報には。これがあるかないかで、雲泥の差だ」

「そうだな。想定以上の情報量だったと言える」

 

 忍田の言葉に城戸も同意し、頷いた。

 

 会議を終え、この場に残っているのは城戸と忍田、林藤といった上層部の面々のみ。

 

 三人は遊真とレプリカによって齎された情報、その整理と精査を行っていた。

 

 今回、彼等の協力によって得られた情報はとても大きい。

 

 まず、大規模侵攻における()()がほぼアフトクラトルであると確定した。

 

 これまではどんな相手が来るのか、という事さえ迅の未来視による朧げな情報のみしかなかった為、これだけでも相当大きい。

 

 しかもレプリカは、そのアフトクラトルの抱える黒トリガー13本という国力の大きさを物語る情報に加え、トリガー(ホーン)とラービットという相手の主戦力に繋がる情報まで提示してみせた。

 

 ────────────────レプリカ、以前話してたよな。アフトクラトルって国は、「神」を確保する為に遠征を繰り返す事があるって。それなら、今回がそうである可能性ってあるか?────────────────

 

 

 忍田の脳裏に、先程の修の言葉が蘇る。

 

 後者の情報が得られたのは、あそこでの彼の発言があったからだ。

 

 あれがなければレプリカはその可能性に気付かず、全ての情報を開示するには至らなかったであろう。

 

 そういう意味で、修はある意味最大の功労者と言っても過言ではない。

 

「空閑くんは勿論だが、三雲くんにも感謝しないといけないな。今回得られた情報の価値は、計り知れない」

「ああ、確かにこいつかデカイな。何せ、迅の奴が目の色変えてやがった。こりゃあ、未来も大きく変わったんじゃねぇか?」

「────────ええ、あの瞬間良い方向の未来への分岐の可能性が広がりました。間違いなく、三雲くんは未来を変える一歩を踏み出しました」

 

 忍田と林藤の会話に入り込むように、いつの間にか部屋の入口に立っていた迅がそう言ってにこりと微笑んだ。

 

 忍田は目を見開き、林藤は意味深な笑みを浮かべ、城戸は黙って迅を見据える。

 

 来るのが分かっていた。

 

 敢えて驚愕を見せた忍田以外は、そういった面持ちだった。

 

「迅、帰ったのではなかったのか?」

「いやだなあ、情報の精査には俺が要るでしょ? もう、いつ大規模侵攻が始まってもおかしくない時期まで来てるんだ。やり残しで失敗したなんて、笑い話にもならないからね」

 

 それが当然、と言わんばかりに迅はそう言って椅子に腰かけた。

 

 ただ、意味深な助言を残すワケではない。

 

 本腰を入れて情報を精査する。

 

 そういう、構えだ。

 

支部長(ボス)の言う通り、あの瞬間未来は大きく変わった────────────────いや、()()()と言うべきかな? これまでは悪い未来に繋がる道筋(ルート)の方が多かったのが、良い未来に繋がる方へ可能性の比率が傾いた。それこそ、劇的にね」

「矢張り、件のラービットというトリオン兵の存在が分かっていたか否かが大きいか」

「そうみたいだね。前に俺が視た未来じゃ、ラービットにC級どころかB級やA級も攫われる未来がかなりの数存在してた。でも」

「今は違う、と?」

 

 ああ、と迅は林藤の問いに頷いた。

 

「まだ会った事のない敵だから姿自体は朧気にしか見えないけど、大量の()()に隊員が捕まる未来視(ビジョン)がある程度、その敵を倒す映像に切り替わった。ラービットの情報を知った途端に、ね」

 

 レプリカがラービットの情報を開示した時、迅は確かに視たのだ。

 

 数多く存在していた隊員が連れ去られる未来が明らかに減り、逆に強敵と思われる影を倒していく隊員達の映像(みらい)が増えたところを。

 

 まだラービットの現物は見ていないから朧げな影としてしか迅は認識出来ていないが、レプリカの情報を鑑みればあの敵影は件のトリオン兵に間違いあるまい。

 

