痛みを識るもの   作:デスイーター

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空閑遊真⑤

 

「驚きましたね。七海先輩が、空閑に模擬戦をやろうだなんて」

「ああ見えて、玲一は模擬戦は割と好きな方なのよ。付き合ってる人達の影響もあるんでしょうけれど」

 

 那須は何処か落ち着かない様子の修を見て、柔らかな声でそう答えた。

 

 彼女たちがいるのは、玉狛支部の一室。

 

 目の前には訓練室の様子が映し出されたモニターがあり、そこでは遊真と七海が対峙していた。

 

 あの後、七海の対戦の申し込みを快く遊真が受け入れた為、こうして戦う事になったのだ。

 

 正直七海が好戦的であるとは思わなかった修は面食らっていたが、何の事はない。

 

 七海は戦う事自体好きというワケではないが、こうした他者と競い合える模擬戦は嫌いではないのだ。

 

 そもそも、七海が親しくしている面々は揃いも揃って個人ランク戦に精を出している攻撃手ばかりだ。

 

 特に影浦は大学の単位を犠牲にする程のめり込んでいる太刀川ほどではないが、ランク戦をかなり好んでおり積極的にブースに入り浸っている。

 

 影浦の性格上あまり親しくない相手と戦う事はないが、米屋や太刀川といった戦闘狂(バトルジャンキー)は大抵ブースにいるので戦う相手に困る事は早々ない。

 

 そんな影浦を師匠としているのだから、七海が影響を受けない筈もない。

 

 無趣味に近い七海にとって、ランク戦は戦いを通して他者と繋がる事が出来るコミュニケーション・ツールの一種なのだ。

 

 仲良くなりたい相手とは、模擬戦を重ねる。

 

 そんな常識(ルール)が、自然と七海には染み付いていたのだ。

 

 那須は今回の対戦もまた、そういった七海の性質故の深い意味はないものであると考えていた。

 

 遊真の人柄に関しては迅の太鼓判もあって七海も信用しているし、今更何かを疑う余地などない。

 

 故に、七海は単純に遊真と戦いたかったのだろうと予想出来る。

 

 那須もまた戦闘自体は嫌いではない為、気持ちは分からなくもない。

 

 緑川戦の様子は見ていたが、あれだけの動きをする攻撃手なのだ。

 

 加えて、どうやら遊真は七海と同じくスコーピオンを使うようだ。

 

 戦闘スタイルも同じスピード型であるし、そういった意味でも期待しているのだろう。

 

 七海と似た戦闘スタイルとなるとトリガーセットが似通っているのは緑川あたりであるが、彼の場合経験不足故の粗がある。

 

 そういった隙を七海は決して見逃す事はない上に、カウンターを容易に行える下地を持つ七海相手に前のめりな緑川は手玉に取られ易い。

 

 一方、遊真は地力が充分高い上にクレバーで尚且つ迷いが無い。

 

 似た戦闘スタイルの実力者として、戦ってみたいという欲が出たのだろう。

 

 強い相手と戦いたい、という気持ちは那須にも理解出来るので、止める事はしない。

 

 那須もまた、機会があれば再び出水と撃ち合いたいという欲があるのだ。

 

 ならば此処で七海を止めるのは筋が違うだろうと、那須は考える。

 

 それに。

 

(私も、興味があるものね。あの子の、黒トリガーの力。この先の戦いで否応なく黒トリガーと戦う事になるなら、風刃以外の黒トリガーとの交戦経験はあって損じゃないもの)

 

 今回の試合には、遊真の黒トリガーの力を直に体感するという意味合いもある。

 

 確かに、那須隊は黒トリガーとの戦闘経験がある。

 

 しかしそれはあくまで風刃という一種類の黒トリガーのみであり、他の黒トリガーとの戦闘経験は皆無だ。

 

 ボーダーのもう一人の黒トリガー保持者である天羽は軽々しく戦えるような相手ではない為、今回の機会は黒トリガーと戦う一つの絶好の機会と言える。

 

