痛みを識るもの   作:デスイーター

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空閑遊真⑦

 

「これは…………」

「ああ、動きが読まれてるな」

 

 レイジの言葉に、烏丸は頷く。

 

 二人の言う通り、戦績上ではあまり差がないように見えるが、遊真は確実に七海の動きを読めるようになっていた。

 

 一試合目に引き分けた後の二試合は七海が先取しているが、その二試合で遊真は彼の動きを読んだと見て良い。

 

 二試合。

 

 最初の試合も含めればたった三試合で、七海のメテオラ殺法を軸とする動きを読み対応してみせた。

 

 その技量は、流石近界で傭兵をやって生き抜いてきただけはある。

 

(遊真は戦闘においては何処までもシビアだ。ただ作業のように淡々と、()()為の動きをしている。それだけ、鉄火場に身を置いて来たのだろう)

 

 近界でたった一人で傭兵をやるなんて事は、相当の実力と優れた判断力がなければ不可能だ。

 

 大きな組織の後ろ盾が無い以上、自分を守れるのは自分だけ。

 

 つまり、敵味方の取捨選択や情勢の移り変わり、それらを見極める()がなければ使い潰されて終わりなのだ。

 

 遊真には嘘を見抜く副作用(サイドエフェクト)があった事も大きいだろうが、その力も万能ではない。

 

 目の前にいる相手の嘘は見抜けても、その人物が持っていた情報が真実であると言う確証は無い。

 

 加えて相手が話した事の真偽は見極められても、黙秘している事が何かまでは見抜けない。

 

 相手が隠し事がある、という事くらいは分かるようだが、逆に言えばそれだけの情報で事の正否を判断しなければならないのだ。

 

 その都度生き残る判断を下して来たのは紛れもなく遊真自身であり、経験に見合った観察眼を持っているのだ。

 

 それこそ、たった三度の戦闘で相手の動きを見極める程に。

 

「七海と遊真とでは、培ってきた経験の()が違う。本物の戦場に身を置いていた遊真相手に、何処まで食らいつけるか」

「ううん。七海ならやるわよ、絶対」

「小南」

 

 レイジは突然話に割り込んで来た小南を見て、眼を細めた。

 

 今の言い方では、小南は七海の勝利を信じているように聞こえるが。

 

「遊真はお前の弟子じゃなかったか?」

「弟子よ。だからあいつがすっごいまあまあ強い事も知ってるし、七海じゃ分が悪いのも分かるわ。遊真(あいつ)、近界で戦った兵士とおんなじ目してたし」

 

 小南は単に、七海を贔屓して発言したワケではない。

 

 遊真の本質はしっかり捉えているし、本物の生き死にを懸けた戦いを潜り抜けた戦士の怖さも良く知っている。

 

 何せ、自分たちがそうなのだ。

 

 同類の匂いを、嗅ぎ違えるワケはない。

 

 けれど。

 

「七海だって、戦い方の()()なら負けてないわ。あいつがこれまで積み重ねて来たものは、嘘をつかないんだから」

 

 だからといって、死線を潜り抜けた者にそうでない者が勝てないという通りは無い。

 

 不利ではあるだろう。

 

 ここぞという時の機転は、恐らく遊真に軍配が上がる筈だ。

 

 だが。

 

 小南は、七海の力を。

 

 これまでの積み重ねを、信じている。

 

 遊真の力を過小評価しているワケでも、七海を妄信しているワケでもない。

 

 ただ、知っているだけだ。

 

 七海がこれまでに積み重ねた、経験の厚みを。

 

 それはきっと、死線踏破者(遊真)に劣るものではないと。

 

 理解している。

 

 それだけだ。

 

「見てなさい。きっと、七海はやってくれるわ。だってあいつは、迅の期待にだって応えてみせたんだからね」

 

 

 

 

「────────メテオラ」

 

 七試合目。

 

 試合開始と同時、七海は自身の周囲でメテオラを起爆。

 

 一瞬にして視界が爆発で埋め尽くされ、遊真は七海の姿を見失う。

 

(目晦ましか。という事は、下手に動くよりは待ち構えた方が良いか)

 

 遊真は刹那の逡巡の後、此処で迎撃する事を決めた。

 

 爆発によって目晦ましをした以上、それに紛れた奇襲が本命だという事は容易に察せる。

 