 そしてこれで、攻めて来る敵国がアフトクラトルであるとほぼ確定したと言って良い。

 

 何せ、ラービットはトリガー(ホーン)と同じくアフトクラトルの軍事機密だ。

 

 あの後レプリカから「他の国がラービットを使う可能性は無い」とお墨付きを貰っている為、ラービットが敵であるという時点でアフトクラトルが相手である事は疑うまでもない。

 

 迅の太鼓判も押されている事から、この情報に関しては信頼して良いだろう。

 

「けど、見た限り楽勝という風でもないし悪い未来の可能性も依然として残っている。油断は出来ないよ」

「分かっている。戦場では気を抜いた者から死んでいく。それはこの場にいる誰もが知るところだ」

 

 迅の忠告に、城戸は当然といった風に頷いた。

 

 確かに、状況がそれなりに良くなりはした。

 

 だが。

 

 最悪の未来へ至る可能性は未だに残されているし、それは決して無視出来るレベルのものではない。

 

 というよりも、迅は口にはしなかったが全体としてみればまだ悪い未来の可能性が────────────────というよりも、最悪の未来へ至る道筋(ルート)が大きく口を開けている事に違いは無い。

 

 むしろ、その可能性の方が多いくらいだ。

 

 ただ、今まではその()()に至る可能性が8割以上だったところが、6割にまで減少した。

 

 これは、そういう話なのである。

 

 たとえるならば、今の迅達は断崖絶壁の崖の上で風に煽られて落ちそうなところを無数の土嚢を積み重ねて持ち堪えているに過ぎない。

 

 今回の変化で土嚢の数が一気に膨れ上がりはしたが、吹き付ける強風それ自体に変化は無い。

 

 むしろ強まっているくらいだと、迅は思う。

 

(それだけ、アフトクラトルが強大って事なんだろうな。聞いた限りでもヤバい情報だらけだし、何より────────)

 

 ────────────────国宝の名は、星の杖(オルガノン)。アフトクラトルの剣聖が所持する、単独で(くに)を落としたとも謳われる黒トリガーだ────────────────

 

 迅の脳裏に、先程のレプリカの言葉が想起される。

 

 あの時。

 

 星の杖(オルガノン)

 

 その言葉を聞いた時、迅の視た未来の中で最大の障害となり得るだろう()のイメージが一層強まった。

 

 顔はまだ分からないが、未来の映像を視た迅は理解した。

 

 ────────────────あれは、修羅だと。

 

 戦いの中に生き、それを全てとする闘争の化身。

 

 そんなイメージを、映像越しに対峙した影から齎された。

 

 高い確率で、あの影の正体はレプリカの言う()()()使()()()なのだろう。

 

 口ぶりからして相当な強者である事は分かる上に、レプリカもその使い手個人の情報は知らないようだった。

 

 どうせならその情報も得ておきたかったところだが、無いものねだりをしても仕方がない。

 

 運命(じんせい)なんてものは、いつもこんなものだ。

 

 限られた手札の中から、最善を尽くすしかない。

 

 理想的な手札(カード)がいつもあるとは限らないのだから、持ち得る札でどうこうするしか道はない。

 

 それに、未だに6割以上の確率で最悪の未来に転がりかねないとはいえ、当初に比べれば大きな前進をした事に違いは無い。

 

 あとは本番で十全の結果を得られるように、万事を尽くすだけだ。

 

 その意気は、想いは、此処にいる誰もが共通している。

 

 同時に、開戦の時が近い事も薄々察していた。

 

 未来視の影響だとか、そういうワケではない。

 

 ただ、言うなれば空気の違いである。

 

 日増しに街に染み出している、不穏な気配。

 

 それが徐々に大きくなっている事を、迅は感じていた。

 

(多分、もう猶予は殆どない。だからその時まで、心の準備はしておいてくれ────────────────なんて、俺が言う事じゃないけどな)

 

 

 

 

「お帰り、二人共」

「あ、七海先輩。ただいま戻りました」

「ただいま、ナナミ先輩」

 

 修と遊真が玉狛支部に戻ると、七海が自然体で二人を出迎えた。

 