 七海は遊真の黒トリガーの性能自体は香取との模擬戦で目撃しているが、直に戦ったワケではない。

 

 そういう意味でも、この試合に意味はあるのだ。

 

 勿論、純粋に遊真と戦いたいという気持ちもあるであろう事に違いはないが。

 

 そう考え、那須はくすりと笑みを零しながらモニターを見据えた。

 

(気負う必要はないわ。貴方の思うようにやって、玲一)

 

 

 

 

「本当に良いの? 黒トリガーでやって」

「ああ、出来る限り黒トリガーとの戦闘経験を積んでおきたいからね。流石に普通の訓練室じゃ不利過ぎるからこっちを使わせて貰ってるけど、前言は撤回しないさ」

 

 仮想の戦場で向かい合い、七海は遊真にそう話した。

 

 此処は以前、香取が遊真と戦った訓練室ではない。

 

 彼等がいるのは河川敷の淵であり、すぐ傍には家屋があり、中央には橋が見える。

 

 この場所は本来狙撃手用の訓練場であり、ただ模擬戦をするだけならば使うべき場所ではない。

 

 だが。

 

 流石にあの障害物のない訓練室では、遊真の黒トリガーとの相性が凶悪に過ぎる。

 

 香取が苦しめられたように、無造作にばら撒かれる重石の弾────────(アンカー)は、盾となるものがない場所で相手をするのは相当に苦しい。

 

 今回の模擬戦はきちんとした勝負にしたかった、という事もあるし、何より実践を想定するのであれば実際の戦場に近い条件で戦った方が良い。

 

 故に、レイジに頼んで特別にこの訓練場を借り受けたのだ。

 

 遊真の黒トリガーと────────────────否。

 

 空閑遊真という戦士と、真っ向から戦う為に。

 

「そっか。じゃ、始めよっか。10本で良い?」

「構わない。じゃあ────────」

「「行くぞ」」

 

 その言葉が、合図だった。

 

 遊真は、徒手空拳で。

 

 七海は、その手にスコーピオンを携えて。

 

 地を蹴り、跳躍。

 

 戦闘が、開始された。

 

「────────」

 

 先に攻め込んだのは、七海。

 

 小手調べとばかりに、真っ直ぐ遊真に突っ込んでいく。

 

(正面から?)

 

 遊真は、その姿に疑問を覚えた。

 

 この七海という少年の戦闘ログにはまだ眼を通してはいないが、スコーピオンの使い手という事で緑川と同じくスピードアタッカータイプである事が予想される。

 

 こちらの、遊真の戦闘スタイルは以前の模擬戦を見て知っている筈だ。

 

 (アンカー)がある遊真相手に、下手に距離を取ればジリ貧になる。

 

 それは分かる。

 

 だが、仮にもA級まで駆け上がった相手が何の策もなく正面から突っ込んでくるとは遊真には思えなかった。

 

 緑川のように、自分の実力を過信しているタイプなのか────────────────断じて違う。

 

 遊真の見た七海の眼は自分と似た、冷徹な考え方が出来る人種のそれだった。

 

 理論派か感覚派かと問われれば、恐らく前者。

 

 ならば、この正面からの突貫にも何か意味がある筈。

 

 遊真は、そう考えて。

 

「────────メテオラ」

「…………!」

 

 至近距離での爆撃を、間一髪で回避した。

 

 何の事はない。

 

 七海がした事は、単純明快。

 

 こちらへ接近したと同時に、メテオラを至近で爆破しただけだ。

 

 普通に考えれば、正気の沙汰ではない。

 

 メテオラは、効果範囲の広い爆撃を行えるトリガーだ。

 

 しかも、見たところ七海のトリオン量は相当に大きい部類に入る。

 

 当然、その分爆破の規模も段違いになる。

 

 こんな距離で使えば、自分が巻き込まれる危険が大きいどころか────────────────まず間違いなく、爆破に飲み込まれる。

 

 にも関わらず。

 

 七海は、爆破の範囲が分かっているかのようにするりとその合間を抜け、遊真に肉薄して来た。

 

 一歩間違えれば、確実に自爆するだろう不可解な挙動。

 

 遊真は、それを見て。

 

(そうか、副作用(サイドエフェクト)…………っ!)