 幸い、此処は見晴らしの良い河川敷の川岸だ。

 

 周囲に身を隠せるものはなく、障害物のある住宅街へ向かおうとすればそれだけ遊真からの距離は遠ざかる。

 

 これまでのように爆発の合間を潜り抜けて来る可能性はあるが、既に初見ではない以上どうとでもなる。

 

 爆発の合間を潜り抜けるなどという芸当は感知痛覚体質という特異な副作用(サイドエフェクト)を持つ七海にしか出来ない芸当であろうが、別にこれは無敵の戦術でもなんでもない。

 

 確かに爆発の隙間を潜り抜ける技術は初見であれば予想出来ず対応も遅れるだろうが、遊真は既にそれを見て体感している。

 

 この戦術の利点、そして欠点は既に分かっている。

 

 メテオラ殺法は爆発の合間を潜り抜けるという奇想天外な戦術でありその派手さに目を奪われがちではあるが、来ると分かっていれば対応は可能だ。

 

 何故ならば。

 

 爆発の合間というものは、ある程度道筋(ルート)が限定されているからだ。

 

 七海程のトリオンの炸裂弾(メテオラ)爆発は、広範囲に及ぶ。

 

 当然一つ一つの爆破の規模も相当であり、その合間を潜り抜けるとなれば自然とルートは限られる。

 

 要はその数少ない道筋にあたりをつけておけば、自身の爆発が壁となって逃げられない七海を容易に仕留められる、という事だ。

 

 事実、先程の第六試合ではそうやって七海を落としている。

 

 故に、正面からはまず無い、と遊真は考えていた。

 

 裏をかいて正面から、という選択肢はなくはないだろうが、見たところ七海はそういった博打を打つ性格ではないように思えた。

 

 まだ付き合いが短い為断言は出来かねるが、違っていたら違っていたでその都度修正を加えれば良いだけの話だ。

 

 近界では失敗すれば()など無い為許されなかった考え方だが、幸いこの試合は敗北が死に直結するそれではない。

 

 負けても次があり、敗北を糧に成長出来る。

 

 それがこの世界が生み出した仮想戦闘という技術の最大の成果であり近界には真似出来ない在り方だ。

 

 遊真はそんなこの世界に適応しつつあり、この模擬戦の価値も理解している。

 

 だからこそ、手は抜かない。

 

 それが。

 

 自分に全力で向かって来る、七海への礼儀というものだ。

 

「…………!」

 

 刹那、遊真の視界に小さな影が映る。

 

 炸裂弾(メテオラ)爆発、その合間。

 

 そこを抜けるように、一本の刃────────────────投擲されたスコーピオンが、遊真の額に向かって迫っていた。

 

 遊真はそれを首を捻る事で回避し、同時。

 

「そっちか」

「────────!」

 

 上空(うえ)からこちらに降下して来る、七海の存在に気が付いた。

 

「メテオラ」

 

 だが、気付かれる事は承知の上だったのだろう。

 

 七海は即座に炸裂弾(メテオラ)を生成し、キューブを分割して遊真に向かって射出した。

 

『射』印(ボルト)

 

 遊真はその爆撃に対し、射撃で対応。

 

 正確無比な射撃によって迫りくるキューブを撃ち落とし、起爆。

 

 次々と弾丸が誘爆し、空に花火のように爆発が広がっていく。

 

 そして。

 

 その爆発の合間を潜り抜けるように、七海がグラスホッパーによる加速で突っ込んで来た。

 

「『射』印(ボルト)+『錨』印(アンカー)

 

 そんな七海に対し、遊真は重石の弾で対応。

 

 『射』印と『錨』印の組み合わせによって撃ち出された防御不能の弾丸が、降下して来る七海へ襲い来る。

 

 鉛弾の性質を継承しているこの弾丸は、シールドでは防げない。

 

 かといってグラスホッパーで逃げれば、また距離が空いて振り出しに戻る。

 

 どちらにせよ、遊真の優位は揺るがない。

 

 そう。

 

「…………!?」

 

 もしも七海が、回避や防御といった選択肢を取ったのであれば。

 

 七海が選んだ行動は、突貫。

 

 しかも。

 

 更にグラスホッパーを踏み込み、速度を加算した上で。

 

 無論、そのまま突っ込めば重石の弾の餌食だ。

 

 スピードアタッカーである七海にとって、重石の弾の拘束を受ける事は敗北に直結する。

 

