『全部隊、転送完了』
綾辻のアナウンスと共に、四つの部隊、その全てが仮想空間に降り立った。
視界に映るのは、様々な建物が並ぶ市街地の姿。
『────MAP、『市街地B』。天候、『雪』』
────そして、降り積もる
雪が降りしきる、白銀の街。
それが、今回の戦場だった。
「…………雪、か…………」
七海は周囲に降り積もる雪を見据え、険しい表情を浮かべる。
これだけ雪が降り積もっているとなると、どうしても機動力が削がれてしまう。
『グラスホッパー』を活用すればどうにかならない事はないが、迂闊に飛べば狙撃手の餌食になる────そう、
だが、七海はサイドエフェクトにより狙撃を察知し、たとえ空中だろうが『グラスホッパー』を用いれば充分回避する事が可能だ。
今回MAPを選んだのは、『東隊』。
熟練の狙撃手にして戦術家として名高い東が、その程度の事を分かっていないとは思えない。
何かある。
七海はそう考え、警戒を強めた。
「あの雪は東さんの作戦じゃないわね。多分、小荒井くんあたりが選んだんでしょう」
解説席で加古は開口一番、そう言い切った。
いきなりの断言に、実況の綾辻は困惑しながら尋ねた。
「その根拠はなんでしょうか? 加古隊長」
「私の昔の所属、忘れた? 東さんの下で戦った経験があれば、東さんのやり方はある程度分かるわよ」
ま、二宮くんはどうだか知らないけど、とナチュラルに二宮をディスりながら加古は話を続けた。
「東さんはね、MAPはそこまで凝ったものにしないのよ。凝ったMAPにすると、必然的に
無論、それは優れた戦術眼を持つ東ならではの視点だろう。
確かに凝った地形条件を設定すれば有利になれるが、相手の戦術レベルによってはMAPや天候から作戦を読まれるリスクもある。
東の場合は地形条件で大幅に有利を取るよりも、限られた条件下で臨機応変に作戦を組み立てる事が多い。
無論、『展示場』ステージ等の得意なMAPで仕掛ける事もないワケではないが、加古が知る東であれば天候までは弄らないのが普通だった。
だからこそ、天候を『雪』等という尖ったものにした時点で、加古はこれが東の考えた設定ではないと見抜いたのだ。
「ただ、選んだのは小荒井くんでしょうけど、東さんもそれを認可した以上、天候条件を利用した策を仕掛けて来てもおかしくないわ」
「そうだなー。雪が降ってるとはいえ、視界が制限される程じゃねえ。東さんなら、幾らでも利用出来る地形だろーな」
加古の言葉に、当真もそう言って同意する。
東は小荒井と奥寺の成長を第一とするスタンスを取り、作戦も二人に決めさせているが、あの二人が考える作戦はある程度自由度のあるものが多い。
言い換えれば、それだけ東の戦術眼を活かせる
小荒井と奥寺が決めたのは恐らく大まかな方針だけで、細かい部分は臨機応変な対応を取る筈だ。
そして、東に
「その事は、流石に二宮くんも分かってる筈よ。影浦くんも東さんの狙撃は防げないって聞いてるし、割と全員動き難くなるんじゃないかしらね」
「ま、どっから東さんに狙撃されるかわかんねーし、そりゃ動き難くもなるわな」
けどよ、と当真は続ける。
「『影浦隊』は、どの道さっさと動くだろ。あいつ等がじっとしてるなんて、ちっと考えらんねーしな」
『隊長、どうしますか? 初期位置が良かったですし、やっぱ合流優先で?』
犬飼は自らの隊長、二宮にそう尋ねた。
彼等二人は初期位置が割と近くに転送されており、やろうと思えばすぐに合流できる距離にいる。
「分かり切っている事を聞くな。すぐに
『ですよねー、犬飼了解っ!』
二宮は詳しい説明を省き、犬飼は分かっているとばかりにそう答えた。
そして、
────山なりに飛んで来た、『
「うっひゃー、来たかゾエの『適当メテオラ』。これはウザい」
犬飼はいつも通り飄々とした声をあげながら、機敏に動いて爆撃を回避している。
飛来したメテオラが地面や建造物に着弾し、周囲を巻き込んだ爆発が連鎖的に巻き起こる。
家屋が崩れ、瓦礫が飛び、爆風が吹き荒れる。
MAPの各所でメテオラの火が上がっており、この爆撃が至る所に飛んで来ているのが分かる。
戦場は、戦闘機の砲火に晒されたような有り様となっていた。