 その様子はあたかもこの支部の住人のようであり、全く以て違和感が無い。

 

 まあ、当然と言えば当然である。

 

 七海は四年前からこの支部には入り浸っており、勝手知ったる場所なのだ。

 

 レイジや小南も身内として彼をカウントしているし、こうして泊まりに来る事も少なくない。

 

「お帰りなさい。聞いたわ。緑川くんに勝ったんですってね」

 

 もっとも。

 

 その場合、高確率でこうして那須も付いて来るのが常なのだが。

 

 那須はにこりと外行きの笑みを浮かべ、二人を出迎えた。

 

 傍から見れば深窓の令嬢の如き雰囲気であるが、今の那須は七海とのお泊り会という事で若干はしゃいでいる。

 

 その所為で絶世の美貌の度合いが普段よりも増しており、大抵の男子は今の彼女の笑みを見てしまえば一瞬で虜になるだろう。

 

「那須先輩、ご無沙汰しています。確かに一勝はしましたが、それまでに9敗していますので大した事はありませんよ」

「謙遜するなってさっき言われたばかりだろ、オサム。あいつに今のお前が勝てたのは大金星だ。誇って良いんだぞ」

「ええ、今の三雲くんのレベルで緑川くんに勝てたのなら大したものよ。謙遜は美徳だけれど、やり過ぎると却って失礼になるものよ?」

「あ、はい。注意します」

 

 しかしこの場にいるのはそういった情緒が良く分からない遊真と色々な意味で中学生男子らしくない修である為、普通に応対しただけだ。

 

 尚、那須が妙に親身になっているように見えるのは七海が認めた子達という事で七海に良いところを見せようという見栄によるものだ。

 

 那須の世界は七海が中心に回っており、極論那須はそれ以外の事は優先順位の下位に置いてしまえる。

 

 これまでの経緯もあってある程度世間体というものを気にするようになったものの、彼女の根底は変わっていない。

 

 自らを省みるようになりはしたが、性根が変わったワケではないのだ。

 

 そのあたりを副作用(サイドエフェクト)によって遊真は見抜いているが、かといって悪意があるワケではなく少し見栄を張る意識が強いというだけだ。

 

 別段害があるというワケではなく、単に好きな人に良いところを見せようという乙女心の発露に依るものだ。

 

 それをどうこう言う程、遊真は野暮ではない。

 

 むしろ、近界で散々殺伐とした時間を過ごして来た遊真からしてみれば一周回って安心する程だ。

 

 この世界は、少女がこのように笑える程良い世界であるのだと。

 

 内心微笑まし気に思われていた事など露知らず、那須は二人を歓待していたのだった。

 

「そろそろいいか? 出来れば城戸さん達とどういう話をしたのか、差支えがなければ教えて欲しいんだが」

『それなら、私が教えよう。迅から君に提供する情報についての話は承っている。本当ならば迅本人が教えたかったようだが、どうやら用事があるとの事だ』

 

 頃合いを見計らった七海の要請に、遊真の懐から飛び出たレプリカがそう答えた。

 

 レプリカが迅から七海に伝える情報について頼まれていたのは修達も知っているので、黙って彼に任せている。

 

 元々、迅から玉狛支部にいる七海に情報を伝えて欲しいという言伝は受けていたのだ。

 

 最初から七海を会議に呼べれば良かったのだが、黒トリガー争奪戦の件で微妙な立場にいる彼を公的な場に呼ぶ事は少々難しかった為、このような形になったワケだ。

 

 修が七海がこの場にいる事に驚かなかったのは、それが理由である。

 

「そうか。それなら頼む」

『承った。では、まず今回の大規模侵攻で戦う事になる国家────────────────軍事国家、アフトクラトルについてだ』

 

 そうして。

 

 レプリカは七海に、先程の会議の情報を掻い摘んで説明し始めた。

 

 

 

 

「成る程、13本の黒トリガーにトリガー(ホーン)────────────────それに、ラービットか。中々に厄介な相手みたいだな」

「……………………そう。もう、来てしまうのね」

 

