痛みを識るもの   作:デスイーター

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空閑遊真⑨

 

「へー、4:3、2引き分けか。良い勝負じゃん」

「あ、宇佐美先輩。お疲れ様です」

 

 修は部屋に入って来た宇佐美を見て、そう言って労った。

 

 宇佐美は先ほど頼まれた情報整理をしていた筈だが、此処に来たという事は作業はもう終わったらしい。

 

 中々に早い仕事だが、彼女に限って雑な仕事をするとは思えない。

 

 きっちり、情報整理を済ませて来たに違いない。

 

 手早く、正確に。

 

 それを効率良くこなせるからこそ、宇佐美の評価は高いのだ。

 

 伊達に、玉狛支部でオペレーターをやっているワケではないのである。

 

「でもどっちも凄いよね。黒トリガー使ってる遊真くんもそうだし、それに対抗出来てる七海くんも流石だよ」

「ええ、驚きました。なんというか、レベルが違いますね」

「そうだね。まあ、レベルが違っても戦略次第でやりようはあるから、気を落とさないでね。その為の仲間なんだし」

「はい、承知しています」

 

 二人は口々に七海達の戦いを称賛し、頷く。

 

 修からしてみれば遊真も七海もどちらも明確な格上であり、戦闘における動きは雲泥の差と言う事すら烏滸がましい。

 

 元々修より格下の相手などそうはいないが、それでも尚二人の戦闘センスは圧巻と言う他なかった。

 

 メテオラ殺法と攻撃感知可能な副作用(サイドエフェクト)という武器を持つ七海に対して動きを読み、正確な対処を行えている遊真の動きは勿論凄い。

 

 黒トリガーの性質に由来するかのように、遊真の学習能力は非常に高い。

 

 一度見た動きはすぐさま記憶し、類似ケースへの対応能力を強化する。

 

 リアルタイムで相手の動きを観察し、適切な対処方法を導き出す。

 

 そういった観察眼とそれを元にした動きのフィードバックが、半端ではないのだ。

 

 伊達に、何年も近界で傭兵をやっていたワケではないという事だ。

 

 対して、七海はそんな遊真に充分以上に食らいついている。

 

 サイドエフェクトの恩恵があるとはいえ、黒トリガーの出力も然る事ながら戦巧者の遊真相手に手を変え品を変え抗戦する機転と応用力は目を見張る。

 

 不利な条件下であったとはいえ一勝しかもぎ取れなかった香取とは、戦闘経験の質が違う。

 

 恐らく、七海は格上相手の訓練を死ぬほどこなして来たのだろう。

 

 伝え聞く限りではA級一位の人物やランク戦で見た影浦等が師匠筋であるというのだから、そういった経験を積む為の環境は充分過ぎる程にあった。

 

 それを活かし、格上相手との戦闘経験を飽きる事なく積み重ねた結果に今の七海があるのだ。

 

 その経験がなければ、黒トリガーを使う遊真相手にあそこまで食らいつく事は不可能だろう。

 

 だが、それももうすぐ決着がつく。

 

 あと、一戦。

 

 それが、この模擬戦の終着点。

 

 どちらが勝とうが、これで終わる。

 

 修は、宇佐美は。

 

 そして、固唾を呑んで画面を見守る那須は。

 

 最終戦の始まりを、その目に収めた。

 

 

 

 

「────────」

「…………!」

 

 最終戦、その開始と同時に七海はグラスホッパーを起動。

 

 遊真が動き出すより一歩早く、ジャンプ台を踏み込み上空へと跳躍した。

 

 もしも遊真の側から踏み込んでいれば跳躍を阻止出来た可能性はあったが、彼は迎撃(カウンター)を行うつもりで構えていた為に一手遅れた形となる。

 

 仮に七海がメテオラでの目晦ましを初手で行おうとしていたら、遊真はそれを起爆させる為に動いたであろう。

 

 目晦ましすら考えず、全力で上空に跳躍する事を選んだ七海の判断が功を奏したワケだ。

 

「────────メテオラ」

 

 そして、上へ上がった七海の取る手は決まっている。

 

