痛みを識るもの   作:デスイーター

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空閑遊真⑥

 

『トリオン体活動限界。七海ダウン』

 

 機械音声が鳴り響き、七海の脱落を告げる。

 

 訓練室である為崩壊したトリオン体は即座に再構築され、七海の身体が巻き戻るかのように出現する。

 

 トリオン体の修復を終えた七海は3:2・1引き分けという戦績を見て、眼を細めた。

 

 最初の一試合目が引き分けに終わったこの模擬戦だが、その後の二試合目、三試合目は七海が先取した。

 

 勝因は矢張りメテオラ殺法の対応のし難さであり、地形とグラスホッパーを駆使した奇襲によりなんとか遊真の隙を突いて落とす事に成功した。

 

 だが。

 

 その後、四試合目と五試合目は遊真にメテオラ殺法に完全に対応され敗北した。

 

 思えば、二試合目と三試合目で妙に遊真の動きが悪かったように思えたのは彼が()に徹していたからなのだろう。

 

 メテオラ殺法を使う七海が難敵であると感じた遊真は、二試合目と三試合目で観察に全力を注ぎ、そして。

 

 七海の動きを、()()したのだ。

 

 四試合目の遊真の動きは、それまでとはまるでキレが違っていた。

 

 再びメテオラ殺法を仕掛けて来た七海に対し、その動きをまるで最初から分かっていたかのように先読みし、正確に反撃を()()()来た。

 

 『弾』印(パウンド)を使用した、超加速を用いて。

 

 七海のサイドエフェクト、感知痛覚体質は攻撃の()()()にその被弾範囲を感知する。

 

 斬撃であればモーションに移った瞬間、射撃であれば弾が発射された瞬間。

 

 それが、七海の攻撃感知のタイミングである。

 

 攻撃の軌道が確定した瞬間にそれは七海の感知圏内に入り、その動きを察知される。

 

 だがそれは。

 

 言い換えれば、攻撃に移るその()()までは何処に攻撃が来るか分からない、という事である。

 

 つまり。

 

 攻撃の発生から()()までの時間が短ければ短い程、七海に許される対応の猶予時間は減少する。

 

 生駒旋空や風刃は、その最たるものだ。

 

 どちらも攻撃発生から着弾までの時間が短過ぎるが故に、感知してからの反応が間に合わない可能性が高い攻撃なのだ。

 

 遊真はその七海の攻撃の絡繰り、弱点を三試合の間に見抜き、()()()()のだ。

 

 黒トリガーの出力という、七海が対応しきれない()()を利用する事で。

 

 能力の多様性や初見殺し要素が目立つ黒トリガーであるが、その脅威の一つに高い出力がある。

 

 黒トリガーを起動した者のトリオンは、文字通り爆発的に上昇する。

 

 凡そ30ものトリオンのブーストが何を齎すかは、明らかだ。

 

 即ち、驚異的な攻撃の()()()()()

 

 速くて重い攻撃は、強い。

 

 当たり前の話ではあるが、黒トリガーはその性能(スペック)がそもそもノーマルトリガーとは一線を画す。

 

 トリガーは、トリオンが多ければ多い程出力が増す。

 

 30オーバーのトリオンで繰り出される黒トリガーの攻撃は、まさに規格外の出力となる。

 

 その速度に特化した能力を持っていた風刃がどれだけの脅威だったかは、あの試験に参加した全員が知るところだ。

 

(それに、空閑の黒トリガーは手札の種類が多いのも厄介だな。風刃とは全く別のベクトルの方向性の脅威と言える)

 

 加えて、遊真の黒トリガーは一点特化の性能であった風刃と違い、応用性が非常に高い。

 

 他のトリガーを学習し、コピーするという性質は一見手間がかかるそこまで脅威ではないように思える。

 

 だが、その実態は真逆だ。

 

 何せ、遊真の黒トリガーは黒トリガーが持つ()()()()()()()()()()()()()という大きな欠点を自力でカバーする事が出来るのだから。

 