 話を聞き終えた七海は神妙な表情で頷き、隣で聞いていた那須はごくりと息を呑んだ。

 

 大規模侵攻。

 

 その言葉は、彼女にとって悪夢の象徴だ。

 

 四年前のあの日を、幾度夢で見たか知れない。

 

 二人にとって忘れ難い喪失の記憶であり、今も胸を苛む痛みの原点。

 

 それが今度は更に大きな規模になって襲い来る日が近いと聞き、心穏やかでいられないのは当然である。

 

「あ…………」

 

 不安に震える那須の手を、七海の掌が包み込む。

 

 顔を上げると大丈夫だと微笑む七海の姿が目に入り、那須の心がそれだけで和らいでいく。

 

 今度は、大丈夫。

 

 そう目で伝える七海の意を汲み、那須はこくりと頷いた。

 

 不安はある。

 

 恐怖も、無いとは言えない。

 

 だが。

 

 あの時と違って、自分たちには抗う為の力がある。

 

 それに。

 

 頼りになる仲間達も、大勢いる。

 

 絶対、なんて言葉に意味は無いけれど。

 

 それでも。

 

 七海が。

 

 愛した男が、大丈夫だと言っているのだ。

 

 ならば。

 

 信じるのが、良い女というものだ。

 

 そう考えて、那須は七海の手を握り返した。

 

 二人の世界に入っている七海達を不思議そうな眼で修が視ている事に気付き、那須は慌てて「あ、ごめん。続けて」と赤い顔で告げた。

 

 但し、手は握ったままなので意味があるかは不明だが。

 

 そんな那須の様子を愛し気に見詰めつつ、七海は遊真に向き直った。

 

 尚、手は握ったままで。

 

 那須も那須だが、七海も七海なのである。

 

 どちらも互いを愛おしく想っている事に、違いはないのだから。

 

「情報については了解した。色々と念頭に置いた上で動く事にする。とは言っても、実際の指示は忍田さんから出されるだろうし俺はやるべき事をやるだけだけどな」

「そうね。今の情報を知っているかいないかっていうのは、結構大きいわ。他の人達にも伝えておく?」

「伝えるべきと判断すれば本部がやるだろう。そこまでする必要はないさ」

 

 ただ、と七海は続ける。

 

「大規模侵攻がいつ起こるかの詳細な情報までは、迅さんも分からないそうだ。だから何かあった時すぐ伝達出来るように、情報を纏めておいた方が良いかもな」

「じゃあ、それはあたしに任せて。明日には伝えられるよう纏めとくよ」

 

 不意に、部屋で寛いでいた宇佐美がにこやかにそう話す。

 

 七海と那須が揃えば空気がピンク色になる事はこれまでに身を以て知っていた為ある程度距離は置いていた彼女だが、話はしっかり聞いていたのだ。

 

 確かに、彼女なら迅速に伝えるべき情報を纏められるだろう。

 

 そう考え、七海は依頼を行う事にした。

 

「すみません、頼めますか」

「まっかせてっ! このくらい、すぐ出来るからね」

 

 言うが早いか、宇佐美はいそいそと部屋を飛び出していった。

 

 メモを取っていた様子はないが、今の会話内容は既に頭に叩き込んであるのだろう。

 

 彼女の能力の優秀さは七海も知るところなので、任せる事に不安はない。

 

 だから、今日やるべき事はこれで終わりだ。

 

(…………そうだな。折角だし、やってみるか)

 

 故に。

 

 七海は己の内に沸いた感情に、従う事にした。

 

 やるべき事は、もう終えた。

 

 ならば。

 

 自分の()()に走っても良いだろうと、七海は内心で笑みを浮かべた。

 

「なあ、空閑。この後時間あるか?」

「あるけど、なに?」

「いや、よければなんだけどさ」

 

 そう言って七海は立ち上がり、好戦的な笑みを浮かべた。

 

「ちょっと、模擬戦をやってみないか。一度お前の実力を、直で体感したいからさ」

 

 そして。

 

 己の闘争心の命じるまま(ワクワクに従い)

 

 遊真に、挑戦状を突き付けた。

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