「一本取って、一本取り返されたな」
「遊真の勝ちにリーチがかかりましたね」
「ぐぬぬ」
レイジと烏丸の言葉に、小南は顔を顰めた。
先程自信満々に七海を信じる発言をした小南だが、この展開には閉口するしかない。
確かに、七海は期待に応えて遊真相手に一本取ってみせた。
しかしその直後の試合で遊真に取り返され、残り二試合にてリーチがかかった。
七海を応援していた身としては、忸怩たる想いである。
小南は玉狛支部の中でも、あからさまに身内贔屓をするタイプだ。
直接明言はしないものの、彼女は身内かそうでないかで明らかに対応が異なっている。
小南の換算では弟子とした以上遊真は身内であるし、もしも彼が他の者と戦ったならば迷う事なく身内贔屓を炸裂させただろう。
だが。
相手は、他ならぬ七海である。
七海は小南が慕っていた玲奈の弟であり、四年来の付き合いがある。
流石に会ったばかりの遊真と七海とでは、小南の贔屓具合は七海の方が上だ。
それに七海はついこの間、迅の期待に見事応えてみせたという小南にとって無視出来ない出来事もあった。
出来る事ならば、七海に勝って貰いたい。
それが、偽らざる小南の本音であった。
こればかりは、これまでの付き合いによる積み重ねがあったかどうかの違いだ。
どうせ、情深い小南の事だ。
遊真の事もすぐに七海と同じくらい贔屓するようになるだろうが、まだその段階ではない。
これはただ、それだけの話なのである。
「…………でも、凄いな。香取先輩が一勝しか出来なかった空閑に、ここまで」
「あの時とは条件も色々異なる上に、七海はあの時の戦闘を見ていた。この違いは大きいだろう」
修の呟きに、レイジがそう答えた。
確かに、香取の時は障害物がなく逃げ場のない訓練室であった為に遊真の
対して今回の試合では障害物がある戦場で戦っており、加えて遊真の戦闘を一度七海は見ている。
この違いは、大きい筈だ。
「そうね。私でも、訓練室で黒トリガーを使う空閑くんとまともに戦り合うのは無理があるわ。速度低下がなく連射可能な鉛弾なんて代物、障害物がなければどうにも出来ないもの」
「そうですね。あの条件下で香取はよくやってたと思いますよ」
那須と烏丸が、それに追随する。
二人の眼から見ても、障害物のない訓練室で黒トリガーを使う遊真と戦うのは難易度がべらぼうに高かった。
たとえ七海であっても、香取と同じ条件で此処まで拮抗出来たかと言われれば首を横に振るしかない。
環境の違いというのは、それだけ大きいのだ。
加えて、一度遊真の黒トリガーを使った戦闘を見ている、という点も無視出来ない要素である。
情報として知っているだけのものと、実際に見たものとでは情報としての精度に雲泥の差がある。
データだけを見ても、実際の代物を見なければどういったものか実感する事は難しい。
そういう意味で、七海は香取と比べて二つのアドバンテージを得ている事になる。
その上でなんとか抗戦出来ているのが、現状ではあるが。
それだけ、黒トリガーを扱う歴戦の傭兵、という壁は大きいのだ。
「成る程。分かりました」
説明を聞き、修は黙って観戦に戻る事に決めた。
彼の心境からすると遊真に負けて欲しくない気持ちはあるものの、七海を贔屓する小南の気持ちも分からなくはない。
修自身、七海には恩があるので無碍にはし難い。
故にどちらにも肩入れする事なく、ただ戦いの経緯を見守るのが最善だと修は考えたのだ。
修は空気を読めないのではない。
読んだ上で、「それはそうだけど自分はこうする」として自分の我を通すだけなのだ。
そしてこの場は、自分が我を通して貫きたい目的があるワケでもない。
だからこそ静観が最善だと、そう判断したのだ。
そんな修を見ながら、レイジはモニターに視線を戻す。
画面の中では丁度、七海と遊真が共に駆け出す所だった。
「とにかく、あと二試合だ。恐らくそう長くはかからないだろう。どういう結果になるにせよ、な」
「メテ────────」
「『
試合開始と同時に
七海のサイドエフェクトは自身に向かう攻撃は感知出来ても、自分自身に直撃しない軌道の攻撃までは感知出来ない。
それを理解しているのか、遊真はギリギリ七海に直撃しない軌道を選んで弾丸を放った。
このままキューブに当たればそれが引き金となって起爆し、七海は隙を見せる事になる。
「────────!」
だが。
遊真ならそのくらいやって来ると、七海は既に予測していた。
展開されていた
七海はすかさずグラスホッパーを用いて、側面。
遊真の真横へと、肉薄する。
今の遊真には、レプリカの
それ故に印の展開スピード自体が通常時と比べて落ちているし、多重印も気軽には扱えない。
特に、七海のようなスピードアタッカー相手にこの距離で多重印を用いるのは自殺行為だ。
印の発動自体は、間に合わせる事が出来るだろう。
だが、発動出来ても当たらなければ意味がない。
七海のように攻撃を察知出来る
七海のサイドエフェクトでは感知出来ない
「かかったね」
「…………!」
故に選んだ印は、
地面から伸びる無数の鎖が、七海の四肢を拘束する。
遊真はこの罠を、キューブへの攻撃が不発で終わった段階で仕掛けていた。