 即ち、上空からの爆撃。

 

 無数に分割したメテオラの弾丸が、遊真に向かって降り注ぐ。

 

 弾丸はかなり広範囲に斉射されており、ただ動いただけでは被弾範囲から出るのは至難の業だ。

 

『射』印(ボルト)

 

 故に、遊真は迷いなく迎撃を選択。

 

 射撃を放ち、降り注ぐ弾丸を一つ一つ迎え撃ち、空中で起爆させていく。

 

「────────メテオラ」

「…………!」

 

 だが、七海の攻撃は終わってはいなかった。

 

 七海はグラスホッパーを用いて移動しつつ、更にメテオラを射出。

 

 別角度からの空爆が、遊真へと襲い掛かる。

 

(撃ち落とすか。いや、それじゃあ埒が明かないな。このまま固められて、何かを仕込まれるのも面倒だし)

 

 遊真は再び『射』印で迎撃するかと思考し、即座に棄却。

 

 同じ事を繰り返すのでは、延々と時間を稼がれるだけだ。

 

 本当の意味で千日手になれば黒トリガーのブーストでトリオンが勝っている遊真が勝つが、まさかそんな真似はするまい。

 

 七海のトリオン評価値は、10。

 

 二宮程飛び抜けて高いというワケではないが、充分トリオン強者の立ち位置にいる。

 

 爆撃を継続しても、トリオンが切れるまでには相応の猶予がある筈だ。

 

 故にこのまま上空からの爆撃で身動きを封じられ、その間に何かを仕込まれる可能性は充分にある。

 

 少なくとも、その程度には遊真は七海を評価していた。

 

 先程の、背中に仕込まれたメテオラの件もある。

 

 下手に時間を与えれば、またもや意表を突く仕掛けの一つや二つ打ってきかねない。

 

『鎖』印(チェイン)

 

 だからこそ、遊真は動いた。

 

 使用したのは『射』印ではなく、『鎖』印。

 

 遊真はメテオラの爆撃によって積み重なった瓦礫に鎖を接続し、投擲。

 

 降り注ぐ弾丸が瓦礫に着弾し、起爆。

 

 上空を、爆発が覆う。

 

「────────!」

 

 視界が爆破によって塞がれ、煙に巻かれる中。

 

 七海は己の直感に従い、グラスホッパーを用いて即座にその場から離脱した。

 

 一瞬後。

 

 彼がいた場所には、瓦礫の付いていない鎖が伸びていた。

 

 今の起爆は、この一手を隠す為。

 

 爆煙に紛れて鎖で七海を捕らえる事こそ、遊真の狙い。

 

 その目論見を回避し、七海は爆煙の外へと跳躍。

 

「…………!」

「ビンゴ」

 

 その、瞬間。

 

 七海の右腕に、突如鎖が絡みついた。

 

 何が起きたか、言うまでもない。

 

 先程七海を狙った鎖こそ、陽動(ブラフ)

 

 本命は、煙から飛び出した先に()()()()()この鎖であったのだ。

 

 遊真は七海であれば爆煙に紛れた()()の攻撃であれば必ず避けるだろうと考え、その()()()にこそ本命を仕掛けていたのだ。

 

 七海の実力、戦闘勘を信じるが故の采配。

 

 歴戦の傭兵としての、遊真の戦略眼。

 

 それによって、七海は。

 

「────────────────そう来ると、思っていた」

「…………!」

 

 ────────────────千載一遇の好機を、その手に掴んだ。

 

 七海は遊真によって鎖が牽引される前に、()()()()()()()()グラスホッパーを踏み込み加速。

 

 更なる上空へと跳躍し、それに引っ張られる形で遊真は空へと吊り上げられた。

 

 確かに、『強』印の強化を得れば上空で踏ん張る為の足場の無い七海相手なら簡単に地面に引きずり下ろす事が出来ただろう。

 

 だが。

 

 その強化を出力する前に、向こうから牽引された場合は話が別だ。

 

 強引に振り解かれる事がないよう、鎖の先を遊真自身の腕に巻き付けていた事も災いした。

 

 七海の目論見通り、遊真は空中へと強引に連れ出される事になる。

 

(強引に、空中戦に引きずり出された…………! けど…………っ!)