 

 以前聞いた、七海の能力を思い出した。

 

 サイドエフェクト、感知痛覚体質。

 

 七海のそれは痛みが、つまりダメージが発生する場所を自動で察知出来る副作用(サイドエフェクト)なのだという。

 

 それはつまり。

 

 今のような無差別爆撃の効果範囲も、彼だけは身体で感知出来るという事だ。

 

 ならば、爆撃の間をすり抜ける事が出来た事にも説明がつく。

 

 メテオラ殺法。

 

 ボーダーにおいてはそう呼ばれている、七海の得意戦術。

 

 その、洗礼であった。

 

 既に七海は至近距離まで肉薄しており、今から回避は間に合わない。

 

 ならばどうするか。

 

「────────『鎖』印(チェイン)

「…………!」

 

 答えは一つ。

 

 鎖を用いて、相手の腕を絡め取る。

 

 遊真の身体から伸びた鎖が、スコーピオンを持つ七海の右腕を拘束する。

 

 勢いの付いていた七海の身体は、右腕が縛られた事でバランスを崩す。

 

 そして、その隙を逃す遊真ではない。

 

 すかさずトドメを刺そうと、右腕を握り締める。

 

『強』印(ブースト)

 

 七海のトリオン体を貫くべく、遊真は拳に強化を施し右ストレートを撃ち放った。

 

 黒トリガーの出力で強化されたその拳は、致死の凶器と同義。

 

 態勢を崩した七海に、これを避ける術はない。

 

「────────」

「…………!」

 

 そう。

 

 ()()()()は。

 

 遊真が拳を放った、七海の胴。

 

 その直上に、突如トリオンキューブが出現した。

 

 何か、など問うまでもない。

 

 炸裂弾(メテオラ)

 

 分割すらしていない爆撃トリガー。

 

 それに。

 

 『強』印(ブースト)によって推進力を得て止まる筈などない遊真の拳が、のめり込んだ。

 

 瞬間、起爆。

 

 遊真の攻撃によってカバーが破壊されたメレオラのキューブは瞬時に爆破され、同時に二人を飲み込んだ。

 

『トリオン体活動限界。引き分け(ドロー)

 

 機械音声が、勝負の結果を告げる。

 

 第一試合は、両者引き分けによって終わりを迎えた。

 

「やるね」

「そちらこそ。黒トリガーの性能だけではなく、君自身が強い。けれど、次はちゃんと勝ってみせる。たとえ、黒トリガーが相手だろうとね」

 

 試合終了によって二人のトリオン体が再構築され、再び戦場で対峙する二人。

 

 そのどちらの眼にも不敵な笑みが浮かんでおり、想像以上の強敵との戦いに心躍っているのが見て取れる。

 

 二人共、素の性格は決して好戦的というワケではない。

 

 だが。

 

 こうして、強者と互いを高め合う戦い自体は嫌いではない。

 

「────────」

「────────」

 

 再び、両者が構える。

 

 遊真は、拳を。

 

 七海は、スコーピオンを。

 

 それぞれ握り締め。

 

 第二ラウンドが、始まった。

 

 

 

 

「凄い。二人とも」

 

 修は二人の戦いに、見入っていた。

 

 一進一退。

 

 まさしくそう表現する他ない戦いを、七海と遊真の二人は繰り広げていた。

 

「予想はしていたけど、それ以上ね。まさか、初見で玲一のメテオラ殺法に対抗出来るなんて。一応聞いておくけれど、空閑くんはあれを知らなかったのよね?」

「ええ、空閑はまだランク戦のログは見ていません。七海先輩の戦術についても説明をした覚えはないので、あれが初見だった筈です」

「成る程、末恐ろしいわね」

 

 那須は本気で、そう呟いた。

 

 七海のメテオラ殺法は、初見殺しの精度がかなり高い。

 