 たとえば迅の風刃であればシールドも張れずバッグワームも使えない為相手の遠距離攻撃に対応する手段が「先に叩くか」「回避する」以外に無いのだが、遊真の場合「『盾』印(シールド)で防御する」「『弾』印(パウンド)で回避する」といった択を取れる。

 

 汎用性を犠牲に唯一無二(オンリーワン)の性能を突き詰めた風刃とは逆に、汎用性を犠牲にするどころかむしろ拡張してしまえるのが遊真の黒トリガーの最大の利点である。

 

 しかもただコピーすると言っても出力そのものは黒トリガーのそれである為、実質強化コピーに等しい。

 

 これまでに判明した「印」の性質を振り返ってみても、その脅威が分かる。

 

 『強』印(ブースト)は遊真の黒トリガーの攻撃の要となる能力であり、これで膂力を強化しての殴打が彼の主武器となる。

 

 その威力はかなりのもので、シールドを張ったところで貫通される上にそもそも速度が尋常ではなく、反応する事自体が難しい。

 

 『射』印(ボルト)は遊真の持つ遠距離攻撃の手段であり、これはアステロイドをコピーしたものだ。

 

 ハウンドのような誘導性能はないものの、弾数と弾速で充分それをカバー出来る。

 

 また、この印は鉛弾をコピーした(アンカー)と組み合わせる事も出来る為、弾速が落ちず気軽に連射可能な鉛弾という凄まじい脅威と成り果てる。

 

 鉛弾の使用者が少ないのは両攻撃(フルアタック)状態になりしかも弾速や射程が落ちるという扱い難いにも程がある仕様の所為であり、それが解消された状態で尚且つ性能そのものも強化されているとなれば脅威以外の何物でもない。

 

 特に、鉛弾と同じく七海に感知出来ない攻撃である為、最も厄介な印であると言っても過言ではない。

 

 『鎖』印(チェイン)も他と比べれば目立たないが、スパイダーのような活用方法も可能である為、状況判断能力と機転に優れる遊真が持つ手札としては厄介極まりない。

 

 更にこれらの印を重ね掛け、もしくは複数を組み合わせる事も出来る為、遊真は切れる手札が非常に多い。

 

 しかも一つ一つの出力が高い為、一手対応を間違えるだけで致命と成り得る。

 

 そして言うまでもなく最大の脅威はこの黒トリガーを十全に扱う事が出来る経験と戦術眼を持った遊真自身であり、その戦闘適正は自分より上であると七海は見ている。

 

 確かに七海自身もこの数年ボーダーで研鑽を重ねて来たが、遊真とは経験の()が違う。

 

 七海があくまでボーダーの隊員として仲間と切磋琢磨し、実践を()()()()鍛え上げたのだとすれば、遊真は実戦を()()()()事で経験を積み重ねて来た。

 

 生死の境に置ける判断の機会、死線を潜った経験の濃密さは七海には無いものであり、ある種それは迅達旧ボーダーの持つ戦争経験に近い。

 

 更に言えば旧ボーダーの面々は複数人で近界の戦争を潜り抜けて来たのに対し、遊真はたった一人で近界を渡り歩いた経験がある。

 

 死線を潜った期間の長さは遊真の方が長い可能性があり、判断ミスが死に直結する世界で生きて来た経験の壮絶さは語るまでもない。

 

 改めて、理解する。

 

 目の前の少年は年齢不相応に戦歴を積み重ねた猛者であり、見た目通りの存在ではない。

 

 彼は迅と同じ、過酷な戦いを潜り抜けた死線踏破者(サバイバー)

 

 そう認識しなければ、勝負の土台にすら立てないのだと。

 

(認識が甘かった、なんて泣き言は言わない。認識不足は俺の過失(ミス)。失態が理解出来たなら、そこから修正すれば良い。けれど────────)

 

 七海は見据える。

 

 こちらと対峙する、遊真の姿を。

 