 

 成る程、確かに空中ならばグラスホッパーの使える七海が有利に立ち回れるだろう。

 

 これが空での移動手段を持たない相手であれば、一方的に攻撃出来る状況だ。

 

 されど。

 

 遊真には、『弾』印(パウンド)がある。

 

 空中機動が出来るのは、何も七海だけではない。

 

 その気になれば遊真もまた、空中で足場を確保する事は出来るのだ。

 

 いや、そもそも『鎖』印(チェイン)の鎖は未だ七海の左腕に絡みついている。

 

 此処から『強』印(ブースト)で牽引してやれば、今度は向こうを引き寄せる事が出来る。

 

『強』印(ブースト)

 

 遊真は即断し、牽引を実行。

 

 強化をかけた膂力で、鎖を引っ張り────────────────。

 

「…………!」

 

 ────────────────その刹那、巻き付いた右腕が七海の左手首から伸びたスコーピオンによって切断され、腕だけが遊真の元へと牽引された。

 

 一手、遅かったのだ。

 

 遊真はいつの間にか七海の先制攻撃に対抗し、()()()()()()()()という思考に誘導されていた。

 

 その結果として一手が空振りに終わり、隙を見せる結果となった。

 

 もし、七海が遊真を上空へ引っ張り上げた段階で満足していたならばこうはならなかった。

 

 通常、有利な戦場へ持ち込む事に成功したのであれば程度の差こそあれ気を良くするものだ。

 

 有利な状況になったのだから、相手を詰ませる為の一手を繰り出す。

 

 その思考自体は、間違いではない。

 

 だが。

 

 たとえ有利な状況になったのだとしても、相手に抵抗の余地がある時点で()()()を無視すべきではない。

 

 降水確率が1%でもあれば、雨が降る可能性が残るように。

 

 万分の一でも確率があるのであれば、それはいつ起こってもおかしくない事態であるのだから。

 

 だからこそ、七海は初手でリスクの排除────────────────即ち、鎖の切除を行った。

 

 迷う事なく、己の右腕の肘から先を斬り落とす事で。

 

 その結果として遊真は一手を空振りに終わらせ、一瞬の隙を晒す結果となった。

 

 七海がそれを、見逃す筈もない。

 

 腕を斬り離した七海は、即座にグラスホッパーを起動。

 

 真っ直ぐに、遊真の元へと急行する。

 

「…………!」

 

 無論、遊真もただ見ているワケがない。

 

 一手無駄にした所為で七海はもう目と鼻の先まで迫っているが、迎撃は充分可能だ。

 

 『錨』印(アンカー)『射』印(ボルト)を用いた迎撃は、論外。

 

 確かに『錨』印は七海の副作用(サイドエフェクト)を抜ける攻撃ではあるが、あまりに距離が近過ぎる。

 

『弾』印(パウンド)

 

 故に、選んだのは『弾』印による跳躍。

 

 向かう先は七海────────────────ではなく、地面。

 

 即ち、地上への離脱だ。

 

 此処で強引に迎撃する事も、可能ではあった。

 

 だが、この戦場は七海が用意したフィールドだ。

 

 つまり、此処から詰み(チェック)をかける算段を、必ず立てている筈だ。

 

 七海なら、そうする。

 

 遊真はそう信じて、即座の離脱を選択した。

 

 そも、『弾』印(パウンド)で空中機動が出来るとは言っても、グラスホッパーと違いそこまで小回りが利くワケではない。

 

 レプリカの補助があれば話は別だが、少なくとも現状では動作の精密性ではグラスホッパーに軍配が上がる。

 

 よって此処は、無理をすべき場面ではない。

 

 相手を確殺出来る用意があれば話は別だが、現段階でその算段は持てない。

 

『錨』印(アンカー)『射』印(ボルト)

「…………!」

 

 ならば、算段(それ)を作れるようにすれば良い。

 