 だが。

 

 七海は、ただ突っ込んだワケではない。

 

 その手に持つ、スコーピオン。

 

 その形状をブーメランのような形に変え、その刃を以て重石

の弾を受け止めたのだ。

 

 無論、細い刃だけで全ての弾を受けきれる筈もない。

 

 受け止め損ねた数発は七海の腕や足に着弾し、200㎏に及ぶ重石が複数撃ち込まれる。

 

 此処が地上であれば、その重さに耐えかねて行動不能になるしかなかっただろう。

 

 しかし。

 

 今七海がいるのは、空中。

 

 加えて、遊真の()()にあたる。

 

 空中にいる物体が、数百キロの重りを付けられればどうなるか。

 

 無論、落ちるしかない。

 

 しかも、その重石の重量が加算された状態で。

 

 そうなれば落ちた時の衝撃は相応に大きくなり、落ちるスピード自体も上がる。

 

 自然落下であればともかく、今の七海はグラスホッパーによる加速を得ている状態だ。

 

 当然落下スピードは相応に上がっており、回避行動は間に合わない。

 

 今の七海は、頭上から猛スピードで落ちて来る数百キロの鉄塊のようなものだ。

 

 無論の事当たればただでは済まず、遊真の『盾』印(シールド)を以てしても受けきれるかは分からない。

 

 よって。

 

『強』印(ブースト)

「────────!」

 

 遊真は七海を、正面から迎撃した。

 

 『強』印(ブースト)による膂力強化。

 

 それを用いた、正面突破で。

 

『戦闘体活動限界。遊真ダウン』

 

 結果は、遊真の敗北。

 

 七海は遊真の攻撃に先んじてマンティスを使い、先んじて攻撃を届かせた。

 

 自身はほんの少し身体を捻る事で、遊真の攻撃の直撃を避けた上で。

 

 直撃はしなかったものの遊真の攻撃事態は当たり、七海の脇腹は吹き飛んだ。

 

 しかし七海のマンティスは正確に遊真のトリオン供給機関を貫いており、致命。

 

 七海がトリオン切れで落ちる直前に遊真の敗北が決定し、何とか勝利をもぎ取った形になる。

 

 これで、3:3、1引き分け。

 

 残る試合は、三試合。

 

 まだ、勝負は付いていない。

 

 逆転の芽は、残されている。

 

「なんとか一勝、取り返したか

「やるね。でも、勝ちを譲る気はないよ

「勿論。俺もさ」

 

 遊真の言葉に七海は不敵な笑みを浮かべ、二人は共に武器を構える。

 

 準備期間(インターバル)は必要ない。

 

 今はただ、目の前の相手に勝つ為に刃を交えたい。

 

 故に。

 

『第八試合、開始』

 

 そのアナウンスと同時に、二人は一斉に動き出した。

 

 先程と同じ手は、使わない。

 

 一度使った以上、同じ手は遊真には通用しない。

 

 故に。

 

 七海は迷いなく、住宅地へ駆け込んだ。

 

 開けた場所では、どうしたって遊真の黒トリガーの出力相手には分が悪過ぎる。

 

 先程使った奇襲が二度使えない以上、場所を変えるのは当然の事だ。

 

 複雑な地形を用いた戦闘は、七海の十八番だ。

 

 障害物が多い地形であればある程、七海の三次元機動は真価を発揮する。

 

 そういった地形はメテオラ殺法と相性が悪いが、そもそも単純なメテオラ殺法が遊真に通用しない以上大したデメリットではない。

 

 七海は目晦ましに炸裂弾(メテオラ)を起爆しながら、街の路地へと飛び込んだ。

 

 遊真はそれを見て、すぐさま行動を決めた。

 

 この状況に最適な印を即座に決定し、使用する。

 

「────────『響』印(エコー)

 

 

 

 

置きメテオラ(起爆装置)はそろそろ仕掛け終わる。次で最後だ)

 

 七海は街の至る所に置きメテオラを設置しながら、路地の間を進んでいた。

 

 念の為バッグワームまで被っている為、レーダーにも映っていない筈だ。

 

 先程の目晦ましとの合わせ技で、遊真はこちらの位置を見失った筈である。

 

 しかし、そこまで広いフィールドでない以上いずれは見つかる。

 

 ならば必要最低限の仕掛けを終えた後、行動に出る他ない。

 