 ともすれば緑川より小柄に見えるその体躯で、一体どれ程の死線を潜り抜けて来たのか。

 

 それは想像する事しか出来ないし、気軽に立ち入って良い領域でもない。

 

 だけど。

 

(────────────────胸を借りるだけ、なんてつもりは始めからない。やるからには、勝つ。そうじゃないと、こうして挑んだ意味がない)

 

 ────────────────それは、七海(じぶん)が負けて良い理由には断じてならない。

 

 成る程、遊真は強敵だろう。

 

 黒トリガーの出力で多彩な手札を操るその手腕は、ともすれば迅にすら匹敵する。

 

 だが。

 

 遊真が強い事と、七海が勝ちを諦める事はまた別の話だ。

 

 確かに自分は遊真の実力に興味があり、尚且つ黒トリガーの戦闘経験を得るという目的を以て彼に挑んだ。

 

 しかしだからといって、むざむざ負けるつもりで挑んだワケではない。

 

 実力差、黒トリガーの脅威は承知の上。

 

 その上で勝てるぐらいにならなければ、迅の期待に応える事など出来はしない。

 

 ────────────────俺はあの時、幾つかの未来を視ていた。その中にさ、あったんだよ。君が生き残る事で、玲奈が黒トリガーになる事で、より多くの人が救われる未来が。だから俺は、()()()()()()()()()()────────────俺が、玲奈を殺したようなモンだ────────────────

 

 脳裏に、あの時の迅の言葉が蘇る。

 

 彼の告白が。

 

 彼の懺悔が。

 

 彼の、切なる想いが。

 

 あの時。

 

 七海の心に宿ったのは憐みでも同情でもなく、ある種の歓喜だった。

 

 迅はこの数年間、玲奈を結果的に見殺しにしてしまった罪悪感を背負い続けて来た。

 

 大切な人を死なせてしまった痛みは、彼の心を深く蝕んでいた。

 

 けれど。

 

 迅は四年前のあの時、確かに()()()のだ。

 

 あそこで、七海を助ける事を。

 

 そして。

 

 七海が齎す、最善の未来へ至る道を。

 

 勿論、弟を助けたいという玲奈の願いを否定出来なかったという側面はあるだろう。

 

 だけど。

 

 迅が七海の齎す未来に期待を持ち、それを一つの希望としていた事は事実なのだ。

 

 ────────────────君を選んで、良かった────────────────

 

 そして。

 

 自分が。

 

 自分達が迅に勝利し、彼に認められた時。

 

 あの時かけられた言葉は、今も七海の心に深く刻まれている。

 

 迅に勝利した時の、彼の安らいだ表情。

 

 あの顔を、七海は生涯忘れる事は無いだろう。

 

(でも、あれで満足しちゃ駄目だ。まだ俺は、迅さんの期待に応えきっていないんだから)

 

 だが、それで満足するようでは話にならない。

 

 迅にとっての本番は、あくまでももうすぐ起きる大規模侵攻なのだ。

 

 その戦いで最善の結果を手繰り寄せられないようでは、何の意味もない。

 

 下手をすれば、全てを失ってしまいかねない大きな戦い。

 

 それを乗り越えるのなら、こんな所で躓いている暇は無い。

 

 多彩な手札を持つ黒トリガーの使い手にして、歴戦の傭兵。

 

 自分や修と同じ、迅に期待をかけられている最善の未来へ至る為の欠片(ピース)

 

 空閑遊真。

 

 彼に力を示せないようでは、到底迅の期待には応えられない。

 

 否、期待という言葉は正しくない。

 

 ただ、七海(じぶん)は。

 

 迅に、笑って欲しいだけなのだ。

 

 だから。

 

 彼の笑顔を曇らせるものは、全て打ち倒す。

 

 その為に、目の前の少年を超える必要があるのなら。

 

 必ず、超えてみせる。

 

 それが、七海の誓い。

 

 誰に語る事もなく、そして譲る事も出来ない切なる祈り(ちかい)

 