犬飼が『適当メテオラ』と呼んだこの爆撃は、『影浦隊』の銃手、北添によるものだ。
北添は開けたMAPで戦う際、開幕直後に各所にレーダー頼りのメテオラをグレネードガンでぶち込み、戦場を搔き乱す。
その隙に影浦を好きな所に突貫させるのが、『影浦隊』の基本戦法だ。
市街地MAPが選ばれた時点で、この適当メテオラが飛んでくる事は分かり切っていた。
この戦法の強い所は、分かっていても対処がし難い事だ。
爆撃を続け様に撃ち込まれれば、当然身動きは取り難くなる。
下手に動けば爆発に巻き込まれる危険がある以上、迂闊な行動は取り難い。
そしてその間に影浦が目当ての敵に迫り、ゾエが爆撃で他の相手を牽制する。
それが、『影浦隊』のいつものやり方である。
爆撃を続けるゾエを誰かが止めない限り、『影浦隊』有利の戦場が続く。
「────けど残念。その爆撃、止めさせて貰うよ」
『おいゾエ、一発も当たってねーじゃねーか』
北添の耳に、通信越しにオペレーターの仁礼の罵声が聞こえる。
いつも通りの仁礼に、北添は苦笑しながら答えた。
「レーダー見て適当撃ちだしねー。当たる方が珍しいというか、そもそも当てるのが目的じゃないでしょ?」
『つべこべ言うな。それより、そろそろ誰か寄って来てもおかしくねーぞ。二宮さんだったら粘ってから死ねよ』
「うーん、ゾエさんの扱い軽くない?」
仁礼の言葉に軽く返しながら、北添は油断なく周囲を見回した。
この適当メテオラはその影響範囲が広く派手な分、敵に捕捉され易い。
戦場の各所に弾をばら撒いているのだから自分の居場所を喧伝しているに等しく、七海の『メテオラ殺法』程ではないが非常に目立つ。
経験則として、そろそろ誰かが北添の爆撃を止めに来ていてもおかしくなかった。
「────旋空弧月」
そして、その予測は早くも現実となる。
「うわっと……っ!」
伸びる斬撃、旋空弧月が放たれ、北添はその場から転がるようにして回避し、屋上から滑り落ちる。
地面に着地した北添が振り向くと、視線の先には線の細い整った顔立ちの少年────『二宮隊』攻撃手、辻新之助が立っていた。
「一番近いの辻くんだったかー。取り敢えず引き気味に相手しつつ、カゲのトコまで引っ張ってくねー」
『チッ、しゃーねえな』
影浦の了解の意味が込められた返答を聞きつつ、北添は銃を構え、辻相手に銃撃戦を開始した。
「おっと、此処で辻隊員が北添隊員の爆撃を止めに行った。これで、各チームが動き易くなりますかね」
実況席で綾辻がそう告げると、当真が「そーだな」と言ってその意見を肯定する。
「ゾエの奴も辻の相手をしながらじゃ、爆撃は出来ねーだろ。辻がゾエを抑えてる間は、少なくとも爆撃はねーと見ていいだろーぜ」
「そうね。爆撃で行動が封じられていた各チームが、一斉に動き出すわ」
でも、と加古は付け加える。
「────少し、位置が悪いわね。
「く……っ! 運がない……っ!」
雪道を強引に駆け抜けながら、熊谷は思わずそう愚痴った。
熊谷の背後には犬飼が銃撃しながら迫って来ており、アサルトライフルの弾丸をシールドでなんとか弾いている。
相手が攻撃手ならいざ知らず、銃手相手では至近距離で鍔迫り合いをするワケには行かない。
銃手の距離で相対してしまった時点で、熊谷には逃げの一手しか残されていなかった。
(爆撃を避けた先で犬飼先輩とバッタリ遭遇するなんて、ホント運がないわね……っ!)
そう、熊谷は北添の爆撃を避けて移動した結果、同じようにバッグワームを着て移動していた犬飼に捕捉されてしまったのだ。
今熊谷はバッグワームも脱ぎ捨て、
そうでもしなければ、とうの昔にシールドを割られてそのままやられてしまっただろう。
なんとか味方と合流出来るまで、シールドを張りながら逃げる以外熊谷が生き残る方法はなかった。
『熊谷、すぐに急行する。それまでなんとか保たせてくれ』
『悪いわね、七海。出来れば急いでくれると助かるわ』
『了解』
通信で七海が救援に向かう事が告げられるが、如何せん足場が悪過ぎる。
雪で鈍った機動力では、いずれ犬飼に追いつかれる。
そう考えた熊谷は何かないかと周囲を探り、その視線の先に────学校の校舎を、捉えた。
(あそこだ……っ!)