 援軍なき停滞は、徒に相手に時間を与えるだけなのだから。

 

「見つけた」

「────────!?」

 

 しかし。

 

 そんな七海の目論見は、路地の入口に立つ遊真を見た瞬間崩れ去った。

 

(間が悪い…………っ! 此処で見つかるなんて、ツイてな────────待て)

 

 ()()()見つかるなど、ツイていない。

 

 そう心の中で悪態をつきかけた刹那、気付く。

 

 遊真は今、わざわざ声に出して自分の存在をアピールした。

 

 これが米屋のような戦闘狂(バトルジャンキー)であればまだ分かるが、遊真(かれ)の戦闘に置ける姿勢(スタイル)は七海の同一のものだ。

 

 即ち、無駄な事は一切せずただひたすらに勝利を効率的に追及する。

 

 そんな相手が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などといった無駄な事をするだろうか。

 

「な…………?」

 

 その答えは、七海が動く前に突き付けられた。

 

 七海の右腕と右足、その中央に。

 

 背後から撃ち出された重石の弾が着弾し、合計400㎏もの重量を付加された七海はその場に倒れ込む。

 

(ボルト)

 

 そして。

 

 倒れ込んだ七海の頭部を、遊真は『射』印(ボルト)を用いて容赦なく吹き飛ばした。

 

「トリオン体活動限界。七海ダウン」

 

 これで、戦績は4:3、1引き分け。

 

 再び、遊真にリードを許す結果となった。

 

「…………声を出したのは、陽動の為か」

「うん。おれに注意を払って貰った方が、仕掛けに気付かれ難いと思って」

「やられたよ。置き弾みたいな真似も出来るとは、想定が甘かったな」

 

 そう、あの時遊真が敢えて声を出したのは、七海の注意を自分に向ける為だ。

 

 潜伏状態の七海は何時相手に発見されるか分からない為、周囲に警戒を張り巡らせていた。

 

 ただ重石の弾を撃つだけでは、その警戒度の高さによって避けられる可能性があった。

 

 だからこそ遊真は声を出す事で自分の存在を喧伝し、背後に置き弾と同じ状態にして仕掛けていた重石の弾を撃ち込む隙を作ったのだ。

 

「もしかして、相手の位置を探る『印』もあるのか?」

 

 七海は、気付いた。

 

 この策は、先んじて七海の位置に気付いていなければ出来ないやり方だ。

 

 少なくとも置き弾を設置する段階で、こちらの位置に気付いていたと見て良い。

 

 バッグワームまで使っていたのだから視認による偶発的発見以外は無いだろうと考えていたが、相手は黒トリガーだ。

 

 レーダーよりも高性能の探知能力を備えていても、なんらおかしくはないのである。

 

「正解。『響』印(エコー)って言ってね。トリオンの波動を発してその反響で地形状況や相手の位置を把握出来るんだ」

「成る程、イルカの反響定位(エコーロケーション)のようなものか。お前相手に、かくれんぼは出来ないってワケだな」

 

 イルカは自ら発した音が跳ね返って来た際にそれを受信し、その反応の遅れ等から周囲のものの位置を把握する能力を持っている。

 

 恐らく遊真の持つ『響』印(エコー)はそれと同じ原理であり、ボーダーの使うレーダーとは仕組みが違う。

 

 ボーダーのレーダーはトリオン体の反応を検知しているが、この『響』印(エコー)はトリオンの波動を用いて周囲の地形そのものを瞬時にマッピングしているようなものである為、トリオン体の反応の有無に関係なく探知が出来る。

 

 つまり、1対1の状態で潜伏を選んだ時点で遊真相手には隙を晒す行為でしかなかったのだ。

 

 完全な、作戦ミス。

 

 というよりも、遊真が隠していた手札を巧く切ったと言うべきだろう。

 

 これで七海は迂闊に潜伏を選べなくなり、同時に遊真の勝利に王手がかけられた。

 

 現在の戦績は4:3、1引き分け。

 

 10本勝負である以上、遊真はあと一勝すれば勝ちが決まる。

 

 残り二試合。

 

 七海はもう一本たりとも、遊真に白星を取られるワケにはいかないのだ。

 

「もう、負けない」

「おれも、そのつもりだよ」

 

 二人は、再び対峙する。

 

 模擬戦は、佳境に突入していた。

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