この『鎖』印もまた、攻撃力が無い故に七海のサイドエフェクトに感知されない能力だ。
スパイダーに似た能力ではあるが強度はワイヤーの比ではなく、あちらのように一息で切断する事は出来ない。
つまり、七海は遊真が目の前にいるこの状況で身動きを完全に封じられた事になる。
「
すかさずトドメを刺す為、遊真は『強』印を用いて拳を強化。
七海の胸部を狙い、拳撃を繰り出す。
「…………!」
「それは、前に見たんだ」
その、刹那。
遊真は身体を僅かに横にズラし、地面から伸びた刃を紙一重で回避した。
何が起きたか、言うまでもない。
四肢を拘束された七海が行った、地面を経由した奇襲攻撃。
それが、躱された。
何故。
問うまでもない。
それは。
この
以前に香取が遊真に用いた決め手と、同様のものだったのだから。
あの時の模擬戦で香取は
その経験があったからこそ、スコーピオン使いは四肢が動かずとも攻撃手段がある事を、遊真は知っていた。
故に、避けられた。
一度体感した攻撃は、遊真にとっては既知のもの。
来ると分かっている奇襲は、
テレポーターのようにあからさまでなくとも、今回の場合急所狙い以外は有り得ない。
何せ、四肢が拘束された状態なのだ。
奇襲で仕留められなければその時点で反撃の芽は無い為、急所を狙う他なかったのだ。
最後の一撃は、空を切った。
「────────」
「────────!」
その隙を逃す、遊真ではない。
彼は容赦なく拳を振るい、七海の右胸を貫いた。
僅かに七海が身体をズラした為にトリオン供給機関の一撃破砕は免れたが、この傷であれば数瞬後にはトリオン漏出で落ちる。
「…………!」
但し。
それは、七海だけではない。
彼の身体を貫いた、遊真の右腕。
その拳先は。
キューブの名は、
貫かれ、カバーが外れた爆弾は即座に起爆。
轟音と共に、爆発が二人を吞み込んだ。
『トリオン体活動限界。
結果は、相打ち。
共に爆発に呑まれた二人は同時にトリオン体を破壊され、試合終了と共にその身体が再構築された。
「背中にメテオラを仕込んでおくなんて、やられたよ。最初から相打ち狙いだったの?」
「いや、ただ保険をかけておいただけさ。
七海の言葉に、嘘はない。
それは、遊真のサイドエフェクトが証明している。
恐らく七海はあのもぐら爪で遊真を仕留めるつもりであったが、香取が同じ手を使っていた事からそれが通用しない可能性も考えていたのだろう。
その為に最悪でも相打ちに持ち込む為、
自分の身体を、遮蔽物として用いる事で。
第一試合のように見える個所にメテオラを出現させては、遊真に対処される可能性がある。
だからこそ自分の身体を視界を遮る壁とする事で、即席の
もぐら爪で仕留められれば最良。
そうでなくとも、相打ちに持ち込む。
初めから、二段構えの策だったワケだ。
(でも、これであと一試合。戦績は4:3、2引き分け。次の試合でおれが勝てば5:3、2引き分けでおれの勝ち。ナナミ先輩が勝てても4:4、2引き分けで勝者なしになる。さっきの「勝つ」は
そういえば、と遊真は思考する。
確かに、先程七海は遊真に啖呵を切って見せた。
だがそれは。
「勝つ」、ではなかった筈だ。
────────────────もう、
そう。
(────────最初から、引き分け狙いだった…………? おれに勝つ事を諦めて、いや────────────────引き分けにしてでも、
可能であれば勝ちたかったのは、事実だろう。
だが、あくまでそれは
七海は結果が引き分けに終わろうとも、確かめておきたい
遊真は、そう推察した。
(この模擬戦が、
あの時。
七海が「負けない」と言った時、彼は嘘をついていなかった。
故に、あの言葉は真実であると分かる。
けれど、分かるのはそこまで。
彼の真意が何なのかについては、遊真のサイドエフェクトでも判別は不可能なのだから。
遊真の
嘘をつく人間の声の変化が視覚に作用してそれを見破るものであり、分かるのは相手が嘘をついているかどうか、そしてそれは会話内容の中でどの程度嘘をついているか、といったものである。
隠し事がある事くらいは分かるが、その内容まで見通せるワケではない。
相手のブラフは見破れるが、決して相手の心が全て見通せるような、便利な力ではないのだ。
(きっと、ナナミ先輩はこうしなきゃ最終的に引き分けにも持ち込めないと判断した。だから、今の
七海は自分と同じ、戦いに関しては徹底的にクレバーになれる人種であると遊真には理解出来ていた。
自分と同じ、淡々と
彼は謙遜しているようだが、遊真のような本物の戦場での経験もなしに此処まで磨き上げているのだから大したものだ。
遊真から見ても充分、七海は歴戦の勇士としての素養を備えている。
(次で最後だ。別に負けたところで何かあるワケじゃないけど、こっちだって負けるつもりでやるなんてゴメンだし、何よりそれはきっとあっちだって望んでない。全力で、倒す。それだけだ)
故に、加減はしない。
何が来ようと、どんな策で来ようと全力を以て打ち倒す。
それが自分に挑んで来た彼への敬意であり、果たすべき礼の形だ。
「────────」
「────────」
二人の視線が、交差する。
最後の試合が、始まった。