 何故なら、普通であれば炸裂弾(メテオラ)を至近距離で連続爆破するなんて真似をするとは思わないからだ。

 

 メテオラは通常、建物を壊しての隠れた相手の炙り出しや広範囲の爆破の巻き込みによってシールドを広げる事を強要する為に使われる。

 

 当然ながら効果範囲が広い為、近い場所で使えば自分自身が巻き込まれてしまう諸刃の剣だ。

 

 だが、七海はそれを何の躊躇もなく至近距離で連発する。

 

 それは、相手からしたらかなりの脅威だ。

 

 何せ、至近で爆発が連鎖する中七海は平然と近付いて来るのだ。

 

 混乱から立ち直れたとしても対応が間に合わず、そのまま落とされてしまう事が多い。

 

 もしくは、落とされずとも有効打を食らうくらいは有り得るだろう。

 

 それだけ、初見のメテオラ殺法は対処が難しい戦術なのだ。

 

 原理は単純明快でも、一度近付かれてからメテオラを出されてしまえば逃げ道すら塞がれてしまう。

 

 最初から来ると分かっていれば対応のしようもあるが、完全な初見ではそれも不可能。

 

 正しく、初見殺し。

 

 これは、そういう戦術だった。

 

 だが。

 

 遊真は、それに冷静に対処してみせた。

 

 相手がこちらを仕留めに来た所を狙って、鎖で拘束。

 

 間髪入れず、トドメを刺そうとした。

 

「でも、七海先輩にも驚きました。あの状況から、相打ちに持ち込むなんて」

 

 しかし、そこで七海はただ負ける事を良しとせず、炸裂弾(メテオラ)トラップによって相打ちに持ち込んだ。

 

 遊真の黒トリガーは、レプリカのサポートがなければ印の切り替えに多少のタイムラグがかかる。

 

 そして、『強』印(ブースト)によって一度加速した拳はそう簡単には止められない。

 

 遊真の黒トリガーは、言うなれば一つの枠を次々にトリガーを切り替えて使っているようなものだ。

 

 重ね掛けは出来るようだが、そちらも若干のタイムラグがある。

 

 つまり、遊真の黒トリガーに対する最適解は迎撃(カウンター)なのだ。

 

 攻撃中は防御に回る事が出来ないなら、その隙を突けば良い。

 

 七海はそう考えて、メテオラを遊真の攻撃の直線状に置いて迎撃を図った。

 

 結果として遊真は攻撃を止める事が出来ず、試合は引き分けとなった。

 

(いえ、本当なら玲一の勝ちだった。でもあの子の攻撃は、()()()()()()()()()()()()()()

 

 実際は、少し違う。

 

 恐らく、遊真は攻撃を止められなかったのではなく、()()()()()()

 

 七海は、メテオラのキューブに続いてシールドも展開していた。

 

 シールドを張る事でメテオラの爆発から身を守り、一方的な勝利とする為に。

 

 だが。

 

 遊真の攻撃はメテオラの起爆が完了する前にシールドを砕き、七海に致命傷を与えた。

 

 それだけ、『強』印(ブースト)によって強化された拳はスピードもパワーも、段違いだったワケだ。

 

 だからこそ、遊真は攻撃停止を諦め相打ち覚悟で攻撃より早く叩き込んだ。

 

 その結果が、あれだ。

 

 その機転、戦闘センスは並大抵のものではない。

 

(とんでもないわね、この子。これが、本物の戦場を生き抜いた傭兵。まるで、迅さんみたいな眼をするのね)

 

 今の遊真から感じる威圧感には、覚えがある。

 

 迅悠一。

 

 昇格試験において立ちはだかったあの戦争経験者の放つ、プレッシャー。

 

 それと酷似したものが、遊真からは発せられていた。

 

 死線を潜り抜けた者が持つ、並外れた意志力。

 

 それが、遊真には宿っていた。

 

 一つ、言える事は。

 

 どちらも、一筋縄ではいかない。

 

 ただ、それだけである。

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