 遊真は当然の如くグラスホッパーを用いて追い縋って来た七海に対し、重石の弾を射出。

 

 目前まで迫っていた七海は避けようがなく、無数の重石が彼の身体に出現した。

 

 重石を付加された七海は、数百キロの加重に耐え切れず落下していく。

 

 これこそが、遊真の真の狙い。

 

 『弾』印(パウンド)で下に逃げたのは、多重印を使う時間を稼ぐ為。

 

 遊真は七海が自分を追って来る事を見越して、彼の接近に間に合うように多重印を使ったのだ。

 

 狙いは、付けるまでもない。

 

 何故なら、七海が近付いて来る事は分かっていたのだから、わざわざ狙う必要はない。

 

 遊真を仕留めるのであれば、メテオラではなく直接攻撃しに来ると踏んでいた。

 

 確かにメテオラは攻撃範囲には優れるが、反面単体では決定力には欠ける。

 

 障害物の破壊には長けていても、突破力そのものは高くないのだ。

 

 だからこそ、七海は直接スコーピオンで仕留めに来ると踏んでいた。

 

 機動に分のある、空中戦であれば尚の事。

 

 多重印を使った硬直で即座にトドメを刺す事は出来ないが、既に重石は撃ち込んだ。

 

 こうなってしまえば、最早七海に抵抗の余地はない。

 

 あとはマンティスの射程外から、シールドが割れるまで『射』印(ボルト)を叩き込めばそれで終わりだ。

 

 危険は冒さない。

 

 詰めは、誤らない。

 

 それが傭兵として生きて来た遊真の戦い方であり、必要の無いリスクは取らず、ただ確実に相手を殺す為の方策を実行する。

 

「え…………?」

 

 だからこそ。

 

 次の瞬間、遊真は本当の意味で虚を突かれた。

 

 自身の、胸部。

 

 そこに、背中から貫通する形で刃が突き立っている。

 

 有り得ない。

 

 落下した七海からは、マンティスでさえ届かない筈だ。

 

 全身に重石が付いているのだから、投擲も出来る筈がない。

 

 今此処で自分が攻撃を受ける要素は、何もない。

 

 その、筈だった。

 

「…………! そういう、事か…………っ!」

 

 そこで、気付く。

 

 自身が受けた、攻撃の正体。

 

 それは。

 

 スコーピオンの刃が付いたままの、切り離された七海の()()

 

 それが、遊真の背中に突き立っていた。

 

 下に目を向ければ、そこには役目を終えて散ったグラスホッパーの残滓がある。

 

 つまり、七海は。

 

 切り離した右腕をグラスホッパーで撃ち出す事で、遊真に攻撃を届かせたのだ。

 

 最初から、これが狙い。

 

 七海は自分の攻撃が迎撃される事を織り込んだ上で、遊真に仮初の勝利を確信させた。

 

 遊真は決して、慢心などはしていなかった。

 

 己の出来る最善を行使し、徹底して効率的に勝利を掴もうとしていた。

 

 その効率性、優秀さこそを七海は利用した。

 

 遊真であれば、此処までやるだろう。

 

 そう確信して、自分の攻撃が失敗に終わる事に懸けて切り離した右腕のスコーピオンを破棄せず維持し続けた。

 

 全ては、この一撃に繋げる為に。

 

 先程の一戦は、遊真の対応力の()()を見る為。

 

 何処まで、やって来るのか。

 

 それを見極める為に、あの一戦を消費したのだ。

 

「やっぱりやるね、ナナミ先輩」

「ああ。今回は、俺の勝ちだ。結果としては、五分五分(イーブン)だけどな」

『戦闘体活動限界。遊真ダウン』

 

 機械音声が遊真の敗北を告げ、彼の戦闘体が消滅する。

 

『模擬戦終了。4:4、2引き分け。引き分け(ドロー)

 

 こうして、二人の模擬戦は幕を閉じた。

 

 結果は引き分けでも、得た物は多い。

 

 七海は確かな実感を手に、仮想空間を後にする。

 

 その横顔は、勝者のものと言って差し支えのない精悍さに溢れていた。

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