熊谷はそのまま校門を抜け、学校の敷地内に入る。
当然犬飼もそれを追い、敷地へ入って来る。
「逃がさないよ」
そして犬飼は再び、熊谷に向かって銃撃を放つ。
だが熊谷はそれをシールドで防ぐのではなくサイドステップで回避し、犬飼の銃撃は校舎の壁を破壊した。
それを待っていたかのように熊谷は駆け出し、校舎の中に突入する。
「ひゅー、やるねえ」
自分の銃撃を利用された犬飼は口笛を吹きつつ、銃を構えて校舎の中に押し入った。
そして中に入った熊谷に銃撃を仕掛けようとして、気付く。
「……っ!」
────熊谷の周囲に、射撃トリガーのトリオンキューブが浮遊している事に。
「メテオラ……ッ!」
熊谷はそのままトリオンキューブを射出し、メテオラが爆発。
犬飼は、その爆発に呑み込まれた。
「熊谷隊員、此処でメテオラを使用……っ! 犬飼隊員を迎撃した……っ!」
実況席で綾辻が戦況を伝え、会場が歓声に包まれる。
流れとしては、これまでのROUNDと変わらない。
『那須隊』が予想外の一手を打ち、それが展開を変える一助となる。
傍目から見れば、そういった既視感があった。
「くまが射撃トリガー使うのはこれが初めてだよなー。意表を突くには確かに良い手だ」
「ええ、新しい戦術を取り入れるのは悪くない手段よ」
でもね、と加古は続けた。
「付け焼刃で倒せる程、甘くはないわよ。犬飼くんはね」
(やった……?)
熊谷は油断なく土煙の向こうを見据え、いつでも動けるように構えた。
校舎に入った瞬間に仕掛けた、メテオラによる不意打ち。
タイミングも、悪くはなかった。
「……っ!」
だが、
熊谷はすかさずシールドを展開し、それをガード。
そして、煙を掻き分けながら口笛を吹く犬飼が姿を現わした。
「やるねえ、熊谷さん。けど残念、固定シールドならメテオラは防げちゃうんだなー、これが」
「く……」
犬飼の言う通り、メテオラの長所はあくまで爆発による
障害物の破壊や広範囲攻撃にはすこぶる便利なトリガーではあるが、シールドを破る為の突破力は下から数えた方が早い。
更に言えば、熊谷はあまりトリオンが多いタイプではない為、トリオンを多めに消費するメテオラとは相性が悪く、あまり連発しているとあっという間にトリオン切れに陥る。
七海が使えば目の眩むような広範囲の爆発を引き起こすメテオラだが、七海の半分程のトリオンしか持たない熊谷では爆竹のような爆発を起こすのが精々だ。
それもあって、渾身の奇襲も犬飼に難なく防がれてしまった。
(けど、時間稼ぎっていう目的は果たせた。多分、そろそろ七海が来てくれる筈……っ!)
防がれてしまったのであれば、仕方がない。
熊谷はそう頭を切り替え、再びメテオラのトリオンキューブを精製。
犬飼に向けて、射出準備に入った。
「まずいわね」
「ああ、まずいな」
解説席の二人は熊谷のその行動を見て、呟く。
思わず綾辻も二人の発言に注目し、加古がその
「────そこはもう、二宮くんの射程内よ」
「…………え…………?」
熊谷は、惚けたような声をあげた。
メテオラを射出しようとした、その瞬間。
犬飼の銃撃で空いた穴を広げる形で、無数のアステロイドが飛来。
熊谷のシールドを軽々と突き破り、彼女の身体に風穴を空けた。
壁に空いた穴の先を見れば、そこにはバッグワームを着た二宮の姿。
「────アステロイド」
「が……っ!?」
二宮は一切手を緩める事なく、更なる『アステロイド』を射出。
熊谷の身体にその全てが着弾し、致命。
『戦闘体活動限界。『
機械音声が、熊谷の敗北を告げる。
熊谷は、光の柱となって戦場から離脱した。
…………ROUND3開始後、僅か数分。
最初の脱落者は、『那須隊』から出てしまった。
此処まで快進撃を続けて来た『那須隊』の戦績に、罅が入る。
戦況は早くも、暗雲が立ち込め始めていた。