 故に、歩みも思考も止める事はない。

 

 遊真の手札、その戦術傾向。

 

 それら全てを脳裏に浮かべ、瞬時に戦略を組み上げる。

 

 手札を隠す、その意味は無い。

 

 持てる手札を全て用いて、此処で本番に備える(リハーサルを行う)

 

 勝負そのものに勝つ事は必須ではない。

 

 だが。

 

 此処で何の抵抗も出来ず落とされるようでは、話にならない。

 

 これを見ているのは、信頼出来る仲間達だけ。

 

 手札を晒しても何のリスクもなく、むしろ自分の持ち得る手札を理解して貰う事は勝率の上昇(リターン)に繋がる。

 

 出し惜しみはしない。

 

 そんな事をして、勝てる相手でもない。

 

 全身全霊。

 

 思考の全てを使って、この刃を届かせる。

 

 それが。

 

 自分の挑戦を受けてくれた遊真への返礼であり、何より。

 

 負けたくない。

 

 そんな自分の想いに嘘をつける程、七海は器用ではない。

 

 ────────────────全部忘れて、楽しめよ。七海。下らねぇ事に拘ってねーで、好きなようにやりゃあいいじゃねえか────────────────

 

 第三ROUNDで、影浦に言われた言葉が蘇る。

 

 那須を助ける事に拘り過ぎて醜態を晒した七海に向けた、影浦の叱咤。

 

 それをすぐに受け入れられなかった事を、改めて恥じる。

 

 守るべきものの為に奮起する事は、間違いではない。

 

 けれど。

 

 それを理由にして思考を放棄する事は、正解とは言えない。

 

 戦う理由に、貴賤はない。

 

 皆を守る為に強くなりたいから戦う自分も、ただ戦いを楽しむ為に剣を振るう太刀川も。

 

 戦う、という事自体に真摯である事に変わりはない。

 

 成る程、世間からしてみれば自分の理由は立派なのだろう。

 

 亡くしたものの為に、守るべき者の為に剣を振るう自分は称賛される対象なのだろう。

 

 だが。

 

 そんなものは、戦いの結果には何の繋がりも持たない。

 

 戦いに勝つのは尊い想いを抱く者ではなく、()()者だ。

 

 戦う理由は原動力にはなっても、決して勝因そのものにはならない。

 

 それを。

 

 自分は、影浦や太刀川から教えられた。

 

 気持ちの強さは関係ない。

 

 太刀川が口癖のように話すそれは、真実だ。

 

 思えば太刀川は、七海を弟子に取ってからその言葉を多く口にするようになったように思う。

 

 きっとそれは。

 

 責任感(りゆう)に押し潰されそうだった七海の心を見抜いてかけてくれた、彼なりの激励(エール)だったのだろう。

 

 戦いが全てと語るような太刀川であるが、だからといって気遣いが出来ないワケではない。

 

 人間的には駄目な所が多い太刀川であるが、物事の本質を突くその観察眼は侮れない。

 

 きっと、太刀川は気付いていた。

 

 戦う理由に拘るだけでは、本当の強さは得られないのだと。

 

 理屈ではなく、戦闘者としての本能が。

 

 七海の抱える問題を、見抜いていたのだ。

 

(本当に俺は、良い師匠達を持った。こればかりは、何度感謝してもしきれない)

 

 影浦には、責任を言い訳にして思考放棄していた事を気付かされた。

 

 太刀川には、強くなる為に本当に必要なものを教えられた。

 

 どちらも今の七海を形成するにはなくてはならない経験であり、その感謝を忘れた事はない。

 

 だからこそ。

 

 此処で勝ちを諦めるという選択肢は、有り得ない。

 

 負けても、失うものなど無い戦いだけれど。

 

 それは、負けて良い理由にはならない。

 

(必ず、勝つ。刃を、届かせる)

 

 その手にしたスコーピオンを、強く握り締める。

 

 七海は思考の整理を終え、試合開始と共に遊真に向かって疾駆した。

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